原作キャラを救いたい。   作:ジャーマンポテトin納豆

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戦う準備 2

 

 

 

 

訓練兵団に赴く日。

いつも通り朝兵舎で起き、顔を洗って朝食を摂って歯を磨き着替えを済ませて荷物を持って厩舎に向かう。

自分の馬具をとって愛馬に装着し、跨る。

 

「ナナバ、行けるか?」

 

「はい」

 

「よし、それならば出発するぞ」

 

馬の腹を蹴って出発する。

今回は、俺の他にナナバを伴って訓練兵団に向かう事になっていた。

 

ナナバは本来ならば今日明日と休暇の筈だったのだが、俺1人で行くと言う事を知るとどう言うわけか付いて行くと言って休暇を返上、急遽共に来ることになった。

本当は俺1人で大丈夫だと言ったのだが、分隊長を1人で出向かせると言うのは体裁上出来ないと、何時もの事ながらあっさりと断られてしまった。

 

「しかし、どうして急に付いて来るなんて言い出した?」

 

「ヴォルフ分隊長は、ご自分の立場をお分かりになられていないからですよ」

 

「俺の立場?」

 

「はい。調査兵団内部、ではなく巷での立場です」

 

「それがどうしたと言うのだ」

 

「はぁ……。いいですか、貴方は調査兵団においてリヴァイ兵長に次ぐ実力者で下手すると同格、しかも愛想も良くてウォール・マリア陥落の時はたった1人戦い続けたとあって噂話に尾鰭が付いていってとんでもない人気があるんですよ?そんな人を街中で1人にして歩かせたら、訓練地に到着するのに何日掛かるか」

 

そうなのか。

初めて知ったぞ。

 

だがそうすると休暇の時にはそんなことにはなっていないぞ?

 

「いやだが、休暇の時に家に帰る時なんかはそうでもないが?」

 

「多分、皆遠慮しているんでしょう。分隊長がウォール・マリアのシガンシナ区出身であることは誰でも知っていますし、私服で馬に乗っているなんて少し考えれば家に帰ると言うことぐらいはすぐに分かりますから」

 

「そうなのか……。確かに今思えばやたらと視線を感じたのを微かに覚えているな。あれはそう言うことだったのか」

 

「だから、制服を着ている時に1人で出歩くなと団長にも言われているじゃないですか」

 

「あれはそう言う意味だったのか。全く分からなかった……」

 

ナナバにそう、文句を言われつつ街中を抜ける。

そうしたら馬を走らせる。

 

ウォール・ローゼには4つの訓練所があり、それぞれ東西南北に位置している。

マリア陥落以前は8箇所あったが陥落に伴い4つに縮小、一つの訓練地にはだいたい600名ほどが入団し訓練を受けることになっている。

しかしながら卒団する頃には脱落したり逃げ出したり、訓練中に死んでしまう者なども出て来るため500名に減っている。これだけ居ても、その中から調査兵団に志願するのは4つの訓練地を合わせても多くて100人程度。

 

酷いと俺の代の様に十数名なんて事もある。

しかもその中の殆どが死ぬため、実際に生き残っていけるのは100人居たとしても10人ぐらい。

 

壁外では新兵古参兵なんて関係無く死んでいくので常に調査兵団は人員不足なのだ。

そう言う意味では、この様な新兵を集めるための広報活動はかなり重要なのだが、いかんせん人手不足だからそう何人も連れて行けない。

俺も基本、行く時は俺ともう1人か2人を連れているだけだからな。

 

 

 

ウォール・ローゼ南訓練所。

 

そこが、今回の兵団説明を行う会場だ。

4箇所ある訓練所を、一気に回るのではなく3ヶ月毎に1箇所周るのだ。

そうでなければ1週間以上訓練に参加できない事になるからな。

 

2日間に分けて説明と訓練展示を行う予定で、憲兵団と駐屯兵団も同様だ。

最初に教官室に向かい、到着を知らせる。

 

「調査兵団ヴォルフガング・ビッテンフェルト分隊長以下1名入ります」

 

『入れ』

 

そう言ってドアを叩くと、中から懐かしい声が聞こえてくる。

ドアを開けて入ると、そこにはスキンヘッドになったキース団長が椅子に座っていた。

 

「お久しぶりです、キース団長」

 

「久しいな、ヴォルフガング。元気そうで何よりだ」

 

「はい、キース団長もお元気そうで何よりです」

 

俺の顔を見ると、軽く微笑み立ち上がって握手を求めてくる。

スキンヘッドにしたから迫力は随分と増したが、やはり優しい所は変わらないらしい。

 

握手に応えつつ、ついつい団長、と呼んでしまう。

俺が入団する前からこの人は団長を務めていて俺の中では、団長と言われると真っ先にこの人が思い浮かぶのだ。

 

「止せ、もう私は団長ではなく訓練教官だからな。それと、ナナバも壮健そうで何より」

 

「はっ、元団長もお変わりない様で」

 

後ろで控えていたナナバも敬礼をして答える。

 

「あぁ。それにしても、ヴォルフガングの名前はよく聞く。相変わらず、随分と活躍しているそうだな」

 

「そんな事はありません。死なせてしまった部下も数多いですから……」

 

「そうか……。湿った話はここまでにするとしよう。あと1時間で説明会を始めるからそのつもりでいてくれ」

 

「分かりました。それと気になっていることが一つあるのですが」

 

「なんだ?」

 

「そこに立たされている、訓練兵は何をしでかしたのですか?教官室で立たされるなど早々あることでは無いと思うのですが」

 

入室した時から物凄く気になっていたのだが、教官室の壁際に直立不動で立たされている、サシャ・ブラウス訓練兵のことがどうしても気になっていた。

 

原作でも主要人物であったのもあるが、入団してまだ4ヶ月程度しか経っていないのに教官室に立たされているとは相当な事をやらかしたに違いない。

普通なら走らせるとか腕立て伏せなのだが、教官室に立たされると言うのは罰の中では最も重い。

 

なぜならば、数日間ぶっ通しで立たされるからだ。

食事も許されず、水も与えられずで延々と教官が許すまでずっと。

 

この罰を喰らうのは、相当やらかした奴だけで俺の訓練兵時代ではついぞ見たことは無かった。

 

「その大馬鹿者は、食糧庫から盗みを働いてな。食料庫番をしていた私に見つかったのだ。それで立たせている。これで4回目だ。独房にぶち込んでも効果がなくてな。飯抜きでそこに立たせている」

 

「食料庫から盗み食いですか……。しかも4回目とは、それはまた、随分と怖いもの知らずですね」

 

元々、食糧事情が厳しいこの世界では訓練兵時代だと食料庫荒らしはとんでもない重罪だ。

寧ろ食料庫荒らしをして、教官室で立たされているだけで済んでいるのだから、罰としては相当軽いだろう。

 

普通ならば営倉か独房行きである。

 

これが憲兵団なんかに行くともう酷い。

好きな時に好きなだけ持ち出し放題になるのだから。

しかも官品の横流しや横領、賄賂なんかも平然と行われていて職務怠慢なんて当たり前だ。

それでいて調査兵団へ回される食糧よりも多い食糧が回されるときたものだからどれだけ腐っているか分かるだろう。

 

「しかし、いつから立たされているので?」

 

「3日前からだ」

 

そう言われて、もう一度見てみると確かにフラフラだ。

 

流石に、助け舟を出してやろうか。

全く、原作でのサシャの食い意地を知っているからあれだが知らなかったらもう1日ぐらいはそのまんまにしておいてもおかしくはないんだからな?

