事件から翌日、急遽決まった帰還で今はリューベックに猟犬部隊は居る。死者はいない物の、数人の負傷者を出した今回の作戦は失敗と呼ぶに相応しい。
過去にマルギッテ指揮の元、何度か任務を受けたがこんな事例は初めてだ。マルギッテの戦歴に傷をつけられ、尚且つフリードリヒ中将の軍が舐められたと言っても過言ではない。相応の覚悟を相手に持って貰いたいが、一体誰を的と定めれば良いかが分からない。女王蜂にいい感情を持てないものの、今回の明確な標的とは成りえない。
支部に着くといつも通り中将閣下が執務室に待機している。最近は大きな戦乱も少ないため中将本人が出張る事も少なくなっている。なので現在の活躍は政治的方面の方が大きく、即物的な戦は数少ない。それでも中将の発言権は絶大である、中にはそれを快く思わない者もいるが実害は今回が初であろう。
「やあ、皆が無事でなによりだよ」
「はい! 極めて壮健であります!」
無事をこの目で確認できて何より、という中将の態度から怒りの色は見られない。寧ろいつもより穏やかで違和感を覚えるほどだ。
「女王蜂の傭兵部隊が居たそうだね」
「はい、強者と評されるだけはあります。 何故彼女がフリーランスなど低俗な事をしているか理解しかねましたが」
「敵を倒すのが好きそうだったからバトルジャンキーなんじゃない?」
中将の前で軽口を叩くのはライン。本来ならばマルギッテ一人で報告は十分な筈だが、大佐と呼ばれた漢の話を中将が詳しく聞きたいと申したのでマルギッテと同伴してきたのだ。
マルギッテに敬語を使えと尻を叩かれ、思い出したように敬語を使い出す。先輩兵達に話すときの方がまだ丁寧である。ラインにとって中将というよりマルギッテとクリスの保護者であり、親ばかなオジさんのイメージが強すぎて凄さを感じないのだ。
「ははは、楽にしてくれて構わないよ。 ここは私たちしかいないのだよ?」
マルギッテを嗜める中将だが、マルギッテはダメです、ときっぱり否定する。
「それであの漢についてお聞きしたいのですね?」
ラインの教育に熱中しては話が先に進まないと話を切り出す。
「そう、大佐だ。 彼が出てくることなど無いと思っていたのだが……」
「調べてみたところ希に活動しているようですが、どれも犯罪組織を相手にした時のみで軍に介入するとは思えませんね」
自身の調査で知ったことから判断すると金に目が眩む漢には見えない。
「何かあんまり本意じゃ無かったぽいよね」
「だろうね、彼が強引な手を好むとは私も思えない」
「中将は大佐というものをご存知で?」
「ああ、彼はいま日本で戦いとは無関係な仕事をしているはずだが」
「まだまだ現役だねあれは」
次に出てきたら仕留めてやると決意するが、実際どう勝つか勝算が浮かばないライン。
「君たちの様子から大体予想できた、下がっても構わないよ」
「一つ良いですか?」
「何だねライン君?」
「あの傭兵たちのクラインアントは誰だったんですか?」
中将が言わない事なので聞くべきではないのだが、好奇心が抑えられなかった。
「ライン」
「調べてもあまりいい成果が得られなかったのだよ」
「軍上層部ですか?」
「慎み給え、私は何もいう気はない」
以降無言の圧迫で退出を余儀なくされる。
「ライン出ますよ!」
「うぃーす」
「クリスに二人の無事を伝えたのだが心配していてね、後で会っておいてくれ」
納得はいかないが仕方がないとばかりに反転する。二人は重い扉を閉め自室に戻る。
「閣下が何も言わないってどういう事?」
はあ、とため息をつきながら言葉を返す。
「さっきのは敢えて聞いたのですね?」
「そうだよ、いい成果って中将にとって良く無い成果って事でしょ?」
「そこまで頭が回るなら、次から直接的な質問をするまでもなく理解しなさい。 結局、何かを知ることが出来るわけでは無いのですから」
マルギッテも事実は知らずとも分かる事があるとラインに注意する。
「でも皆気になってるよ」
「私たちが知ることではありません」
「でも悔しいよ、今度あいつ等見たらぶっ潰してやる」
