ドイツ軍、フリードリヒ中将指揮下のこの軍には当然、中将専用の執務室が存在する。そこに呼び出されたのは先日シュミレータでの結果が報告されたためにラインは中将の前にいる。
「行き成りで済まないね」
荘厳な顔つきの男性は年の割にシワが多く、その事からもどれほどの戦場を経験してきたか伺える。
「いえ」
机の前で直立を保ち続けなければならない、軍に入って最初に義務付けられられる作法なのだ。加えて現在前にいるのは上司の中でもトップと呼ばれる人だ。
「呼び出したのは他でもない、先日の件でね。 君が使ったシュミレータの記録でね、大変な記録が出てしまったのだよ」
「大変ですか……」
何か不味い事でもしていたのだろうかと、記憶と照らし合わせても検討も付かない。
「ああ、別に問題というものでもないさ。 いや、問題といえばある意味問題だが……」
「それなら何なのですか……」
「そんなに畏まらなくてもいいのだよ、もっと楽にしてくれ」
「はい……」
そう言われ、はいそうですかと言える者は身を弁える事を知らない大馬鹿者であろう。態度に困っているラインを尻目に本題を切り出す。
「それでね、君には正式にパイロットの訓練を受けて貰いたいとこちらとしては思っているのだが……どうだろうか?」
言われた事に思考が追いつくのに少し時間がかかる。
「いいんですか!」
ライン自身にとっても願ってもない事だが、些か早すぎはしないだろうかと疑問に思う。
「こちらの中にも時期尚早であると言う者も居るのだが、君の可能性を考えると早くて悪い事は無い」
しかし、早いというのはかけた時間の事ではない。勿論、ラインの肉体にかかる負担でも、身体的に操縦に不自由するとかでも無い。それはライセンスの取得年齢に達してに無いのだ。法律で定めらている以上それを破ることは許されない。
「で、でも免許とかってどうするんですか?」
「それは私の方で何とかしてみよう。 直ぐにとはいかないだろうが、近いうちに特例措置で処理してもらう」
「そうですか……」
何でも有りな言動に、一体全体何をすれば法律を乗り越える力を得られるのか想像もつかない。言ってしまえばこの世界にいる全ての人は満18歳以上であるので不思議では無い。
「安心したまえ、マルギッテに頼まれた通り空陸どちらの訓練にも参加できるよう計らってある」
何も安心できないが、自身が言ったことなので仕方がないと割り切る。
「君には期待している。 今日の要件はこれで終わりだ、退出してくれて構わない」
「はい、では失礼します」
嬉しいようで、これからのハードな生活を考えると楽観はできなかった。
「ああ、待ちたまえ」
「な、何ですか」
「クリスとはずっといいお友達としてくれ」
優しい声に含まれる本音は誰であっても理解できるであろう。クリスの前でも隠していない事からも隠す気が全く無いのだろう。
「はい」
中将を前にすれば頷くしかできないのは、情けないが仕方のない。ラインは年々可愛さを増すクリスへの関心を押し殺しているが、それは苦難でしかなかった。
執務室を後にするとマルギッテが待っていた。
「早かったですね」
問題でも起こったのでは無いかと心配していたが、ラインの様子から安堵する。
「来たんだ、別に怒られた訳じゃないよ。 ただパイロット訓練が決まっただけ」
「随分早くないですか?」
「おれもそう思うよ、でもシュミレータのデータで見られてたみたい」
それを聞き納得するマルギッテ。
「なるほど、あれにはリプレイ機能が付いていましたからね」
「マルギッテもやったことあるの?」
「中将の家で体験しました、私には向かないものでしたが」
「へぇ?マルギッテにも苦手なんてあったんだ」
そう侮られると言い返したくなるし、その検討は間違っている。
「いいえ、腕は中将にも悪くないと言われましたが、私には機械を介して戦うより、自分の体で直接感じたいですね」
マルギッテの目が狼の様に鋭くなる。
「そうだ、ね……じゃあ俺はこれで……」
「待ちなさい、これからサバイバル演習があります。 私もあなたもまだまだ慣れていないから受けるべきでしょう」
「だってあれ一応自由参加でしょ、今日は非番でいいはず……」
「私は参加します」
「おれは友達と約束があって……」
「なら断りを入れなくては、私も一緒にお詫びを入れてあげます」
友達などいないこともないが、それは全員軍内でしかも10歳以上年上ばかり、軍内では言い訳としても成り立たない。
「えーと」
ラインは逃げ道を模索するが相手は更に追い討ちをかける。
