かつて六番隊隊長を務めた
それ故、銀嶺は彼を娘の婿とした。
名を
かつては六番隊三席として活躍した死神である。そして迎え婿でありながら次期当主として渇望された人物であった。
その彼の使った斬魄刀こそが
他者の斬魄刀に催眠を仕掛け、操るという能力である。同士討ちをさせたり、自害させたりと対死神を想定した特異な能力は危険視され、やがて彼は罠に嵌められて罪に問われた。ただ仲間を守りたかったから力を得たはずだった。だが
本当に罪人となった彼は封印されたのだった。
数百年前のことである。
「くっ……」
卯ノ花はすぐに胸から斬魄刀を抜き、捨てた。即座に回道を使うことで治すも、時灘が許すはずがない。剣を捨てた剣八など怖くないとばかりに踊りかかった。
「
牙を生やした白い球体が四方八方より襲いかかり、氷の竜が追撃し、更には疋殺地蔵によって卯ノ花の行動を封じようとする。致命傷を負っている彼女は充分な回避ができず、疋殺地蔵を警戒して氷輪丸を避けきれない。更には動きが更に鈍ったところを
(右をやられましたか)
如何に卯ノ花といえど、剣がない状況では防戦を強いられる。
そればかりか追い詰められていた。
「無様なものだな卯ノ花八千流。死が怖いか? 己の弱さが悔しいか?」
「破道の六十三・
「千本桜」
ほぼノータイムで放つ詠唱破棄の鬼道も、千本桜を集めることで防ぐ。
あらゆる斬魄刀を同時に扱うということは、それだけ手数が多いということだ。これが一度に一つだけという制約でもあれば卯ノ花が圧倒したことだろう。しかし同時にいくつもの斬魄刀を相手にするというのは卯ノ花を以てしても負担であった。
特に厳しいのが鏡花水月に逆撫、村正といった精神に作用する系統の能力である。村正は斬魄刀を操る能力こそメインであるものの、その正体は一種の催眠である。五感に影響を及ぼし、感覚をずらす程度のことはできる。
また常に四方八方より襲い来る
仕方なく針を投げ、白い球体を迎撃しつつ下がっていく。
「所詮は護廷の隊士ですらないと侮ったか? 私を戦いを知らぬ貴族だと油断したか? この世のあらゆる剣を修めたお前もこうなっては何も出来まい」
「縛道の六十二・
「噛み砕け、
飛来する光の棒は白い球体が全て噛み砕き、ただの一つも時灘に届かない。だがそうして
赤い煙が消えた後、時灘の前からは卯ノ花の姿が消えていた。
「逃がしはしない。斬魄刀の使えぬお前など恐るるに足ら、ごふっ……」
余裕の笑みを浮かべていた時灘は急に吐血する。
特に攻撃を受けたという事実はない。ただ、彼の魂が蝕まれただけだ。
「流石に
ありとあらゆる斬魄刀を模倣する
それは使用時のリスクだ。
始解を解放し、斬魄刀を模倣すれば模倣するほど使用者は魂を削られる。そしてそれが戻ることは二度とない。文字通り命を削って使用する斬魄刀なのだ。つまり逃走した卯ノ花の戦術は何も間違っていないということである。
綱彌代の宝剣は確実に時灘を蝕んでいた。
だが、彼は殊更笑みを深める。
「ここで息絶えることに何の躊躇いがあろうか。そうだ。この感覚だ。獣のように貪り、無機物のように滅びるくらいなら、私は花のように散ろう」
時灘は血を拭い、新たなる斬魄刀を解放する。
それは彼とも因縁深い
かつて東仙要の最も親しき友、
涼やかな音が木霊し、反響音が隠れた卯ノ花の位置を突き止めた。
「神鎗」
刀身の消失した艶羅鏡典から勢いよく刃が飛び出る。
それは空中楼閣にある幾つもの壁を貫き、隠れ潜む卯ノ花を暴き出した。間一髪で回避した卯ノ花は、長い髪を振り乱しつつ着地する。
そして時灘が伸ばした刃を戻し、二度目の神鎗を放とうとした。
しかし次の瞬間、卯ノ花は時灘の背後にいた。
「ぐ……」
時灘は脇腹を抉る攻撃によって膝をつき、血を吐く。
その背後に佇む卯ノ花は、血の滴る鉄骨が握られていた。平たいその鉄骨は遠目にこそ剣のように見えなくもない。しかし実際は鈍器のそれを斬撃として放つ技量は八千流の名に恥じないものであった。
剣を極めた八千流は武器を選ばない。
◆◆◆
一護の斬月により空間を飛び越えた護廷の隊長たちは、瀞霊廷へと戻ってきた。そこで感じたのは一番隊隊舎で暴れるユーハバッハの霊圧である。
