更木剣八の一撃は痣城に明確なダメージを与えた。
ただの霊圧で叩き潰すという単純明快な方法であったが、それが最も有効である。一見すると無傷な痣城だが、魂魄に対して明確なダメージを負っていた。
そんな彼が取った手段は単純明快。
逃走である。
「……また逃げましたか」
剣八は痣城の気配が突如として消失したことを確認していた。空間転移のような禁術でもなければ不可能な芸当である。だが、痣城には雨露柘榴があり、その能力によって移動したと考えるのが妥当だ。
問題は移動先である。
「ひとまず、黒崎さんの方に合流しますか」
藍染の霊圧が不自然に消失したのを確認した。
だが、まだ何者かが戦っているのを感じられる。何かが起こっている。その確信を胸に、剣八は駆けだした。
◆◆◆
剣八が一護の元に辿り着いた時、それは一護と一心が穿界門を開く寸前であった。突如として現れた美女に一心は驚愕し、一方で一護はある種の安堵を浮かべる。
「無事だったのか、剣八」
「うおっ! 誰かと思えば更木隊長か!?」
「知ってるのか親父?」
「ま、まぁな」
「お久しぶりですね志――」
「おおおっと! それよりも早く藍染を止めに行くぞ! 更木隊長も来てくれ!」
「? 勿論です」
志波と言いかけたところを慌てて止めたことから、剣八もそれはタブーなのだと理解する。また同時に一護が一心を親父と呼んでいたことも疑問を抱いたが、ひとまずは納得した。
「覚悟はいいな一護」
「ああ」
剣八、一護、一心は穿界門へと飛び込んだ。
◆◆◆
地獄蝶を持たぬ者は、穿界門を潜ることで断界へと導かれる。ただ、世界の境界たるこの場所を通り抜けることで尸魂界に辿り着けるということは変わらない。
藍染と市丸もこの空間を歩いていた。
その背後から光り輝く何かが迫る。
「あらら。
拘突は断界を掃除する存在だ。ある種の概念であり、これに触れると、永久にこの断界に閉じ込められることになるだろう。運良く脱出できたとしても、数百年単位で時間軸をずらされてしまう。それは隊長格の死神でも変わらない。
だからこそ、市丸は逃げることを提案した。
しかし、藍染は動かない。
「藍染隊長?」
また呼びかける。
だがやはり動かない。まさか藍染は拘突を止める気でいるのだろうか。そんなことを考え、忠告のつもりで告げる。
「藍染隊長、あれは死神とか虚とか霊圧では止められへん。理の外にあるもんです。ええから逃げましょ」
すると藍染は手を伸ばす。
何をするつもりだと問う前に、迫りくる拘突は消滅してしまった。いや、藍染が消滅させたのだ。
「理とは、それに縋らなければならない者のためにあるのだ」
言外に、藍染はもはや理を超えた存在であることを告げていた。
◆◆◆
断界を駆け抜ける三人の死神がいた。
だが、その途中で一人が急に立ち止まる。そしてキョロキョロと周囲を見渡した。
「おかしい」
その死神、一心が呟く。
すると一護がどういうことかと尋ねた。一心は自分の疑問点をすぐに述べる。
「拘突がいねぇ。藍染が何かしたのか……」
「いなくなると不味いのか?」
「ああ、本来は良くない。だが今は好都合だ」
「どういうことだ?」
一心は懐から謎の器具を取り出しつつ答える。
「この断界は外界よりも時間軸が濃密だ。その倍率はおよそ二千倍。拘流は厄介だが、俺がこの道具で抑え込むことができる」
「どうするつもりだよ。それよりも早く藍染を――」
「なるほど。一心さんは黒崎さんに修行させるつもりですね?」
「――俺に、修行?」
今更そんなことを言われても首を傾げるほかない。
しかし一心は真面目であった。
「一護、今からてめぇの斬魄刀の精神世界に入れ。そこで聞きだすんだ。最後の月牙天衝をな」
「最後の……月牙天衝?」
「そうだ。俺がこの拘流を抑えていられる時間はおよそ一か月。それまでに聞きだせ。何としてでもな」
「黒崎さん。つまりここでは外よりも時間の進みが緩やか。故にすぐに藍染を追いかける必要がないということです」
「けど剣八……」
「安心してください。私は先行して藍染を足止めしま……いえ、倒してしまいましょう。無駄にならないと良いですね。修行が」
剣八の強気な物言いに一護だけでなく一心までもが目を白黒させる。
