失恋直後、ラインは同僚たちに囲まれてる。同僚たちは神妙な顔で、服装は戦闘用の迷彩柄。銃を片手に軽武装ではあるが、模擬戦のようにも見えない。
「何これ?」
ラインが口を開いても誰も口を開かない。
「あの?」
「ライン曹長!」
虚をつくようにラインの疑問が解消される。
「貴様をロシアへの情報漏えいの罪で拘束する」
「え? 行き成り罪が確定? まって、まって、容疑でもないの?」
「貴様の
ファルマン中将といえば直接的な戦争を得意とするフリードリヒ中将と並ぶ人物だ。情報戦争の中心人物でドイツの政治的方面にはフリードリヒ中将よりも大きい。
「そっちの閣下からの通達ねぇ」
軍内の情報管理はファルマン中将下の部隊に管理されていて、定期的に監視が送られているらしい。
もし本当に自身がスパイなら自分のパソコンから通信なんてヘマな真似しない。ラインで無くともそうだろ。
「着いてきてもらおう」
こんな横暴な通達はありえない。弁解すれば何の問題もないので、ここは応じる。
音が漏れることのない尋問室。ラインは手錠をかけられパイプ椅子に座らされる。
幾つもの尋問をされ、警察張りに誘導までもされる。よくもまあ、同僚に容赦なく疑いを持てると思う。
「入るぞ」
そこに見知った顔が入ってくる。
「アルミン大尉……」
今日ホモだと確信した好色男が現れる。
「残念だよ……まさかお前が金に目が眩み情報を売るなんて……」
ラインの部屋から別の通帳が見つかったそうだ。勿論契約者も捺印から指印までラインの物である。
「おれじゃないに決まってるじゃないですか?」
飽く迄も冗談だよね? 手続きの一貫だよね? と言うラインの主張は受け入れられない。
「死刑の命令が上から届いた、悪いが死んでくれ……」
バンッ! 間髪いれずに発砲。
ラインは椅子ごと手錠を持ち上げ鎖を張り、縦断を受け流す。鎖が損傷したので力任せに鎖を伸ばし引きちぎる。
「危な!」
一撃で殺せなかった。単純な実力ならマルギッテに次ぐ実力を持っているのだ。銃弾の軌道、反射、全てがアルミン大尉の能力を上回っている。
殺せないと気が付くと乱射する。
「このっ!」
明確な殺意を察すると、ラインはここで反撃し相手を殺害しなけばと衝動にかられる。しかしここで殺してしまえば、自身の無実の証明がしに難くなる。
「はっ!」
アルミン大尉との身長差から下段を取り、顎に掌底を打ち気絶させる。アルミン大尉の持っていた銃を奪い取り、出口を蹴破る。
持ち物は全て押収されているのでマルギッテに連絡を入れることができない。マルギッテの部屋に行ったらまた拘束されるだろう。最悪発砲許可も出ているかもしれない。
「事故るなよ……」
防弾チョッキを着ている相手には容赦なく致命傷に成らない様に発泡する。45口径のハンドガンなら貫通することもないだろう。
今朝のマルギッテとの交戦のまま放置していたバイクを思いだし、演習場に逃げる。
「アイツ! 逃走用のバイクまで用意してやがった!」
見覚えのある奴らにも誤解されるが、事実隠していたのだ疑われてもしょうがない。
この場にいては絶対に殺されると確信している。突然、冤罪を着せられ、釈明の余地なく殺されるなどありえない。誰が信頼できるか分からないし、当然マルギッテは見張られているだろう。
ラインはバイクで逃走しながら各所に隠したライフルとRPGを回収しに行く。RPGは一発しかたまがないが障害物一つなら破壊できる。アサルトライフルを胸にかけ、背に長物の銃を背負う。
「っち、ヘリまで出してきやがった……が、まずはフェンスだ!」
演習場の周りを囲んでいるフェンスにRPGを放ち穴を開ける。
