ドイツ軍のフリードリヒ軍には男性宿舎を駆ける女性の姿があった。直角な曲がり角を速度を落とすことなく突き進む。男性軍人はかき分けるまでもなく道を譲る。
「起きなさい! ライン!」
扉をノックしたかと思えば、直ぐ様合鍵を使い開ける。何度も蹴破られるかのように開けるマルギッテにいい加減しろ、と怒ってみたところならば鍵を渡しなさい、と命令されたので渋々と渡したところ何の前置きも無く扉を開けられるのでラインにプライベートな時間は完全に消滅していた。
「な?に?」
ベットから起き上がり座りこける。最早毎度のことであり大半の朝をマルギッテに起こされる。一時は私の部屋で寝泊りをしなさいと言われた物だが、思春期の少年には勘弁願いたい事態である。しかしここ一週間はマルギッテが中将に付いていった為に自由とダラけに塗れた生活を送っていたのだ。
「喜びなさい! 試験に合格しましたよ! ほらこれがライセンスです」
「あっそう……」
何を今更と言いたいとこだが、合格した報告を一切していなかったのに気が付くと悟られないように愛想笑いを作る。
「そ、そう……ホント!? 嘘じゃない!? やったー」
態とらしい喜びにマルギッテ気付かない。
「素晴らしいことです。 誇りなさいライン、これはとても立派なことです」
「でもこれでやっと操縦できる」
「そうですね、その為にこれまで努力してきたのだから」
「じゃあ、午後のに向けてアップしてくる」
「付き合いましょう」
軍服に着替え屋外へと足を運ぶ。朝食前の運動なので軽く走り柔軟に移るとマルギッテが質問する。
「今日の午後の予定は何ですか?」
「F35の実施訓練だよ」
「F35と言うと戦闘機の? 良かったですねこれで念願が叶う」
「そうそう、実際に一人で飛ぶには危ないから先輩共に援助してもらうしかないのが悔しいけど」
「そうですね、実際に――――実際に? ライン、戦闘機はライセンスが発行されてその日にスケジュールが組めるものなんですか?」
「そんな訳ないじゃん――――え?」
「矢張りそうですか、ライン? 前もって課に届けを出しましたね?」
言葉に含まれる裏を読むのに彼女は長けていた。のにでは済まず彼女は大抵の事に長けている、ラインの能力をしても逃げるのですら危ういのだ。この場合はあまり関係がないが。
「はぁ?、私は悲しいです。 大切な事も知らせてくれない。 私を家族と思っているのか不安になります」
「あ?もう」
最近のマルギッテはこうだから調子が狂うと頭を掻き毟る。近頃のマルギッテは怒るよりも嘆く事が多い、別に怒るべきところは怒るし、軍人姿のマルギッテは猛犬にしか見えない。
「ごめん、今度は遅れても連絡するよ」
反省すべき点は反省するし、今回はマルギッテを蔑ろにしたかったのでもない。
「そうですか、では午後頑張ってください」
女の子なんだから、と言った以来厳しさよりも優しさを見せる機会が増えた事に戸惑いが残るラインであった。
空母にあるF35に向かう。空母には幾つもの戦闘機が眠っており、幾人もの整備班が犇めいている。
「オラ! 早く乗れ坊主!」
「何でそんなに急かすんですか」
来るなり理不尽な扱いに萎える。折角の初フライトに水を差すような事を言う先輩空兵に睨みを利かす。
「いいから急げ! こっちにはこっちの予定があるんだよ」
多方空域関係であろうと当たりを付け、言われるがままに乗り込む。
「システムオールグリーン! 準備オッケだ! 出ていいいぞ」
「はい!」
倉庫からゆっくりと出ると滑走路まで徐行する。
「管制塔からもOKサインが出た、飛ばしていいぞ」
「はい!」
エンジンの出力を上げ速度を上昇させる。瞬く間に100km/hを超え浮力によりあっという間に音速に至る。旋旋回し機体の調子を見る間もなく先輩である上官空兵から指示が出る。
「そのまま、南東に直進」
「はい!」
指示に従い南東に進路をとる。高度は1000mを超え、速度はマッハ1.6に及んだ。
景色は雲と空一色上空に広がる景色しか見えない。
「いやっほー」
気分が高度とともに上がりスカイハイ状態。翼の受ける空気抵抗での上昇が楽しくて仕方がない。
「高度を下げろ! 任務中だ、私語は慎め」
何時になく真面目な上官に疑問を持つが、命令ならば従わなければならない。
「そろそろだ、準備しろ……」
「はい!」
何に対しての準備だかラインには分からない。しかし上官はラインの分からない何かを考えている。
「レーダーに映るヘリを撃墜しろ!」
「え?」
突然の命令に思考が離される。一体何を言っているのだろうと、その言葉からいくつかの答えを考える。まず考えられるのは、実際の動くものを想定した演習であり、ヘリはオートパイロットでアホみたいな金額の飛ぶ訓練。これはかかる費用からいって現実的ではない。もう一つは何かしらのトラブルでラインの機体に撃墜の任務が下っている場合。しかしこれも通信には何の連絡も着ていない。
