更木剣八とグレミィ・トゥミューの戦いは一時の休息を迎えていた。
「まさかあれだけやって殺せないなんてね。なんて化け物だよ」
「あなたこそ多彩ですね。これほど苦戦したのは久しぶりです」
グレミィは思いつく限りの災害、兵器をぶつけた。
だがそれを剣八は剣一本で、正面からぶち破る。そして隙を見せようものなら一瞬で切り刻まれてしまうのだ。とてもではないが、まともな精神では戦えない。
「けど、ここからは消耗戦だ。僕の勝ちだよ」
想像を現実にするグレミィにとって、体力とはあってないようなものだ。常に万全な自分をイメージし続けることで、彼は不滅となるのだから。
とても殺しきれないと悟った彼は途中から消耗戦に切り替えていた。
しかしグレミィは忘れていた。
まだ剣八も本気を出していないということを。
「卍解」
「しまっ」
勝てる、という緩みが隙となった。即座に地割れと津波を想像しようとするが、ワンテンポ遅い。爆発的に上昇した霊圧により津波は吹き飛ばされ、剣八の足元に生じた地割れも粉砕される。ただの霊圧の発露により、グレミィの想像を上回る破壊がもたらされた。
(だ、だめだ! 恐怖するな。想像……するな!)
霊圧で環境を変える。
それを目の当たりにして思わず恐怖し、それを想像してしまった。もしかしたら『あんなこと』や『こんなこと』もできるのではないか。そう思うだけで本当になってしまうのが彼の能力の欠点だ。完聖体まで使って勝てない相手は経験したことがなく、自身の能力の欠点に気づいたのも初めてであった。
そうして自分自身を落ち着け、想像を止めている間に卍解は完成する。
「
それは始解とほぼ変わらない。
だが、周囲の霊子を破壊して飲み干し、剣八に力を与える。疲弊していた剣八は霊力を回復し、力を取り戻した。
「……これでお互い様ですね」
「はは……面白い!」
「ええ、戦いは楽しまなくてはいけませんよ」
グレミィは冷や汗を流しながらも、笑みを崩さない。
地面が割れて、その穴の奥が赤熱する。グラグラと煮立つマグマが周囲を赤く照らしていた。また罅割れた地面の隙間からは水蒸気が噴き出ており、湿度と気温が上昇する。
「火山の噴火に巻き込まれろ!」
剣八の足元が崩れる。
その真下は今にも噴火しそうな火口が出現していた。爆発すれば瀞霊廷ごと吹き飛び、周囲は毒ガスと火山灰に覆われることだろう。
またグレミィはそれで止まらず、マグマに落下していく剣八を閉じ込める。
しかしその瞬間、地面が吹き飛んだ。
当然ながら噴火ではない。剣八が吹き飛ばしたのだ。
「これも抜け出すか更木剣八!」
グレミィは自分の想像の精度が低下していることを実感していた。どんな災害も、どんな攻撃も、剣八は暴力という最も単純な力で破壊する。戦えば戦うほど更木剣八という死神を化け物だと認識してしまう。どんな攻撃も容易く抜け出す姿が脳裏を過ってしまう。
事実、剣八の放つ霊圧が周囲を磨り潰し、グレミィの生み出す世界を消滅させている。卍解した剣八の力はこれまでの比ではなく、グレミィの想像すら追いつかない。渦潮に沈めても、大岩に閉じ込めても、隕石を落としても、雷を降らせても、全て一撃で斬り払ってグレミィにまで届かせる。徐々に攻撃を受ける頻度が増えていき、もはや想像力のほとんどを身体の再生に使っていた。
「くそ! くそ! くそ! これもダメか!」
「まだまだです! 私に全力を出させたのですから、あなたも本気で来なさい!」
「……ああ! そこまで言うならこれを受けてみろ!」
額に血管が浮かび上がるほど強く想像し、グレミィはある物体を想像する。それは現世において人間が生み出した最強最悪の科学兵器。核爆弾だ。