 

と思いつつキース教官に言った。

 

「ですが、これから説明会もありますしそろそろ許してやっては?」

 

「ほう?肩を持つか。なんだ、惚れたか」

 

「まだ12かそこらの子供相手にそんな事あるわけ無いでしょう。単純に、将来の調査兵候補を一人でも増やしておきたいんです。なにせ人手不足ですから」

 

「そうか。ブラウス!」

 

「はっ!」

 

「ヴォルフガング分隊長に感謝しろ、今日で罰は終わりだ。説明会に向かえ」

 

「は、はっ!ヴォルフガング分隊長殿、ありがとうございます!!」

 

「あぁ。次からは助けてやれんからな」

 

「はいっ、それでは失礼します!」

 

と一応釘を刺しておいたが、多分意味は無いだろう。

これで止めるサシャではないだろうし、寧ろこれぐらいで止めるわけがない。

 

次は絶対バレないように、とか考えているに決まっている。

 

「それでは、私達も失礼します」

 

「あぁ、二日間頼むぞ」

 

「お任せください。あ、それと一つ良いでしょうか」

 

「なんだ?」

 

「エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト訓練兵と接触しても宜しいですか?」

 

「その3名がどうかしたのか」

 

「昔馴染みと言いますか、大切な弟分妹分が居ると以前お話ししたことがあるかと思います。それがその3人なのです」

 

「なるほど、そう言う事か。ふむ、まぁ騒ぎにならなければ良いだろう」

 

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

エレン達に会う許可を貰い、教官室を後にする。

そして、与えられた部屋に荷物を置いて説明を行うために大講堂に向かう。

 

この教場は、普段座学の授業を行う教場とは違い、こういった説明会などの行事がある時に使用されるいわば体育館のようなものだ。

だが前世の世界の学校ほどの体育館よりは、幾らか狭い。

その狭さ故に2回に分けて行われることになっている。

だいたい300人ずつぐらいの半々で行う事になっている。

 

「それにしても、入団してから4ヶ月で四回も食料庫に盗みに行くなんて、相当ですね」

 

「あぁ、普通なら一度捕まれば二度とやらなくなると思うんだが、余程食い意地張っているのか、それとも単純に馬鹿なのか」

 

「どちらにせよ、それぐらい肝が据わっているんなら調査兵団に来てほしいものですね」

 

先程教官室に立たされていたサシャの事を話す。

やはりナナバも相当珍しく、とんでもない奴と感じたらしい。

講堂の前に到着すると、駐屯兵団が説明を終えたばかりで扉の前で少し待っていて欲しいと言われる。

 

「ナナバは、来たことは無かったな」

 

「はい、初めてです」

 

「そうか。それならかなり驚くぞ。調査兵団じゃ見たことがない人数に出迎えられるからな」

 

「調査兵団と比べたらどこの組織だって大きいですよ」

 

「それもそうか」

 

「ヴォルフガング分隊長、どうぞお入りください」

 

「あぁ」

 

ナナバと共に、呼ばれて講堂に入ると300人ほどの訓練兵が並んで立っている。

 

「敬礼!!」

 

原作でも、心臓を捧げよ、と言われてするあのポーズは敬礼だから、号令が響くと一斉に訓練兵が俺に向かって敬礼をする。

それに対して答礼をして俺が拳を下ろすと、

 

「休め!!」

 

と再び号令が出る。

 

「諸君、座って構わん」

 

床に手狭ではあるが座らせて、説明を始めた。

見渡すと、その中にはエレンやミカサ、アルミンの3人に加えて原作の中で見覚えのある面々も数多くいる。

 

ライナー・ブラウン

ベルトルト・フーバー

アニ・レオンハート

ジャン・キルシュタイン

マルコ・ボット

コニー・スプリンガー

サシャ・ブラウス

クリスタ・レンズ

ユミル

トーマス・ワグナー

 

と主要人物の他にも、

 

ミーナ・カロライナ

ナック・ティアス

ミリウス・ゼルムスキー

サムエル

フロック・フォルスター

ダズ

 

と言った、原作では一度以上は見たことがある面々が並んでいる。

ただし、超大型巨人と鎧の巨人の正体であるベルトルト・フーバーとライナー・ブラウン、女型の巨人のアニ・レオンハートは絶対に許さない。

何せ、この世界においての父さんを直接間接問わず殺し、家族と過ごした家を奪ったのだから。

 

今この瞬間にも、刃を引き抜いて首を切り落としてやりたい気分だがどうにか抑え込む。

そんな事をしたとしても、今ここで3人を殺す事は出来ないだろうしそうなれば戦う術を持たない他の訓練兵達が巻き込まれて死んでしまう。中にはエレンやミカサ、アルミンも居るのだから出来るわけがない。

 

 

 

 

 

 

エレンとミカサ、アルミンは久々に俺の顔を見たからか嬉しそうに笑ってこっちに向かって小さく手を振っている。

それに、軽く目線で返しておく。

 

「訓練兵諸君は、調査兵団がどんな組織かを詳しく知っている者は少ないだろうから、そう言う点も含めて説明していこうと思う。ただし、はっきり言おう。これから話す内容は良い面だけではない。その点を留意して聞いて欲しい。それでもなお調査兵団に入団したいと思ってくれれば、幸いだ」

 

講堂全体に聞こえる様にしっかりと声を出して説明を始めた。

 

 

 

それから、説明が進んでいき損害などを説明する事になった。

 

「前から10列目、丸坊主の訓練兵」

 

「はっ、コニー・スプリンガーであります!!」

 

「君は、調査兵団が結成当初どれほどの人数が居たか分かるか?なに、予想で構わん、答えてみろ」

 

