ノイトラの頭部を貫いたはずの剣八だが、反射的に身を引いた。
全く手応えがなかったからである。
「くくく! 貫いたと思ったか?」
嗜虐的に笑うノイトラが、眼帯を剥ぎ取る。
そこには虚の穴が空いていた。
「残念だったなぁ! てめぇは俺を貫いたんじゃねぇ。ただ穴を通過しただけなんだよぉ!」
「なるほど。それは面白い。では折角なので」
剣八は自身の眼帯にも手をかける。
「お揃いになりましょう!」
左目の眼帯が剥ぎ取られる。
その途端、更木剣八の封じられた霊圧が上昇した。これにはノイトラも唖然とする。
「てめ……どんな仕掛けを!」
「仕掛け? そのようなつまらないものを私がすると思いましたか?」
剣八は剥ぎ取った眼帯を見せつける。その内側には複数の口のようなものがあり、蠢いていた。絶大な剣八の霊力を喰らい、封じ込める半生命の化け物である。
「これは私の霊力を無限に喰らい、抑え込みます。私は力を増したわけではありません。手加減を取り払っただけのことですよ」
この事実はノイトラのプライドを深く傷つける。
彼は自分より上に立つ女が嫌いだ。弱者が嫌いなのだ。力のない者は這いつくばり、自分の下にいればいいと思っている。
そしてネリエルとの過去のこともあり、女に手加減されることを極度に嫌う。
「ふざっけんじゃねええええええええええええええええええええ!」
魂が動悸する。
怒りのあまり、彼は残る力を全て解放した。腕が左右で二本ずつ増え、合計で六本の腕となる。そのそれぞれに大鎌を持っていた。最強の
激怒によって霊圧は不安定となるが、その一方で劇的に上昇する。
それに呼応して剣八も霊圧を高めた。
抑える必要のない、全力だ。理性によって抑え込んでいる力を、化け物の性質を、更木剣八の秘めた心の一部を、今解放する。
「何だよこれ……あれが剣八の本気なのか……?」
「ひっ……」
「うひぃぃぃぃ! 死ぬッス! 死んじゃうッスよイチゴーーー!」
ただ存在するだけで空間が焼き尽くされる。
絶大な霊圧は虚圏の砂漠をすり潰し、霊子結合すら破壊していた。事象の拒絶という絶対的能力によって結界を張る織姫すら、その力には耐え切れない。戦いの余波を防ぐために張っていた三天結盾に亀裂が走った。
一護は背筋が凍るような思いをしつつも、前に出て織姫とネルを庇う。
「死ねえええええええ! 女死神いいいいいいい!」
ノイトラは剣八から発せられる霊圧に怯え、怯えた自分に怒りを覚えた。
ある意味でヤケクソに斬りかかる。
だがそれはすなわち正気を失っているということだ。それを見て、剣八は一気に冷めた。濃密な霊圧が静謐さを宿し、全て斬魄刀へと宿る。
「はぁ。その程度ですか」
一閃。
ノイトラ・ジルガは縦に両断された。
◆◆◆
戦いを終えた剣八は再び眼帯を装着する。重く空間を軋ませる霊圧も急激に低下した。それによって一護たちもまともに呼吸できるようになる。
ただ、冷や汗は止まっていなかった。
「大丈夫ですか? 私の霊圧にあてられたようですが」
「あ、ああ。感謝するぜ剣八」
織姫の能力ですっかり回復した一護が答える。
だが剣八は一護の持つ黒い刀へと目を向けていた。卍解・天鎖斬月である。
「卍解を使いこなしつつあるようですね。どうです。暇つぶしに戦いませんか?」
「は、はぁ? ふざけんな。まだ俺の仲間が……」
「大丈夫です。卯ノ花隊長や朽木隊長、あとは涅隊長も来ていらっしゃいます。霊圧知覚でわかりませんか? もう皆、助かっていますよ」
「え? ああ」
そこでようやく一護も理解する。
先程までは必死に戦っていたので気付くのが遅れてしまった。だが、各地で隊長たちが戦っているのも感じ取れる。
「ってちげぇよ! 戦わねぇよ!」
「残念です。まぁ、それは良いとして、動けますか?」
「あ、ああ。取りあえず仲間と合流して……」
一瞬の油断。
剣八ですら気を抜いていたその瞬間、一体の
「っ!」
「井上!」
剣八と一護は瞬時に反応して剣を抜くも、その時にはスタークも姿を消していた。目にも留まらぬ早業であった。
折角取り返した織姫を奪い返されてしまった。
「くそ!」
「私も行きます、黒崎さん」
「ああ、頼む剣八!」
二人は瞬歩でその場から消える。
◆◆◆
織姫は藍染の前へと連れてこられる。
すなわち一護と隊長格がまだ虚圏に滞在する理由が生じた。
「要」
「はっ!」
ただ呼びかけられただけで東仙は全てを理解する。
詠唱破棄によって縛道の七十七、天廷空羅が発動した。虚夜宮に広がった。
『今より現世へ侵攻する』
藍染の策略。
それは脅威である更木剣八を虚圏に封じ込めることであった。鏡花水月を無効化する更木剣八と戦う場合、純粋な戦闘能力で上回る必要がある。つまり霊王を打ち破り、新たな世界を創造した暁に成し遂げれば良い話なのだ。
剣八たちが通り抜けて来た
「
藍染惣右介、市丸ギン、東仙要、そして痣城双也は空座町へと繋いだ黒腔へと消えていく。
「はい。藍染様」
ウルキオラはただ一人、返答した。
◆◆◆
織姫は再び攫われ、虚夜宮に残された。
ウルキオラ・シファーと共に。
「心とはなんだ?」
仲間が来ると信じる織姫に、ウルキオラが問いかける。
虚無を司る彼にとって、感情とは理解の外にあるものだ。
「その胸を引き裂けば見つかるのか? 頭蓋を切り開けばそこにあるのか?」
その指先が織姫の胸に触れた。
後少しでも力を入れたなら、彼の指は織姫を引き裂くだろう。しかし織姫は恐怖していなかった。一護が助けに来ると信じていた。
壁が破壊される。
鈴が鳴る。
「月牙……」
卍解を纏った黒崎一護が、その刃に黒い霊圧を収束させる。
織姫に一目。
無事だ。
「天衝おおおおおお!」
夜よりも闇よりも深い黒の霊圧がウルキオラに炸裂した。
その間に剣八が音もなく織姫の側へと現れる。そして彼女を抱え、瞬歩で距離を取った。
「え、あ、更木さん!?」
「はい。更木剣八です。無事ですか井上さん」
「えっと、お蔭さまで?」
「それは何より」
やがて黒い霊圧が晴れる。
そこには刀を抜いたウルキオラが一護と鍔迫り合いをしていた。
「剣八ぃ! コイツは俺の戦いだ! 手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
そう叫び、一護とウルキオラは激しく打ち合い始める。
割り込む隙など与えないとばかりに。
剣八「硬さに慣れる必要なんてなかった」