「訓練ですか?」
「違う」
その言葉で確信する。これは訓練ではない勿論ヘリがオートパイロットなどと言う都合の良い状態なわけでもない。
「初の演習が実践ですか……」
「撃て」
「最悪……」
ミサイルは放たれた。至極あっさりと迷う暇さえなかった。判断はラインの物じゃない。しかし引き金を引くのはラインだ。まるで死刑囚を処刑するボタンをおす仕事をするようにミサイルは放たれる。
ヘリはミサイルの誘導を逃れる動きすらせずに撃ち落とされる。ゲームよりも簡単だ。市内上空の戦闘機を全滅させるシュミレーションの方がまだ難しい。
「撃墜確認……」
「任務は終了だ。 帰投しろ」
「はい」
気分爽快の飛行になる予定だったが、そう思っていたのはどうやらラインだけだったようだ。
後で聞かされた話だが、あのヘリは空域に勝手に侵入したのが撃墜に至る理由らしい。元々機会があれば即刻実践を積ませるのが上の目的だったようだ、今回の件は偶然に過ぎない。早い話が人殺しをできる精神かそれを試したのだ。それも自身の判断で殺せるかどうかを問うた。事実最後のひと押しはライン自身が決めた。幼い頃から身近でも死が転がっていたのでその重さは常人に比べても軽い。しかし如何に命が軽いか実感した。
「これが軍人だよな……」
自分の仕事がどのようであるのか体感したライン。軍にとっては利益に繋がるが、気持ちには不利益しか産まないのはどうしたものか。
自室で横になり、無心に今日の出来事を振り返る。自身が行った事を理解しながらも罪の意識は無い。責任が無い。責任感が無い。ラインは責任の所在を知っているのだから別段罪に苛まれる事もない。それが逆に虚しさを生む。
「大丈夫ですか?」
またも無断で入ってくるマルギッテに「ん」と返事をする。
「意外です、泣いていないのですね」
悲しみ落ち込んでいるのではと慰めに来たが、当てが外れたようだ。
「なんかね、ふくざつ」
「複雑ですか――――何とも言えませんね」
「何も言えない」
言葉が見つからない。何に対して、誰に対して懺悔をすればいいのか分からない。これが軍でないのならば上層部に怒ればいい、罪を着せやがってと。
「こっちに来なさい」
そう言われ無言でマルギッテの下に向かうと何も言わず抱きしめられる。
「気分転換に旅行でも行きましょうか?」
「そんな気分じゃない」
「だからこその転換です」
「暫く何もしたくない」
鬱々とした気がラインに立ち込める。
「泣いてもいいのですよ」
「悲しいんじゃないんだ……」
そう悲しくは無い。しかし笑い飛ばせるような正の感情ではないだろう。負の感情だと断言できる。それは深々とした負の感情だ。
数日後の休日。そこは基本的に男子禁制の女性官の宿舎だ。だが例外は幾らでも作られる物であり、ラインもその例外の一つである。基本は一人部屋なのでそう多く人が入れるようには出来ていない。二人も入れば少し狭く感じるであろう。その部屋に三人もの人間がいる。
「マルさんの部屋に来るのは久しぶりだな?」
「そうですね、とは言え宿舎の部屋なので何もありませんが」
姉妹のような二人の間に座ってるラインは全く状況に着いていけずにいた。
「どうしたんだライン? 本当に元気がないぞ?」
出会った頃と変わらず何年経っても頭の弱そうな話し方。クリスは身内と話すと極端にネジが緩くなる。最初はお姉さん風を吹かせていたが徐々にボロが出てきて現状に至る。
「ラインは前の任務以来この調子なのです」
「そうなのか? 何か失敗でもしたんだろう?ラインは問題児だからな?」
何も知らずに断言してくるクリスにストレスが溜まるが、流石に先日の出来事と相まってか何も言い返さない。逆を言えばクリスの言に耳を傾けるほどの余裕は出てきたと言える。
「ならばこれを見よう!」
DVDボックスを荷物から取り出してくる。大和丸夢日記だ。それは日本の勧善懲悪のドラマである。パッケージは日本語で書いており当然吹き替えではない。御蔭で日本語は書く事は満足に出来ないが日常会はならばある程度が可能だ。
「またかよ」
何時ものように反応してしまったのは本当に飽きが来ているわけだが、実際に見てつまらないと言う訳ではないので何だかんだで今までクリスが持ってきた物は全て見ている。
「いいではないか?マルさんも一緒に見よ?」
「申し訳ありません私は仕事が入ってしまって」
「む、ならば仕方がないが……ライン見るぞ?」
「はいはい」
「では、失礼します」
「「行ってらっしゃーい」」
出て行ったのは用があるからではない。クリスとラインと二人だけにするのが本来の目的であった。いつもは面倒を見てもらう側だがそこにクリスを添えると立場が変わる。口では面倒ながらもクリスを放っておくできないのである。