だが一護だけはもう一つの霊圧を知覚していた。
「これは……藍染、だと?」
その言葉には皆が驚愕した。
崩玉と融合した藍染は超越者として次元違いの存在になっている。同じく超越者とならなければその霊圧を感じ取ることすらできないだろう。
皆が藍染が自由を取り戻しているという事実に緊張する中、京楽だけが真実を指摘する。
「これ、ユーハバッハは藍染の崩玉を狙っているんじゃないかな?」
「であれば由々しき事態じゃ。皆、往くぞ!」
ユーハバッハの霊圧を感じる場所、無間に向けて彼らは急いだ。
◆◆◆
空間転移、時間停止は禁術として指定されている。
その理由は明らかではないが、中央四十六室は無断使用者を発見次第、霊圧を剥奪して現世に追放するという処分を実行する。故に誰一人として研究することすら許されていない。
裏の事情を話せば、空間転移や時間停止は暗殺者にとって最高の能力であり、それを恐れた四十六室が無断使用を禁止しているというだけなのだが。
また当然ながら術式としても危険なものであり、下手な者が乱用すれば三界のバランスを崩しかねない。唯一、現世に影響しかねない戦闘が発生する際に、技術開発局や鬼道衆に対して空間凍結などの廉価版術式の許可が下りる仕組みになっている。
「そろそろ君の矮小な未来視にも終わりが見えたのではないかね?」
藍染は空間転移や時間停止を連発し、鏡花水月と組み合わせてユーハバッハを翻弄する。寧ろ最も組み合わせてはいけない能力ではないだろうか。
如何に未来視を持っていようと、鏡花水月で捻じ曲げられた結果を見せられては意味がない。どうしてもワンテンポ遅れてしまう。自由に未来を改変するユーハバッハは確かに脅威的だが、負けない戦い方をすれば何も問題はなかった。
また藍染も強烈な攻めを見せ続ける。
「黒棺」
詠唱破棄で放たれたそれは完全詠唱すら超える威力であった。藍染はただ封印されていただけではない。その身体に深く崩玉を馴染ませていた。今の藍染はどんな鬼道ですら万全に、自在に放てるだろう。
「卍禁」
縛道の九十九の二番・卍禁が襲いかかる。
もはや攻撃にも属するその封印がユーハバッハの墓標となり果てた。しかし
「私が未来で知った力で私を傷つけることはできん」
ユーハバッハの
そこで知った能力はユーハバッハを傷つけなくなるのだ。彼の知識にある能力は、その全てが彼にとって都合よくはたらく。剣八の
だからこそ、ユーハバッハにとって剣八は天敵であった。
もう一つは霊王の因子を持つ存在については完全に把握できない。
藍染が有する崩玉には世界へと散った霊王の一部が注がれており、ユーハバッハも藍染の未来を完璧に見通すことができないでいた。
「ふむ。どうやら遊びすぎたらしい。君を倒す者たちが来たようだ」
「それは黒崎一護のことか? もはや黒崎一護の力など私には通用しないとも。私には見えるぞ。黒崎一護が死神として私の前に立ち塞がるその姿が。ならば卍解したその瞬間に、希望ごと折ってくれよう」
「……そうか。残念だよ。君がその程度の評価しかしていないとは」
藍染は一護に期待している。
かつては自分が新たなステージへと立つための壁として用意した存在である。その生まれは偶然であったが、それすらも計画へと組み込むほどに期待していた。そして崩玉を取り込んだ藍染を正面から打ち負かすほどにまで至ったのだ。
だからこそ、一護を過小評価するユーハバッハが気に入らない。
時間停止、空間転移、そして手刀によりユーハバッハの心臓を貫く。藍染の攻撃は斬魄刀すら上回る鋭さを持ち、
そして時間停止が解除された瞬間、反撃とばかりに残火の太刀を振るう。万物を消滅させる熱が広大な無間の一角を撫でた。しかしそこに藍染はおらず、軽い手応えだけが残る。鬼道の応用で強い霊圧をその場に残し、空間転移で回避したのだ。
「私は霊王の存在に否定的だった」
無間で反響する声がユーハバッハへと届く。
「しかし三界の仕組みまで否定しているわけではない。ただ、停滞し、罪の上で怠惰を貪る現状を嘆いたに過ぎない。世界の在り方を変えようとする君の意志は尊重しよう。しかし君のやり方は生きることの美しさを奪うものだ。到底、容認できるものではないよ」
