綺麗な剣八   作:NANSAN

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65 皆尽

 

 叫谷(きょうごく)は断界の一部だ。

 三界の境目であり、時空が圧縮された特殊空間である。ここを安定化処置させずに通過した場合、最大で数百年もの時を飛ばされる。空間密度もすさまじく、そう簡単に壊れる世界ではない。

 だが、今日ばかりはその頑丈さですら心もとなかった。

 ユーハバッハの残滓を取り込んだ産絹彦禰は無月を思わせる漆黒の斬撃を放った。その威力は一護が最後の月牙天衝として放った渾身の一撃にも匹敵しており、崩玉と完全融合した藍染ですら抵抗できずに切り裂かれたものだ。

 剣八はその一撃に対して斬魄刀で立ち向かう。

 

 

「くっ……」

 

 

 威力は剣八すら唸らせるほどだ。

 黒い霊圧は彼女の斬魄刀に触れた瞬間二つに分かれ、激しく周囲に散っていく。しかしその余波だけでも剣八の肌が傷つき、薄っすらと血を流させていた。

 そこに彦禰が追撃を仕掛け、その背後から斬りかかった。

 

 

「あああああああおおおおおおおああああああっ!」

 

 

 もはや言語化できない叫びと共に彦禰は黒の斬撃を放つ。正面からの黒い霊圧は未だに威力が途絶えておらず、剣八はそれを抑えるのに精一杯だ。つまり背後からの攻撃を防ぐ手段がない。

 ここにきて初めてまともな攻撃の直撃をくらうことになった。

 黒い霊圧が二方面から衝突し、叫谷を揺るがすほどの大爆発が引き起こされる。時灘が用意した空中楼閣はその衝撃でめくれ上がり、致命的なまでに破壊された。

 渦巻く漆黒を突き破り、血を流す剣八が飛び出てくる。

 しかしそれを追って彦禰も現れた。

 空中で二人は刀を打ち合い、火花と霊圧を散らし、やがて剣八が押し切られてしまう。今の彦禰は已己巳己巴(いこみきどもえ)という古代の大虚(メノス)を取り込むに留まらず、滅却師(クインシー)の始祖であるユーハバッハの力すら一部手に入れている。

 野晒すら解放していない剣八ではこれが限界だ。

 むしろこれだけの攻撃を受けて人の形を保っていることの方が驚愕である。

 

 

(速い。そして力強い)

 

 

 絶望的なまでの身体能力だ。

 彦禰はあらゆる状態異常と特殊攻撃を無効化する更木剣八という死神に対して、これ以上ない解を提示した。霊圧(レベル)を上げて物理で殴るという単純な唯一の答えだ。

 今まで誰一人、この明快な答えを知りながら実現できなかったそれを、彦禰は成し遂げようとしていた。

 彦禰は已己巳己巴(いこみきどもえ)を振るう度に黒い霊圧を放ち、散った霊圧は空間中で収束して無数の矢を成す。多方面より剣八を狙う漆黒の矢は一発でも地面を抉るほどの威力を秘めているため、如何に剣八であろうと直撃は許されない。一つ一つの対処を強いられてしまう。

 普通ならば諦めてしまうほどの戦力差だ。

 そう、普通ならば。

 

 

「ふふ……」

 

 

 黒い霊圧を斬り払い、剣八は唇で弧を描く。

 

 

「ふふ、ふふふ……アハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 剣八が戦いにおいて絶望することはない。

 どれほど恐ろしい敵がいても、手が届かないとすら思える存在と相対しても、剣八という死神にとっては最高のスパイスに過ぎない。戦いを楽しめるということが確定した時点で剣八は高揚する。

 霊圧が爆発的に増大した。

 その衝撃により彦禰より解き放たれ、渦巻く黒い霊圧が押し返される。

 次の瞬間、彦禰の目の前まで刃が迫っていた。

 

 

「っ!?」

「よく避けました。良い反応ですよ」

 

 

 攻守は一瞬にして逆転し、剣八が激しく攻め立てる。剣術という理に適った動きが着実に彦禰を追い詰め、暴力的な霊圧によって周囲の空間ごと焼き切る。剣八が一歩踏み込めば大地は破裂し、刃を振るえば空気が引き裂かれて真空が現れる。 