乾燥した砂の粉塵が巻き上げる中に、バイクが通れる程の穴が空いてると信じて突入する。
「おい! 逃げられたぞ! マルギッテはまだか!」
本気のラインを捕まえることができるのは、ラインの事を熟知し猟犬部隊最強のマルギッテに限られる。
「そ、それが、今朝からマルギッテの姿が無いと思ったら部屋に拘束されていたと、先程、隣部屋者から連絡がありました。」
「マルギッテを拘束だと!」
「はい、何やら本人はラインに負けたと言っていた模様です」
もしこれを計画なのだとしたら、と尉官達は戦慄する。
「追跡のヘリから連絡は!」
「げ、撃墜されたと……幸い死者はいないと……」
これ程までの力が単身に有ると、実際敵に成るまで理解していなかった。
一方、国道をフルスロットルで逃走するラインは、現在二機目のヘリに追われている。
一機目のヘリから勿論武装ヘリだ。バイクの速度が速くなかったので、ロータヘッドを三連射し撃墜した。
しかし現在の走行速度は110マイル。ヘルメットも無しの走行で片手ハンドルなど愚の骨頂だ。勿論、片手で運転は危険だからできない訳ではない。アクセルの位置が右でラインの聞き手も右。アクセルを離すと左で撃たなければならず、精密な射撃は不可能に近い。
ラインは逆に速度を落とし後方を取り、ヘリを敢えて追い抜かさせた。
「っ!」
翼の伝送にアサルトライフルを乱射し、操縦性を低下させる。
安定性を失ったヘリは追跡の続行が不可能となり、ラインの進行方向から逸れていく。だがまだ安心するには早すぎた。ラインは退路を開くため街を目指す。
街にたどり着くと、服屋に直行した。まだ店の閉まる時間ではない。今日着ていた服装から一新し、試着室で武器を軽く分解しコンパクトで携帯できるようにする。
「やべぇよこれ」
本気で自分を殺しにかかる同僚。いくらフリードリヒ中将でもクリスが関わらない限り、この様な強行に出るとは思えない。
「ま、まさかバレた……」
今日の告白までの一連を見られたら、ラインを殺せと言わないと言い切れない。過去に何人かの少年がクリスに良からぬ視線をむけ、それを葬ってきた。ラインもその一端を担った事がある。今度は自分がその標的なんてことも有り得るかもしれない。信頼してきた部下が一番の裏切り者、その怒りは限度を知らないだろう。
「いくら閣下でも……無いと言い切れない」
中将とはこと、クリスに関して大人気ない人柄だった。
下らない事を考えるよりも、現在ラインには重大なことがある。
まずはこの街から逃げ出さなくてはならない。理由は、街に包囲網引かれたら勝ち目がなくなるからだ。
買い物を終え店から出たラインは自身のバイクのが見張られていないのを確認する。周囲の気配と視線を読み取り、一人も見張りはいないと確信し、駐屯地から離れるためどこか遠くに進路を定める。
大通りは下手をすると検問が敷かれているかもしれない。この時間、現在は夜の8時を回り、交通量が多い時間帯だ。ラインは何としてもこの車の波に紛れたいと思っていた。
交通の流れに合わせ自然に走ると一人の警察官と視線が合う。ラインはヘルメットを着用していない。警察としては逮捕の対象だろう。しかしどうにも様子がおかしい。何やら手に持った端末の画面を何度も確認しラインと見比べる。画面にはラインの顔写真と現在の服装が記されていた、当然ヘルメットを無着用でロードバイクであることも。
「君ーーー!」
ラインはこれで自身が指名手配にでもなったのかと疑う。だが、徒歩で追う警察など怖くはない。車の横をすり抜け次々と追い越しをしていく。
そこで一つの交差点に差し掛かる。
なんとその交差点には二台のパトカーと一台の白バイがあったのだ。
