黒衣の男、斬月は問う。
『勝ちたいか一護』
斬月はまた問う。
『それとも生きたいか?』
風もないのに黒衣は揺らめいている。
その問いかけに対し、一護は迷うことなく答えた。
「俺は! 勝ちたい!」
『ならば連れて行ってやる。お前の世界に』
深淵へと落ちていく。
そんな感覚を覚えた。気が付いた時、無数の摩天楼が立ち並ぶ斬月の精神空間にいた。
◆◆◆
精神空間の中で一護は試練を受けた。
斬月を取り上げられ、浅打だけで戦わされた。真っ白な死覇装を纏う白い一護と。
そこで実感した。
斬月は何と強力な刀だったのか。
また自分は相棒たる斬月を道具のように扱い、まるで理解していなかったと。
だからこそ、斬月も教えた。
自分は黒崎一護ただ一人にどんな力も与えると。
「はぁ! はぁ!」
荒い息を吐きつつ黒崎一護は立ちあがる。
胸からの出血が止まっていた。
「まだ、立ち上がりますか」
「うおおおおおおおおおおお!」
一度は弱まった霊圧が急激に高まる。
それは先程よりも遥かに強く、研ぎ澄まされ、鋭い。間違いなく今の剣八に傷をつけることができるだろうという確信があった。互いに。
だからこそ剣八は体で受け止めず、刀で受け流す。
「なるほど。やりますね」
「くそ! てめぇそんな硬ぇくせに剣技も一流かよ!」
「当然です。私は護廷十三隊の中で戦闘部隊を任された者。剣で戦って負ける訳にはいきません」
圧倒的な相手。
まだ勝てない相手。
一護はそれを理解していた。
もう一人ではない。一護は斬月と共に戦っている。
「行くぜ斬月。俺の力を全て預ける。だから……俺を勝たせてくれ!」
『いいだろう一護。私がお前の傷を停めていられる時間も僅かだ。故に一撃で決めろ』
爆発的に高まる一護の霊圧に呼応するように、剣八も霊圧を上げていく。あまりにも強すぎる霊圧に彼女の刀は少しずつ摩耗し、欠けていた。
「斬月! いくぜえええええええええ!」
残る霊力、それが全て斬月へと注がれる。
霊圧を食って斬撃として飛ばす。斬月の能力がほぼ無意識に発動していた。破壊を撒き散らす巨大な斬撃が剣八諸共、周囲の建物すら巻き込む。
世界が真っ白になる。
瀞霊廷すら焼き尽くす絶大な霊圧が徐々に掻き消えていく。
「くそ……」
一護は悪態をついた。
何故なら、剣八は立っていたのだ。無傷で。
「あら?」
しかし彼女は何かに気付いたらしく、自分の刀を見遣る。するとその刀は粉々に砕け散った。一護の力を尽くした一撃は、更木剣八の剣を砕いた。
だがそれだけであった。
一護は力を使い尽くし、再び胸から血が噴き出る。
崩れ落ちるようにして倒れた。
「最後の一撃。それを最初から使いこなせていたらどうなっていたか……」
剣八は周囲を見渡す。
二人が戦っていた場所は大量の高層建造物が建てられていた。
そう、さっきまでは。
だが今は何もない。瓦礫だけが転がる更地である。
刀身の砕け散った刀を捨てる。
そして肩を抱き、震えた。
「あぁ」
甘美な息が漏れる。
「あは、ぁ……」
唇を舐めまわし、頬を紅潮させる。
「ひ、久しぶりでした。こ、こんな感覚……ふふ」
強さゆえの孤独。
それが更木剣八という女に与えられた宿命であった。先代十一番隊隊長を一撃で殺し、新しい隊長となった。それは飢えにも似たこの感情を満たすためであった。
しかしその想いは決して満たされない。
対等に戦えるであろう隊長格の死神と試合をするのも簡単ではなく、またそもそも殺し合いを前提とした戦いは禁じられる。剣八の望む戦いは死神となっても叶えられないままであった。
