剣八が怖すぎて修行中を狙う
それは滅却師の王を讃えるものだ。
封じられし王は900年を経て鼓動を取り戻し
90年を経て理知を取り戻し
9年を経て力を取り戻す
◆◆◆
大打撃を受けた死神たちは、それぞれが鍛練に身を費やしていた。
あるいは瀞霊廷に罠などの仕掛けを施し、地の利を得ようと考えた。
だがその日、その瞬間、瀞霊廷は飲み込まれていく。
「くそ! なんだこれは!」
「どうなっている! 確認しろ!」
特に監視体制を敷いていた技術開発局は混乱に満ちていた。
第三席、
「瀞霊廷が……消えた」
全てが塗り替わった。
瀞霊廷が滅却師の操る影に侵食されていき、
死神の瀞霊廷は消え去り、その全てが滅却師の世界へと塗り替わる。
影が存在しない場所を除いて。
◆◆◆
千年前、死神に敗れた滅却師は逃亡した。
護廷十三隊に追い詰められた彼らは逃げる場所として、瀞霊廷の影を選択した。その霊子を収束させる能力によって影の中に新しい空間を生み出し、そこで生き永らえ、力を高めてきたのだ。
「侵食、完了しました」
「ああ」
皇帝ユーハバッハは満足気に頷いた。
その側に控えるのは二人。
一人は次期皇帝へと指名された石田雨竜。最後の一人が死神と虚の力を持つ異質な滅却師、黒崎一護。
ユーハバッハは雨竜へと語りかけた。
「雨竜よ。
「はい」
それは滅却師に伝わる帝王の賛歌。
現世に残る最後の滅却師たる雨竜も知っている。
「封じられし王は900年を経て鼓動を取り戻し、90年を経て理知を取り戻し、9年を経て力を取り戻す」
「その通りだ。だが、それに続きがあることを知っているか?」
不敵な笑みを浮かべるユーハバッハは、
勝利を確信したような態度で、彼は告げた。
封じられし王は900年を経て鼓動を取り戻し
90年を経て理知を取り戻し
9年を経て力を取り戻し
「――そして9日をもって世界を取り戻す」
世界が終わるまでの九日。
今、それが始まった。
◆◆◆
瀞霊廷が消失した直後、滅却師は襲撃を仕掛けた。
死神を奪った卍解で仕留めよ。
ユーハバッハの命令に従い、卍解を奪った滅却師はその対象となる死神を探していた。
「質問をする。お前の隊長はどこだ?」
二番隊副隊長、
怠惰で、不潔で、太っているという、とても強そうには見えない彼。しかし隠密機動の副官ということもあって意外と素早い。動けるデブというやつである。
BG9は砕蜂の居場所を知っているであろう彼を見て拷問することに決めた。
「はっ……言うかよボケ」
当然のようにそう答える大前田に対し、BG9は触手のようなものを叩き付ける。まるで騎士を思わせるこの滅却師は心のない機械人形。胸元から伸びる触手は何度も大前田を殴打し、首へと巻き付いた。
そして先程と変わらぬ口調で質問する。
「二度目の回答権を与える。お前の隊長はどこだ?」
「……知らねぇな」
大前田は血を吐きだしながら答えた。
不真面目な彼も護廷十三隊の副隊長だ。この程度の忠誠は持ち合わせていた。
ならばとBG9は不意に左腕を伸ばす。そしてそこから触手のようなものを伸ばし、壁を貫いた。何をしているのか分からない大前田はその先を目で追う。一体何の意味があるのか、それは土煙が晴れた瞬間に理解した。
その触手は少女を貫いていた。
「体組織、霊性情報を解析。お前の血縁者だと推定する」
「テメェ……
少女の名は大前田希代。
妹だった。
「三度目の質問だ。回答を期待する」
忠誠か、家族か。
護廷に属する者ならば、隠密機動ならば選ぶ余地もない。
大前田は歯を食いしばり、喉が裂けるほどに叫んだ。
「く、クソ野郎がああああああああ」
「残念だ」
三度目の正直はない。
BG9は希代の臓物を引きずり出し、大前田に絶望を見せようとした。
その瞬間、横合いから襲い来る凄まじい衝撃にBG9は吹き飛ばされる。
この衝撃のためか、触手から大前田と希代は解放された。大前田は少女が地面に打ち付けられることがないよう、慌てて受け止める。
「大前田、その娘を四番隊に連れていけ。まだ間に合うはずだ」
「た、隊長おおおおおお!」
「煩い。さっさと行け」
二番隊隊長、砕蜂が風を纏って現れた。
◆◆◆
彼女が霊子の塊を振りまく度に大爆発が生じ、死神たちは死んでいく。
「はぁ~。もう、あのワンちゃんどこにもいないじゃない。霊圧知覚でも感じ取れないし、逃げたんじゃないでしょうね」
彼女は狛村の卍解を奪っていた。
すなわち、彼をその卍解によって殺害するべく歩き回っていたのだ。彼女の仲間である
「ねぇ、さっきからあたしばっかり喋って恥ずかしいじゃない。返事くらい……」
そう、連れているつもりだった。
彼女の背後には誰もいなかったのだ。