「それにしてもいつの間に外にお友達が出来たのですか」
喜ばしいと口にするマルギッテだがだんだんと疑問が浮かんでくる。
「いや……しかし……今日は平日です、こんな朝から遊ぶということは何か祝日でもあるのですか」
「だったらクリスが呼んでくるでしょ」
「それもそうですね、っ!?」
何かに感づいた様に表情を一変させる。
「ま、まさか悪いお友達ですか!? いけません!? 私はその様な人たちと遊ぶのを許した覚えはありませんよ!」
胸ぐらを掴まれ持ち上げられ足が地面から浮く。
「ちょ、いないからそんな友達いないから!」
「ならばどんなお友達なのですか、こんな日に遊ぶなど」
本当の事を話すしかなくなる。
「ネットのひ――――」
「却下です」
「ですよね?」
諦めて引きづられ階段までつくと肩に抱えられる。
サバイバル演習のために用意された車に向かう途中で暇そうな連中に声をかけられる。
「また、ゲームでもして引っ張られたか?」
「毎度毎度よくやるよ」
「最近は逃げもしなくなっちまって、情けねえぞ」
「そう言ってやるなよお前だってマルギッテ相手に逃げ切る自信あるか?」
小馬鹿にしながら一服している連中にラインは白い目を向ける。
「どうした? そんな目して?」
ケラケラと笑い写真に写す。
「こいつら暇そうだよ、一緒に連れてこうよ」
マルギッテの服をちょいちょいと引っ張り誘導する。
「勘弁してくれよ俺はこれからデート何だよ」
「勘弁して欲しいのはこっちだよ、こっちはマルギッテと野外デートになるとこをだ」
「それはお気の毒に」
「そこはおめでとうって言ってあげるところだろ」
「俺もアンディとデートなんだよ」
「聞きたく無い!」
「行きますよライン」
むさい男談議に飽き飽きしたマルギッテは会話に割り込み急かす。
「は?い、じゃあな?」
「楽しめよ?」
互いにだらだらと別れを告げる。連中が見えなくなるとマルギッテが口を開く。
「ラインは普段はあんな口調なのですか?」
何を思ったのか質問してくる。
「え、いつもと変わらないじゃん」
何も変わっていないと言うラインにマルギッテは不満を漏らす。
「口調はいつも通りです、しかし少し言葉が下品です」
「え?そうかな?」
「そうです」
マルギッテは軍にいる男どもは昔からそうであるため何も感じないでいるが、ラインにはあまり下品になって欲しくないのだ。
「わかった、今度から気ぃつける……」
「そうしなさい」
ハニカんでいるようだが、ラインからは見ることが出来なかった。
車に積まれると森の木々蔓延る地帯まで車を飛ばす。運転しているのはマルギッテ。まさかの本当に二人のみでのサバイバルである。実際に密林の中には幾つもの班に分かれた部隊がそれぞれ滞在しているが、今回は少人数を想定して行うようで、マルギッテが班を二人のみに限定したのだ。これはベテランに頼らない為の配慮でもあった。
「行きますよ」
「待ってよ! テントは?」
「今回の趣旨には必要がないと言えます」
「実戦形式にしすぎだよ! いいから最低限は持っていくね」
どこまでも限界を見極めたいのは命を賭ける基準を設けるに繋がるが、高々自主訓練でいらぬ怪我や病気は避けたいのが常人である。マルギッテには当て嵌める事は出来ないが。
「仕方がないですね、確かに毒性のある虫や爬虫類に刺されるのは頂けないですしね」
「あたりまえだから、ほら食料調達に行くよ」
「あちらに言って獲物を探してきます」
「おれはここら辺にベース作るから」
テントを立て、石と気を集め火を扱うスペースを作っていく。Y字の形になる棒を遣い鍋を引っ掛けられるようにする。
「獲ってきました」
「はや!」
「近くにウサギがいたので」
「一匹だけ?」
両耳を握られ宙ずりに捉えられている野ウサギは、ペットとして一般的な赤い瞳で白い毛では無く、日に焼け毛並みの茶色のウサギであり殺めるには余計な忍びなさを感じずに済みそうであった。
「意外と大きいので近くにいるうちに渡しとこうと」
「じゃあ第二セットはおれが行くよ。 マルギッテじゃ獣しか捕まえてこなそうだしね」
「ならば私は燻製の準備をしましょう――――って待ちなさい!」
「行ってきまーす」
気配を消しながら逃げ去るラインは少しでも間を置いてしまったマルギッテには追う事が出来なかった。
サバイバルで重要なことは第一に水源の確保だが、以前この場所で演習を行っていた為、今回は水源の場所を予め知っていたので食料の確保で十分であった。ラインはマルギッテ違い離れていても動物の位置が分かるものでもないので、肉眼で探すしかない。
