痣城双也という男は無駄を嫌う。
かつて彼は貴族に嵌められ、虚と戦わされ見せ者のようにされた。姉が自爆覚悟の鬼道によって彼を守ったが、貴族は追加の虚によって痣城を殺そうとする。その際に始解を通り越して卍解・雨露柘榴に目覚めたのだ。常時卍解という常識を超えた能力により貴族を皆殺しにし、彼は「強い死神になって」という姉の最期の言葉を胸に彷徨い始めた。
『死神の使命は……虚を葬ること』
優秀な死神ならば虚を滅ぼし尽くすべき。
そう考えた痣城は刳屋敷剣八をほぼ不意打ちで殺害し、八代目剣八となる。強さがあれば何をしても許されると評判の称号を手に入れた彼は、恐るべき計画を打ち立てた。
流魂街の魂魄を改造し、虚圏を壊滅させるための先兵とするという計画を。
しかしそれは叛逆を恐れた中央四十六室によって中止させられ、冤罪まで掛けられる。関係ないとばかりに痣城は一人流魂街へと向かい、そこで彼を止めようとした死神を数百人と倒した。
最終的に零番隊の介入を察知して戦っても無駄と悟り、投降する。
後に彼は最も深い牢である無間へと投獄された。
およそ二百五十年前のことである。
『私と共に来ないか?』
ある日、隊長羽織を纏った男にそんな声をかけられた。誰一人として侵入できぬはずの無間に入り込んだその男は、藍染惣右介と名乗った。
『君は世界を変えようとした唯一の剣八だ。私と共に世界の在り方を考えよう』
藍染は自身の計画を告げた。
崩玉という物質を手に入れ、この尸魂界に宣戦布告する。更にはこの世界の王の住まう場所、霊王宮を襲撃すると。
『私は霊王を討つ。しかしただ討つだけではない。この私が天に立ち、新たな世界を創造する』
そのためには霊王の守護たる零番隊と戦わなければならない。
護廷十三隊を始末し、痣城でさえ戦うことは無駄と断じた零番隊を打ち破る必要がある。痣城は不可能だと考えた。
しかし藍染は語る。
『護廷十三隊など私の敵ではない。そして私は彼らを足止めする尖兵を手に入れた。進化した虚、
それは虚の殲滅を掲げる痣城にとって眉を顰める提案であった。
勿論、藍染もそれは理解している。
『目的のために無駄な過程などない。全て、私の掌の内だ』
なるほど。
藍染の言葉は甘く、痣城の心に染み込む。
確かに虚の力を借りるというのは痣城双也の理念に反する。しかし最後に虚圏殲滅が叶うというのならば乗ってみるのも悪くない。また藍染が約束を違えるならば、その時は本来の計画によって虚圏を滅ぼせばよいだけの話である。
『そうか。ありがとう。君の役目は十一代目剣八……更木剣八の斬魄刀の能力を引き出すことだ。彼女はどんな強敵も始解することなく倒してしまう。彼女から始解を引き出し、更に卍解まで使わせることができるのは君をおいて他にいない』
痣城双也は了承した。
◆◆◆
「逃げましたか」
一人残された剣八は卍解を解く。
移動経路に囚われず逃げることが可能ということだ。剣八が追いきれないとはそういうことである。
「やちる。双極の丘に戻りましょう」
「うん! 剣ちゃん楽しかった?」
具象化したやちるが剣八の背中に飛びつき、問いかける。
更木剣八は彼女の本名ではない。
最も治安が悪いとされる北流魂街八十地区、更木。彼女はそこで血に塗れていた。荒くれ者が常に争い合い、奪い合い、戦いが絶えることはない。そこで名無しの女剣士は斬魄刀を片手に襲い来る敵を殺し続けていた。
だが、彼女を満たせる強者はいなかった。
故に彼女は死神となることを決める。
