お久しぶりです。
諸事情、主に展開に悩んでいたのと悩んでいる間に新しい小説を投稿し始めちゃったりで投稿が大幅に遅れました。
本当に申し訳ありませんでした。
なんとか書き上げましたので、どうぞお読み下さると有難い限りです。
特別作戦班が巨大樹の森に入り、その少し後。
各班の人員点呼を終えて女型の巨人との戦闘以外での死傷者は0、それ以外の分隊員の安否確認が取れた。
全員無事、とのことだ。
それらを伝えに来た各班長に、予め決めていた通りにここで休憩、必要なら物資補充を受けるように、伝えておいた。
何故なのか怪訝そうにしている者も居るには居たが、頷くと班の下へ戻っていった。
エルヴィン団長の命令を受けて森外縁部で待機している班には、新兵がエレンを除いて全員が配置されており、必要最低限の戦闘以外は行わなくて良い、と強く言われている筈だ。
何故なら森の中に入ろうとする巨人の気を引き付けてさえ居てくれれば問題無いからだ。
表向きは休憩、と言う形になっているし各班長にはこの作戦の本当の目的を知っている者知らない者を含めてその様に兵士達に言うように、と伝えられているしこの時間に必要ならば刃やガスの補充を受けるようにカモフラージュ用の物資を積んだ荷馬車を連れてきている。
目的は拠点の設置では無く、女型の捕獲だ。
それ以外の巨人と戦闘して要らない損害を増やす必要は無い。
作戦によれば、巨大樹の森内部に荷馬車護衛を担当している兵士達がポイントに至るまでの街道沿いの樹上で待機中。
それぞれ足止めと、ポイントへ走る特別作戦班の援護及び支援が最優先となっている。
女型の目標はエレンだから極論を言ってしまえばリヴァイ達が何らかの理由で離脱しようと何だろうとエレンさえポイントに辿り着ければ作戦成功なのだ。
そして俺は、そんな荷馬車護衛班と共に女型を追い掛け続け、決死の覚悟で時間稼ぎをすること。
正直言って二度も足止めに成功しているし、これ以上攻撃をしても成功確率なんて5%以下、下手をするとそれ以下だろう。
ただ、少しでも可能性があるのならば、やらなければならない。
ストヘス区での戦闘なんて、するだけ無駄だし、ライナーやベルトルトと言った紛れ込んでいる人間を炙り出すならばまだ他に方法があるからだ。
暫く樹上で、ガスの補充や刃の交換などの作業と糖分摂取、水分補給程度の飲食を終えてここに至るまでの丘陵地帯や平原の向こうを注視する。
すると、遠くの方から巨人が1体走ってくる。
それも、かなりの速度で。
あれほどの速度で走る巨人なんて、女型ぐらいなものだろう。
双眼鏡を覗いて確認すると、案の定女型の巨人だ。
手信号のみでナナバ達に接近を知らせ、準備をさせる。
周りの兵士達は俺達が何をしているのか、分かっていないだろう。
知っていたとしても、見て見ぬふりをしている。
樹上の葉が生い茂った高い場所に全員が身を隠し、ネスに言ってフィーネをエルヴィン団長の元へ向かわせる。
煙弾は使わない。出来るだけ此方の意図を知られぬよう、探らせぬように努めるのだ。
身を隠して暫く。
大きな足音を響かせながら、女型が俺達の少し手前に到達。
タイミングを図り、一斉に抜剣しながら飛び降りた。
「ッ!!離脱!」
兎に角一撃を与えた後、予め伝えていたとは言っても咄嗟に離脱、と大声で叫んでしまう。
流石は歴戦の調査兵と言ったところか、動きは素早く女型が大きく腕を振る前に全員が離脱し、俺の下へ集まってくる。
タイミングは良かったが、場所が悪かった。
一斉に切り付けて、有効打となったのはゲルガーの左目への一撃のみ。
それ以外の攻撃は全て肉を辛うじて削る程度。
「全員無事か!?」
「異常無し!」
「大丈夫です!」
次々に、大丈夫、異常無しと声が上がる。
その声を聞きながら、太い枝から飛び降りる。
女型は此方への反撃を最小限に、森の奥へ走ってエレンの奪取を優先したらしいのか、足早に走って行った。