「貴様がどう思おうと私の世界は止まらない。もはや三界など崩れるだけ。この地響きは新たな世界を待ち望む賛歌なのだ」
「いや、君は負ける。君は死神たちを過小評価しすぎだよ。更木剣八から逃げることしかできなかった君如きがそれを為すことなどできはしない」
「それも貴様の崩玉を手に入れれば解決することだ」
ユーハバッハが崩玉を狙っていることに変わりはない。
周囲の願いを取り込み、それを叶える。崩玉の真の能力がユーハバッハにもたらされたとき、もはや誰も敵わない存在になってしまうことが予測された。
また藍染自身も崩玉を渡すつもりはない。
時間停止と空間転移で次々と死の未来を見せ続け、圧力をかけていく。
「卍解! 雀蜂雷光鞭!」
突如として頭上より巨大ミサイルが飛来し、ユーハバッハに直撃する。暗闇に隠された上空から放たれ、更には鏡花水月や時間停止で感覚をずらされていたユーハバッハは未来改変をすることができなかった。大爆発が周囲を削り取る。
一撃必殺という言葉が相応しい砕蜂の卍解だ。
霊王宮から追いかけてきた死神たちが追いついたのである。
「卍解、大紅蓮氷輪丸」
またもや暗闇に隠れ、今度は冬獅郎が卍解する。四方から襲い来る莫大な氷が大爆発ごとユーハバッハを凍結させようとした。
しかし突如として無間に太陽が出現する。
莫大な霊圧が熱のように立ち昇り、空間すら歪ませて周囲を蒸発させる。
ユーハバッハが扱う残火の太刀、残日獄衣である。太陽の熱を纏う絶対防御のそれは、ありとあらゆる攻撃がユーハバッハへと届く前に消滅させてしまう。辛うじて届く攻撃すら、
また見えてさえいれば未来改変により卍解すら無効化してしまう。
まさに無敵であった。
「今更……私を追いかけてどうなる? 無駄と知れ!」
「そのような戯言。二度と言えぬように塵にしてくれよう。卍解、千本桜景義」
白哉が卍解を披露した瞬間、暗闇に光が宿った。
無間に入る僅かな光を反射し、煌めいているのである。無数に分裂した刃がユーハバッハを襲う。未来改変し、卍解を未来で折ってしまうという所業すら行えるユーハバッハも千本桜だけは例外である。初めから分裂しているものを折ることはできない。
ただ未来で見知った能力で傷つけることができないという力は健在であり、無数の刃はユーハバッハを撫でるだけでとなった。ただ、鬱陶しいことに変わりはない。
「邪魔をするな」
ユーハバッハは光の混じった黒い翼から霊圧を切り離す。それは独立して漆黒の怪物となり、全身に目のようなものが浮かんでいた。
それらは泡立つようにして次々と現れ、死神を敵と認識して襲いかかる。
一方でユーハバッハは未来を見て藍染の場所を探知し始めた。予知によって藍染が隠れている場所を導き出し、残火の太刀を宿した光り輝く剣を振るう。旭日刃が一直線上を滅ぼした。
「影鬼」
だがその際に生じた僅かな光が影を生み、そこを狙って京楽が刃を突きだす。影から影へと刃を転移させるこの不意打ちを回避するのは難しい。だがユーハバッハは未来でそれを見ており、京楽の始解を折っていた。
そう、未来で折っておいたのだ。
これによって初めから折られていたことになった花天狂骨はユーハバッハに届かなかった。京楽は折れてしまった
「無駄だ。私の
「……参ったね。どうも」
ユーハバッハは大量の霊子を収束させ、矢として放つ。
だがそれは幻であった。
影送り。
花天狂骨は新たな遊びを周囲に強制したのである。これによって京楽は幻影と入れ替わっていた。
「ちっ! こいつは厄介だぜ」
「日番谷隊長。兄は黒い異形を止めるがいい。私が援護しよう」
「ああ。頼むぜ朽木!」
またどこまでも広い無間を爆炎が包み込んだ。
それは空高くにまで立ち昇り、闇を払い、炎のドームとなる。
「次こそは逃さんぞ。ユーハバッハや」
左腕を治し、万全となった山本元柳斎重國が登場する。
この仕込みのため、今までは攻撃に参加しなかったのだ。
「邪魔をするな! 山本重國!」
ユーハバッハは苛立ちを露わに叫び、巨大な光を放つ。直線上を消滅させるその技の名は
万物を消滅させ、貫く光が元柳斎へと迫る。
だが、その間に伊勢七緒が割り込んだ。彼女の手にはとても刃とは思えない鏡のような斬魄刀が握られている。それは京楽より返却された伊勢家に伝わる神剣。