「あぁ、殺してしまうのが勿体ない……」
だからこそ、つい本音が漏れてしまう。
普段は理性によって封じている本性が露わとなった瞬間であった。しかし彼女はすぐに口元を押さえ、恥ずかしそうに佇まいを正す。
「いえ、私は十一番隊隊長。名残惜しいですが、任務を果たすとしましょう」
倒れ伏す一護の元へ、一歩ずつ歩み寄っていく。
だがその瞬間に気付いた。
血を流す彼の側に一匹の黒猫がいることに。
そして剣八はそれがただの猫でないことをすぐに見抜いた。
「何者ですか?」
「ふむ。これが今代の剣八か。随分と凶悪じゃの」
「あら、猫が喋りました」
「しかしよくやったぞ一護。あの剣八の斬魄刀を砕いたのじゃ。誇るがいい。後は儂に任せ、眠れ」
黒猫から霊圧が溢れ、光り輝く。
そして次の瞬間には黒猫が消え去り、浅黒い美女が立っていた。裸で。
「……はい?」
「ふむ。この儂のあまりの美貌に驚いておるのか? 分かるぞその気持ち。同じ女として悔しかろう?」
黒猫こと四楓院夜一は胸を張って得意気に語る。
ちなみに綺麗な剣八は貧乳である。本人は胸など動き回るのに邪魔と言っているが。
「さて、悪いがこいつは回収させてもらう。大事な戦力を死なせるわけにはいかんのでな」
「いいえ。その死神は私の獲物です。私が頂きます」
「……一護もとんだ女に目を付けられたものよのぉ」
「逃がしませんよ」
夜一はひょいと一護を抱え、瞬歩によって移動しようとする。
しかし彼女の目の前に剣八は回り込んでいた。
「やるの」
「荷物を抱えた人より遅いわけがないでしょう」
「しかし斬魄刀もない今のお主に儂を捕らえることができるかの?」
「斬魄刀?」
剣八は不思議そうに首を傾げる。
そして得心がいったとばかりに手を叩いた。
「ああ、そういうことですか。やちる」
「はーい!」
草鹿やちるがどこからともなく現れる。
一体どこから現れたのか、夜一ですら気付けない。元隠密機動総司令官である夜一が気付けないということは、驚くべきことなのだ。
油断できないという感情から、夜一はじっと観察することにした。副官章を付けていることから十一番隊の副隊長であることは分かる。しかし強さそのものはそれほどでもないように感じられた。
やちるは剣八の背中に降り立ち、その後彼女の前に着地する。
「剣ちゃん! やるの?」
「ええ。お願いやちる……いえ、
「っ!?」
夜一は驚愕した。
幼い少女でしかなかったやちるが、鞘に収まった刀へと姿を変えたのだ。その光景に夜一は一つの結論へと至る。
「まさか……貴様の副官、具象化した斬魄刀じゃったのか!?」
「見ての通り。これが私の斬魄刀、野晒です。先程まで使っていたのは技術開発局に作らせた頑丈な刀ですよ。斬魄刀ではありません」
剣八が鞘から引き抜いた瞬間、野晒と呼ばれた斬魄刀が変化する。ただの刀から、大太刀へと。一護の斬月を彷彿とさせる巨大な刀身でありながら、形状そのものは元の刀とそれほど変わらない。しかし剣八はそれを片手で軽々と持ち上げていた。
(くっ……そんなこと誰が予想できる!? 相手はほぼ無傷の剣八! 一護を抱えたままでは逃げることも困難か!)
この絶望的状況を前にただ戦慄する。
しかしそれは諦めるための理由にはならない。寧ろこんなところで諦める訳にはいかない。ただそれだけの想いで夜一は駆けだした。
「鬼事ですね。さぁ、黒崎一護を置いていきなさい!」
瞬神・夜一の名に賭けて、何とか逃げ切ったとだけ言っておこう。
リアル鬼ごっこ