「追い掛けるぞ!!」
ガスを蒸し、追い掛ける。
「クソッ、速過ぎる!!」
ナナバが焦った様に叫ぶ。
確かに女型は、かなりの速度を出して走っている。こっちは追随するので精一杯、攻撃して足止めなんてとてもじゃないが出来そうに無い。
「12時、10時、2時方向!護衛班が女型に!!」
ネスが叫ぶ。
荷馬車護衛班の三名が、女型に飛び掛かった。
「うぉぉぉ!!」
雄叫びを上げて斬り掛かるがその一撃を振るうことは許されない。
反応した女型が自分に射出されたワイヤーを掴んで思いっ切り引っ張るとそのままの勢いで地面に叩き付ける。
「クソッタレ!」
ゲルガーが悔しそうに顔を歪める。
その間にも、女型は走り進んでいく。
すると待ち伏せしている荷馬車護衛班が次々と飛び出てきては、攻撃を仕掛けるがどれもこれもいとも簡単に防がれ、そして殺されていく。
同じようにワイヤーを掴まれたり、安易な機動で直接握り潰されたりしてしまう。
ほんの数秒の足止めも出来ない。
このままだと、無駄に被害が拡がるばかりで何の目的も達成できずに終わってしまうではないか!
「!!前方、特別作戦班!!」
「もう追い付いちまったってのかよ!?」
早過ぎる。
まだポイントまでは半分もの距離があるのだぞ!?
少し前方に目を向ければ、恐怖に顔を引き攣らせて走るエレン達が見える。
「兄さんっ!?」
女型の向こうでエレンが俺を呼んで叫ぶ。
このままじゃぁ、特別作戦班が壊滅してエレンを奪われるのも時間の問題だろう。
もう、形振り構っていられないか……。
エレンを見つけたおかげで少しばかりスピードを緩めた女型の巨人は、エレン達に手を伸ばそうと姿勢を低くする。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
姿勢を低くし手を伸ばそうとしていた女型の巨人は、どこからどう見ても速度は落ちて姿勢を崩している。
攻撃するにはまたと無いチャンスで、もう二度と訪れないかもしれない好機だった。
無意識に、一度高い場所にアンカーを撃ち込んで高さを取って、次のアンカーを女型が走るであろう街道の奥の方へ撃ち、身体を通り過ぎるほどにまで巻き取った。
一瞬、女型を通り過ぎたかと思えば身体の向きを空中で変え、そのまま女型目掛けて一気にガスを蒸しながら突っ込む。
そのまますれ違い様に右眼をこめかみの辺りから無理矢理深く削ぎ落とし、勢いそのまま落下するのを顎へアンカーを撃ち込んで回避、巻き取って左脇を下側から削いだ。
ほんの一瞬の出来事で、自分でもしっかりと意識はあるしやった事を覚えてはいるが何故そうできたのか分からない。
俺の二撃によって避けて反撃をしようとした女型は完全にバランスを崩し巨大樹に勢いそのまま突っ込んだ。
しかし流石と言うべきか、受け身をとって衝撃を受け流し、反動を使って立ち上がると此方に向き直った。
女型の視線は俺に固定され、動かない。
エレン達が走り去る事も構わずに、こちらをじっ、と見据えている。
あぁ、なるほど。
俺が散々お前を邪魔して、手傷を負わせたから、先に邪魔者を排除しよう、って訳か。
俺が右に飛べば女型は右に身体の向きを変え、位置を変える。
どうやら完全にロックオンされたらしい。
クソッ、やらかした。
本来の目的は足止め且つ誘導だ。
だが流石にやり過ぎたのか女型は、完全に俺と言う邪魔者を先に排除してからエレンの奪取に取り掛かろうとしている。
こうなっては女型はエレンを追わずに俺を殺すまで攻撃してくるだろう。
局所的な戦いでは勝てるだろうが、こうも完全に警戒されて戦う体制を取られては、勝ち目はゼロに等しい。
今までの戦いは、少なからず不意打ちや奇襲といった要素が多かれ少なかれ含まれていた。
事実その点に賭けて俺達は攻撃していたのだし、それがあったからこその成功だろう。
