尸魂界へと辿り着いた藍染と市丸は、本物の空座町へと向かって歩いていた。急ぐ必要はなく、何かを噛みしめるかのように、あるいは何かを待つかのようにゆっくりと。
そろそろ空座町が見えてくるだろうか。
二人は不意に歩みを止めた。
背後からやってくる存在に気付いたのだ。
「意外だったよ。一番先に来るのは黒崎一護だと思っていた。痣城双也に足止めさせていたはずだが、予想よりも早い。しかし無傷ではないようだ」
「この程度、傷にも入りませんよ。そちらこそ、随分悠長に歩いていたのですね」
「焦る必要がないからだよ」
「その判断は失敗でしたね」
二人に追いついたのは更木剣八であった。
彼女は既に野晒を解放しており、大太刀の形状になったそれを構える。そんな剣八を見て藍染もゆっくりと斬魄刀を抜いた。
「君のことは山本元柳斎よりも警戒していた。君の斬魄刀が私の鏡花水月を無効化するということを知った時からは特に。だからこそ、私は崩玉と完全に融合するまで戦うことを控えていたに過ぎない。今はもう、その制限はない」
「そうですか。随分と買ってくださっているのですね」
「零番隊がなければ私は君を殺すために全てを費やしていただろう」
「御託は充分ですよ」
剣八は霊圧を高め、周囲が軋み始める。既に剣八は眼帯を外しており、限りなく全力に近い状態なのだ。それにもかかわらず、彼女は藍染の霊圧を感じることができずにいた。剣八が藍染から感じることができるのは完全なる凪である。
今の藍染は死神を超越した。
故に別次元の存在となっている。
霊圧が多いとか、そのような理由だけでは越えられない壁がそこにあった。
だからこそ、剣八は滾る。
「藍染隊長」
しかしそんな剣八を前にしても顔色一つ変えない男が口を挟んだ。
市丸は自身の斬魄刀、神鎗を抜く。そして藍染の構える刀に触れつつ、押し退けるようにして彼が前に出た。
「藍染隊長がでることありません。僕がやります」
それならばそれで良い。そう判断した藍染は力を抜き、剣八との戦いを市丸に任せようとする。
剣八に対抗するべく霊圧を高めた市丸は、その斬魄刀を解放した。
――卍解・
一瞬で刃が伸びる。
目の前に佇む剣八……ではなく、背後の藍染に向かって。市丸自身の体によって神鎗を隠し、完全な不意打ちで卍解を発動させた。伸びた刀身はあっさりと藍染の胸を貫く。
「鏡花水月から逃れるには発動前に刀に触れる必要がある」
いつになく鋭い目を向ける市丸は藍染へ向かって語り掛ける。
「その一言を引き出すのに何十年かかったことやら」
そして刀身を元の長さに戻し、藍染の胸から引き抜いた市丸は剣八の方へと下がる。一方でこれから激しい戦いが始まるものと思っていた剣八は目を白黒させた。
だが、すぐさまある程度を理解する。
「裏切り?」
「ちゃいますよ更木隊長。僕はずっと藍染隊長を狙ってたんや」
「ふ、ふふ……知っていたさギン。君が私を狙っていたことなど。だが卍解といえどその程度の攻撃で私を殺せると思ったかい?」
確かに市丸の攻撃は藍染の胸を一刺ししただけ。
今の藍染は月牙天衝の傷すら瞬時に再生してしまうほどであり、とても効果があるとは思えない。だがそんなことは市丸も承知していた。
承知の上で、充分だと判断していたのだ。
「藍染隊長。僕、斬魄刀の能力で嘘つきました。言うたほど長く伸びません。言うたほど速く伸びません。ただ刀の内側に毒があります」
市丸ギンの卍解・神殺鎗。
伸縮の瞬間に粒子化し、引き戻す際に刺し貫いた敵の中へと刀身の一部を残す。人体を一瞬で融かしてしまう強力な毒が仕込まれた破片を。
それを聞いた藍染は思わず目を見開いた。
「
その手を藍染の胸元へと伸ばしつつ、一言告げる。
同時に毒が効果を及ぼし、藍染の胸に大きな穴が空く。そのまま市丸は手を伸ばし、崩玉を掴み取った。奪わせまいと藍染は市丸を殴りつけるが、それすら利用して崩玉を奪いつつ後ろへと下がった。更には瞬歩で逃げて藍染から距離を取ろうとする。
そうしている間にも毒によって藍染の肉体は朽ち果てようとしていた。
「お、おおおおおおおおおおおおおおっ!」
藍染は慟哭する。
朽ちていく体はまるで逆再生するかのように、毒など関係ないとばかりに。どうやって移動したのか理解すら追い抜けつほど速かった。いつの間にか藍染は市丸の目の前へと移動し、彼が崩玉を持つ腕ごと奪い取っていた。
「っ!」
「崩玉は私の手に無くともすでに私のものだ!」
崩玉と融合した藍染は既に超越した魂となった。故に不死身。市丸の卍解を以てしても殺し切ることは不可能となっていた。
それでも崩玉を取り返そうとする市丸に対し、藍染は一閃。
市丸を切り殺そうとする。
だが、その間に剣八が割り込み、一撃を防いで見せた。
「流石は更木剣八。崩玉を従えたこの私の攻撃を見切るか」
「市丸ギン、下がってください。邪魔です」
ようやく斬り合える。
そんな感情を隠すこともしない剣八。
腕を失った市丸は、止血しつつその場から離れた。
◆◆◆
市丸ギンはかつて流魂街の民であった。
そして彼には守るべき人がいた。
松本乱菊。
今は十番隊の副隊長をしている彼女も、実を言えば幼馴染である。子供の頃は彼女のために食料を集め、彼女のために生きていた。彼女のためならばどんな危険も恐れなかった。
だが、市丸は乱菊を守れなかった。
彼は目撃してしまったのだ。
死神、藍染惣右助が乱菊から魂を削り取り、崩玉へと与えている瞬間を。
(乱菊の大切なもんを取り返すために――)
そのためだけに、市丸ギンは死神となった。
藍染の身内となり、獅子身中の虫となって乱菊の魂を奪い返すために。崩玉に取り込まれた乱菊の力を取り戻すために。
乱菊を騙し、瀞霊廷を裏切り、反逆者の汚名を背負っても。
ただそれだけのために。
「ギン、あんた」
「乱菊……」
大木に身を預け、千切られた腕を押さえる市丸は諦めたような表情を浮かべる。驚愕し、泣きそうな、あるいは怒ったような顔の乱菊を見て全てを悟ったのだ。
「見とったんやな」
「……あんたが藍染を刺したところからね」
「かなんなぁ。ほんまはずっと黙っとこうと思たのに……」
乱菊は彼に近寄り、腰を落とす。
そして死覇装の一部を千切って市丸の腕に巻き付けた。かなり強く縛って。
「いっ……もうちょっと優しくしてや」
「馬鹿。あたしがどれだけ」
――ごめんな。乱菊。
空気が裂け、大地の轟きがここまで聞こえる。
更木剣八と藍染惣右介が激しく戦っているのだろう。
――あとは任せたで。更木剣八
イケメン過ぎる市丸