何気なく一歩詰め寄り、両方の手を自分の腰に回す。マルギッテからは完全に死角の位置に忍ばせて置いた武器。素手では圧倒的不利にあるラインでも、武器や気を混じえ応用すれば十分に戦う事が可能だ。しかし普段使用する武器は殺傷性だ高く。捕縛や鎮圧には向かない。事戦争に於いてはラインの方が向いてるが、戦闘に於いては現状マルギッテには及ばない。
目的は捕縛。なので気絶させなばならない。容赦をなくせば、毒や薬で眠らせればいいのであるが、正面からマルギッテを突破しなければ義理は通せないとラインは考える。
何の義理だか義だかは知らないが、本人はこの壁を越えなければクリスとのデートには行けない、もっと言えば告白はしないと心に決めている。恩を仇で返すに等しい、それ程の事を成そうとしているのだ。
手に忍ばせるはスタンガン。通常電圧100V、それを二倍にした200V。電圧を上げるも電流を抑えた一品。一般に販売されている高電圧でも110Vでマルギッテならば耐えてしまうのだ。ただの気合で無効化されてしまうので、訓練での組手で以前使用したときから改造したのだ。
視線を合わせマルギッテの視線を固定する。
「――――大人しくしてて!」
顎の下で完全に見えない。その攻撃はマルギッテの顎に伸びる。軍服の上からでは効果が薄いと睨み、地肌を直に狙う。
完全に避けられない軌道。
マルギッテの状態も反応を見せない。
しかし、顎の直前でラインの腕が静止する。止められたのだ、ラインの死角から伸びる手に。
「!?」
手に触れられた感覚から止められたと確信し、スタンガンを弾き投げる。投げてぶち当てようと狙ったが僅かに止まった隙。その隙でマルギッテはラインの手を支点に反転し背中合わせになる。
空いた手でラインの両手を押さえ小手を返し、元々のラインの後ろ側に投げる。
腕を捻られ関節が強制的にそちらに動かさられる。上体は倒され受身を取らざる得ない。このままでは地に抑え込まれてしまい、絞め落とされるだろう。だが無理に逆らっては手首を痛める。
ここでラインがとる行動は力に逆らわず捻られる手首と一緒に体ごと大きく飛び、空中で宙返りしながら肘から抜き蹴りで反撃する。
「甘いですよ!」
頭部を目掛けた蹴りを戻した腕で受け流し、腰を入れた突きのような蹴り、蹴り上げ、の二連撃を入れる。
膝を閉じ丸くなり腕を上げクロスガードで蹴りを受ける。受けた衝撃で体が吹き飛ぶが、その分空中に打ち上げられるので体勢を整える。
「矢張り、落としきれませんか……」
「やはりじゃない、落とす側が逆になってるし!」
マルギッテとの攻防を凌いだラインはいつの間にか攻めと守りが反対になっていることを知る。
「最初に決めきれなかった貴方に、私に勝つ勝算は無いでしょう」
「……」
正面切って相対するには、決め手に欠ける。最早勝ち筋が見つからない。
「諦めなさい、と言いたいところですが機会を与えます。何もしないのであれば今回は見逃します。 健全なお出かけで我慢しておきなさい」
「はい、わかった、何て――――」
屋外に逃走し正面から戦わなくて済む、演習場に逃げる。
「言うはずないでしょー!」
人を囮に少しずつ距離を離す。転々とする気配の中からラインを判別するのは一苦労。常に殺気を向けられている状況ならば特定は容易いのだが、ラインは逃げるだけならマルギッテを圧倒的に上回る。幼き頃の勘は鈍ってはいない。それどころかより磨きがかかっている。マルギッテ自身、磨いたつもりはないのだが、近接より中距離以遠はラインのテリトリー。迂闊に動いてはシモヘイヘの再来とばかりに圧倒される。