虚空に生み出されたミサイルは火を噴き、剣八に向かって進んでいく。
「こいつは現世で作られた最強の爆弾だ! 爆発すればこの辺りは全て吹き飛ぶ。君の仲間も含めてね! 更木剣八……これを防いでみせろ!」
ブラックホールですら殺せなかった相手だ。核兵器如きで殺せるとは思っていない。しかしこの兵器は他の死神も巻き込むだろう。
グレミィにとって、剣八が爆弾に対処するための時間さえあれば良いのだ。今は僅かな時間すら千金に値する。消耗しきった精神力をかき集め、落下するミサイルの更に上空で物質を生み出した。それは巨大な円錐形の物体であり、先端部が下を向いている。また表面には螺旋の溝が彫られていた。いわゆる巨大なドリルである。それも遥か上空にありながら地上に広大な影を落とすほどの。
「爆弾を防げば、その間にこれを落とす! こいつを防げば爆弾が全部吹き飛ばす! さぁ、どっちをとるんだ? 君自身か? それとも仲間か?」
今のグレミィに涼しげな表情はない。柔和な笑みもない。
獰猛な肉食動物のように、ただ剣八を殺すためだけの想像を続けていた。
一方の剣八は落下する二つの危険物を目の当たりにして、佇まいを正す。そして地上に落下するミサイルと巨大ドリルを強く睨みつけ、呟いた。
「卍解、
その瞬間、グレミィの眼には異形が移っていた。
剣八の身体に赤い紋様が浮かび上がり、全身から蒸気のような霊圧が噴き出ていた。異質さすら覚える霊圧が周囲を支配し、時すら歪んだように感じる。それほどまでに更木剣八という死神へと目を奪われていた。
「……え?」
気付いたときには上空の核ミサイルと巨大ドリルが消滅していた。斬られたり、砕かれたりしたわけではない。滅却師が虚を滅ぼす時のように、霊子単位で分解消滅させられていた。
そして同時にグレミィの左半身が消し飛ぶ。
剣八が立っていた場所からグレミィのいる場所まで一直線に、何かに削り取られたような跡が生じていた。ただ、それだけしか見えなかった。
「く、そ……勝ちたかったなぁ」
半身を再生することもなく、彼は倒れる。
血だまりに沈んだグレミィの側へと剣八も歩み寄った。既に卍解は解いていた。
「どうやら僕の想像力も限界みたいだ。なんだい、あれは?」
「私の卍解です。本来ならば制限しなければならない力ですが、緊急を要するので使いました。見事ですよ。私に真の卍解を使わせたのですから」
「はは……なんだよそれ」
グレミィが残る力で天を見上げると、見事に空間が歪み、罅割れていた。徐々に修復されているが、少なくともまともな状態ではないだろう。グレミィはあのような想像をしていない。つまり、剣八が引き起こしたということになる。
まごう事なき化け物であった。
徐々にグレミィの残る半身も消えていく。それを見て剣八は目を見開いた。
「それは……」
「言っただろう? 頭の中だけで君を殺してみせるってね。僕のこの身体すら想像の産物なんだ。でも、もう想像し続けることができないよ」
「そうですか。残念です」
「残念?」
「ええ。あなたは強かった。できることなら、もっと戦ってみたかったですね」
「……はは」
最後にグレミィは満面の笑みを浮かべた。
「僕もだよ。更木剣八」
ごとり、という音と共に容器に入れられた脳が転がり落ちる。最強の滅却師、グレミィ・トゥミューの本体だ。
今ここに、最強と最強の決着がつく。
更木剣八こそがそれに相応しいという結果へと帰着した。
◆◆◆
「あー……ありゃ手が出せねーな」
