かつて世界は混沌であった。
そこに生と死の概念はなく、霊と肉は等しく存在していた。
しかし霊なる者の内で虚へと堕ちる存在が現れた。虚は整や肉なる者を食らい、やがてはあらゆる生命が一つの終焉へと向かってしまう。
そこで全知全能とまで謳われた存在が虚を滅却し始めた。彼は未来をも見通し、霊子を自在に操り、虚を完全に消滅する力を持つ。彼にできないことなどなかった。
また彼の他にも力ある者たちがいた。
停滞した世界に循環を求めた者。
虚を滅却ではなく浄化する道を探る者。
世界を盤石とするため規律を求めた者。
地獄を抑え込む蓋となる世界を求めた者。
滅却の力が自身に向けられることを恐れた者。
後に五大貴族と呼ばれる者たちの祖先たちは思惑こそ違えど『世界を生と死に分離させる』ということで利害を一致させる。現世、尸魂界、虚圏の三界を生み出すきっかけとなった。
混じり合った状態が自然である中、それを分離させるには力と楔が必要となる。それはエントロピーを逆行させる法則に反した行いだからだ。彼らはその力を、全知全能を振るう一人の青年に求めた。
後に志波家となる者は青年の力を借りるため、対話を試みる。しかし後に
それは霊王と呼ばれ、今まで世界を保ってきた。
零番隊に守護され不可侵であったそこに、初めて侵入者が訪れたのだ。
「哀れなものだ」
四肢を切り落とされ、臓器すら奪われ、それでも死ねず、人柱として水晶に閉じ込められている霊王に対してユーハバッハは語る。
「あるいはこの光景も見えていたのかもしれぬな。全てを見通した我が父よ」
刃を振り上げる。
零番隊が倒れた今、ユーハバッハを止める者はいない。
三界を維持する者は侵入者の手によって真っ二つに裂かれ、その力を奪われた。
◆◆◆
その瞬間、世界が揺れた。
現世では大きな地震が発生し、虚圏も大気や砂漠が震えた。そして尸魂界でも異変が起こる。
「遅かったようッスね」
もう間もなく霊王宮へと続く門が完成する。
その直前で間に合わなかったことを悟った。この不自然な揺れは世界が一つに融合しようとする前触れなのだと理解したのだ。
続けて元柳斎も忌々しそうに声を漏らす。
「まさか零番隊まで敗北するとは……おのれユーハバッハめ」
「こりゃ参ったね。どうする浮竹?」
「この時を想定して備えはしていた」
「本当にやるのかい?」
「ああ」
浮竹は皆から注目を浴びる中、死覇装を脱ぐ。
すると彼の上半身に影のようなものが這っていることに気付けた。
「浮竹サン、それは……」
「俺は幼い頃より肺病でな。それを憂いた母がミミハギ様という土着神に加護を求めた。ミミハギ様は目以外を捧げることで加護を与えてくれるという。俺は病に侵された肺を捧げることで、事なきを得た」
「聞いたことがあるヨ。天より落ちてきた霊王の右腕だという伝承のあるものだネ」
「ああ、その通り。そして俺はこれを全ての臓腑へと浸透させる。それによってこの身体を霊王の依り代とし、一時的にだが霊王の代わりに世界の崩壊を止めてみせる」
そう語る間に黒い影のようなものが浮竹の全身へと行き渡り、彼の呼吸も荒くなる。
「あまり長くは持たん……早く」
浮竹は元から体が弱い。
霊王の代役といっても、長くは持たないだろう。一刻を争う状況に変わりはなかった。
◆◆◆
真っ二つに裂けた霊王の身体を支えるかの如く、右手を模った影が現れる。霊王の力を吸収したユーハバッハだが、その全てを奪ったというわけではない。霊王は五大貴族の先祖によって四肢と臓器を奪われていたのだから。
「無駄だ。寧ろ感謝しよう。この私に右腕までも献上した死神に」
そう告げてユーハバッハは腕を伸ばす。
霊王の力を吸収した彼だ。よもや右腕如きを奪えぬわけがない。
「無駄な抵抗だ。じっくり奪うとしよう」
これは勝利の確定した綱引きのようなもの。
浮竹の体内に侵食する霊王の右腕を引き剥がし、奪い取る。それだけのことだ。力の差は明確であり、多少の時間はかかるが勝ちは確定している。
なぜなら、ユーハバッハはその未来を観測したのだから。
「その前に、私の世界を整えておくとしよう」
◆◆◆
浮竹の呼吸が一層荒くなる。
その身体を支えたのは卯ノ花であった。
「
「うむ。頼んだぞ卯ノ花隊長」
元柳斎は卯ノ花に治療を託し、時間を稼ぐという選択肢を取る。それすなわち浮竹を犠牲にするということだが、彼は厭わなかった。元柳斎にとっては可愛い弟子。しかし今や護廷を担う者でもある。その覚悟、意気やよしと認めたのだ。
また同時に浦原が門を完成させる。
一つは光り輝く巨大な門。
もう一つは黒く染まった
「完成しました! 霊王宮へとはこちらの光る方を。黒崎サンを救出する方はもう片方を!」
いざ行かん。
皆がそう意気込んでいる時に瀞霊廷が変化する。
