目を覚ました一角は、そこが四番隊の隊舎であることを見抜いた。よく怪我をする十一番隊が頻繁に世話になる場所である。知らないはずがない。
そして隣にはよく知る気配もあった。
「たい、ちょう」
「まだ安静にしていなさい。一応の治療はされましたが、全快ではありませんよ」
「はい」
美しき眼帯の隊長、更木剣八。
彼女が佇むだけで空気が澄むような感覚さえ覚える。だが一角はそれが嵐の前の静けさに過ぎないことを知っていた。
「相手は?」
「死神でした。発展途上ですが、成長速度には目を見張るものがあります。きっと隊長と会う頃にはもっと強くなっているでしょう」
「そうですか。楽しみですね」
そう言った途端、静謐に満たされていた空間が歪む。まるで刃を研ぐかのような、それでいて荒々しさを感じさせない圧倒的な霊圧だ。副隊長にも匹敵するはずの一角ですら息苦しさを感じる。
しかしすぐにそれは収まった。
「ふふ。
「そうだよ! れっちゃんカンカンだよ!」
「あ、副隊長もいたんすね」
「やっほーつるりん!」
やちるの独特なネーミングセンスが光る。
つるりと剃り上げた一角にはつるりん。これには思わず怒りのパラメータが上昇する。しかし隊長の前だからと抑え込んだ。伝えることを伝えるために。
「奴には隊長の特徴を教えました」
「そう」
聞くことが聞けた剣八は振り返る。
長い黒髪がふわりと宙を舞った。
「それは楽しみですね。本当に」
整った赤い唇が弧を描く。
背を向けていたため、その蕩けるような顔は誰にも見られていなかった。
◆◆◆
阿散井恋次にとって朽木ルキアは幼馴染である。
まだ死神となる前からの付き合いであり、共に真央霊術院に入った。しかし当時、朽木ルキアはただのルキアでしかなかった。
それが変わったのは、ルキアが四大貴族である朽木家に引き取られてからである。現当主、朽木白哉の妹として朽木家の一員となったルキアは、恋次とは交わらぬ道を歩み始めたのだ。しかし恋次は黙って受け入れたわけではない。
ルキアと並ぶために。
そして彼女を引き取った朽木家当主を超えるために。
純粋な心で力をつけ、憧れた果てである朽木白哉の副官となった。
(ルキアを処刑していいのか? それでいいのか?)
彼は現世から彼女を連れ戻した一人ではあるが、処刑という判決に悩んでいた。人間に対し死神の力を譲渡した。それは尸魂界において重罪と見なされる行為である。しかし処刑するほどの罪でもない。
阿散井恋次という男も、上が下した決断を素直に受け止めきれずにいた。
しかし護廷十三隊に所属する以上は逆らえない。
板挟みにあっていたのだ。
だからこそ、ただ助けたいの一心で瀞霊廷に乗り込み、護廷十三隊に喧嘩を売った目の前の男が羨ましかった。
「そんなに……ルキアを助けてぇか!」
自身の斬魄刀、蛇尾丸によって傷だらけとなった一護に問う。
もう勝負は決している。
疲労しているものの恋次はほぼ無傷。一方で一護は重症だ。だが、それでも黒崎一護という男は剣を支えに立ち上がった。
「バカ野郎……『助けてぇ』じゃねぇ。助けるんだ!」
ダメだ。これ以上は。
(心で負ける!)
恋次は揺れ動く。
ただの侵入者でしかない男の言葉に揺らいでしまう。
本当は助けたかった。
護廷十三隊を裏切ってでも助け出す気概と力が欲しかった。いや、そうではない。
(俺は……ビビってたんだ。こいつはまるで絶望していねぇ。俺にすら負けそうなほど弱ぇのに勝ってルキアを助ける気でいやがる!)
ただ反射で一護の攻撃を捌き、揺れる心を捻じ伏せようとする。
しかし彼の強さを見てしまった以上、自分の弱さが目立つ。どうしても自分の弱さが拭えない。手を伸ばしても届かなかった輝きが、そこにあった。
「うおおおおおおおおお!」
一護の斬月が、阿散井恋次を斬った。
彼の弱さ諸共に。
◆◆◆
夜が明ける。
『きゃあああああああああああああああああ』
そんな悲鳴が早朝の瀞霊廷に響き渡る。
悲壮と驚愕、そして絶望が滲み出る声の主は五番隊副隊長の雛森桃であった。その理由は彼女の敬愛する隊長が磔にされ、刀によって急所を貫かれていたからである。
―――五番隊隊長、藍染惣右介の暗殺
旅禍騒動に加え、瀞霊廷は新たな混乱に包まれた。
◆◆◆
敗北した恋次は遂に本心を露わにした。
どうか、ルキアを助けてくれ。
(ああ、助ける!)
託された想いを胸に、一護は走り続ける。岩鷲と花太郎を伴って。
真っ白な建物を目指して。そこにルキアがいるという確信に従って。
多数の一般死神、班目一角、そして阿散井恋次。強敵を倒してきた一護には自信が付いていた。傷つきながらも戦い続けてきた彼は成長を実感していた。途中で協力を得た山田花太郎という死神に治療してもらったこともあり、今はほぼ回復している。
ただ一つ、彼には懸念があった。
それは花太郎からもたらされた隊長格に関する情報である。
(更木剣八……斬っても死なねぇ、か)
どんな恐ろしい巨漢だろうか、という考えが浮かぶ。
花太郎からは絶対に戦うなと何度も念を押された相手だ。生半可な相手でないことは確かである。しかし離れたところで共に戦う仲間のため、そしてルキアを助けるためにも怯えている暇はない。
一護は花太郎が付いて来れる範囲で速度を上げ――
チリン
――鈴の音が鳴った。
「あなたが侵入者の中で最強の者ですね。探しましたよ」
また鈴が鳴る。
静けさの中に、くっきりと浮かび上がる。
綺麗な剣八が一護の前に立ち塞がった。