 已己巳己巴(いこみきどもえ)鳳落八景(ほうらくはっけい)は彦禰の霊圧を底上げしており、更には死神、滅却師、虚、完現術師といったあらゆる力を取り込んでいる。果てには霊王やユーハバッハの力までも宿しており、とても手が付けられる存在ではない。瞬歩に飛廉脚や響転(ソニード)を組み合わせた歩法は文字通りの瞬足を誇り、かの瞬神・夜一すら軽く凌駕するだろう。斬魄刀の一撃は最後の月牙天衝を放った一護とも釣り合い、その度に世界が裂ける。

 だが剣八も負けていない。

 剣術の理により予測される敵の動きに合わせ、最少の手順で迎撃する。更にはカウンターの一撃を以て攻撃に転じ、次元を引き裂く圧倒的な霊圧でもってして、始解すら解放することなく彦禰を追い詰めるのだ。後一手足りずに逃し続けているが、この彦禰を相手に戦闘が成立している時点で理解不能な領域にあることは間違いない。

 

 

「これほど心が躍るのはいつぶりでしょうか! 楽しみはまだこれからです! もっと! もっと霊圧を研ぎ澄ませなさい! 一瞬たりとも気を抜くことは許しませんよ……」

 

 

 外から見る二人の戦いは異質だ。

 ある一瞬から次の一瞬に至るまでの間が見えず、気づけば斬魄刀を打ち合っているのだ。その度に空間が歪み、衝撃波が生じ、とても近づくことはできない。

 彦禰は絶叫のような呻き声を上げ、その背から黒い翼を展開する。まるで滅却師完聖体(クインシーフォルシュテンディッヒ)のような姿だ。だが異質なのは黒に交じって白の斑点が現れ、翼が巨大な腕のようになったことである。

 それは已己巳己巴(いこみきどもえ)の両腕であった。

 彦禰の意志とは独立して蠢く已己巳己巴(いこみきどもえ)の両腕が剣八を捕まえようとする。剣八は斬魄刀で弾いて回避したが、それに合わせて今度は彦禰が斬りかかった。全身を覆う黒い霊圧にはユーハバッハにもあった無数の目玉が宿り、その一つ一つの瞳が確かに剣八を追いかける。

 鋭い突きが彼女の喉元へと迫ったので、体を捻って避けた。

 しかし彦禰は見てから刀の軌道を変更し、追いかけるように追撃を放つ。剣八は刀をあてがい、滑らかに剣速に合わせて傾けることで斬撃を逸らした。充分な技量と霊圧と膂力が伴わなければ到底実現できない受け流しの絶技である。

 だが捌き切ったのも束の間、已己巳己巴(いこみきどもえ)の両腕が剣八を殴った。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 地面に叩きつけられた剣八に対して、彦禰は振り下ろしを見舞う。また背中の両腕は同時に虚閃(セロ)を発射した。

 致命的なまでの斬撃と、古代の大虚(メノス)が放つ強大な虚閃(セロ)が剣八を襲う。

 

 

『剣ちゃん! 使っていいよ!』

「いいタイミングです! 呑め、野晒!」

 

 

 ここでやちるは斬魄刀の解放を許可した。

 長時間の卍解・呑曝(のざらし)の解放により三界は致命的なダメージを受けていた。それがある程度収まるまでは解放を禁じていたのだが、ここでようやく許可が下りた。

 爆発的に高まる剣八の霊圧だけで虚閃(セロ)は消しとび、また彦禰の斬撃は野晒によって受け止められる。そればかりか弾き返してしまった。

 バランスを崩す彦禰はその一瞬、剣八から目を離してしまう。

 気付けば彼女は背後にいた。

 

 

「その腕、貰いますよ」

 

 

 直線移動に限れば、剣八の瞬歩は死神最速だ。歩法を組み合わせた特殊な瞬歩ともなればその限りではないものの、並の隊士では到底敵わないほど速い。一瞬とはいえ目を離した彦禰は剣八の移動に気付くことができなかった。

 背中にある已己巳己巴(いこみきどもえ)の両腕は断ち切られており、切断面は剣八の霊圧によってズタボロに破壊される。流れるような動作で突きが放たれ、背後より彦禰は貫かれた。

 だが確かな手応えは煙のように消えてしまう。

 まるで彦禰の存在が夢幻(ゆめまぼろし)であったかのように消失したのだ。ユーハバッハの未来改変を利用し、剣八に貫かれなかった未来を引き寄せたのである。

 

 