「えっと、1000人ぐらいでしょうか」

 

「いいや、もっと多い。次、11列目の先程教官室で立たされていたサシャ・ブラウス訓練兵」

 

「は、はっ!えー、2000人ぐらいですか?」

 

「もっと多いな。次、その隣の金髪」

 

「はっ、クリスタ・レンズであります!3000人ぐらいでしょうか?」

 

「正解だ。調査兵団は結成当初3000人を超える人数が在籍しており俺が入団した頃もかなりの人数が居た。だが現在はたったの200名ほどしかいない。実に、9割を超える兵士が死んでいるのだ。中には怪我が理由で駐屯兵団に転属したり、退職する者も居るが殆どは巨人に喰われるか怪我が理由で死んでいる。しかも毎回の壁外調査においても2〜3割の死傷率にも達する。正直に言えば正気の沙汰ではないのは確かだ」

 

そう俺が説明をすると、全員騒がしくなる。

それはそうだ。

何しろ、それで考えれば生き残れるのは20〜30人に1人程度。

こんなの普通ならばとっくに止めていなければおかしい話なのだ。

 

「入団してきた新兵の内、最初の壁外調査を生き残れるのは状況や条件、などにもよるがだいたい6〜7割と言ったところだろう。数年後には、殆どが死んでいる事になる。調査兵団に共に入団した俺の同期ももう誰も残っていない」

 

「だが、何故そこまでして進むのか、分からないだろう。それは、巨人に奪われた自由を取り戻したいからだ。今でこそウォール・マリア奪還が主目的になっているがそれ以前は自由の為に戦っていたのだ」

 

「確かに、王政による思惑などもあるだろう、だが関係無い。俺達調査兵団は、ただひたすらに奪われた自由を取り戻す為に戦っている」

 

「初めて壁外に出ると巨人への恐怖や緊張なんかで分からないが回数を重ねる毎に壁の外の景色が見えてくる様になる。俺はシガンシナ区出身だから余計思うが、空を見るとな、壁に囲まれていなくて空が本当に広く広く感じられる。初めてその感覚を知った時、あれは、最高の気分だったのを今でも鮮明に覚えている」

 

俺の話を聞いている訓練兵の殆どは、今の話を聞いても死傷率の方がインパクトがありすぎて記憶に残らないかもしれない。

だがそれでいい。

重要なのは、それが現実であることを知ってもらい、それでも尚調査兵団に入団したいと言う者が現れる事なのだ。

 

そう言う、調査兵団でしか味わえないものは調査兵団に入団してから、その時に味わえばいいだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

説明会が終わり、夕食の時間となる。

訓練兵団の食堂というのは2箇所に分けられており、一つが訓練兵用食堂ともう一つが教官用食堂。

俺達、説明に来た各兵団の人間は勿論と言うか、教官用食堂で食事を摂るように言われている。

 

その中には、俺が訓練兵の時の同期が教官として赴任している奴やキース教官などの顔見知りも当然、いる。

そうして皆で食事を摂って、立ち上がる。

 

「ナナバ、俺はこれから会いに行きたい訓練兵が居るからこれで解散としよう」

 

「いえ、お疲れ様でした。おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

ナナバと別れて、訓練兵用食堂に足を運ぶ。

しかし、足を踏み入れていいのだろうか?下手に入ってしまうと萎縮させてしまいかねないからな……。

外で待っているか。

 

訓練兵用食堂のバルコニーの手摺りに寄り掛かって待とうか。

そう思って手摺りに寄り掛かろうとすると、ドアが思い切り開け放たれる。

 

中からは、エレンが勢い良く飛び付いてくる。

ミカサは後に続いて駆けてくる。

 

「兄さん!!」

 

「エレン!そんな勢い良く行っちゃ駄目だよ!」

 

「久しぶりだな、元気にしていたか?」

 

どうやら窓から俺を見つけたのか、慌てて飛び出してきたらしい。

訓練兵団に入団してからは、3人と会っていなかったから俺も久しぶりに会えて嬉しいのは確かだ。

 

チラリと窓を見てみると、他の訓練兵達がへばりついて何事かと騒いでいる。

それはそうだ、食事中に同期が外に飛び出して行ったと思ったら大きな声上げて見知らぬ、いや昼間に自分達の前に立った男に飛び付いていったのだから誰だってどう言う事なのか、どう言う訳なのか気になって仕方がないんだろう。

 

「ほら、こっち来てくれよ!」

 

「待て待て、下手に入ったら他の皆が萎縮しちゃうだろう」

 

「俺達が付いてるから大丈夫だって」

 

何が大丈夫なのか、まるで分からないがミカサも無言で引っ張るものだから食堂に引き込まれてしまう。

アルミンは止めようとしていたが、2人は止まらない。

 

そして3人が座っていた食堂の端の席に座らされ、久しぶりの会話を楽しむ。

 

「キース教官に、騒ぎは起こすなと言われているんだが」

 

「大丈夫だろ、皆も騒いだらどうなるか分かってるだろうし」

 

「なんだ、やらかしたのか」

 

「いや、その……」

 

「エレンは、ここに来てすぐに喧嘩をした。私とアルミンが止めなかったら殴り合いをしてたと思う」

 

それを聞いて、やはりエレンはエレンで相変わらずなんだなと染み染み思った。

 

詳しく聞いてみるとどうやらエレンは、入団早々にジャンとやはり喧嘩したらしい。

昔から喧嘩っ早い性格や熱くなると周りが見えなくなるのは変わっていないらしく、その時はミカサによってサシャが身代わりにされたから事無きを得たらしいが。

 

服が破けちゃうだろ、とは怒鳴らなかったらしいがそれでも殴り合い一歩手前だったそうで、止めるのに苦労したんだとか。

 

うーむ、と言う事は原作通りジャンはミカサに惚れていると言う事だろうか。

この世界においては、ミカサはエレンに対して家族としての親愛はあるが恋愛対象としては見ていないと言うのが本人からの言葉によって確定しているし、アルミンはアルミンで2人は確かに好きだけど、付き合いたいとかは無いと断言していたしな……。

 

既にこの時点で原作から大幅に乖離してしまっているから、原作を元にした人間関係で考えるのは止めておいた方がいいな。

 

「お前、もういい歳なんだから少しは抑えろ、全くそんな事ばかりだと調査兵団でなんてやっていけないぞ」

 

「う、それは、……分かったよ」

 

エレンに釘を刺しておく。

まぁ、効果は期待出来ないだろうがそれでも暫くは大人しくなるだろう。

 

「アルミンはどうだ?訓練はやっぱりキツイか」

 