だが今回はそんな要素は欠片も無い。
「分隊長ッ……」
ギロリ、と睨まれた視線をもろに喰らってしまったナナバが、震える声で俺を呼ぶ。
ネスは汗を吹き出し、ゲルガーとケニングの顔は青い。
「焦るな。ヤツの目標は俺だ。これより作戦目標を足止めから指定ポイントへの誘導へ切り替える。全員3人と2人に分かれて散開、俺が気を引いている間に隙が出来たら攻撃しろ」
「「「「「了解ッ」」」」」
「だが忘れるな、目的は誘導だ。確実なタイミングでのみ攻撃を許可する。俺が危ないからと言って飛び込んでくるんじゃないぞ」
直線的にポイントにまで誘導しても、間違い無く此方の意図を感づかれる。
エレンが逃げていった方に罠が仕掛けてあるが、守るべき対象であるエレンの方へ俺が逃げるとなれば、その先に何かがある、と疑うのが普通だろう。
俺ならまず疑うし警戒する。
女型だってそれを疑わない、警戒しないなんて有り得ないだろう。
ならば、多少なりとも迂回ルートを進まなければならない。
あぁ、本当に今日俺は死ぬかもしれない。
そんな思いが頭の中を支配する。
俺だって死ぬのは怖い。死を恐れぬ完全無欠の英雄?そんなもの存在する訳が無いのだ。
だがもう、俺の首数ミリのところに死神の大きな鎌が添えられているか、振りかぶっている頃だろう。
兵士になった以上、死は常に隣り合わせ。
そうなるようにしてきたのも俺だ。
だがしかし。
今まで俺は他人の死は身近にあれど自分の死と言うのは実力が上がるにつれて遠退いていた。
そのせいで死、と言う概念がこうも突然にやってくると、どうしようもなく怖くなってしまう。
脳裏に浮かぶは家族の顔。
父さんはとっくにコイツらに殺されていないが、母さん姉さんエレンとミカサ、アルミンにカルラさん。
どうしようもなく、皆を悲しませるのが嫌で、会えなくなるのが嫌だ。
しかし怖がっていてはもし、生き残れる可能性が欠片でもあるのだとしたら、それすら掴めなくなってしまう。
腹を括ろう。
死を恐れるな、とは言わない。
生き残るために最善の努力をして、死ぬのであれば、後に繋がる死に様にしてやろうじゃないか。
決めてからは、早かった。
いままで恐怖一色だったのに、そんなことは無くなったのだ。
女型に撹乱のつもりで突っ込めば風を切る音と共に大きな拳が繰り出される。
それを紙一重で身体を無理矢理捻って回避した後に、すれ違い様に一撃。
顔の横を通り過ぎるようにアンカーを射出し、離脱。
勢いそのまま身体を宙に放り出し、アンカーを出来る限り遠くへ。
巻き取って距離を稼ぎつつ、身体をもう一度女型に向き直す
それを延々と繰り返す。
女型の周りで飛び回っての戦闘なんて自殺行為も良いところ、一撃離脱を徹底しないとならない。
一度街道から大きく逸れて、周りを見渡しても同じような光景にしか見えない様になると、ポイントへ向かう様に戦う。
時に足、時に腕、時に顔、時に腹、時に背。
身体中のありとあらゆる場所を一撃離脱でガスの残量をポイントまでの距離を大凡で考えて、ギリギリのラインで使う。
新しいものに変えてきておいて良かった。これならばギリギリ足りるだろう。
ナナバ達は俺と女型の戦闘の周りをぐるぐると飛び回るだけだ。
何故なら隙が無いから。
正確に言うならば、俺が隙を作り出せていない。
女型は俺を最も危険な存在であり、一番に消すべきであるとしているがその実、俺の班全員を警戒対象にしている。
だから周囲への警戒も怠らないし、それを行いつつ許されるであろう、出しえる全力を俺へ向けて来ている。
その全力が、余りにも高過ぎる壁なのだ。
殺し得るには力が足りず、無闇に突っ込めば死。
かと言って逃げ切れるわけも無い。
背中を見せたが最後、一瞬で踏み潰されるなり、叩き付けられるなりしてあの世だ。
どれほどの時間を女型との戦闘に割いている?