「自分はァ! 負けられない! 誰にも負けない! 時灘様のためにィィィィィッ!」

「大した忠義ですが……この私と戦っているときに他の人を想う余裕があるのですか? それはいけません! 今は私だけを見てください! 私とあなたの愉しい斬り合いなのですから!」

「うあああああがあああああああああ! 更木剣八ィィ!」

 

 

 彦禰の霊圧がまた増大し、斬撃の威力は更に高まる。野晒を解放した剣八すら圧倒する膂力を一時的に発揮したことで、遂に彼女の剣を弾いた。

 黒い斬撃が放たれる。

 今度こそ、剣八は正面からその直撃をくらってしまった。大量の血が飛び散り、意識を失いかける。しかし寸前で留まり、強く野晒を握り直して反撃した。斬っても倒れぬと称された剣八の名に恥じぬ気迫である。

 お返しとばかりに放たれた野晒は彦禰に直撃し、左下からの逆袈裟で仰け反らされた。

 ここからは小細工なしの斬り合いである。

 

 

「アハハハハハハハハハハ! もっと! もっとです! もっと楽しもうじゃありませんか!」

「ぎっ! がああああ! いい加減……(タオ)レロ!」

 

 

 斬る。

 斬る。

 斬る。

 斬撃の応酬がノーガードで繰り返され、互いに深い傷を負いながらも決して倒れない。

 しかし違いはあった。

 剣八は幾ら斬られても剣劇が弱まることはなく、むしろ霊圧と共に激しさを増している。逆に彦禰は斬られた分だけ動きが鈍くなり、間違いなく押されていた。

 不味いと考えたのか彦禰は黒い霊圧を伴う斬撃によって竜巻を引き起こし、剣八を吹き飛ばそうとする。しかしそんな浅はかな考えは無駄だ。ただの一撃で霊圧の嵐は引き裂かれ、飛び下がろうと無防備になった彦禰が露わとなる。剣八はそんな彦禰の足を掴み、引っ張りつつ勢いを付けて地面に叩きつけた。

 

 

「がはっ!?」

 

 

 遂に動きが止まった。

 ここで剣八は野晒を()()で握る。掲げられた大太刀には空間が焼き切れるほどの霊圧が宿り、叫谷が軋みを上げた。

 彦禰は回避しきれないと悟り、已己巳己巴(いこみきどもえ)に左手を添えて受け止めようとする。

 剣八の刃が振り下ろされ、叫谷が裂けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 剣八と彦禰の戦いにより叫谷は崩壊の一途を辿る。時灘が綱彌代家の力をフル活用して強化した特別な空間ではあったが、あの二人には足りないらしい。

 

 

「ちっ……」

 

 

 これには思わず時灘も苛立ちを露わにする。

 計画の為に建造していた空中楼閣は見る影もなく破壊されており、もう役には立たない。ここにきて計画の破綻は惜しいものがあった。

 

 

「彦禰はもう使えんか」

 

 

 他人の不幸で愉悦する彼も、自分の不幸は納得いかないらしい。なんとも勝手な男である。

 だが、それはそれで良いと感じてしまう異常性すら有していた。

 時灘は艶羅鏡典を使い過ぎた。

 使用するたびに魂を削ってしまうこの斬魄刀は、綱彌代家の宝具でありながら欠陥品だ。これを手に取った時点で時灘の異常な精神性が垣間見えるというもの。しかし犠牲に対する効果は充分で、初代剣八であった卯ノ花烈を完全に抑え込んでいた。

 

 

「さて、卯ノ花八千流はどこへいったか」

 

 

 空中楼閣の崩壊に伴い、彼は卯ノ花の行方を見失っていた。分が悪いと判断して隠れたのだろうというのが予想だ。しかし必ず現れると確信していた。

 この瓦礫の山はどこでも隠れる場所がある。

 右か、左か、前か、後ろか、それとも上か。

 千本桜を展開し、劈烏を飛ばし、更には餓樂廻廊を召喚して全方位を警戒する。今か今かと嗜虐的な笑みを浮かべながら待つ時灘は、魂が削られながらも今の状況に愉悦していた。

 彦禰が暴走したからなんだ。

 計画が頓挫したからなんだ。

 自身の魂が削られていくからなんだというのだ。

 この刹那の瞬間ですら他人を貶め、如何にして他者を不幸に至らしめるかを考え続ける。

 

