中央暦一六四五年五月上旬。クワ・トイネ公国沖の上空にて、竜騎士と
「おいバウム。スピード出し過ぎだぞ、少し落とせ」
この竜騎士の一団の指揮を任されている班長、リーフがバウムという竜騎士に注意するが、バウムは挑発するような態度で返答した。
『あなた方が遅すぎるんでしょうが。それとも
リーフは呆れた様子でバウムを睨み付け、他の竜騎士たちは笑いをこらえながらその様子を眺めている。
タイミングを見計らって、ササとニラの二人がバウムを冷やかし始めた。
『バウムお前、
『ハッ!道理で上機嫌な訳だ。独り占めは良くねェぞ。何度言わせるつもりだよォ』
明らかに馬鹿にした態度で放たれた二人の言葉にはバウムも頭に来たらしく、「野郎ぶっ殺してやる!」などと叫びながら僚騎を撃墜しようと人間二人と
他の竜騎士たちは慌てて静止を促し、なんとか三人の鬼ごっこをやめさせた。
この直後、竜騎士長であるリーフの腰につけられたとても透明度の高い緑色の石が、突然意思を持ったかのように点滅し始めた。
リーフは一瞬その石を視界に入れた後、迷いなくその石を手に取り口元に近付け、大きな声で怒鳴った。
「こちら、クワ・トイネ公国竜騎士隊北東方面隊第三班班長、リーフだ!所属を述べられよ!」
直後、かなり興奮(否、混乱ともとれるかもしれない)した状態で返答の声が入った。
『第八班班長のマールパティマだ!たった今、〈天和神國辺境惑星国交締結使節艦隊〉を名乗る大規模な
リーチェ港といえば、クワ・トイネ公国においてはマイハーク港に次いで規模が大きい国際貿易港だ。
マールパティマが言うには、そのすぐ近くに
とても信じられない話だ。
しかし、報告を受けた以上は確認に向かわなければならない。
リーフは怒鳴り声にも聞こえる大声で、部下たちに命じる。
「みんな!リーチェ港沖合いに大型飛空船の艦隊が現れたらしい!急行するぞ!」
『えっ⁉マジっすか⁉』
『どこの誰かもわからないのに迎撃するんですか⁉』
竜騎士たちは突然の指示に戸惑う。
しかし、リーフにはおちおち説明をしていられる程の余裕は残っていなかった。
「いちいち説明してる暇は無い!早く着いて来い!」
リーフは自分の
普段は魚市場やせりで賑わいを見せるリーチェ港と港町は、今日ばかりは大騒ぎとなっていた。
理由はただ一つ、突如金属でできた巨大な飛空船の艦隊が空から降りてきたと思えば、乗組員と思われる人物が国交樹立のための使節団だと、それも大陸共通言語で名乗ってきたのだ。
国交を求めて来たのだから、外交官か同等の権限を持った誰かを連れて来ているはずだが、明らかに過剰な兵装の船で領海領空を侵犯している。
下手に相手を刺激すれば何をしでかすかわかったものではない。
艦隊の周囲では、実に三十騎もの竜騎士たちが飛び回り、威嚇を兼ねて警戒にあたっている。
住民たちはこの空中艦隊を「破壊の神が地上を滅ぼすために派遣した破壊の申し子かも知れない」、「悪魔たちが世界を乗っ取りに来たのではないか」と恐れおののく中、艦隊はその様子を静かに眺めているようにも見えた。
空中艦隊の中でも
その周りを竜騎士マールパティマと彼が駆る
マールパティマは先ほどの混乱が嘘のように治まり、冷静に白い大型船を観察していた。
多数の筒状の棒と、それらを支えるように鎮座する四角形に近い形をした台。
第三文明圏より西に位置する、ムーやミリシアルの戦艦の魔写を思い出す。
形こそ本当によく似ているが、戦艦に搭載されている砲の数はこの船の方が圧倒的に多く、しかも空を飛ぶことが可能ときている。
「なんて大きさだ…………こんなバケモノを相手に戦うなんて、考えるだけでも恐ろしいな……」
マールパティマは、ちょうど二年ほど前にパーパルディア皇国との合同訓練に参加した時のことも思い出し、その際に目にした戦列艦と今自分が見ている大型飛空船を比較する。
二年前に見たパーパルディア皇国の戦列艦にも、魔写でしか見たことが無いミリシアルの戦艦にも驚きを隠せなかったが、今目の前に存在する巨大な船はなんだ。
恐らく金属製であろう巨大な船は、間違いなく戦うことを前提に設計され、造られている。
だと言うのに、船に乗る貴人を目立たせるための芸術品にも見える。
何より、明らかに
マールパティマは、現在の自分たちではこの船を持つ国家には敵わないと悟った。
軍船ピーマの甲板にて、水兵長ミドリを始め、水兵たちはただ驚愕することしかできなかった。
島のように大きな金属製の飛空船の艦隊が、上空からゆっくりと海上に降りて来たのだ。
ミドリは思考を巡らせ、答えを探す。
なぜこのように巨大な船が、突如として公国の領空に現れたのか。
この船に乗っているのは自分たちと同じ人間か、それとも巨人か。
この船の乗員たちの真の目的は何なのか。それにしても巨大だ。
昔見たパーパルディア皇国の戦列艦とは比べ物にならない大きさだ。
もしパーパルディア皇国の戦列艦がこの巨大飛空船の隣に並んだのなら、さながら本物の船の隣に並ぶ小舟の模型にしか見えないだろう。
考えているうちに全ての巨大飛空船が海の上にその身を浮かべ、真正面の白い船が、あたかもピーマを
下からは見えなかったが、いずれの飛空船にも、甲板であろう部分に多数の台と筒状の棒が見える。
彼女にとっては問うまでもなくわかる。大砲だ。このようなバケモノを運用する国家だ。