「いけ! そこだ! あー後ろ、後ろ! さすが大和丸の右腕頼りになる」
「静かに見れ!」
熱が入って一切聞こえていない。
「あー闇丸め、またも汚い手でにげるなど! 武士の風上にも置けん!」
いい加減にこのパターンにも飽きてきたのだが、クリスがそれに気づくことはないだろう。
「武士じゃないだろ……」
「日本男児は皆が武士となるべく育つのだ、少しは正々堂々と勝負するべきなのだ!」
「俺は闇丸の悪どさはいいと思うけどな?」
「む、何故ラインはいつも悪役の味方をするのだ」
「だって大和丸って何かクリスに似てるんだもん」
「それはどう言う意味だ!」
失言のようにしか受け取れないが、別に嫌味を言っている訳でもない。
「何だかんだでいいとこので出しさ、親に頼ってなさそうで家の力を使ってるし」
「それで救える命があるのだ、いい事ではないか」
「でもずるいじゃん」
「ずるくない」
「セコい」
「セコくない」
「か?」
「む?」
生まれでこんなにも考え方が違うものかと改めて認識するまでもなく知っていたが、クリスの世界は優しすぎて羨ましくもあり、哀れにも感じる。純粋な少女に対面すると綺麗な水面に反射するように自分というものが浮き彫りになる。
「でもやっぱり、正しくても間違ってるものもあるし、間違ってても正しいことがあるんだとおれは思うよ」
「またそれか、自分には理解できん」
敢えてそれを教えることもなく自分で気づいて欲しい、そう思う。皆がそう思う、だからクリスは昔から変わっていない。透き通る程綺麗なままだ。近しいものは誰もがこの子を守りたくなる。例え嫉妬と羨望が交じるラインにも守るべき対象なのだ。
「良いよクリスは気にしなくて」
「そう言われると逆に気になるだろう」
腕を上げ伸びをする。ん?と言う声と共に溜まっていた物を吐き出す。
「??っと、よし! クリスのおかげで元気になった」
「そうか? やっぱり今日のラインは少し変だったから心配したぞ」
心配の色で曇っていた表情は笑顔に変わる。
「おれ、自分が何をしなくちゃいけないとかマルギッテみたいに決まってないけど、それでもドイツ軍人なんだ」
こう言う笑顔を守りたいそう思える瞬間だった。
「そうだったな、自分はまだまだ先のことだがラインはもう大人なんだな」
「そうだよ、お小遣いじゃなくてちゃんと給料だからな」
「お金の管理はマルさんがしてるらしいがな!」
常々ラインのダメさは伝わっているようで、頻繁に合わないクリスはマルギッテと世間話をすると大抵ラインが話題に上がる、なので要らぬ事もよく耳にしていた。
「余計なこと言いやがって」
元気になったラインを見て安心したクリスは、大和丸を見たあとの予定を切り出す。
「ゲームでもするか?」
普段はテニスなどのスポーツをしたがるクリスにしては珍しい意見なのだ。
「どうした珍しいじゃん?」
「今日はマルさんに頼まれたからな、ラインのやりたいことに付き合おう」
「言ったな、おれとクリスじゃお話になんないよ?」
自身の得意分野になると調子のり出すが、負けん気の強いクリスはその安い挑発に乗ってしまう。
「何? 自分も舐められたものだな、今じゃ私の方が強いかもしれないぞ」
ゲームの強さではない。純粋に戦闘能力の比較で自身の方が反射神経が上まっていると、案にそう言っているのだ。
「ならレースゲームで勝負だ! あれならコンボとかいらないからな!」
「望むところだ!」
白熱した勝負の行方はラインが圧倒的勝利を続け泣きべそを書くが、マシーン性能でハンデを与え実力差を埋めさせる。
「おおー、この車速いな?」
「当たり前でしょ、直線でこっちは200出ないんだから」
「これは自分の勝ちだな!」
赤みがかった目尻があるが、瞳は勝利を確信している。
「所がどっこいここはゴール手前にヘアピンカーブがあるんだよ」
そう言いながらカーブでインをとりあっさりと抜かしていく。
「……」
接待プレイすらまともに出来ないガチ勢にクリスは肩を震わせる。
「きょ」
「きょ?」
「今日は勝つまで帰らなーい!」
気合一閃とともに説明書を読み漁るクリス。
「これはこう言う特性なのか……」
「クリス??」
「なるほど、トップギアに換える箇所はこういうところか……」
「ク?リ?ス?」
「……絶対に勝つ、手加減したら許さないぞ」
「あの、おれ明日仕事あるんだけど……」
楽しさと引き換えに失う睡眠時間。マルギッテの下では職務怠慢は許されない。明日の苦労が目に浮かぶ。
※後書き
この小説転生物みたくハイテンションな主人公出ないので読んでる人を楽しませる要素が薄い気がします。作者の語彙も不足がちなので何か具体的な意見とかあったらコメントでもしてください。
川神にいってお気楽な空気を作りたい……