一護は目まぐるしく変化する戦いの中で一つ上に至る。
(見える)
初めは捉えきれなかった剣八の動きが見えるようになっていた。いや、目だけではない。音、空気の流れ、霊圧知覚などあらゆる感覚を駆使して戦う術を得た。
彼女の流麗な剣技は一護の斬月と相性が悪く、破壊力を活かしきれない。
しかし、知覚力が追い付いたことで、続いて剣の腕が急激に成長し始めていた。
「おや? 動きが変わりましたね」
「はっ! 余裕でいられるのも今の内だけだぜ!」
「私の剣に合わせてきますか。いいですよ。それができるのは隊長格の証。あなたの力が私に追いつきつつあることが分かります」
「すぐに追い越してやる!」
黒崎一護の成長率には驚くばかりだ。
最強の名を欲しいままにしてきた更木剣八を以てしても、これほどの才は見たことがない。誰しも護廷十三隊の隊長となる者は特筆した才能を秘めている。常人が十年かけて至る境地を一年で踏破するのが彼らなのだ。
しかし一護はそれすらもこの一瞬ごとに踏み越えていく。
霊圧上昇。
戦闘センス向上。
そして斬魄刀との共鳴。
一護と斬月は更木剣八という高みに追いつき始めていた。
「はああああああああああ!」
初めて一護の攻撃が掠る。
それは死角である左側から顔を狙った一撃だ。もはや女だからと容赦するつもりはなく、全力で殺す一撃を放った。剣八は回避するも、巨大な斬月が彼女の眼帯を引っ掻ける。ただ、斬月では彼女の顔に傷一つ付けられない。
黒い帯のようなものが宙を舞った。
それは重力によって地に墜ちる。
(くそ! またか!)
ダメージを与えられなかったことに悪態をつき、一護は即座に追撃を放とうとする。
だがその瞬間に悪寒を感じた。
剣八からこれまでとは比べ物にならない絶大な霊力が放出され、その霊圧により一護は気圧される。あまりの事態に混乱し、咄嗟に下がってしまった。
「あぁ……やってしまいましたね」
涼やかな声がする。
彼女はただ、空いた左手で眼帯があったはずの部分を撫でた。
「せっかく手加減していたというのに。封を解いてしまったのですね」
暴力的な霊圧は徐々に鳴りを潜め、凪のような静けさを得る。
しかしこれまでよりも重い何かが空間を支配していた。ただ更木剣八という女死神が垂れ流す霊圧が強すぎるために、弱者はただ彼女が存在するだけで平伏す。冷や汗を流しながらも剣を構えていられる一護は最低限を満たしているということである。
「仕方ありません。遊びはお終い」
瞬歩。
それによって剣八は一護の前に現れる。咄嗟に反応するが、既に剣は振り抜かれた後であった。
一護の胸から大量の血が噴き出た。
◆◆◆
「おや?」
刀を収めた京楽春水がどこかを見つめる。
彼の背後では今切ったばかりの浅黒い大男が倒れており、大量の血が流れ出ていた。一方で京楽からは余裕すら感じられる。
そんなとき、伊勢七緒が慌てた様子で寄ってきた。
「伝令です。総隊長、および日番谷隊長の連名です」
「どうしたんだい?」
「藍染隊長が……お亡くなりになったと。それも殺害です」
「……」
京楽は頭に載せた笠を深くかぶり、何か思案する。
そして声を絞り出した。
「そう、かい。なら、僕も顔を見に行くとしよう」
哀愁を漂わせつつ、京楽はどこかを見遣る。
不審に思った七緒は尋ねた。
「如何しましたか?」
「いやね。どうやら更木隊長が本気を出したようだから」
「本気……ですか」
「いやぁ、怖いねぇ。あれだけの霊圧をきちんと制御している。今までの粗野な剣八とは違う。そう、花があるねぇ」
「はぁ……」
この大事にしょうもないことを言い始める隊長に対し、七緒は呆れるばかりだ。
そこで京楽が倒したばかりの男、茶渡泰虎に目を向けた。
「まだ息があります。とどめを刺しますか?」
鬼道を得意とする彼女は斬魄刀を持ち歩かない。刀を抜く代わりに貫き手へと霊力を集めた。だが、京楽はそんな彼女の手を掴みつつ、優しく止める。
「君が手を汚すことはないよ。それに、この子には聞きたいこともある」
「……藍染隊長のことですか? あの方を殺したのが旅禍だと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ともかく、殺してしまったら何も分からないからね」
彼は普段の態度からは分からないが、非常に思慮深い男だ。
今回の事件も何か裏があるという勘のようなものがはたらいていた。
◆◆◆
息も絶え絶えとなった一護は地に伏す。
一方で剣八は眼帯を拾っていた。また刀を地面に突き立て、眼帯を装着する。
「あ、はぁ! はぁっ!」
必死に呼吸するが、それも上手くいかない。ダメージが大きすぎるのだ。傷は深く、一撃で動くことができなくなった。
苦しみ悶える彼に対し、眼帯を装着した剣八は再び刀を握って問いかける。
「苦しいでしょう?」
「く、はぁ……」
「弱い。その程度でよくぞ護廷十三隊に戦いを挑んだものです」
この瞬間、恐怖が悔しさを上回る。
(俺は……弱ぇ……)
絶大な霊圧差によって、一護の攻撃は通じなかった。
更木剣八はそう言った。
しかし本当にそうだろうかと考え直す。
(俺は、ビビってんだ。それが不味いんだ。斬月のおっさんも言ってたじゃねぇか。『恐怖は捨てろ。前を見ろ。引けば老いるぞ。臆せば死ぬぞ』ってよ!)
ぎゅっと斬月の柄を握る。
霊圧を研ぎ澄まし、巨大な斬魄刀と心を通わせる。
(斬月、もう一度力を貸してくれ!)
その瞬間、一護は斬月の精神世界にいた。
◆◆◆
四番隊の隊舎から二人の隊長が出てくる。
一人は七番隊隊長、狛村左陣。鉄笠を被った巨漢の男だ。
そしてもう一人は九番隊隊長、東仙要である。盲目というハンデを負っていながら、隊長に収まった彼は戦いを嫌う。
「東仙隊長、狛村隊長、お疲れ様です」
瞬歩で現れ、膝をついて迎える。
それぞれの副隊長の内、声をかけたのは東仙の副官である檜佐木修兵であった。
「それで、藍染隊長は?」
気になっていた質問をまずはぶつける。
しかし東仙はただ首を横に振るだけであった。
「そう、ですか。では卯ノ花隊長はなんと?」
「卯ノ花隊長は藍染隊長が亡くなられたということだけ。犯人については何も分からないと」
東仙は憂いを帯びたまま歩み、檜佐木の側を通り過ぎる。
「真相を解明するには、どうやらこの戦いを終わらせるのが一番の近道らしい。私は戦いを嫌う。しかしそれが必要とあらば……受け入れよう」
瀞霊廷への侵入者を狩るべく、遂に隊長たちが動き始めた。