「僕は元から体力無かったから、余計かなぁ。なんとか食い付いてるけどいつ落とされるか……」

 

アルミンはやはり、体力面において相当きついらしい。

確かに立体機動装置は、とにかく全身を酷使するから筋力体力持久力全てにおいて鍛えなければならない。

 

そもそも、立体機動というのは二次元的な動き、要は地面の上を歩くとか、そういう動きをする生物である人間を三次元運動をさせるためのものだ。

当然、二次元での動きしかしていないのだから三次元の動きに耐えうる身体な訳がない。

ということは、最初から立体機動装置を使って立体機動訓練を行えばどうなるのか、と言うと気絶をしたり、操作が出来ずに地面やアンカーを撃ち込んだ建物や木などに叩きつけられたりして死ぬのだ。

 

そうならない為には、まず第一段階として徹底的に身体を鍛え上げなければならない。

そこに上限や下限というものは無く、より複雑な機動をしようとすればするほど要求される身体能力や筋力、体力が上がってくる。

リヴァイがあれほどの立体機動を行えるのは、原作でも書かれていたように自分自身で人間に本来掛けられている身体能力のリミッターを自分の意思で好きな時に好きなだけ解除出来るという、ある意味でのチート能力が備わっているからに他ならない。

恐らくではあるが、やろうと思えば俺もやれるのだがそうなったら全身の筋肉が耐えきれなくて断裂したりミンチになる。

 

まぁ、今でも出来るだけ自分自身の戦力を底上げするべく鍛えて来ていたからそれに近い動きをする事自体は可能ではあるが、リヴァイと同じような立体機動は恐らくアッカーマン一族でもそういないだろう。

ミカサもそうではあるが、リヴァイは本家でミカサは分家という家とか血の濃さだとかも関係しているだろう、と言うのはあくまでも推論だ。

なんならミカサよりも俺の方がまだまだ強い。

 

 

話がズレたが、体力や筋力があるだけでは駄目だ。

その次の段階では三次元の動きに身体や脳を適応させることが最重要となってくる。

正直、訓練兵団で1年間を耐えれれば殆どの人間は能力の差などもあるが単純な筋力だけで考えた場合の立体機動術は納めることができる。

ただ、問題となってくるのはそこに加えて空間把握能力と呼ばれる能力が必要であり、更に要求されてくる事だ。

 

この空間把握能力は、空間認識能力とも呼ばれるものだ。

物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のこと。空間認知、空間識、空間知覚の能力をいう。

 

どんな時に使われているのかと言うと、球技などの、例えば野球でどこのベースに投げるとかと言った狙った場所にボールを当てたり投げる事や、ドッジボールなどで飛んでくるボールをキャッチする、もしくは2次元に描写された地図を見て、その地形の構造を把握する能力、脳内でその地図を立体的に描くことの出来る能力がそうだ。

 

生物が生きていくのに必要な、外敵から身を守ったり、迫り来る危険の度合いを測定するといった能力も、空間認識能力に関係するといわれていて、特に調査兵団を目指すのならばこの能力は特に高くなければならない。

 

この能力を高める方法は、三次元空間に存在する自分と自分に相対する物品の中で過ごすことにより空間認識能力は高められる。と言ってもこれでは説明されても理解出来ないだろう。

 

子供の頃なら、野山や野原で遊ぶことで空間認識能力は自然と身に付くものだ。

サシャやコニーが立体機動が得意なのも、狩猟を主として生きて来ている一族の中で山や森の中で生活してきた事に由来するだろう。

 

他にも空間認識能力は目を開けている状態よりも閉じている状態の方が活発に使われるから、目の前に置いてある物を取るなどの日常の中で何気なく行なっている作業を、両目を閉じて直観を働かせて行なうだけで、空間認識能力は鍛えられる。

 

これを知っている理由としては、学術的な理由からではなく経験則として訓練兵団に伝わっているのでそれを教えられるのだ。

それにより、それを教えられた後から俺は出来るだけ後者の鍛え方を以て空間把握能力を鍛えている。

 

そしてこの空間認識能力は男性と女性、どちらが高いかと言われると男性の方が高い。

 

しかしながらミカサはこれが顕著なほどに高い。

エレンもだが薪を集めに山を走り回ったりしていた為に周りと比べてもかなり高い。

そも、ミカサに至っては生まれつき高いらしく例の事件でありとあらゆる能力が覚醒したのか更に高まっているらしい。

 

子供の頃から知ってはいたが、驚くほどに高いのだ。

何せ、俺が見せたことがある標高などが分かる地図を、断面図にして山を描かせてみたところとんでもなくその山を横から見た時とそう変わらない絵を描いたのだ。

これはリヴァイも高いが、2人のは単純な生まれ持った才能と言うやつだろう。

 

 

それと、立体機動術を扱う上でもう一つ鍛えておかなければならない能力と言うか、耐性がある。

それが、G耐性と呼ばれる物だ。

 

これは、前世の世界で言うところの戦闘機パイロットなどに特に必要とされる能力だ。

立体機動術は立体機動を行うとその動作や装置などの特性上、常に高G状況下に置かれる事になる。

計測する機器が無いから詳しい事は分からないが、少なくともジェット戦闘機で行う戦闘機動とそう変わらないレベルである事は間違い無い。

 

因みにではあるが、全身に張り巡らせたハーネスは確かに体重移動などで操作をする為に使いもするが、どちらかと言うとこのハーネスでの操作はあくまでも細やかな操作をする為のものであって、本来はガスの吹かす方向で方向を操作する。

となると他にどんな役割を担っているかと言うと、ある種の対Gスーツと同じ様な役割を担っている。

高G状況下では、血流の流れの関係でプラスGマイナスGどちらにGを掛けたとしても気絶する可能性が高い。

それを抑制する為のものがハーネスだ。

 

 

話を戻そう。

体力面で劣っているナナバやペトラが他の兵士と比べて立体機動術に長けているのはそれが理由だ。

G耐性が高ければ高いほど、より速い速度でより複雑な機動を行う事が可能であるからだ。

 

エレンは原作だと、対人格闘術以外の能力は平均かそれ以下だと評価されているのだが女として生まれて来ているのが理由なのか分からないがこれに関してはミカサほどでは無いがかなり高い。

女性として生まれているから原作の様に筋力や脚力で補うのではなく、空間認識能力とG耐性で補っている節がある。

故にエレンは原作と比べるとその戦闘能力はずっと高いだろう。

しかも根性なんかは誰よりも上で、原作においてリヴァイに「誰にも止められない化け物」などと言われるように並外れている。

それは小さい頃から接している俺でも度々感じられる事で、いじめっ子達に食らいついて延々と離さず、負けを認めた事などついぞ聞いたことがないし見たこともない。

それが合わされば、エレンは原作よりも良い順位を納めることができるかもしれない。

 