長く伸びきり整備されていない道なき道を歩く。常に足元の見えない道を歩くのは危険であるからと獣の通ったであろう道を見つけ辺りを散策する。
「お、カエル見っけ! あ、まだ居る」
捉えるのが容易なヒキガエルを二匹捕まえると、獲物を横取りされた事に怒りを表したかのようにヘビが登場した。全長は1.5m程であまり大きくないヘビは胴体に比べ細い首を鷲掴むと胴から尾を腕に絡みつけてくる。ここで首を落としてしまえば楽だが、血の匂いでハエが集るのも困るし汚すのも後で洗うに困る。ラインは胸のホルスターにあるナイフを取ると刃のない背でノッキングした。
「あと何かあるかな?」
歩きながら適当に食べれる野草の新芽を摘み取る。と言っても特に毒が有無の区別が付くものが多くないので大した量は取れなかったのでキノコにも手をだす。
「取り敢えず色が変わらないのを持っていこ?」
キノコに至ってはほとんど知識がない。傘の裏に木の棒などを擦りつけ色が変化しない物を数個摘み取っていく。キノコなんて湿気が多くなければそう繁殖するものでもないし、大きな特徴でもない限り区別など付きようもない。
「これも持って行くか?」
最後にイナゴやバッタ、コオロギ的な昆虫をつまみとる。ラインにとっては訓練以前から生活のに必要な技術であったため至極簡単に掴める。手にぶら下げて確認したところ袋の中がある程度充実してきたためベースに帰った。
戻ると火を焼べるマルギッテの背があった。ウサギは板の上で捌かれ頭部がなかった。そのまま放置されていると中々気味の悪い儀式のようである為早く調理して貰いたいと思うが相手は気にもならないらしい。遅れてきたラインにしてみれば急に生々しい空間なっているが、変化を起こしている本人は気づくはずもない。よくよく見てみれば鹿が両足を縛られ気に吊るされている。これから添えられる自分が獲ってきた食材を考えると猟奇的な野営になること間違いなしである。
「中々付きませんね」
何を高々火を付けるだけでそんなにも戸惑っているのだろうかと側面に回り込むと、板に棒を突きたて木屑から火を起こそうとする狩人の姿があった。普段ウサギ狩と行っている時よりも眼光が鋭いのは憤りからか。
「アホかあんたは……で、ライターは?」
「そんな邪道物を持ってくる筈無いでしょう」
何が正道なのか理解できない少年兵だが、上司だからとマルギッテに持ち物の管理を任せていた事にしばらく口が開きっぱなしになる。そもそも計画から何までマルギッテが主導なのだ、危険極まりない。
「気でファイヤーとかできないの?」
「そんな事、日本人でもなければ不可能でしょう」
「日本なら当たり前なの!?」
「当然です。 あそこには川神院がありますので、生身一つで核に匹敵する力があるのです。 火ぐらい日常茶飯事で使われているでしょう」
絶対にありえないと否定したいが、実際に終戦の理由は川神が出てきたからと耳にした事だってあるのだ。一般レベルで気が使える国などまだ銃刀法が厳しくない地域に行くほうがラインには安全と言える。
「まあ、こんな事もあるかもって思ってずっと持っておいて良かったよ」
携帯ポーチから金属の棒を取り出す。
「何ですかそれは?」
「マッチだよ、マッチ」
「これがマッチ?」
「メタルマッチって言うんだけど、濡れてても大丈夫だしライターオイルとかいらないから便利だよ?」
「こんな物が有ったのですね、普段はライターで済ませてきましたから知りもしませんでした」
「おれもサバイバルする事があったからね?旅行者が使ってんの見て盗ったから知ってたんだ?、っいて! 殴んあよ」
「過去の事でもそう堂々と公言してはなりません」
「そう怒んなよ?」
軽い事のように言うがラインはまだあの生活が抜けきっていないのである。最初は町のゲーセンでスリをやって時期もあったのだ。今は無いがそれでも習慣とは簡単に変える事はできない。
「いけません、あなたは既に真当な道の上にいるのです。 それに態々悪意のある目で見られるのは嫌でしょう?」
「そうだけどさ?」
「生きる為に何かを殺すのは悪とは言えません。 でも間違いなのです」
「はい」
「それにその様な事をすればクリスお嬢様に嫌われますよ?」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「あいつは正義バカだからな?」
「お嬢様は間違った事を言っていません」
「それは何不自由なく暮らしてきたら言えるだけ」
「そう言われると何も言い返せないでわないですか」