突如として瀞霊廷を覆っている
「おいおい。俺らが必死こいて門を完成させたっちゅうに、敵さんは何してくれとんねん」
平子も一周回って呆れのような声を発しており、ここにいる誰もが焦りを覚える。
瀞霊廷による危機は去ったが、同時に霊王宮が危険な状態になったということだ。
「急ぎましょう。浮竹サンがいつまで持つかもわからない」
浦原、織姫、チャド、ネリエル、グリムジョーは一護の家族を助けるため黒い門に。そして剣八を含むそれ以外は白い門を潜って霊王宮を目指す。
だが、その前に元柳斎が待ったをかけた。
「井上織姫よ。しばし時間をくれんか?」
「え? あ、はい!」
「恥を承知で頼みたい。儂の腕を治してはくれんか」
「山爺……?」
これには京楽が驚かされた。
藍染を討つために使った左腕を頑なに治そうとしなかった彼が、今になって治療を望んだのである。自身の信念を曲げてまでもユーハバッハを討つという覚悟なのだろう。
「どうじゃ?」
「勿論です。すぐに済ませます」
「そういうわけじゃ。お主らは先に行け」
織姫が双天帰盾により元柳斎の腕を修復し始めるのをよそに、自分たちは無関係だと滅却師たちがさっさと門を潜ってしまう。また死神たちも剣八を先頭に白い門へと足を踏み入れた。
「ではお先に失礼します」
「行くぞ大前田!」
「えぇ!? 俺もっすか!?」
「最終決戦や。死ぬなや桃」
「は、はい! 頑張ります!」
「やれやれ。浮竹が命張ってるんだ。ボクも気合を入れないとね」
「私も隊長をサポートいたします」
「行くぜ松本」
「これが終わったらお給料弾んでくださいよ!」
「ネム! 採取用の容器を忘れるんじゃあないヨ!」
「はっ!」
「俺たちも行こうぜルキア」
「たわけ。当然だ」
◆◆◆
滅却師の影領域へと接続する黒い門を通り抜けたチャド、夜一、ネリエル、グリムジョーの三人は、霊圧知覚に従ってまっすぐ進んだ。浦原は織姫と元柳斎のために門を維持するべく、しばらく残る必要があるため後から追ってくる手筈となっている。
「やはり簡単にはいかんようじゃのぉ」
夜一はそう呟く。
彼女の言った通り、志波一心の巨大な霊圧の側に滅却師の霊圧を感じられる。どうやら向こう側も接近には気づいているらしく、霊圧に変化が見られる。備えているということだろう。
瞬神とも呼ばれた彼女は速度を引き上げた。
彼女は一人先行し、突撃を仕掛ける。
鬼道を圧縮して体に纏う高等技能、瞬閧を発動したのだ。
雷光を宿す夜一は今までよりも更に早く、待ち構える滅却師、アスキン・ナックルヴァールへと攻撃を仕掛けた。
「おおっと! 危ないねお嬢さん!」
「儂をお嬢さん呼ばわりとはな。随分な色男じゃが、容赦はせんぞ?」
「アンタたちの目的は分かっているつもりさ。だが、陛下の命令なんでね。邪魔させてもらうぜ」
夜一はアスキンに向かって白打で仕掛ける。死神で一番の白打使いということもあり、彼女の動きを見切れる者は少ない。まして瞬閧を発動している。彼女の攻撃は直撃するはずだった。
「おっかねぇ。が、言わせてもらうぜ。俺には効かねぇよ」
「なん、じゃと……!?」
「あまりキツイ言葉は好きじゃなくてね。でも、敢えて言わせてもらうぜ。俺にはアンタの拳も、雷も効かねぇのさ。それが俺の
滅却師として有する能力に加えて、彼は
それは自分を含む対象の絶対致死量を正確に計測し、それを自在に操作するというものだ。今回は致死電流量を操作することで電流耐性を獲得し、夜一の瞬閧を無効化した。更には
聖文字の能力に依存せず高い滅却師としての能力を持つあたり、流石はユーハバッハの親衛隊であった。
「さて、ここからはどうやら真面目に戦わなきゃいけないらしい。人質に死なれると困るんでね。ひとまず保護させてもらうぜ」
アスキンは指を鳴らしつつ一心、夏梨、遊子を指さす。するとシャボン玉のようなものに包まれた。
「ちっ、結界か」
「毒性を結界表面に凝縮した特製の結界さ。触れないことをお勧めするぜ。指先でも触れたら……その先は保証しない」
「何。お主をここで倒せば問題あるまい」
「ひゅぅ。怖い怖い」
飄々としている様子が、まるで浦原のような不気味さを感じさせる。夜一は自然と警戒心を高めた。
だが、彼女も無駄な会話に興じていたわけではない。
「さて、ここからじゃぞ!」
「ええ。一護の家族は取り戻すわ」
「要はこいつをぶっ殺しゃあ、一護の野郎と戦えんだろ!」
「ウム。あいつのためだ。全力で戦う」
ネリエル、グリムジョーも参戦。
更にはチャドも追いついてくる。
夜一は笑みを浮かべながら問いかけた。
「人質を取るような輩じゃ。卑怯とは言うまい」
「……勘弁してくれよ」
アスキンは露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。