記憶の彼方にある、強過ぎた女剣士を思い出したのだ。あれは死神であった。あの愉しい戦いを再び興じるため、彼女は獣であることを止めた。
そして今日、彼女はまた思い出した。
黒崎一護と出会い、理性によって封じていた化け物の心を思い出した。
「ええ、とても愉しかったですよ。もう少し長く戦えたなら、ね」
今日は良き日だ。
剣八はそう答える。
しかし一方で痣城のことを憂いていた。
「それに彼は……愉しそうではなかった。過去のこととはいえ、剣八だというのに」
更木剣八は死神となるため、理性を覚えた。しかし戦いを愉しむ心を捨てたわけではない。ただ、獣とならずとも戦いを愉しむ術を見つけただけであった。
しかし痣城双也は違った。
彼は義務によって剣八の称号を手に入れ、剣八を演じていた。
◆◆◆
正体を現した藍染こそが全ての元凶と知り、護廷十三隊は再び一つとなった。
双極の丘へと集結した彼らは下手人たちを取り押さえる。
朽木ルキアに埋め込まれた崩玉を手に入れた藍染に対し、夜一と砕蜂がその首に刃を突き付ける。市丸には松本乱菊が刃を当て、東仙は檜佐木が抑える。
更には総隊長、山本元柳斎までやってきた。
「終わりじゃ藍染」
夜一が告げる。
しかし藍染は何一つ焦っていなかった。寧ろ余裕の笑みすら浮かべる。
「何がおかしい」
「いや、そろそろ時間だと思ってね」
その意味は理解できなかったが、空気が変わったことを夜一は感じた。
咄嗟に叫ぶ。
「離れろ! 砕蜂!」
二人は藍染から離れた。
その瞬間、天が裂けて光が降ってくる。それは藍染を守るようにして取り囲んでいた。彼だけではない。市丸と東仙も同じく包まれ、乱菊と檜佐木は退避する。
裂けた天には無数の大虚が蠢いていた。更に奥には巨大な何かまで潜んでいる。
「やぁ、遅かったね痣城双也」
またそこに痣城双也も具現化した。
同時に反膜が降り注ぎ、彼をも保護する。
山本元柳斎は思わず目を見開いた。
「お主は……」
監獄、無間に捕らえていたはずの男だった。
しかしその彼が藍染に手を貸し、瀞霊廷から逃げようとしている。
四人は反膜に包まれ、天に開いた穴へと吸い込まれるようにゆっくりと上昇し始めた。反膜はただの光ではない。包まれたら最後、その内側と外側は完全に隔離されてしまう。斬魄刀や鬼道を使っても破壊することは不可能。理を超えた力なのだ。
この時点で、藍染惣右介とその一味を捕らえることは不可能となった。
「東仙!」
血に濡れた狛村は吼える。
「貴公は何のために死神となった! 亡き友のためではないのか! 正義のためではないのか!」
「私は言ったはずだ狛村。私の歩む道は血に染まることになる。私の歩む道こそが……正義だ」
明らかな拒絶。
藍染と共に昇っていく東仙を見て、狛村はただ地面を殴ることしかできない。
一方で浮竹は冷静に、責めるような口調で問いかける。
「
「驕りが過ぎるぞ浮竹。最初から誰も天に立ってなどない。君も、僕も、神さえも。しかしその耐えがたい天の座の空白も終わる」
藍染は決別を示すかのように、眼鏡を外した。
そして前髪を掻き上げつつ、それを手放す。
落ちていく眼鏡は地面にまで辿り着き、割れた。
「これからは、私が天に立つ」
誰もが絶句する。
「さようなら。死神の諸君」
反逆者となった藍染惣右介。
彼は市丸ギンおよび東仙要、更には痣城双也をも引き連れて去っていった。中央四十六室が全員暗殺され、護廷十三隊からは三人もの裏切り者を出す始末。
瀞霊廷は混乱と傷跡を残し、彼らを見送るしかなかった。