何気ない言い問答をしながら調理をしていく二人。
「何ですかそれは……」
全部の材料を取り出すとマルギッテがこちらを向き絶句する。
「何ってバッタ的な?」
的なって、と獲ってきた本人すら理解していない物を持って来られても困るのである。
「食べれるんですか」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、これ系ってエビみたいだよ?」
以前殻付きのエビが出てくる料理が出てきたとき殻ごと食べて驚いた後に、バッタみたいと言ったのを思い出す。
「私は遠慮しておきます……」
「え?本格的にやるんじゃなかったの?」
「確かにそう言いましたが、今回はシカもウサギもあります。 態々虫を食べずとも」
「もし動物がいなくて食料が尽きたらどうするの??」
「そんな事、戦時中でもない限り絶対にないのですが――――そうですね、覚悟を決めましょう」
「串焼きにするね?」
可愛く言われてもいつもならば笑みを浮かべる場面だが、今は苦虫を踏み潰した様な表情だ。更にこれから苦虫の様な物を口にしなければならない。できれば踏み潰したいが耐えるしかない。十代の少女が口にするべきではないものが調理される光景を眺めるvしか出来なかった。
「て、手馴れていますね……」
ザクザクとヘビやカエルを切り刻み皮を剥ぐ。カエル皮には毒があるが、皮さえ剥げば鶏肉のようなタンパク質の肉がある。蛇と違い食べやすいそれはラインにとって好物と言えた。
「燻製にするのシカとヘビにしようよ」
「それを終えたら食事にしましょう」
調理を終えた後の食事は素人では到底集められないだろう量の品が並んだ。豪華とは一般人が見れば絶対に言うことは無いであろうが、二人にとっては良好な成果であった。かくして、今回の食事はマルギッテの苦々しい風景で締められた。
「確かに不味くはないですが……エビ? う、何だか口にまだ食感が……」
最後まで避けなければ良かったとマルギッテは思った。
時間も夜に回り森の中は暗闇で視界は1m先も見えないぐらい暗くなっているが、火が焼べてある御蔭で視界は良い。
「そろそろ寝ましょう」
「あのさ」
「何ですか?」
「マルギッテってお嬢様だよね?」
「確かに私の家は旧家に相当するでしょうが、それでも甘やかされて育った覚えはありません」
「とっても厳しそうだねこんな軍に居るぐらいだし」
親に言われフリードリヒ家に仕えていると知っているので何とも言えなかった。
「それでも私は好きでここにいます」
「おれは好きでいるわけじゃない」
「皆が皆好きでいるわけでないのですよ、そう言う輩は怠けぐせが多いですが」
「別にやりたい事もないし、暫くいてやるよ」
「それは喜ばしい限りです」
出て行くと言わない事に喜びを隠さないマルギッテに照れるラインであった。
「さ、寝よ寝よ!」
「そうですね」
ふふ、と笑い相槌を打つマルギッテ。
テントに入ると鞄しか無く寝袋が見当たらない事にラインは気がついた。
「寝袋は……」
「そもそもテントも最初はなかったでありませんか」
「因みにどんな想定の訓練なの」
「交戦の末逃走を余儀なくされ、捜索されにくく包囲されにくい森で凌ぐ事です」
「ジリ貧じゃん! 諦めてしねよ!」
「何を言うのです、どんな時も最後まで足掻いてこそのドイツ軍人です」
「はぁ?」
ため息をついて諦めたように横になる。マルギッテも同じく横になり目を閉じ睡魔が訪れるのを待つ。
木々の間をすり抜ける風の音だけが聞こえる。互の寝息も聞こえない。
「さむい……」
昼に幾ら太陽の登る晴れた日であろうとも、夜になれば熱は失われ体温を奪われる。
「そうですね」
「起きてたんだ」
「普段ねる時間ではありませんしね」
「血がか寄らない」
「では、こうしましょう」
言うやいなやラインを抱き寄せると足を絡める。
「臭うから離せ」
「う、それは気が回りませんでした。 そんなに匂いましたか……」
「いや、おれ今日汗かいたし」
「全然匂いませんよ」
「嗅ぐなよ、女なのにデリカシーが無さすぎ」
「私は軍人なので気にしなくていいですよ」
「その割にショック受けてたじゃん」
「それは」
「マルギッテは綺麗なんだから、もっと女の子らしくした方が良いよ。 年下のクリスの方がよっぽど女らしいよ。 髪伸ばしたら?」
「戦うには邪魔なのですけどね……そうですか、今度から気をつけます」
「あったかい」
「今夜は予想以上に冷えますね」
ラインとマルギッテのサバイバルはまだ続いていった。