思わず立ち止まった一護は斬月を構える。
一方で花太郎は悲鳴のような叫びを上げた。
「ひ、ひいいいいいいいい! 更木隊長おおおおお!?」
「んな!? こいつが更木剣八なのかよ!?」
イメージからかけ離れた更木剣八の容姿に動揺を隠せない。
静かに湧きあがる霊圧によって羽織と髪が舞っている。そこに荒々しさはなく、驚くほどの静寂だけが支配していた。彼女の腰に付けた鈴が鳴る。
「十一番隊隊長、更木剣八。さぁ、あなたも名乗ってください」
「……黒崎、一護だ」
「そうですか。黒崎さん、あなたはどうしてここに?」
「ルキアを……朽木ルキアを助けるためだ!」
一護の返答に対し、剣八は戸惑いを見せる。
「この瀞霊廷に侵入者が現れたから何者かと思えば……罪人を助けに来たわけですか」
てっきり護廷十三隊か貴族に怨みを持つ者が復讐のために侵入してきたのだと思っていた。しかし聞いてみれば処刑が決定されているルキアを助けるためだという。瀞霊廷に仇成す者を叩き斬るつもりだった剣八からすれば予想外過ぎる返答であった。
しかしだからといって素直に通すわけがない。
「まぁいいでしょう。私のすべきことは変わりません。黒崎さん、かかってきなさい。あなたの強さ、試してあげましょう」
腰に差した刀をゆっくりと引き抜く。
それは何の変哲もない、ただの刀だ。一護の斬月と比べれば酷く貧弱に思えてしまう。しかし隙のない剣八に、一護は一歩も踏み出すことができずにいた。
時間がない。
だが手早く倒せる相手でもない。
故に決断した。
「岩鷲、花太郎、行ってくれ」
「でも……」
「バカ野郎! 霊圧で分かんだろ。俺と花太郎じゃ無理だ。一護に任せるぞ」
「ああ頼む。お前らにしか頼めねぇんだ」
花太郎はあくまでも護廷十三隊の死神。ルキアを助けて欲しいという願いは筋違いである。だが、真摯な一護の頼みを花太郎も無下にはできなかった。岩鷲に腕を引かれつつ、頷く。
乗り掛かった舟、後はどうとでもなれ、という一種の諦めもあったのかもしれないが。
「必ず、生きていてください。僕が治します」
「へっ、案外無傷で倒せるかもしれねぇぜ。行け!」
「はい!」
「死ぬんじゃねぇぞ一護!」
全力で駆けていく岩鷲と花太郎。
二人の移動は瞬歩ではなくただの駆け足に過ぎない。剣八ならば余裕で捕らえて……いや一瞬で殺すこともできただろう。しかし敢えて見逃した。
(あれらは雑魚。後からどうとでもなります。それよりも旅禍を優先しましょう)
幸運なのは岩鷲も花太郎も剣八から見て取るに足らない雑魚であったことだ。一護のように興味を持たれることもなく、見逃された。いや、一護という極上の相手が隠れ蓑となった。
改めて二人の視線が交わる。
「さぁ、どうぞ。私が女だから、華奢だからと見誤ってはいけませんよ。私はあなたよりも遥かに強い。全力で殺しに来なさい」
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
恐怖に抗い、一護は雄叫びを上げる。
身の丈ほどもある巨大斬魄刀、斬月が勢い良く振り下ろされた。
◆◆◆
一方その頃、四番隊の隊舎では藍染惣右介の検死が行われていた。今朝、死体となって見つかった彼を調べるのは四番隊隊長の卯ノ花烈、そして副隊長の虎徹勇音である。
「魄睡と鎖結、そして心臓が破壊されていますね。藍染隊長ほどの人物を相手にこれほど容易く急所を……」
「やはり犯人は旅禍なのでしょうか?」
「だとするならば、相手は余程の手練れなのでしょう」
「一体どれほどの……」
魄睡は霊力の発生源、鎖結はそのブースター。共に死神としての生命線である。ここを破壊されると霊力を扱えなくなり、死にはしなくとも確実に弱体化する。その上で藍染は心臓を破壊されていた。
よほど手際よく殺されたのだと分かる。
背丈の割に臆病な勇音は怯えるようにして自身の肩を抱いた。
「怖がることはありませんよ」
しかし卯ノ花は冷静に彼女を慰める。
「ほら、感じられるでしょう。この霊圧を」
深海を思わせる静かで重い霊圧。