と考えるとやはり、原作と比べるとかなり違って来ているのは確かな事だろう。

小さいと思う違いも実際に見比べてみると大きく違っている事もかなりあるから、見比べられない現状ではどれほど違うのか言えないが……。

 

立体機動中に掛かるGはジェット戦闘機で格闘戦をするような、下手をするとそれ以上の高Gが常に全身にかかり続け、着地などの際にはスピードがついているから脚や膝、腰に掛かる負担はとてつもない。

しかも立体機動中に身体の向きを変えつつ様々な操作なども行わねばならないから、幾らあっても筋力は足りない。

 

他にも、狙った場所に正確にアンカーを射出し撃ち込む技術、巨人のうなじや腱といった場所を高速で立体機動中に切り取る技術なども磨かなければならない。

これは特に難しいもので、アンカーが狙った場所に撃ち込めないと予期しない機動をすることになるし、最悪地面や建物などに叩き付けられて戦う前からあの世行きだ。

 

これが、訓練兵団の訓練中に死ぬ者がいる大きな要因だ。

原作でのダズの様に雪山行軍などで死ぬとか死に掛けるという事は先ず無い。

まぁ、点数が低い者が点数欲しさに参加して命を落とすと言う事も、極々少ないがあることにはある。

 

そもそもの話、そう言う場合はまず参加させて貰えないからだ。

と言うかそんな体調で参加しようものなら教官に医務室のベッドに縛り付けられるし、普通に体調管理も出来ないのは兵士としての自覚などが足りないと言う事で減点対象だ。

 

そんな訳で、訓練兵団では最初の1年目は立体機動装置を扱うのではなくひたすら身体を鍛えつつ座学や馬術などを学ぶ。

それに加えて格闘訓練や乗馬、応急手当て、蘇生術などなど細々とした訓練が施されていく。

 

 

 

2、3年目になると立体機動装置を使った訓練が本格化してくる。

他の科目もやるにはやるが、座学は殆ど1年目で履修しておりしていない座学といえば立体機動装置そのものの細かな扱い方や整備などの仕方ぐらいだ。

週に1日、座学や馬術の日を設けてそれ以外はひたすら体力錬成か立体機動術の実地訓練と言ったところだろうか。

その年の主任教官によって訓練内容は変わるので一概には言えないが少なくとも俺の訓練兵時代はそうだった。

 

 

 

 

そう考えると、やはり生まれ持った身体能力の差というのは大きいだろう。

アルミンはお世辞にもそれが高いとは言い難いから、やはり他と比べると劣っていると言わざるを得ない。

 

「そうだな、アルミンは正直に言ってしまえばそれらが高いとは言い難いな。だがそんなものは鍛えれば幾らでも高められるし、何よりもお前には誰よりも賢い頭があるだろう。なに、そんなに自分を卑下する事は無い」

 

と言って何時ものように、わしゃりと頭を撫でてやる。

 

「ミカサは、相変わらずか?」

 

「うん。でも、おばさん達とか兄さんと会えないのは、寂しい」

 

そういったミカサは、口元をマフラーで隠すという癖をしながら顔を少し伏せてしょんぼりと寂しそうにする。

 

ミカサは、例の事件で両親を失ってからというもの、俺や母さん姉さん、カルラさんにエレン、アルミンといった家族同然の親しい人達に対して相当な執着を見せている。

それこそ常に一緒に誰かがいないと、不安で不安で仕方が無いらしいのは共に生活していれば簡単に予想できる。

原作でみれば大人びていて頼りになる様に見えるが、これでまだ12歳の子供だ。

日本で言えばまだ小学生で、ようやく中学校に入学する、といった年齢だ。

そんな歳の子供が軍事訓練を受けるというのは、前世での常識がある俺からするとかなり異常に感じるのだがこの世界に生まれ落ちてから20年を過ぎてくると、あまりそう感じられなくなってくる。

 

「なに、休暇になれば会えるだろう。それに、今年も例年通りならお前達が立体機動訓練を始めれば訓練教官でここにまた教えにくることになるだろうからな」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、毎年変人の多い調査兵団の中で比較的まともな俺が担当しているからな」

 

「あぁ、なるほど」

 

そう説明するとミカサはなんとなく分かったと言うような顔をした。

3人には調査兵団の人間がどんな奴らなのか聞かせていたからどんな人がいるのか大体知っている。

 

エルヴィンさんが絵が下手なのも、ミケさんが人の匂いを嗅いでは鼻で笑うのも、リヴァイが潔癖症なのも、ハンジが巨人狂いなのも話した。

そうすると、ミカサは特にそれを聞くと兄さんに迷惑掛けて許さないと言った様な顔をする。

迷惑をかけているのは俺も同じだしそれを嫌だとは思った事はない。なんなら慣れてくると楽しいとすら思える。

 

 

いつだったか、エルヴィンさんが何かを紙に描いていてそれを見た事がある。

 

『エルヴィンさん、何を描いているんですか?』

 

『猫だ』

 

『……猫!?』

 

という会話があった。

その時見た猫の絵は、どう見ても猫には見えなかった。

もういっそ悪魔と言った方が誰もが納得するんじゃないかと思うぐらい下手糞だった。

 

 

 

「3人はもう飯は食い終わったのか」

 

「あぁ、丁度食べ終わった時に兄さんの姿が見えたんだ」

 

「なるほど。そう言うことか」

 

「でも、ヴォルフさんはここにいてもいいの?教官に見つかったら」

 

「大丈夫だ、キース教官には騒ぎを起こさなければ、と言う条件付きで許可を得ているしな」

 

「そうなんだ。でも、この状況を見られたら多分怒られるよね……」

 

そう言ってアルミンは俺の後ろを見る。

 

と言うのも、この食堂にいる訓練兵達が集まってきているのだ。

さっきも言ったが自分達の同期が、調査兵団の兵士と親しそうに話していてしかも兄さん、なんて呼んで抱き付いたりしているんだから誰だって気になるだろう。

 

後頭部に物凄い視線を感じていたのだが、出来るだけ無視を決め込んでいたのだ。

何せ下手に振り向いたらどうなるか分からないからな。

 

久方ぶりの妹弟との会話を優先して何が悪い。

 

「なに、気にする事でもないさ。時間になるまでは話していても問題無いだろうさ」

 

「それじゃぁ、質問」

 

「どうしたエレン」

 