そこまで長い時間ではないだろうが、戦う事にほぼ全てを費やしているからそれ以外が曖昧だ。
辛うじてポイントまでの距離をアンカーの射出した距離で大凡測る事と、ガス残量を気にする事が出来るぐらいだ。
本当は、その二つも戦闘に意識を割きたいのだが流石に目的と乖離し過ぎてしまうし無茶苦茶だ。
「はぁっ!はぁっ!!」
息が荒い。
立体機動は身体全体に高負荷を掛け続ける運動だと言うのは周知の事実だが、実は単純に真っ直ぐ飛んで着地するだけなら身体を鍛え、立体機動装置の扱いを習得していれば新兵にだって出来る。
なんせアンカーを射出して巻き取れば良いだけだからな。あとは上手い事着地してしまえば終わりだ。
問題はその先、空中で続け様にアンカーを射出し続け、更には球形に360°全ての方向に身体の向きを変えアンカーを射出する事だ。
前転したり、アイススケートの様に回転する動作を空中でやる、とイメージして欲しい。
それも一時的に地面を離れるのでは無く、常に空中にいる状態で、だ。
勢いを付けてだったりならば、誰だって一回転とは行かずとも地面の上でならば半回転ぐらいは出来る。
ただ、立体機動は地面と言う踏ん張りが効く場所の上でやるのではない。
地面や足場なんて論外、常に空中にいる。そんな状況で、上下前後左右あらゆる方向に回転したりする。
単純に地面の上ですらジャンプして回転を掛けるのにかなりの筋力を必要とするのに、それが空中となったらどうなるか。
必然的に、地面の上でやるよりも筋力を遥かに多く、強く要求される。
幾ら鍛えたところで、足りないのだ。
しかも長時間連続した戦闘なんて身体を常に酷使している。
ミカサは勿論の事、リヴァイだろうと流石にここまでの長時間戦闘は息が上がる。
それを今まで、それも女型相手に続けているのだ。
それぞれの戦いには間があるとは言え、体力と言うのは失うのは簡単だが回復するのは容易ではない。
土の上に腰を下ろして一息吐いて、なんて壁外じゃ出来るわけがない。
馬上で、しかも常に巨人と言う脅威を警戒しつつなのだから、体力の回復どころか寧ろ失い続ける。
はっきり言って、此の儘では俺はジリ貧、そう遠く無い内に女型の手に握り潰されるなりして階級特進を遂げる事になるだろう。
ゲルガー達だけではなく、今まで粘ったお陰で荷馬車護衛班の各兵士が集まって来ているが、手出し出来るのであればとっくに戦闘に介入している。
ガスの問題もあるしこのままここで戦っても意味は無い。
となれば、予定通り所定のポイントにまで誘導するしかない。
単純に逃げるだけなら勘付かれる。
さりとて戦いながら誘導出来るほど近くは無い。その前にガスが底を突く。
何も捨てられない人は、何も変えられない、だったか。
……多少の犠牲は、覚悟しなければならないだろう。
覚悟を決めよう。
腹を括り、ネスに目配せをする。
すると俺の意図を察したネスが周りの、俺の班だけで無く荷馬車護衛班をも呼び何かを伝える。
そしてネスが合図をすると同時に俺はポイントに向けて移動を開始した。
アンカーを射出し、巻き取り、また射出する。
この慣れた動作一つが、今はとても辛い。
息が上がっていて、逃げながらも戦っているから腕が震えて指先に上手く力が入らない。
それでも尚、気力だけで無理矢理身体を動かし続ける。
俺の後方30mほどには女型が大きな地響きを立てながら、周りの邪魔な巨大樹をへし折り迫ってくる。
こんなにも恐怖を感じたのは初めてだ。
女型との戦いは常にギリギリで、死と隣り合わせだったがここまで怖くは無かった。
抵抗出来ないと言う事がこれ程までに苦しく、恐ろしいものだとは知らなかった。この恐怖は、体験した者にしか分からない恐怖だろう。
それでも恐怖心を押し殺し、前に進み続ける。