それを解き放つのはこの瀞霊廷においてただ一人である。勇音もそれに気付き震えが止まった。護廷十三隊における戦闘部隊の隊長が戦っているのだ。
「更木隊長に任せれば問題ありませんよ。きっとすぐに解決します。さぁ、私たちは私たちの仕事をしましょう」
卯ノ花は再び、藍染の遺体を調べ始めた。
◆◆◆
「なん……だと……」
一護は目を疑った。
自分の誇る斬魄刀、斬月。あらゆるものを切り裂き、立ち塞がる相手を切り伏せてきた最強の相棒だ。しかしその斬撃が止められていた。
しかも刀で防がれたといった話ではない。
その一撃は間違いなく剣八の左胸を切り裂こうとし、その表面で止まっていた。
「弱いですね」
落胆の声が耳朶を打つ。
同時に一護は酷い衝撃を受け、背後へと飛ばされた。蹴られたと認識し、何とか地面を転がって受け身を取る。そして剣八を睨んだ。
しかしやはり、傷一つない。
「不思議そうですね。どうして斬れないのか、と」
剣八は一護の考えを当ててみせた。
静かな物言いは余計に一護の精神を追い詰める。
また、鈴が鳴る。
「簡単なことです。あなたが自身の霊力を固めた最高の一振りより、私が垂れ流す霊力の方が強かっただけのこと。死神の戦いは霊力の大きさで決まります。つまり、あなたの斬魄刀で私の体を傷つけることはできないということです」
それは絶望の宣告であった。
一角、恋次を破ってきた一護に叩きつけられた高み。
レベル差の暴力を思わせる理不尽だ。
「はぁ」
唐突な溜息に一護はビクリと震える。
「残念です。一角を破ったと聞いたから期待したのですが……」
「一角だと……?」
「ええ。彼は私の部下ですから」
「敵討ちってことかよ」
「いいえ。彼はそんなことを望まないでしょうし、私には関係のないことです」
霊圧が一段階上昇する。
いや、隠されていた霊圧が解放された。
相変わらず激流のような荒々しさはなく、深海へと放り込まれたかのような感覚を覚える。普通の死神と比べても圧倒的な霊力を有する一護ですら、全身から汗を流すほどだ。
思わず笑ってしまう。
「へへ」
「何かおかしなことでもありましたか?」
「いいや。確かに俺はあんたを嘗めてたみてぇだ。ここからは本気で行くぜ!」
一護は正面から攻めることを諦め、眼帯をしている左側から攻める。正々堂々とか、そんなものを気にしている余裕はない。勝てる要素を全て使ってぎりぎりだ。
その証拠に剣八は一護の攻撃に反応していた。
振り下ろされる斬月の側面に刃を添わせ、綺麗に受け流す。またその瞬間に剣八の姿は一護の眼前から消失した。
チリン
鈴の音が鳴る。
咄嗟に反応した一護は頭を下げ、転がるようにして回避した。ほぼ同時に背後から刀が薙ぎ払われ、一護の胸があった場所を通過した。
(っぶねぇ!)
安堵するが、まだ剣八の攻撃は終わっていない。
連続して鈴が鳴る。
音を頼りに剣八の攻撃位置を予測し、何とか回避していく。そして一護の強みは成長だ。彼はまだ発展途上の死神であり、戦いの中でその才能を急激に開花させていく。剣八も、徐々に一護がついてこれるようになっていると気付いた。
剣八が攻撃し、一護が防御する。
その構図が少しずつ変化していく。一護は回避してすぐに反撃するようになり、剣八が防御させられる回数が増え始めたのだ。まだまだ簡単に受け流しているものの、徐々に攻撃の鋭さは向上していく。効かないからといってわざと攻撃を受けるようなことはしない。それは一護の成長にならない。
「いいですね。こうして鈴を下げている甲斐があるというものです。限界まで感覚を研ぎ澄まし、私に順応してみせなさい!」
「うる、せぇ!」
「そう、私の左側は死角。いい動きですね」
更木剣八はあまりにも強すぎる。
圧倒的霊圧と戦闘センスは他の追随を許さず、本気を出す前に叩き潰してしまう。だからこそ、彼女は自分自身に枷を付けた。
「あなたにはもっと上があるはずです。さぁ、私に見せてください!」
長い髪を振り乱し、隊長羽織を翻す。
二人のぶつかり合いは激しさを増していった。
イッチー絶望タイム