最初からマルギッテとの交戦を予定していたラインは各場所に麻痺性のあるゴムの弾丸と虚勢と脅しを交えた攻撃のためRPGを用意していた。ロードバイクも用意したので、バイクに乗った射撃戦ならばマルギッテと対抗することが本命だが、最悪本気で逃走するのも一考かもしれないと考えもする。
ラインは所定の位置でダブルアクション、つまりセミオートライフルを担ぎ赤外線スコープで生き物の機微を見極める。近接の時の為のハンドガンは銃口から射線を読まれトンファーで受け流されるのは、戦場でマルギッテが相手の虚を突くとき用いる先方だ。これをどうにかしないとハンドガンの効果は薄い。実弾ならタオルなど遮蔽物を使い銃口と引き金を見せなければ良いのだが、ゴム弾では出来るはずもない。銃口を振りながらでも撃たない限りかならず見切られる。
マルギッテだって正面から戦うだけが能ではない。速度を活かした突撃、忍び寄り背後を取る能力は類を見ない。あずみ程特化していないが、純粋武道家にはないものだ。
作戦の整理を行い、確実に勝ち筋を作る。
「来た……」
軍服でも制服のまま演習場に来ては大変目立つ。ラインは最初から迷彩服なので逃げと守りには優位性を構築できている。
最近は力を抑える為に用いる眼帯。私生活では見てくれがよろしくないと、仕事日以外の着用を遠慮してもらっている。本日はそれが仇となり、全力全開のマルギッテを相手しなければならなくなった。しかし、どのみち外すほど追い込むのは確実なので、逆にその一見油断なく本気なマルギッテの枷を外した自身が、逆に油断に繋がればといいと思うラインだが、当然その様な事にはならない。
「行き成り撃ったら場所がバレるしな?、遠くで背中向けてくれないかな?」
どんなに距離が離れていても正面から挑む勇気はない。ただの雑兵なら例え至近距離でもライフルで射撃戦をしても良いが、マルギッテは距離など関係ない。幸いちらほら演習場には人影がいることが、スコープからも分かる。気配で特定されるとは思えない。ならば、ここは麻痺弾を一撃で捩じ込み勝利するだけだ。
随分ゆっくりとした歩調で歩くマルギッテだが、この演習場にいることはメールで知らせてある。居るのが確実ならば、ゆっくりと探し隙を晒さなければ簡単に撃つとは思っていないのだ。痺れを切らし勝ちに急げば、反撃の目処が立つだけ。今はトンファーと言う武器も持ち合わせているので、例え弾幕の中でも突き進むのみ。
「あ?長い、これお昼に間に合うかな?」
案の定、痺れを切らしているが、安易な攻撃に移る真似はしない。
このままの進行方向なら確実に遠くで背中を見せる機会が訪れる。だから今はただ待つ。
「もらい」
決定的な隙、別の何かに気を取られているその背に麻痺弾を捩じ込む。
「あっちですか」
平然とするマルギッテ。
弾丸は一歩動かれるだけで避けられてしまい。大まかな居場所まで特定される。
「さ、誘われた?」
狙撃とは宣言して打つものではない。宣言しても避けられる物でもないのでラインは気にも止めなかった。しかしマルギッテはラインの戦法を熟知しており狙撃を読んでいたのだ。
後は風のなく弾道のわからやすいポイントで隙を晒せば撃つに決まっている。加えて風がないので音もよく通る。音で避ける事は不可能だが、気を使い集中力を上げれば最初は避けられる自身がマルギッテにはあった。
一度方向が分かれば情報として十分だ。マルギッテは何が飛んでくるか分からない方向へ全力疾走する。
対面からはスモークの煙が焚かれ、視界を奪い奇襲するのが予想できる。動いているマルギッテの方が圧倒的に不利であるが、近づいたそれだけでラインの優位性は失われる。
「追い詰めましたよライン!」
