たった一度。
それだけで一護は元の姿へと戻る。
最後の月牙天衝とは、文字通り最後の力だ。これを使ったら最後、黒崎一護からは死神の力が一切失われてしまう。だが、一護は躊躇うことなく力を使った。
「がっ……ぐはっ……」
藍染は地を這いずり、苦しみ悶える。
すぐ側に剣八と一護が現れた。
「アレを喰らって生きていますか」
「ああ。すげぇな」
よく見れば藍染は再生しようとしている。
そこで剣八は大太刀の形状をした呑晒を振り上げ、一護も追撃しようとした。だが、ここで一護の体から力が抜ける。死神の力が消え始めたのだ。
「黒崎さん?」
「やべ……死神の、力が……」
力を使い尽くし倒れる一護と対照に藍染は立ちあがる。
もう傷のほとんどが再生されつつあった。
「終わりだ更木剣八、黒崎一護! 私は君たちを超え、更に上へと至る!」
私が天に立つ。
崩玉は藍染の意志を取り込み、具現化する。
より強く、より強く。
それを目指して藍染を進化させる。
最後の月牙天衝と剣八の奥義を以てしても、藍染惣右介を倒し切ることはできなかった。耐えきった時点で、藍染惣右介の勝利が確定していた。
はずだった。
突如として藍染の体に衝撃が走る。
まるで十字架を思わせる霊子の杭が藍染の体内から現れたのだ。同時に、藍染は力が失われていくのを感じ取る。
「これは……!?」
「封印ッス」
満を持して登場した浦原喜助。
彼は戦いが終わるのを見計らってこの場に現れた。
「封印だと!? いつの間に!」
「最も油断していた時、別の鬼道と一緒に打ち込ませて頂きました。ボクは藍染さんが崩玉と融合した時点で倒すことは不可能になると考え、封印用の鬼道を開発してきました。そして黒崎さんと更木さんに弱らされた今、それが発動したってわけです」
「こんな封印など!」
藍染は力づくで封印を破ろうとする。
すると杭のようなものは幾つか弾け飛んだ。だが、すぐに新しい霊子の杭が藍染を貫く。呻く藍染に対し、浦原は諭すように語りかけた。
「分からないんッスか? 崩玉はアナタを認めないと言っているんッス」
「浦、原ああああああ!」
封印は徐々に強くなり、藍染という男を抑え込んでいく。
必死に抵抗するも封印の方が強く、そしてもはや崩玉は応えてくれない。
「浦原喜助! 私はお前を蔑如する! お前ほどの頭脳がありながらなぜ動かない! 何故、あんなものに従っていられるのだ!」
「あんなもの? 霊王のことッスか……?」
霊王。
それは尸魂界の王だ。王属特務とも呼ばれる零番隊が守護しているとされるが、その実態を知る者は少ない。尸魂界に詳しくない一護は勿論、剣八も存在を聞いたことがある程度だった。
だが、浦原は訳知り顔で霊王を語る。
「……そうか。アナタは見たんスね」
「……っ!」
「霊王の存在がなければ尸魂界は分裂する。霊王は楔なんス。楔を失えば容易く崩れる。世界とはそういうモノなんスよ」
しかし藍染は激昂した。
浦原の答えは、あの藍染を苛立たせた。
「それは敗者の理論だ! 勝者とは常に世界がどういうものかではなく、どうあるべきかについて語らなければならない!」
天に立つ。
そのために藍染は護廷十三隊を裏切った。
だがそれは野心の故の行動ではない。藍染は世界の在り方を変えたかったのだ。霊王という罪の上に成り立つ死神の存在を許せなかったのだ。過ちの上に存在する世界を間違いだと、そして自分の世界こそが正しいと言い聞かせた。
だから彼は天を目指した。
死神を超え、虚を超えて。
「私は―――!」
故に、彼の斬魄刀は語る。
偽りよ、消えされ。
私こそが正しい世界だ。
砕けろ、鏡花水月―――と。
◆◆◆
藍染は封印され、複雑に絡み合った十字架のようにしてそびえる。
全て終わった。
この戦いは勝ったのだ。
だが、一護の顔は浮かない。
「浦原さん、
「……」
「戦っている時、剣を通して伝わってきたんだ。あいつは誰よりも才能があった。だから誰よりも孤独だったんだ」
「天才は孤独って言いますからね」
「俺と剣八が戦っている時、どこか愉しそうだったんだ。だから……満足しちまったんじゃねぇかな。どう思う剣八?」
野晒を戻し、やちるを具象化させた剣八は少し思案する。
そうしている間にやちるが答えた。
「剣ちゃんすっごく愉しそうだったよ! だから愉しいに決まってるよ! イッチーもそうだったでしょ?」
「あ、いや俺は別に……」