「さっきの部下の人って、兄さんの恋人?」

 

「んな訳ないだろう。単純に部下だと言うだけだ」

 

いきなり変な事を聞いてくるエレンは、訝しそうに俺を見る。

ミカサとアルミンも気になっているのか、熱心に聞いているし。

 

「それじゃぁさ、また調査兵団の話を聞かせてくれよ」

 

「あぁ、良いぞ。それぐらいなら幾らでも聞かせてやる。やっぱりお前達は調査兵団志望なんだな?」

 

「当たり前だろ?俺は調査兵団に入って巨人をぶっ殺したいんだ。それに兄さんには今までずっと世話になって来てるから、その恩返しもしたいし」

 

「私も、同じ。それに、エレンを1人で調査兵団に行かせたら兄さんが大変。エレンはストッパー役がいないとすぐに死んでしまうから」

 

「僕も、調査兵団に入って色んなものを見たいんだ。ヴォルフさんの手助けも、足手纏いにしかならないだろうけどそれでも何か恩返ししたいんだ」

 

口々にそう言われてしまうと、目頭が熱くなって来てしまうじゃないか。

止してくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃぁ、また明日訓練展示で会おう」

 

「あぁ、おやすみ兄さん」

 

「おやすみなさい」

 

「兄さん、おやすみ」

 

消灯時刻が近付いて来たので、最後に3人とハグをして食堂を後にした。

結局最後の最後まで食堂は俺とエレン達の会話に聞き耳を立てている者で溢れ返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、訓練展示の為に立体機動装置を装着し、ナナバと共に訓練兵団の訓練地敷地内にある巨大樹の森に足を運んだ。

 

「本日は調査兵団の2人に訓練展示を行ってもらう!いいか貴様ら、忙しい中お前達の様な愚図共の為に態々来てくれた事に感謝し一切見逃さぬよう目を死ぬ気で見開いて見るのだ!1年後にお前達が同じ様に出来るとは思わんが精々見て自分の糧にする事だ!」

 

キース教官の罵倒混じりの言葉から、訓練展示は始まった。

 

「まずは馬上からの立体機動に移る一連の動作を行ってもらう!その後、模型を相手に戦闘訓練を実施してもらう!」

 

緑の信号弾が打ち上げられて、それを合図に俺とナナバは新兵達がいる場所より離れた場所から馬を走らせる。

そして、丁度訓練兵達の集まっている場所の真ん中よりも少し前に来た時に立体機動装置のグリップを握って馬上で立ち上がり、ジャンプをして立体機動に移る。

 

「「「「「「「おぉぉぉ!!」」」」」」」

 

アンカーを左右の適度な距離にある巨大樹の中心に射出して、巻き取る。

 

そのまま訓練兵から見える辺りを立体機動で幾らか飛び回り、時に頭上スレスレをガスを吹かしながら飛んでやる。

 

そしてキース教官の合図で現れた巨人の模型を倒すべく、刃を装着して一気に空中で引き抜く。

 

「ナナバ!腱を狙え!」

 

「了解!!」

 

壁外での連携した対巨人戦闘と同じように、腱を先ずナナバに狙い削がせて、動きを止めたことを想定しうなじに斬り掛かる。

かなりの斬撃の深さで、うなじと腱のクッション部分が飛ぶ。

 

そして、そのまま連続して2体を討伐した後にそのまま巨大樹の枝に着地する。

するとキース教官が次の指示を出す。

 

「次にビッテンフェルト分隊長のみで複数の巨人を同時に相手しているという想定で戦闘してもらう!」

 

合図と共に、5体の模型が次々と現れて教官に操作されて動く。

それを狩る為に、枝から飛び降りてアンカーを射出、一番近くにいる模型から次々と壁外調査でやっているようにうなじを削いでいく。

 

続けて4体、6体、3体と現れてきてはその度にうなじを削いでいく。

 

通常ならば、巨人を相手する場合教本通りであるならば出来る限り動きを抑えたり止めたりする必要がある。

その方法は単純に機動力を削ぐと言うもので、一番分かりやすいのは人体で言うところのアキレス腱を削ぐことだ。他にも膝裏や足の筋肉を削ぎ落としていく方法もある。

 

腱と膝裏どちらかを狙った時、どちらが成功率が高いか、と問われると驚いたことに腱を狙った方が成功率が高いのだ。

膝裏は、足を曲げて歩くというどのような生物にもある特性上、走られたりすると寧ろ上下左右に揺れて縮んだり伸びたりするのでアンカーの狙いをものすごく付けにくいのだ。

ただし、動いていない、その場での棒立ち状態となると逆に膝裏の方が狙いやすい。

 

それに比べると、動いている時の腱は浮いたりするので寧ろ狙いやすい。

先の壁外調査でオルオに膝裏を狙わせた理由は、動きが止まっていた状態で膝裏の方が狙い易かったというわけだ。

 

動きのある巨人を相手するとなるとうなじを刈り取る際に要求される技術は相当上がるから基本は機動力を削ぎそれからうなじ、といくのが教本通りであり、調査兵団でも出来る限りはそうなるように戦っている。

 

だが、複数の巨人を同時に相手する場合、そんな事をしている暇は無い。

そんな状況という事は、他にも数多くの巨人に群がられていたりする場合である事が殆どで部下や他分隊からの救援要請も届いていることもある。

 

そんな時に悠長に機動力を削ぐなんてことはしていられないのだ。

だから最初からうなじを狙って殺しに掛かった方が早いし味方の損害も減る。

 

それを考えて実践してきたら、気が付くと1体を討伐するのに掛かる時間が大幅に短縮することが出来た。

恐らくリヴァイや俺、ミケさんと言った1人で複数の巨人を相手する事が出来る人間の討伐数がずば抜けて多いのはそれが理由だろう。

俺達3人は特にウォール・マリアでの防衛線と、奪還作戦においてその討伐数が異常なほど増えた。

 

短時間でより多くの巨人を捌かねばならないから突き詰めに突き詰めると、そうなる。

 

 

ただし、この戦い方は推奨されない。

何せ危険の方が大きいのだ、一定以上の技量が無いと兵員を無駄に損耗させる事となる戦い方だ。

他に出来るとすれば、ナナバやゲルガーと言った数年以上を生き残っている者の中の更に少数だけだろう。

そう言った面々ですら連携して戦う事を考えればどれほど異常な、おかしい戦い方をしているのか分かって貰えるだろう。

 

訓練兵にこれを見せる必要があるかと聞かれると、単純なパフォーマンスという意味以外はまるで無い。

下手に憧れさせて、模型相手に出来ると過信させるのは危険だが、人手不足を補う為に新兵をどうにかして集めたいからどうにかしようとすると、結果的に何かしらのパフォーマンスをしなければならなくなる。