水兵長ミドリは戦慄した。
竜騎士団第三班と歩兵第四旅団がリーチェ港に到着したのは、天和の使節団が乗る艦隊が、まさに海面に着水する瞬間だった。 巨大飛空船の船底と海面が接触する。
質量も体積も桁違いな巨大船が海を押し潰すかの如くその身を沈める。
しかし、沈没することもなく浮き続けている。
兵士たちも、竜騎士たちも、野次馬たちも、言葉を失った。
島ほどもある巨大な船が、海に沈むことなく浮かんでいる。
一体どのような原理で浮かんでいるのか、とんと見当がつかない。
今この場にいる人々は誰一人として理解すらしていなかったが、世界の統治者が交代する瞬間を目にしたのは、紛れもなく彼らであった。
場所は変わって、クワ・トイネ公国の首都エジェイにある首相官邸の会議室では、首相ワステリア公ジウハトを始め、首相補佐アバル公カナタ、外務卿ヴァーニシュ伯リンスイ、農務卿リリー侯バレイ、軍務卿ソーバス伯ロワン、他六名の計十一名が集まっていた。
議題は他でもない。
突然何の前触れもなく、遥か空の上から巨大飛空船の大艦隊が降りて来て、リーチェ港沖に留まっているという報告があったのだ。
かなりの重武装であるらしく、国の存亡に関わると悟った首相ジウハトは、ただちに閣僚たちに召集をかけ、会議を催した次第である。
「しかし、天から降りて来た未知の艦隊か…………」
と、軍務卿ロワンは呟いた。
自分たちは実物こそ見ていないものの、現場で実際に目にした兵士たちの報告を聞いたところ、かなり興奮していたことから、予想以上の代物であることは間違いない。
しかも武装しているので一歩間違えれば攻撃をして来るかも知れないのだ。
「その艦隊を操っている連中は我が国を攻撃しに来たのではないのか⁉誰がどう見ても侵略者じゃないか!」
「アシ閣下、落ち着いてください。まだ彼らが侵略目的でここに来たと決まったわけではありませんから。それに……」
陸軍長官アシが吼えるが、海軍長官ウルチがなだめる。
アシは不満気味な表情で口を閉じ、ウルチを睨み付ける。
対してウルチはそれを気にすることもなく、自身の予測を告げる。
「外交官を武装した艦隊で送ってくるあたり、彼らも我々を警戒しているのではないでしょうか?」
「つまり、彼らには我々のような文明と接触した前例があると?」
「はい。その時に原住民から攻撃を受けたことで、戦意を削ぐことを目的に威圧的な行動をとるようになったのではないかと」
ウルチが言葉を切った直後、入り口の扉を叩く音が会議室に響いた。
ジウハトが許可を出すと、耳が長く尖った男性が会議室に入り、あくまで冷静な態度で報告する。
「皆様、会議中失礼します。軍船ピーマが未知の飛空艦隊との接触に成功したと、先ほど連絡がありました」
未知の巨大飛空艦隊との接触に成功した。この報告を受け、カナタは身震いする。
「して、彼らの目的はわかったのか?」
「こちらにまとめてあります」
男性が粗い紙にまとめた報告書をジウハトに手渡す。報告書の冒頭にはこうあった。
一つ、彼らは天和神國という国家の使節団である。
二つ、飛来した目的は現地文明との接触及び国交樹立であり、決して武力による侵攻あるいは領土及び資源の奪取または文化等の破壊ないしは原住民の殺戮ではないこと。
三つ、領空ならびに領海侵犯行為等をここに深く謝罪するとしている。またこの度の領空侵犯により、負傷または死亡その他の損害を被った住人がいた場合は損害賠償を金品または損害分の物品で支払うとも伝えられた。
まだ続きはあるのだが、この報告を聞いてもやはり信じられない。
信じて交渉に臨むべきか、あるいは門前払いか、どちらを取るか。
あまりにも難解な大問題を前に、首相ジウハトは頭を抱え、悩む。
悩みに悩んだ末、ついに彼の答えは決まった。
「…………交渉の場を設けよう……」
「異論、ありませんか?」
会議の参加者全員が異議無しの一言を発し、ひとまず緊急会議は閉幕した。
同年同日、ミリシアル帝国東部の工業都市ステンにある町工場にて。
「なあ、聞いたか?」
小麦色の肌をしたスキンヘッドの大男が、隣で真っ赤に焼けた鉄を打つドワーフの青年に話しかける。青年は大男の話に耳を傾けつつ、作業を続ける。
「聞いたって何を?」
「パーパルディアがまた国を一つ潰したらしいぜ。今度はトーパってところだ」
大男はさも関係ないという風に装いながら言葉を連ねるが、その表情は暗い。青年は作業を終わらせ、コップに水を入れる。
「トーパって言うと、フィルアデス北の小国だよな?」
「ああ。何でも魔王と災厄が封印されてるって噂の丘で、魔素と神氣の流れが乱れはじめてるらしい。それをトーパの軍備拡張と無理やりこじつけて滅ぼしちまったんだと」
魔王と災厄という言葉が出た途端、職人たちの手が止まった。
「おいっガネク、冗談も大概にしやがれ!魔王はともかく災厄が目覚めたら最高神様でも手がつけられねえぞ!」
休憩していた鍛治職人の一人が大男に掴みかかる。
「そうだ!パーパルディアが本当にトーパを属領にしたんなら、魔帝が蘇る前に今度こそ世界は終わりだ!災厄を封印するのにさえ何十万人の生け贄が必要なのにあの馬鹿どもが災厄に対処できるわけがない!」
他の作業員も作業を放り出して大男に向かって怒鳴る。
場は混沌としはじめていた。