 

(もう叫谷も持たん。ならばアレを現世に放ち、蹂躙の限りを尽くすのを眺めるのもいい。護廷の奴らが慌てふためく姿も一興だ。そうだ。その間に藍染惣右介を解放してもいいかもしれんな)

 

 

 とても悪戯では済まされない悪事を企み、その結果がどうなるのか想像して口元を歪める。

 だが、彼は忘れていた。

 今戦っている相手がどのような存在であるかを。

 

 

「卍解」

「――っ!?」

 

 

 故にその声を聴いたとき、反応することすらできなかった。愉悦に身を任せ、己が優位であることに油断し、卯ノ花烈という存在の恐ろしさを失念していた。

 

 

「――皆尽(みなづき)

 

 

 瓦礫の隙間から大量の刃が飛びでた。それは血のように赤く、流動的である。全方位を警戒していたつもりだったが、下は忘れていた。

 全身を貫かれた時灘はそのまま宙吊りにされる。両腕両足、腹、腰と急所を外してありとあらゆる場所に血の刃が突き刺さっていた。ついでとばかりに餓樂廻廊により現れた白い化け物も貫かれ、消滅してしまう。

 更に瞬歩で現れた卯ノ花は同じく血の滴る刃を振るい、時灘の右手首を切り落とす。

 

 

「ぐああああああっ!?」

 

 

 激痛から悲鳴を上げるも、その切断面からは全く血が流れない。一瞬のうちに傷が塞がり、止血されてしまっていた。

 これで右手首の出血は止まったが、そこに握られていた艶羅鏡典は落としてしまう。つまり、時灘に抵抗する手段はなくなったのだ。

 

 

「ぐっ、お……きさ、ま……斬魄刀を……」

(わたくし)の斬魄刀です。たとえ瓦礫の中であろうと、(わたくし)の霊圧が馴染んだそれを見つけられないはずがありましょうか」

 

 

 卯ノ花の握る卍解・皆尽(みなづき)からは常に血が流れ滴っており、瓦礫の下へと染みていく。その量に限りはなく、血の池地獄のようであった。

 

 

「これは(わたくし)の卍解、皆尽(みなづき)。ここに溢れる血肉は肉雫唼(みなづき)(すす)ったもの。患者の血肉を啜り、霊圧で置換することで傷を癒すのが(わたくし)の始解。そして卍解は溜め込んだ血肉により刃を成し、攻撃します」

 

 

 そう語る卯ノ花はゆっくりと歩き、時灘の正面で止まった。

 思わず時灘は言葉を失い、瞳孔が開く。自然と息が荒くなる。

 鬼のような気配を放つ卯ノ花を目の当たりにして心臓の鼓動が早くなった。まるで金縛りにあったかのように身じろぎすらできないこの状況を自己嫌悪すらした。

 

 

皆尽(みなづき)の攻撃は決して殺しません。首を切り落とそうと、心の臓を貫こうと、この刃より出づる血肉が補填してしまいます。これは修羅と化したかつての過ち。かつて更木隊長に破られて以来、二度と使うまいと思っていた卍解です」

 

 

 決して終わらぬ永遠の戦いを。

 かつてそう望んだ卯ノ花八千流が手に入れた卍解だった。この皆尽(みなづき)の領域にある限り、決して死ぬことは許されない。卯ノ花が満足するか霊圧が尽きるまで戦いは続き、やがて修羅に屈した敵は死を望む。(みな)、尽き果てるまで戦うことこそこの卍解の本質であった。

 この卍解を発動して屈しなかったのはただ一人。

 いまや昔の更木剣八である。

 

 

「罪を償いなさい綱彌代(つなやしろ)時灘(ときなだ)。あなたは決して死ぬこともできず、裁きを待つのです。己の為した業を償うまで、逃げることは許しませんよ」

「ク……クク……貴様が、言う、か」

「ええ、(わたくし)だからこそ」

 

 

 その言葉を最後に時灘は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 




皆尽はオリジナルです。
始解からそれほど離れた能力にはならんだろうということで、強制回復能力にしました。やったね、れっちゃん。これで永久に斬り合いできるよ!

最終章の卍解シーンを見てもあながち間違ってないだろうと思ってます。皆さんはどう思います?

if「私と契約して天に立たないか?」ルートの需要ある?

  • 闇落ち剣ちゃん見たい
  • 本編だけでいい
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