こんな状態で、どうして女型からの追撃を辛うじて振り切っていられるのか。
「おらぁあっごぉっ!?」
「うわぁぁっ!?」
「クソッ、またやられた!」
「ゲルガー、早まるな!」
俺の誘導を手伝うべく、ネス達我が班と荷馬車護衛班の兵士二十人ほどが、文字通り命懸けの、決死の足止めを行ってくれているからだ。
確かに俺が今までの戦いで相当に消耗させた、と言うのもあるだろう。
それでも、やはり今少し足りない。
その足りない分を彼らが命と引き換えにして、埋めてくれているのだ。
荷馬車護衛班はリヴァイの分隊だから、相応に鍛えられており実力も高い。
しかしそれでも女型相手には、手も足も出ない。
元々は三十人も居たのに、僅か五分ほどで十人が肉塊に変わった。
残りの二十人も、俺の班も何時死ぬか分からない。
時折後ろを振り向きながら、巨大樹の森に敷かれた街道の上を飛び続ける。
罠を張っているのが街道上だから、その地点までこいつを連れて行く。
途中、2回巨大樹の枝に赤い布が縛られているのを見た。
予定ならば後一回、通り過ぎればポイントはすぐそこの筈だ。
森の外縁部から5km地点に罠を張る手筈で、赤い布は500m置きに設置されている。
それを10枚だから、ポイントより1.5kmも手前で戦っていた事になる。
随分な失態だ。
そして今、最後の一枚を通り過ぎた。
キィィィィン!!!
後ろからネスが撃ったであろう音響弾特有の高い大音量が辺り一帯に響き渡る。
元々の手筈としては残り500mの赤布を通り過ぎたときに音響弾を鳴らす予定だった。
しかし女型の目標が俺に移った事によって予定よりも随分と遅れた形になってしまった。
そして最後の一枚からは100m事に赤い布が巻かれている。
「はぁっ……!はぁっ…!」
息をするのも辛い。
それでも進まなければ。
辛いなんて思っている暇があるなら、手を動かしてアンカーをより素早く巻き取り正確に撃ち込む事を考えろ。
全身のバランスを取り続け、コンマ一秒たりとも体勢を崩さないように努めろ。
死んでいった仲間を、無駄死にさせない為に、命を救えなかったのだからせめて意味の有る死にしてやる為に。
そう自分自身に言い聞かせ続ける。
そして遂に、その時が訪れた。
ある地点を俺が過ぎ去り、女型がそこに至ると。
「撃てェェェェッッ!!!」
エルヴィンさんの大きな声と共に、一斉に爆音が鳴り響いた。
暫くの間爆音が鳴り続ける。
それが収まり煙が晴れると、そこにはハンジの考案した拘束具に全身を貫かれ、咄嗟の判断で頸を両手で守った姿の女型が鎮座していた。
俺はと言うと、あまりの疲労ゆえに地面に降り立った瞬間に座り込んでしまった。
「おーい、ヴォルフくーん」
そんな俺に、呑気な声が掛けられる。
横を見てみると、ハンジだった。
「随分とお疲れだね?」
「当たり前だ……。あぁクソっ、もっと上手くやっていればこんな有様にならなくても済んだのに。ゲホッ」
「ほら、お水」
「ありがとう」
ハンジに水筒を渡され、一気に呷る。
「ゥゲホッ!エホッ!」
咽せてしまった。
水を飲み終えて、エルヴィンさんの元へ向かう。
「エルヴィンさん」
「ヴォルフ、ご苦労。随分と遅かったな」
「危うくエレンに手を出されそうになってやり過ぎました。森に入る前のも加わってアイツが狙いをエレンから俺に変えたんです。まさかこっちを狙うなんて思っても居なかったもので」
「それは災難だったな。予定通りこのままやれるか?」
予定通り、と言うのは俺とミケさんで女型の中身を引き摺り出すことだ。
原作であればリヴァイがやっていたのだが、俺がいるためにリヴァイはエレンの護衛として就いている。
「やれます。ただ、幾つか報告が」
「なんだ?」