「やちる。今はそんなことを言っている場合ではありませんよ。ですが、確かに藍染にも藍染の正義があったというのは確かでしょう。許して良いことではありませんが」
ただ、剣八はそこで話を切った。
「私は市丸も捕獲しなければならないので、また」
「あ、ああ」
やちるを背中に乗せた剣八は瞬歩で移動した。
藍染との激しい戦いから逃れるため、市丸と乱菊はかなり遠くまで離れてしまっている。剣八が近づいていることに気付いた様子だが、逃げようといった雰囲気はない。
実際、現れた剣八に対して市丸は実に大人しかった。
「終わったみたいやね」
「ええ。大人しく捕まってもらえますね?」
「かまへんよ。もう乱菊に捕まってしもたからな」
本当に抵抗する気がないというのは確かのようだ。
ただ形式的に縛道で拘束し、連行する準備を整える。
瀞霊廷に混乱を巻き起こした藍染の乱。
ようやく、収束を迎えた。
◆◆◆
戦いの後、瀞霊廷内では戦後処理に追われた。
特に新しい中央四十六室は旅禍侵入事件の頃から溜まっていた判決をするべく忙しくしていたのだが、その中でも優先して行われたのが藍染と市丸の裁判である。
不死身となって処刑できない藍染は監獄の最下層、無間にて禁固されることになった。
一方で市丸だが――
―――残念ながら処刑と判決された。
ただし、執行猶予が付く。
その理由は処刑具である双極が破壊されたからである。中央四十六室を皆殺しにして瀞霊廷に叛逆したという罪は、初めから藍染を裏切るつもりであったという理由があったとしても許されることではない。みせしめも含めて盛大に処刑されることになる。
だが、そのための双極がなくなったので、代わりができるまで執行猶予という運びになった。何百年、何万年の執行猶予になるのかは不明だが。
この戦いは護廷十三隊に多くの影響を与えた。
藍染、市丸、東仙という三人の隊長が抜けた穴を埋めるため、無実が判明した浦原や夜一、
そして更木剣八も中央四十六室より呼び出されていた。
「更木剣八、貴様の力は瀞霊廷において強すぎる」
「藍染の捕縛に尽力したことは認めよう。だが貴様の力は封印指定に値する」
「故に霊圧を抑える拘束具の装着を命じる」
「我々中央四十六室の判断を抜きにしてそれを外してはならない」
普段から使っている眼帯のように、彼女の霊圧を喰らうための封をつけるように言われた。藍染との戦いで取り戻した化け物の力を封じるよう強制された。
それに対し、山本元柳斎は当然ながら意見した。
大悪を誅した剣八に対しその扱いは仁義に反すると述べたのだ。
しかし賢者とは名ばかりの中央四十六室がそれを受け入れるはずもない。彼らは自身の保身と権力の増大を企む老害そのもの。そんなことだから先代が皆殺しにされたのだと気付くこともない。
所詮、護廷十三隊は中央四十六室の手足に過ぎない。
「受け入れましょう」
剣八は受け入れた。
しかしそれで中央四十六室は調子に乗ったのか、さらなる命令を突き付ける。
「貴様の斬魄刀を瀞霊廷内で解放することを禁じる。封をせよ」
卍解どころか、始解すら禁じるという命令。
それは七代目、
藍染の裏切りによって護廷の死神の力に対し敏感になっている中央四十六室は、尽く更木剣八の力を削るようにと話を進めた。
◆◆◆
地下議事堂から帰る途中、山本元柳斎は剣八に対して弱々しく語りかける。
「すまんの更木隊長」
「構いませんよ」
元柳斎の謝罪に対し、剣八は何ということもない風に言った。
力を封じられて怒らないはずがない。また斬魄刀の解放すら禁止されている。これで気にするなと語る剣八に疑念の目すら向けた。
「そんな目をしないでください」
剣八は見惚れるほどに美しい笑みを浮かべる。
そしてその笑みは妖しさすら帯びる。
「だって、そんな封印。簡単に消し飛ばせますから」
更木剣八。
その美貌と落ち着いた雰囲気から男性死神からの人気も高い。
左目の眼帯。
そして首にはチョーカー。
腰には斬魄刀の代わりに頑丈な刀。
始解を禁じられ、霊圧を本来より大幅に封じられた彼女はこう呼ばれる。
―――綺麗な剣八
とりあえずおしまい
霊王の設定を知って、藍染様の目的にピンときました。藍染様なりの正義があったんだろうなと。
そして流れるような
千年血戦篇は執筆中です。
……そもそも原作が実家にあるから読みながら書けないんですよね。アニメ早くきて