 

それがこれ、と言うことだ。

 

新兵達の頭の中には昨日説明した調査兵団の、現役調査兵自ら語られる凄惨な実情はとっくにどこかへ消えてしまっている事だろう。

人間というのは、そう言う負の側面を忘れ易く良い事ばかりを見る生物だ。

今俺とナナバがやった少なくとも自分達が想像しているよりも遥かに高度な立体機動術を見てしまったのだから誰もがそればかりを考えて早く自分も立体機動装置を操りたい、としか考えていない。

 

ただ、中にはそうではない者もいる。

エレンやミカサ、アルミンは小さい頃から調査兵団がどう言った場所なのかを聞かせていたから大丈夫だろう。

出来る事ならば、それを周りに伝えて欲しいものだ。

実情を知らずに入るのと、知っていて尚入ってくるのでは覚悟の度合いなどが違うからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上で訓練展示を終了する!一応釘をさしておくが本日実演してくれたビッテンフェルト分隊長は調査兵団の中でも指折りの実力者だ!お前達の様な豚小屋出身者などが同じ事が出来ると思うな!!」

 

キース教官の罵声は今日も冴え渡っているな。

豚小屋出身者ってたしか、ミーナ・カロライナの事だっただろうか?

 

まぁいい、これで訓練展示は終わりだからあともう一回やれば仕事は終了だ。

 

 

 

 

 

そして、合計1時間半の訓練展示を終えてキース教官と共に教官室を訪れる。

 

「2日間、ご苦労。どうだった、新兵達は」

 

「やはり、新兵達は初々しいですね。毎年見ますが、訓練教官としてくる頃と比べた時の成長を見るのが私の中での風物詩と言いますか」

 

「そうだったな、ヴォルフガングは毎年周りがアレだからここに来ているのだったな」

 

「はい。まぁあの面々を考えれば仕方が無いかと」

 

俺の返答に、フッと笑う。

やはりキース教官は初めて会った時よりも随分と笑う事が少なくなった。

それだけ苦労が多かったと言う事だろう。

 

「ナナバはどう思った?」

 

「私は、104期生はかなり粒揃いだな、と感じました。それまでの訓練兵より随分と才能がありそうです。パッと見ではありますが自分達の代や他の代と比べても圧倒的ではないでしょうか」

 

「ほう、やはりそう思うか」

 

「はい。名前などは分かりませんが調査兵団に個人個人で勧誘したいぐらいには」

 

「ヴォルフガングは、知っているだろう?」

 

「ミカサ・アッカーマンとエレン・イェーガー、サシャ・ブラウスの3人は努力を怠らなければ間違い無く今期10番以内は確実でしょう。アルミン・アルレルトも体力面では劣りますが、他よりも賢く思い付く事が我々常人とは随分と違いますから、その頭脳があれば現状の打開も不可能では無いかと」

 

「随分と買っているな?」

 

「自慢の妹弟ですからね。贔屓目に見ても間違いありません。エレン・イェーガーは実際に見た事は無いので立体機動術に関しては余り言えませんが、根性だけならば間違い無く私の知る限り最もあります。周りよりも劣っている程度では折れませんよ」

 

「そうか。ならば卒団の時を楽しみにしておこう。それでこの後はどうする?今日1日はここでの任務だろう」

 

「そうですね、どうしましょうか……」

 

時間が早く終わった事自体には問題は無い。

やる事が無い事が問題なのだ。と言うのも、任務で此処に来ておりしかも命令書でこの日まで訓練兵団での任務に従事せよ、と明言されてしまっているのだ。

これ、途中で早く終わったからと言って帰る事はそう簡単に出来る事じゃないのだ。

 

今日まで訓練兵団での任務に従事せよ、と言われている状況で帰ってしまうと任務放棄になりかねないのだ。

エルヴィンさんならその辺は特に問題無いだろうが、それでも後々、エレンが巨人化した後に調査兵団と憲兵団どちらに身柄を委ねるかを決める場だったりで突かれると不味い。

 

要は時間すら守れずに任務を放棄するような奴らに預けられるか、と言われてしまう可能性が大きいのだ。

ただ、これには抜け道があってキース教官に早めに終わったから、帰還する事を許可した旨の書類をしたためて貰えれば解決する話なのだが。

 

「書類を用意していただく事は可能でしょうか?」

 

「いや、すまないがこの後に馬術と体力錬成、格闘訓練が入っているし他にもやらねばならない事があるので時間が足りない。代筆させる訳にもいかんからな」

 

「そうですか……。しかし、そうしたらどうしたものか……」

 

「ヴォルフ分隊長、それなら許可を頂いて新兵達の訓練を見学されては?それならば時間を有効活用出来るでしょう?」

 

ナナバはそう提案してくる。

ふむ、訓練を見学する、か……。いい案だな。時間を無駄遣いせずに済むし。

 

個人的な意見を言ってしまえばエレン達の訓練状況を見てみたい。

 

「そう、だな……。キース教官、宜しいですか?」

 

「あぁ、構わん。残念ながら格闘訓練においてはサボる馬鹿者が多くてな、監視の目が多いのはこちらとしても有難い事だ。それに調査兵に見られている、と言う状況下であれば幾らかはまともにやるだろう」

 

「ありがとうございます。それでは見学させて頂く事にします」

 

「あぁ」

 

許可を貰えると言うのであれば問題は無い。

ゆっくりと見学させてもらう事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから昼食を挟んで、乗馬訓練が始められた。

この乗馬訓練は、一番最初の訓練において自分の馬を選ぶ。

その馬は各兵団に配属された後も行動を共にする。

馬が寿命で死んでしまったり歳を取って作戦に従事出来なくなったりした場合は新しい馬が与えられる。

 

因みにではあるが俺の相棒である馬は2頭目だ。

1頭目の馬は壁外調査で怪我をしてそれが原因で走るには走れたが速度が落ちてしまい巨人が支配する領域では、それは兵士を乗せるには余りにも大きすぎる影響だったのだ。結果的に壁外に置いてこざるを得なかった。

 

2頭目の馬は、まだ若いがそれでも肝が据わっており数年の付き合いになる。

 

 

 

 

そして、その乗馬訓練は馬を乗りこなす技術の他に、馬上に立ってそこから立体機動に移るための訓練なども行う。

まぁ2年目に入らないと後者の訓練は馬上で立ち上がり、その姿勢を維持する訓練になる。

 