だが、頼りになる言葉だ。
「へっ……あんたが倒す前に追いついてやるよ」
「やれるものならやってみなさい」
優雅に、静かに、それでいて闘気を燃やしつつ。
更木剣八は断界の奥へと消えていく。
彼女も密かに楽しみだと考えていたのだ。藍染惣右介と戦うことを。
◆◆◆
断界の出口に人影があった。
それは佇み、何かを待って微動だにしない。
剣八はその前まで歩き、斬魄刀を構えた。
「ここにいたのですね。痣城双也」
「更木剣八」
痣城はその名を呼ぶ。
どこか誇らしげに。
「認めよう。お前こそが剣八だと」
「ふふふ。認めるも何も、私が剣八であることは当然の理です」
「だからこそ、ここで殺さなければならん」
そう告げると同時に、両手を剣八へと向ける。まるで蓮華の花を思わせるように。
彼はただここで待ち構えていたわけではない。更木剣八が来るとこと理解した上で、相応の準備を整えていた。最も得意とする鬼道、双蓮蒼火墜を最大限まで練り上げて。
詠唱による強化も終わった。
失敗しないぎりぎりの霊圧を込めた。
後は言霊を唱えるのみ。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜」
ほぼ不意打ちの一撃だった。
一本道の断界では逃げる場所などなく、下がったところで焼き尽くされるだろう。この痣城双也の鬼道から逃れる術はただ一つ。
切り裂くこと。
更木剣八は痣城が予想した通り、双蓮蒼火墜を両断して見せた。
しかし剣を振り切ったその瞬間こそ、痣城が狙っていたもの。双蓮蒼火墜などそのための伏線でしかなかった。
(さらばだ更木剣八)
あえて口には出さない。
無駄口は叩かない。
狙うは柔らかい右目である。そこを脳ごと刺し貫き、殺すつもりだった。痣城は勝利を確信する。
「甘い」
その声が聞こえるまでは。
背筋が凍った。
痣城の剣が、その切先が剣八の右目に届く寸前であった。だが、そこで剣八は刀身を掴んで止めた。彼女の左手からは血が流れるも、ますます力を強めて握る。
「私の間合いに入りましたね」
一閃。
恐怖に従って剣を手放し、痣城は後ろに飛ぶ。だが間に合わず袈裟切りにされた。しかし空気と融合しているため、傷がつけられることはない。だが、明らかに動揺していた。
剣八は敢えて切らなかったのだ。
信じられないものを見る目をした彼に対して剣八は告げる。
「なぜ、弱者の戦いをするのですか?」
「弱者だと?」
「あなたは強い。霊力も斬魄刀も。なのに小賢しい小手先に頼ろうとする。何故本気を出さないのです? 何故、不要な回り道をするのです? あなたには何物をも切り伏せる刃があるというのに」
それは痣城の心に深く突き刺さった。
剣八。
それは斬られても死なないという称号だ。剣八の称号は先代を殺すことで受け継がれ、やがて蟲毒のように最強の剣八が誕生する。
小細工はいらない。
ただ単純な最強がそこにあるのみ。
それが『剣八』なのだ。
(そう、か)
痣城は全てを理解した。
剣八の称号がどのような意味を持つのか腑に落ちた。かつては便利だから手に入れた称号でしかなかったそれも、今は誇らしく名乗ることができる。
「……十一番隊隊長、痣城剣八」
「いいえ。私こそが十一番隊隊長、更木剣八」
この一刀に全てを。
二人の意志は完全に交わる。
痣城は雨露柘榴と反膜の糸によって最強の刃を作り出した。小細工など不要。彼の能力は文字通り最強の刃を……双極すら超える斬魄刀を具現化することができる。
剣八は本気で応える。左目の眼帯を外し、溢れ出る霊力の全てを野晒へと託した。その大太刀の形状が揺らぐほどの霊圧を放つそれは、更木剣八が放てる最高であった。
二人はしばし睨み合い、僅かな静寂が流れる。
動いたのは同時。
決着は一瞬。
互いの体から血が噴き出た。
倒れたのは―――痣城剣八であった。
「あなたの強さ。しかと受け止めました。ですが私が剣八。それは譲れません」
倒れた痣城をそのままに、彼女は断界から出た。
脇腹から大量の血を流しつつ。
剣八ならパワーで語れや(パワハラ)
決着。
痣城は死んでいません
原作小説はここに至るまでいい話があるんですけど、カット。あれは是非とも読んで欲しい。