無線で連絡が入り、ちょうどこの交差点で相対したのだ。
「そこのノーヘルの少年! 止まりなさい!」
サイレンが鳴り響き普通に走行していた一般車が警察に道を譲る。複数台の警察に追われ確実に目立つ。一刻も早く巻かなくては応援が来てしまう。嬉しいことに、まとめて来たのでこの先に待ち伏せれている確率は低い。ラインが街に来て一時間も立たないので、その合間に包囲網は完成しない。
なら後を付け狙う警察を迎撃すれば良いのだ。
ラインはハンドガンを取り出すと先頭を走るパトカーのタイヤを撃ちパンクさせる。
一台では後方全てを巻き込むことはできない。続けて速度を上げたパトカーにも撃つ。だがそこでラインに想像もできない事件が起こる。
速度を上げたパトカーはパンクしても速度を上昇させ続け、大きく横転し近隣に避けた一般車も巻き込み大事故になった。ラインは速度を落とすことができない。後方は既に視界の外。更に少し経ち爆音が響き渡る。
「嘘だろ……」
爆音が何を意味するか実際に見ていないラインにも理解できる。爆発したのだ。車が。大きな衝突音の後に続け様。
「ころした……」
戦場でいくら殺しても罪悪感は大きくない。お互いに理解して戦場に立っているのだ。だからといって仲間が死んで悲しまない訳じゃない。
でも今回は違う。相手も決死の思いで向かってくるのは感じる。しかし殺意は無かった。戦場で感じる殺気というものを感じない。明日になれば平和な日常を家族と過ごす、それが当たり前の人間を殺してしまったかもしれない。いや、あの爆発で助かるはずがない。少なくとも重傷者はいるだろう。故意でなくとも自分が起こした事故だ、罪には苛まれる。
「意味分かんねーよ……さっきまでクリスと一緒にプールで遊んでたんだぞ!」
何時もの日常、ちょっと刺激的ではあったが、絶対に日常であった。軍内で拘束された時もまだ笑って許せた。知り合いに疑われても誤解だと主張できた。だが今回は違う。何よりも自分が許せない。銃の弾丸の未来を知ることはできる、しかし当たったあとの未来を知ることはできない。自惚れていた、自身の腕に銃があれば不可能はないと思い込んでいた。
空にヘリや戦闘機がちらほら見える。このままでは脱出すら叶わない。こんな理不尽な目に合わされ唯で捕まってやるほど、安い精神は持っていない。ラインは目立つバイクを捨て去り人ごみに紛れる。
バスは私服警官が蔓延るだろう。駅は改札でアウト。タクシーは検問の対象、下手をすれば会社から検問を通れと通達が入る。個人経営も安心できない。どこかの業者に紛れるのが一番かもしれ無い。
そこで何台ものバスが目に映る。中国人観光客のバスだ。中国の富裕層が乗車し観光地を悪質なマナーで蹂躙する。外交的にも強引に乗り込むことはしづらい。荷物に紛れてしまえば見つかることはない。バスの収納スペースに身を潜め宛の知らない場所に向かう。中には一際でかいカバンがありその中に身を潜める。
やる事がなくなった。
そこで何故、このような状況に成ったのか考察する。朝からの一連の出来事。
「まさか……災厄の山羊座……はは、まさかね?」
高々運の無いと言うだけで殺害対象なったとでも言うのか。
それに今朝マルギッテが乙女チックに髪を腕に巻いていた。
「……ない」
確認してみると確かにない。髪が絶対に切れないと信じていたのではない。ただマルギッテに大丈夫と言われ安心しきっていたのだ。先入観とも言える。
何時から運が無いと考えれば、マルギッテとの交戦中から既に思い当たる節がある。盗人何て確定的だ。
「冗談じゃないのかよ、取り敢えず赤い物!」
慌てて暗い闇に中で赤い物を探した。