ただ、その立ち上がる訓練と言うのはものすごく危険だ。

落馬すれば打ち所が悪ければ死んでしまうし、生きていたとしてもよほど運が良くなければ骨折などの大怪我は免れないだろう。そうなっては、完治後の訓練に付いて行けずに開拓地送り待ったなしである。

 

俺とナナバは自身の馬に跨って、訓練兵達の乗馬訓練を見学する。

 

「あの金髪の子、随分と上手いですね」

 

「あぁ、馬が全く緊張していない。自然体で走っているし走らせている。もう信頼関係を築いたのか。良くやるな」

 

ざっと見ていると、だいたい誰が上手いとかが分かってくる。

原作でも同じで、クリスタは乗馬が相当得意らしくまだ1ヶ月程度しか馬と接した時間は無いのに既にかなりの信頼関係を築いている。

 

それと比べると、他の訓練兵はこの時期では概ね普通か平均程度だろう。

振り落とされる者もいれば、言う事を聞いてくれない馬もいる。

 

アレは単純に乗っている人間と馬の間での信頼関係が足りていないのだ。

もう暫く、根気強く接して毎日手入れをしてやれば馬の性格にもよるが1ヶ月か2ヶ月ぐらいで言う事を聞いてくれる様になる。

 

俺は最初に乗った時に振り落とされた挙句、踏み付けられそうになった。

いや、あれは本当に怖かった。馬に踏み付けられたら骨折どころの騒ぎじゃない。普通に内臓破裂だってするだろうしそうなったら医療が前世ほど発展していないこの世界じゃ死ぬ事間違い無しだからだ。

 

それからは、そりゃもう滅茶苦茶なほど世話や手入れをしてやり、慣れてきた頃になると訓練終了後に許可を得て少しづつ乗り回していた。

 

やはり入団から4ヶ月というのは、新兵達はまだまだ可愛いものだ。

兵士の「へ」の字にすら触れられていないのだから、まぁ仕方が無いと言えば仕方が無い。

 

 

 

 

 

格闘訓練になると、やはりサボる奴が多い。

真面目にやっているのは、エレンみたいな真面目な奴かコニーやサシャみたいな馬鹿な奴のどちらかだろう。

しっかし、ジャンのあのサボっている時の顔はなんか物凄くムカつくな。

 

あんな鼻の穴をおっ広げたようなアホ面で、チンタラチンタラやっているんだからどうしようもない。

 

「あの訓練兵、相当舐めてますね」

 

「あぁ、流石にアレは適当過ぎる。ナナバ、少しばかりお灸を据えてくるか?」

 

「いえ、キース教官に報告しましょうか。その方が効果がありそうです」

 

そう言うと、ナナバはキースに報告しに行った。

それから数分後、ジャンの背後から忍び寄ったキース教官に原作のコニーの様に頭を持ち上げられた挙句相当キツイ頭突きを喰らう事になる。一緒にペアを組んでいた者も、だ。

すごく痛そうだ。腫れたら数日は腫れが引かないだろうな、あれは。

やはりジャンはジャン、と言うことか。

 

 

それとは対照的で、コニーとサシャのペアは荒ぶる鷹のポーズッ!!とか叫びながらナイフを咥えて格闘訓練に勤しんでいる。

はたして、あれが勤しんでいると言えるのかどうかは、甚だ疑問ではあるが。

 

まぁ、真面目にやっていないよりかはマシだろう。

ちゃんとやるように少し注意はするが。

 

「昨日ぶりだな、ブラウス訓練兵」

 

「ヒェッ!?ご、ご苦労様です!!」

 

「お、お疲れ様です!!」

 

歩いて近づいて、声を掛けると2人とも一気に姿勢を正す。

 

「いやなに、面白い格闘訓練をしているな、と思ってな」

 

「あ、いえそのぅ……」

 

「まぁ、あそこでキース教官の頭突きを喰らった奴よりはマシだがな、憲兵団を目指すのであれば格闘訓練は点数が低いとは言え真面目にやっておいた方がいい。憲兵団は、対巨人戦なんて滅多にしないし、殆どの場合人間相手だからな。格闘訓練を疎かにしていると痛い目を見るぞ」

 

「「はい!申し訳ありませんでした!!」」

 

「あぁ、その調子で励め。ではな」

 

適当な所で切り上げてナナバと合流する。

その後は、フラフラと訓練兵の間を歩き見学を続けた。

 

 

体力錬成に関しては、特に何もない。

ひたすら腕立てや腹筋背筋、スクワットといった筋トレを延々とやり続けるだけだからな。

 

 

 

 

 

 

「それではキース教官、本日はお世話になりました」

 

「あぁ、また会おう。帰りの道中、気を付けてな」

 

「はい。それでは失礼します」

 

教官室でキース教官に挨拶を告げて、厩舎に向かう。

するとそこにはエレン達が立っていた。

 

「どうした、お前達」

 

「その、次会えるのはいつか分からないからちゃんと挨拶しておきたくてさ」

 

「なんだ、しょぼくれているのか?」

 

「ち、ちげェよ!兄さんが寂しがらない様にしてやろうかなって」

 

「ははは、そうか。それは嬉しいな」

 

エレンはエレンらしい誤魔化し方をする。

 

「兄さんは、また訓練兵団に来る?」

 

「どうだろうな、一応来年にくる予定ではあるが俺が来れると言う確証は無い」

 

「そう……」

 

「なんだ、別にしょぼくれる必要なんて無いだろう?ほら、顔上げろ」

 

ミカサは、やはり寂しいのかしゅんと肩を落としてマフラーで口元を隠す。

 

「アルミンも、見送りありがとう」

 

「うん、ヴォルフさんもお疲れ様」

 

「あぁ」

 

「その、来年までにずっと強くなっておくから。だから……」

 

「あぁ、期待している。頑張れよ」

 

3人と最後に別れの挨拶をして、気を利かせたナナバが連れて来てくれた愛馬を受け取る。

 

「それじゃぁな、エレン、ミカサ、アルミン。元気で怪我しないようにやれ」

 

最後に3人を抱き締めて頭を今までそうして来たようにクシャクシャッ、と撫でてから馬に跨り走らせて調査兵団本部を目指した。

 

 

 

 

調査兵団本部に帰った後、ナナバと別れてエルヴィンさんに報告を行ってから自室に戻って翌日の訓練に備えた。

 

 

 

 

 

 







なんか知らないうちにすごい評価が沢山ついてて、しかもお気に入りの数も爆増しているのに驚きを隠せない作者です。

読者の皆様、ありがとうございます。




追記
執筆中に何故か消えていた箇所がありましたので書き足させて頂きました。
申し訳ありませんでした。





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