200m以上離れていたが、瞬く間に詰め寄られ逃走すら侭ならない。ここまで来たら会心の一撃を入れる他ないラインは煙が風で流される前に決着を着けねばならない。最早隙を探している余裕も無い。
だが、小細工はいくつでもある。ここはラインの狩場であり、マルギッテ狩場ではない。
「眠気が……催眠ガスですか」
煙に催涙ガスを仕込んで自分は悠々とガスマスクを付け至近距離で攻撃を仕掛ける。何弾にもフィルターを掛けなければマルギッテに勝つなど夢のまた夢。大佐との相対以来、壁の向こうを見据え始めラインの手に負えない程に見違えてしまった。格上との本気の戦闘はここまで人を成長させるものかと感じてしまった。それはラインにも言えるが、マルギッテは度を越している。
「いつも銃を片手に挑む貴方が素手ですか……私も舐められたものです」
ガスを吸いすぎたマルギッテの蹴りは威力は変わらないがキレが落ち、恐怖するほどでもなく見切りやすい。避けるのは難しく、両手で受け流しながら冗談回し蹴りを入れる。
「!?」
頭を掠めるも直撃には至らない。マスクと煙の所為で視界悪い。自分で作った舞台であるが、戦い難い。
掠めた足を戻し勢いを殺さず反転し、逆足の足刀で押し切る。
「っぐ」
今度は腹に直撃する。
幾らマルギッテでも遠くに飛んで行く筈だが、ラインの足にトンファーの柄の感触が伝わる。
「捕まえました……」
「うわっ」
片手で引き寄せられ、勢いの侭カウンターの様にトンファーが鳩尾に直撃する。
「ぐぇ」
拳でも十分な威力を発揮する人体の急所、水月と呼ばれる所に面積小さく固いトンファー。物体への気の伝達が芳しくない今の状態でなければ一撃も耐えられなかったかもしれない。対象激完備に防弾チョッキ越しでもこの威力。銃弾でも耐えるこの防弾チョッキでも、気の補強がなければ貫通していたかもしれない。
ギリギリ耐える物のマルギッテはラインの足を話していない。
ラインはサンドバック状態になる前に、膝を曲げマルギッテの脇から胴を押さえ羽交い絞めにする。
「離しなさい!」
煙に自身が追い詰められていると知るマルギッテは最後の足掻きでラインを自分ごと投げようと身を揺らす。
「っち」
ラインの体が浮き自身が投げられるのが分かる。これは避けようがない、そう感じたラインは自身の敗北を悟る。
「うわぁっ」
浮いた体は予想に外れ真横に倒れる。
ボスッ、とお互い羽交い絞めになった状態で倒れる。
「名付けて、スリーピングキャッチ。効果、相手は眠る!」
死んだように強制的に眠っているマルギッテは当然反応しない。
「はぁ、もっと強い必殺技とか誰か教えてくれないかな?」
今までもマルギッテの師と呼べる人たちから戦い方を教わりはしたが、気を使った必殺技など皆無だった。純粋に確定どころに爆発的に気を込め直撃させる、この一点に付きた。
全てを上に行かれる相手にはそれだけじゃ倒せないと、知ることになるとは思いもしていなかった。
「大体なんだよこれ」
マルギッテを背負い女性宿舎に向かう。勝ったが喜べない現状に独り言で文句を言う。
「相手毒状態にさせて、逃げる守る拘束とかでターン数稼ぐみたいな勝ち方」
正面から堂々と切り込むマルギッテを讃えることはできても、馬鹿にすることを出来なかった。
「クリスにそっくりじゃん……」
流石、姉と慕われるだけの事がある。
自分には無い物、自分には出来ない発想。確実を求めるだけの詰まらない勝ち方。
「効率厨かってんだ……」
男なら華々しく勝利したい。そこに自分の欲しい物が有る、それに気づいた。
「帰ったら鍛え直してよ、マルギッテ」
背に乗せた眠るマルギッテに勝利の褒美を貰う約束をした。