剣八とグレミィの戦闘を隠れて見ていたバンビーズの一人、リルトットが呟く。まさか滅却師の中でも化け物と名高いグレミィをここまで圧倒するとは思わなかった。漁夫の利を狙っていたが、それも不可能だろうと結論付けるしかないほどに。
だがキャンディスは納得いかないらしく、リルトットに抗議する。
「腑抜けてんじゃねーよ! 今なら消耗してんだろ。だったらチャンスじゃねーか!」
「馬鹿かよ。あんなの更木剣八からしてみりゃ消耗でもなんでもねーよ。知ってんだろ。あいつは卍解で回復しちまう。こっちが完聖体使っても一瞬で真っ二つになるのがオチだぜ」
「私も逃げた方がいいと思うの」
「ボクもやだなぁ。バンビちゃんのゾンビも効かなさそうだし」
「そうだねぇ。やめておいた方がいいと思うよ? ボクとしてもね」
その瞬間、誰もが『ん?』と思考を停止させた。
最後に知らぬ声が聞こえた気がしたからだ。
「や、綺麗な滅却師さんたち」
「てめーは……京楽春水!」
リルトットは即座に下がりつつ、腰を叩く。装備していた
「ミニー!」
「はいなの!」
呼ばれたミニーニャは振りかぶって京楽へと殴りかかった。彼女の聖文字は”P”。
京楽のいた場所が粉砕され、瓦礫が飛び散る。
更には
「だ~る~ま~さ~ん~が」
その声に全員が警戒する。
しかし無駄だ。
「転んだ」
誰にも気づかれず、京楽はリルトットの背後に回り込んでいた。気付いたときはもう遅く、二刀流から繰り出される斬撃がリルトットを襲う。しかしそれをキャンディスが雷撃によって防いだ。京楽は回避を優先してその場から離れてしまう。
「リル! こいつは!?」
「京楽春水! 厄介な隊長の一つだぜ! 気を付けろ。面倒な能力を複数持ってやがるからな」
「あら? やっぱりばれてんのね」
女物の着物を羽織り、笠を被った色男はやれやれといった様子だ。その態度から動きが読みにくく、常に警戒を止められない。そんな厄介さがあった。現在は右目を失っているが、侮るわけにはいかない。
だが直情的なキャンディスはこそこそ考えながら戦うのが面倒らしく、キレ気味に帯電する。
「五ギガジュールで消し炭になりやがれ! ガルヴァノブラスト!」
「おいキャンディ!」
彼女特有の矢であり、広域へと拡散する雷を一つにまとめた攻撃技だ。単体攻撃としては最高クラスの威力を誇る。範囲攻撃を得意とするキャンディスの中では最も取り回しの良い技だ。雷速で放たれる一撃は京楽へと直撃するかに思われた。
だが、それは既に京楽の策略。
リルトットは止めたがもう遅い。
京楽の前へと浮竹十四郎が割り込む。
「きゃあああああああああ!?」
「ミニー! クソが!」
その瞬間、雷はミニーニャへと跳ね返された。浮竹の斬魄刀、
今回は跳ね返した神聖滅矢がミニーニャに向けて射出されたのだ。
「ナイスタイミング浮竹」
「ああ。しかしやりにくいな」
「油断は禁物だよ。見た目は少女でも、護廷の死神を沢山殺した……敵だ」
「分かっているさ京楽」
京楽、浮竹とバンビーズが戦闘を開始した。
◆◆◆
剣八とグレミィが戦った跡地に小さな人影が現れる。それは黒一色に身を包んだ少女であった。一見すると隠密機動に所属する死神にも思える。
だが彼女はそれとは少し違う組織に所属していた。
「はい。ご命令のものは回収しました」
彼女は服に仕込んだ通信機へと語りかけつつ一抱えもある容器を回収する。その中には人間の脳が収められていた。剣八が仕留めた滅却師、グレミィ・トゥミューの本体である。
霊王の脳とも噂されるそれを回収した少女は周囲を見渡す。
「はい。誰にも見られていません……はっ!」
そして少女の姿は消えた。
グレミィの脳……あっ……