「女型の奴、どうやら皮膚を硬化させる能力があるらしいんです」
「硬化能力?」
「えぇ、頸を狙いに行くと、皮膚を硬化させて刃を弾きます。それも刃が折れるぐらいには硬い。このまま予定通り俺とミケさんが頸に斬撃を加えても中身を引き摺り出すのは難しいかと」
「ふむ、分かった。それを加味して練り直そう」
「それともう一つ」
硬化能力も確かに厄介だが、それ以上に厄介な能力がある。
「女型が現れた時、知性の無い巨人を引き連れて来たそうです。報告が上がっているかもしれませんが、一応です」
「それは聞いている。だがどの様にして引き連れてくるのかが分からない」
「最も考えられるのは、声や匂いなどでしょうか」
「声なら対処のしようがあるが、匂いなどでは無理だな」
「早めに方を付けましょう」
「そうだな」
エルヴィンさんに諸々の報告をし、俺の班や各班の班長達を呼ぶ。
「えぇ!?何それ!見たい!ちょっと見ていったぁっ!」
「馬鹿、騒ぐな!」
そして、硬化能力があることを全員が証言しハンジが興奮し掛けたが黙らせる。
一度、ミケさんと共に女型の頸、正確には頸を覆っている手に向かって刃を振り下ろしてみたが硬質化によってあっさりと弾かれてしまった。
「どうしますか?」
「……刃が通らないのなら、爆破するしかあるまい。爆薬の準備を」
「ですが、持ち合わせの爆薬だと中身ごと吹き飛ばし兼ねませんが……」
「ならば硬質化能力も加味してそうならない様に爆薬の量を調整したまえ」
「了解です」
エルヴィンさんの指示により、持ち込んでいた爆薬を準備する。
女型に取り付けてから点火、では簡単に悟られてしまうから、何人かが爆薬を抱えて合図と共に設置、即座に離脱し大砲などと同じ原理である点火装置を引く、と言う手順だ。
十分後、爆薬の準備が整った。
しかし不自然と言うか、おかしな事がある。
女型が全くと言って良いほどに抵抗しないことだ。
いや、確かに全身に杭を打たれワイヤーで繋がれているとは言え何かしらの抵抗をするのが普通だと思うのだが頸を守る時に硬質化する以外はまるで抵抗らしい抵抗が無い。
知性の無い巨人ならば、それ相応の抵抗をするのだが。
何か企んでいるのだろうか。
いずれにせよ、今は一刻も早く中身を引き摺り出さなければ。
時間を掛ければ掛けるほど此方が不利になる一方だ。
原作での時間を逆算すると、原作では巨大樹の森に午前9〜10時頃に到着し、昼過ぎの夕方四時3〜4時頃にまで居たことになる。
壁に到着したのが恐らく5時から6時ぐらい。今は夏だから日が長く午後7時になっても辺りは明るい。
どれだけ短くとも五時間近く森に滞在していたことになる。
しかし俺達は俺が時間稼ぎを余計にしてしまった為に到着した時刻は変わりないが、女型を拘束したのが1時間ほど遅れた事になる。
しかしながら俺がいる事で原作とは違っている。
まず第一に損害が少なかった事。
原作では調査兵団の凡そ半数、150人ほどが戦死、もしくは怪我を負っている。
しかしながらこの世界では報告を受けて初めて知ったのだが驚いたことに、損害が全体で数えても死者27人、怪我人が重軽傷合わせて13人。
合計で40人となっている。
原作の損害の凡そ3分の1程度にまで損害が減っている。
次に女型の拘束以後の対応に時間が掛かっていない事。
これは俺が硬質化などの報告をエルヴィンさんにした事やリヴァイがエレンの直接の護衛に就いている事など幾つかの要因が挙げられるが兎も角女型への対応が迅速に決まっている。
爆薬は刃に巻き付けられておりそれを直接女型の身体に突き刺す形で爆破することになっている。
硬質化で防がれた場合は別の場所に突き刺す。
腕と頸表面を吹き飛ばし、そして俺とミケさんが更に斬撃でもって中身を引き摺り出す。