その名は
神の力を跳ね返すといわれる力が
半身を消滅させたユーハバッハは未来改変により万全な自分へと戻す。
その瞬間、背後に巨大な刃を振りかぶった黒崎一護が現れた。
「月牙……」
失敗作の浅打、鞘伏を元にして復活した斬月に莫大な霊圧が宿る。
「天衝!」
万物を切り裂く無敵の刃から繰り出される一撃は、
ユーハバッハは再び未来改変で切り裂かれなかった未来を具現しつつも、驚いていた。
「馬鹿な! 私の未来視を切り裂いただと!?」
「ああ! 俺はあんたとの因縁ごと斬る! 斬月と一緒にな!」
「調子に乗るな黒崎一護!」
お返しとばかりに残火の太刀を放とうとするが、一護は避けずに二度目の月牙天衝をで迎え撃とうとする。それを見た元柳斎重國は珍しく慌てた声を上げた。
「避けるのじゃ黒崎一護!」
自身の卍解を良く知る彼だからこその言葉である。
だが次の瞬間、元柳斎にとっても予想外なことが起こった。斬月より放たれた月牙天衝は、残火の太刀を切断してしまったのである。力を失った光の剣はそのまま消失してしまう。
斬れぬものなしの鞘伏。
そして『斬』の名を持つ斬月。
この二つが組み合わさった斬魄刀に斬れぬものはない。
そして一護が斬ったのは残火の太刀そのものではないのだ。ユーハバッハと残火の太刀の間にある繋がりを断ち切ったのである。それすなわち、尸魂界史上最強の卍解が本来の持ち主の元へと戻ることを意味していた。
「これは……っ!」
「山本の爺さん。これで卍解は取り戻したぜ」
「感謝するぞ黒崎一護」
とはいえ元柳斎もすぐさま卍解を使おうとは思わない。ユーハバッハが長時間にわたって残火の太刀を使用し続けたこともあり、すでに尸魂界は干上がりつつあるのだ。これ以上は世界に負担をかけられない。
「これで終わらせるぜ」
一護は出刃包丁のような巨大斬魄刀、斬月を逆手に持ち、その切っ先を下に向ける。そのまま柄を離せば白哉が卍解する姿に見えるだろう。
その印象の通り、一護の霊圧が極端に上昇する。
(来るか一護よ!)
ユーハバッハは未来を見通し、密かに笑みを浮かべた。
未来でその刃を折り、卍解した瞬間にそれを無効化しようと考えたのだ。
だが、ユーハバッハはその刃に触れることができなかった。
(何……っ!?)
藍染の語った通り、ユーハバッハは見誤っていたのだ。
一護の宿す、本当の死神の力を。
「卍・解――」
巨大な霊圧が圧縮され、一護を包み込む。
溢れんばかりの力を凝縮し、継続戦闘能力と瞬間的な攻撃力を高めるのが一護の卍解だ。それは真の斬月となった今も変わらない。
「――天鎖斬月!」
だが、その形までも同じではなかった。
コートのような死覇装へと変化し、その手には漆黒の刃を持つ小さな刀が握られる。押さえきれない膨大な霊圧は更に刀を包み込み、純白の鞘となった。
万物を切り裂く鋭利さのため、収める鞘が作れないとまで語られた鞘伏。斬月となった今、鞘を得ることで真の姿を現す。
不完全な失敗作は卍解によって完全となったのだ。
刃が不滅の鞘に覆われたからこそ、ユーハバッハは折ることができなかった。
『行くぜ我が王よ!』
「ああ。力を貸してくれ、斬月」
『ギャハハハハハ! 素直じゃねぇか! いいぜ。しっかり見ておけ。こいつが本当の月牙天衝だ!』
心象世界で真っ白な一護が語りかける。
斬月のふりをしていた
一護は左手で鞘を握り、腰だめに構える。
霊圧が高まり、
「
静かに。
ただ斬る。
収める鞘が存在しえないほどの切れ味を誇る今の斬月を収める鞘は、それだけの霊圧と概念を内包している。そして今より放つは不滅の鞘より放つ居合切り。
鞘の持つ霊圧を一度に解き放ち、斬撃とする一撃必殺。
その鞘が純白から漆黒へと染められた瞬間、全ては整った。
「――
誰もその姿を捉えることができない。
気付けば一護はユーハバッハの背後にいた。その左手からは鞘が失われ、抜き身の黒刀だけが存在する。ユーハバッハは崩れ落ちた。
卍解・天鎖斬月
死神の力である黒い刀と、
……斬月に全て持っていかれたけど、今回のタイトルは村正。
そう、村正がメインだったのだ。
一体いつから斬月が主役だと錯覚していた?