バンビエッタの顔が赤く染まる。そして苛立ちのあまり、爆撃を振りまいた。建物と一緒に死神たちが吹き飛んで行く。
「おー、おー、やってくれたやんけ」
そこに五番隊隊長、平子真子。
また副隊長の雛森桃がやってきた。
◆◆◆
何者をも通さぬ遥か地下、無間。
その一角では地面が真っ赤に染まり、白髪の少年が倒れていた。
「う、ぐ……」
「卯ノ花隊長、お願いします」
卯ノ花が倒れる冬獅郎へと近寄り、治癒する。
もうどれだけ戦い続けているのか分からない。そしてどれだけ斬られたかもわからない。冬獅郎の精神は限界に近かった。
だが、本当の限界でこそ魂は昇華する。
ふらふらになりつつ立ちあがった冬獅郎は、力なく氷輪丸を構えた。
「はぁ、はぁ……」
「気が抜けていますよ」
「ぐあああ!」
あまりに無様だったので、剣八は蹴りを叩き込む。
吹き飛ばされ、地に伏した冬獅郎に対して剣八は剣を掲げた。それも両手で。
「これで終わりです。生き残れるかどうかはあなた次第。死ぬならそこまで。本当はここまでするつもりはありませんでしたが、仕方ありません」
霊圧が高まり始め、そのせいで空間が軋む。
破壊神の権能とまで言われた彼女の霊力により、世界を構成する霊子が焼き切られているのだ。剣八は自身の斬魄刀を魂魄へ取り込み、一つとなりつつある。
解き放たれる斬撃は破壊の一撃。
直撃すれば冬獅郎も消滅させられることは間違いない。
「死にたくなければ、頑張ってくださいね」
刃が振り下ろされる。
破壊的な斬撃が冬獅郎に迫った。
◆◆◆
冬獅郎の意識が朦朧としていたのは、ダメージの大きさだけが原因ではない。
彼は今、斬魄刀と対話していた。
『冬獅郎』
岩山が無数にそびえる荒野。
そこに氷の竜がいた。
『冬獅郎』
氷の竜、氷輪丸は呼びかける。
この精神世界で刃を構えたまま立ち尽くす冬獅郎へと。
『冬獅郎』
やがて冬獅郎は目を開いた。
そして氷輪丸の呼びかけに答える。
「氷輪丸……」
『ようやく私の声が届いた。待っていたぞ』
「氷輪丸、俺は」
『語らずとも良い。私は全て知っている。お前が力を欲していることも。私はお前が望むままに私の力を与えよう』
氷輪丸がそう告げた瞬間、天に雲が満ちる。そこから雪が降り始め、また雪が地面に触れるとそこに氷の花が咲き始めた。剣を構えたままの冬獅郎は徐々に氷の花に包まれていく。
『冬獅郎。私の力は世界のあらゆるものを凍らせる。この世の元素である限り、私の凍結から逃れる術はないのだ』
雪が降り積もっていく。
氷の花が無尽蔵に咲いていく。
『私は天を支配する。天を凍らせる』
氷輪丸は氷雪系最強。
それに恥じぬ能力を秘めている。しかし冬獅郎はあまりにも未熟。絶大な力を全て振るうには地力が足りていなかった。だからこそ。氷輪丸は大部分の力を封じていた。その担い手である冬獅郎を守るために。
だが剣八という強大な力を前に、氷輪丸は反則まがいの方法を以て主を救う。
『今の一時、お前に真の氷輪丸を授けよう。私の卍解を取り戻すのだ』
◆◆◆
「お、おおおおおおおおおおおお!」
冬獅郎は魂から叫ぶ。
寝食を共にした友から託された力を解放する。
「蒼天に坐せ!」
迫る剣八の斬撃を冷気が押し返す。
それでも負けじと振り下ろされる一撃に対抗するべく、冬獅郎は斬魄刀を振るった。受け止めるなどという後ろ向きな気持ちでは負ける。だから剣八を斬るつもりで、最高の一撃を放った。
「氷輪丸!」
凄まじい冷気が解き放たれ、空気が液体化した。剣八と冬獅郎はその中に包まれる。
卯ノ花は大きく飛び下がり、いつでも回道を使えるよう注意深く目を凝らす。だが、すぐにその必要はないと判断した。
剣八が振り下ろした野晒を、冬獅郎が氷輪丸で受け止めていたのである。
しかも幼い子供のような体格であった冬獅郎が、青年にまで成長した姿となっていた。
「感謝するぜ更木。お蔭で氷輪丸の力をさらに引き出すことができた」
氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀だ。
その能力はただ周囲を冷やし、氷を生み出すというだけの代物ではない。この世の全てを凍り付かせ、あらゆる事象を停止させる。剣八の『破壊』が及ぶ前に事象を停滞させることで、圧倒的な破壊力を防いでみせたというわけだ。
とはいえ、やはり完全に扱えるわけではない。
冬獅郎はすぐに身長が縮み、元の姿に戻ってしまう。それに伴って冷気も収まった。
「まだ扱いきれていないようですね」
「ああ。だが、これで……卍解がなくとも戦える」
修行していた剣八、冬獅郎、卯ノ花の三人は無間より出る。そしてそこで、滅却師による侵攻が始まっていることに気付いた。