手首の部分に2人が刃を突き刺す。
それと同時に刃を外し、そして一気に離脱する。
幾らかの距離を取った後に、同じ兵士が紐を引く。
大きな爆音と共に女型が閃光と煙、硬質化した皮膚を撒き散らしながら爆炎に包まれた。
少しづつ、煙が晴れる。
煙が晴れると、そこには両手と頸を吹き飛ばされた状態の女型が立っていた。
「「「「「おぉぉっ!!」」」」」
もうもうと巨人が身体を修復する時の煙が覆っている。
エルヴィンさんが俺とミケさんを見て確認するようにと無言で伝えてくる。
それに対して小さく頷いてばっ、と枝から飛び降りて女型の頸があった辺りへアンカーを突き刺す。
「ゲホッ」
疲れた喉に、蒸気を吸い込んで咳き込む。
喉が痛むが気にせず蒸気をマントを使って仰ぎ飛ばす。
すると吹き飛んだ頸のあたりに、人影が見える。
慎重に、もし攻撃されてもすぐに反撃出来るようにミケさんが構えながら、その人影に俺が手を伸ばす。
よく見てみると、何やら頭が半分と腕、それに胴体が吹き飛んでいる。
揺すってみるが反応は無い。
首に手を当てて脈を見てみるとどうやら生きてはいるらしい。
「ミケさん」
「ッ!」
ミケさんの顔を見て、頷く。
そのミケさんの顔は、初めてみるものだった。
あんなにも嬉しそうに、喜ばしそうに顔を歪めたのは少なくとも俺が知り合ってから初めてではないだろうか。
ミケさんが緑の信煙弾を撃ち上げると、辺りから歓声が響き渡る。
それは長年、巨人に負け続けてきた人類の本当の第一歩目の勝利を喜ぶものだった。
調査兵団の誰もが望んでいた、積年の願いが今、叶った瞬間である。
エルヴィンさんも喜んでいるらしい。
一際大きな声で叫んでいる。
ハンジが来る。
「ゔ、ヴォルフ、私達、やったのかい……?」
「あぁ、信じ難いだろうが、俺達は巨人に、それも知性ある巨人に勝ったんだ……」
最初は静かで、訳が分からない、と言った表情で震えて立ち尽くしていたハンジも次第に興奮してきたようで。
「ヒィィィィヤッホォォォォォ!!!!」
元々気が狂っているようなものだが本当に狂っているかのように叫び踊り狂っている。
何時もは嗜めるはずのモブリットも、今日ばかりはハンジと一緒になって喜んでいるのだから、皆の想いがどれほどのものであったかは想像に難くない。
「ハンジ、取り敢えず中身を回収するぞ」
「はっ、そ、そうだね、うん、回収しよう。それで色々調べてやるんだ、ふふふふ……」
マッドサイエンティストみたいな顔と声で笑っている。
「エレンの協力で分かった事なんだけど、どうやら巨人化してすぐは相当消耗しているらしいんだ。コイツに言える事かどうかは分からないけど少なくともヴォルフとの戦闘を考えれば十分以上に疲弊しているはず。それに、巨人化中、もしくは巨人化を解いてすぐに身体のどこでもいい、部位を欠損すると再生に普通に怪我した時よりも遥かに修復に時間が掛かることも分かってる。だから、回収するなら今しかない」
「分かったからそんなに一気に早口で喋るな」
「ヴォルフ、女型の中身を巨人体から引き摺り出せ」
「はい」
エルヴィンさんが俺の元へ来ると俺に指示を出すと周りをぐるっと見てここにいる兵士全員に向けて言った。
「この事は一切他言無用、誰にも話してはならない!調査兵団の兵士、憲兵団、駐屯兵団、家族全てにだ!」
要はこの事を完全に機密扱いにすると言うことだ。
エルヴィンさんの事だから中央政府にすらこの事を黙っている気さえする。
まぁその辺はエルヴィンさんに任せるとして、俺は此奴を引きずり出そう。
腕や足、胴などに引っ付いてる筋肉組織を刃で切っていく。
正直、何が何だか分からないが、取り敢えず大雑把でいい。
早くここを去らないと他の巨人がやってくるかもしれない。
引き摺り出す際に腕と足の長さを見誤って断ち切ってしまったが、なんの反応もない。
ただ、生きてはいるらしい。
生きていなければ修復時の煙が断面から上がるはずもない。
「巨人化の条件は、自傷行為と巨人になる為の何かしらの明確な目的意識、だったな?」
「うん、そうだけど」
「……身に付けている物を全て奪え。服、装飾品、髪留め、全てに至る物を彼女から奪え。その上で両手両足を拘束し猿轡を噛ませる」
「えっ、でもそれは幾ら何でもやりすぎなんじゃ……」
「何がきっかけで巨人化するか分からない。もしまた巨人化したら、我々には打てる手段がもう何も無い。女型をここまで追い詰めたヴォルフもこの有様だ、リヴァイもエレンを守りながらでは厳しいだろう。だから出来うる限り、脅威となる可能性を削いでおく必要がある」
エルヴィンさんは、どうやらありとあらゆる脅威を排除することに何の躊躇いもないらしい。
正直、その意見には賛成だ。
原作では確か、指輪を使って自傷を行い巨人化していた。
実際今もその指輪らしきものを右手の指に嵌めているし、他に自傷行為の手段が無いとは考え辛い。
その際にもし巨人化したら、今度こそは俺達が大きな代償を払うことになる。
ハンジはあれでも一応女だからか、同じ同性として憚るものがあるらしい。
普段を見ていれば、おかしな物だしさっきあれだけマッドサイエンティストぶりを発揮していたのに何を今更、と思わなくもないが……。
「ハンジ、命令だ。やれ」
「りょーかい」
男である俺やミケさんでは無く、ハンジにやれと命令したのはエルヴィンさんのせめてもの慈悲だろうか。
ともかく、俺とミケさんは抜刀した状態でもしまた巨人化した時に備えて警戒しておく。
しかしどうやらその心配はないらしい。
完全に意識が無いのかピクリとも動かない。
まぁ、幾ら巨人になれて、その修復能力があるとは言っても頭を半分も吹き飛ばされていたらそれはそうだ。
運んできた拘束具はその場に放棄、空いた荷馬車の一つにアニ・レオンハートを載せることになった。
その荷馬車の護衛がミケさんが直接担当することになり、疲弊してもう一度女型と戦うことが厳しい俺は自分の分隊である右翼側に戻ることになった。
荷馬車はエレンがいる場所と同じ中列後方。
距離的にはリヴァイ達が近く、いざと言うときはミケさんとリヴァイの二人に加え、特別作戦班の四人と許可さえあれば巨人化したエレンと戦う羽目になる。
いかな女型と言えど、これほどの相手は苦しい。
しかも今さっきまで戦っていたのだから逃げる以外に取れる手段はないはずだ。
まぁ、あのリヴァイが逃すなんてヘマをするとは思えないし、そうなっては女型に待つのは死と言う運命のみだろう。
両手両足を完全に拘束し、頭部の修復が終わるのを待ってから猿轡を噛ませる。
荷馬車に積み終えると青の煙弾で撤退を知らせ、遺体回収も行わずに早々に巨大樹の森を後にした。
「分隊長ッ、やりましたね!」
「ん?あぁ、そうだな」
「何すか?もっとこう、喜ばないんすか?」
班のメンバー達も、女型捕獲を喜んでいる。
あの冷静沈着なナナバも、ゲルガーも騒ぎはしないがそれでも喜びを隠せていない。
だがどうにも、俺はそんな感じではない。
「まさか嫌な予感がするとか?」
「いや、そう言うわけではない。ただ何というか、実感が湧かないんだ。こう、今まで死ぬほど、仲間の死を、屍を乗り越えてでも渇望した事である筈なのに、いざ実現すると雲を掴んでいるような感じでどうにもやってやったって感じが湧いてこない」
自分が、自分達が成し遂げた偉業であるはずなのに、どうもその感覚が無い。
どれほど望んだか、渇望したか分からない勝利であるはずなのに。
そんなどうにも分からない気持ちのまま、壁内に戻った。