「ならばもっと鍛えねばなりませんね、女王蜂は倒せますがあの大佐は無理でしょう」
「手榴弾と銃撃のコンボを物ともしなかったね」
通常兵器の通用しない相手は一般の兵では対処不可能であろう。
「? ではあの弾には気を篭めていたのですか?」
「集中するから連発はできないけど威力は自信あるよ」
「いつの間に……」
「マルギッテだって使ってんじゃん」
「お嬢様といい貴方といい、良き才能がありますね」
お前はそれを見込んで連れてきたんだろって心の中でツッコミを入れる。
「クリスもかよ……こっちは実践でやっとのこさ使えるようになったのに」
「しかし今回は貴方の成長が見られたので良しとしましょう」
「女王蜂にあったら?」
「確実に狩ります」
笑から笑へ変わるが前後の笑顔の種類が違いすぎて怖い。
「い、行こうか」
マルギッテの手を引きながらクリスの元へ誘う。クリスの顔を見ればもっと穏やかなマルギッテを維持できると急ぐライン。
携帯を取り出しクリスに電話する。
トゥルルルのワンコールでクリスが出る。
「もしもしクリス?」
「今は学校だバカ!」
ツーツー、と話す間もなく切られる。
「学校にいる間は電話しちゃいけないんだ?でもあのクソ真面目なクリスが出るって事は相当心配していたな」
「お嬢様に迷惑を掛けるのはやめなさい!」
マルギッテの顔が更に険しくなる。
「お嬢様に心配を掛けるのもダメでしょ?」
「ぐ、それもそうですね」
放課後になりクリスが訪れる。ラインに対し平日に電話するのはやめろと怒っていた。
「生真面目すぎだよクリスは」
「しかし、ルールは守らねば――――」
「――――気にしすぎ要領悪いと敵を増やすだけだよ」
「ならば打ち倒すまでだ!」
敵は悪い奴と決め付けてる酷い一例だ。
「おれが的になるかもよ」
「む、それでも倒す」
「何度言っても聞かないね」
今まで会うたびこの遣り取りを繰り返しクリスの考えを改めようとするも成功はしない。
「いつか後悔するのに……」
「そんな心配する目で見るな! マルさん、私は間違ってないよな?」
同意を求め群れを作ろうとする。
「ええ、間違っていません」
間違いではないけど正しくもないそれをマルギッテは教えようとはしない。
「マルギッテ!」
「マルさんを怒るな!」
逆ギレするクリスを放置しマルギッテに考え直させる。
「今日という今日はこのアホの考えを修正する! いいね!」
マルギッテの返答も聞かずクリスを外に連れ出す。優しくもなくかと言って悪人でもない小狡い世界の社会化見学だ。
日暮れの街に男女二人で出かけるというのは乙である。しかし中身が伴わないクリスは少しばかり残念だ。
「まずはこの大学生たちを見ろ!」
信号のある道路、両方の歩道に百人ぐらいが半分に分かれにらみ合っている。
「何だ? 今日はお祭りなのか?」
棒状の小道具を持ちズラやペイント、マスクなどで日本の侍風にまとまっている。
「大学の日本サークルの催しだな」
「彼らは何を待っているのだ?」
ラインは手を上げ指を刺す。
「あれ」
そこには信号機と言われる交通整理機器が設置されていて、現在は赤色に点灯している。
「信号機に何かるのか?」
「いいや、ただの合図だよ」
今か今かと興奮しながら信号が青に点灯するのを待つ。
「わあああああ」「うをおおおお」「きいいやああああ」
合戦の如く打ち合いをする学生たち。酔っぱらいも混じっていて危険な状態だ。
「ニュースで見たことあるが、これは迷惑だろ!」
「いい事では無いよな、でも本人たちは楽しそうだろ?」
「だが」
「危険でも行事として成り立ってるんだ、仕方がない。 次行くぞ!」
「まだあるのか!」
現実を見て幾許か柔軟な思考になって欲しいとラインは願う。
日は落ちていなくともひと目で如何わしいピンク街に入る。明らかに未成年の男女が入店する姿も見える。自分たちと歳もそう変わらないでは?と言いたくなる女の子も小太りのオジさんと腕を組んでいる。
「な、何だここは!」
「何って、ラブホ街?」
「自分と行く気か!?」
どこで仕入れたのかいらん知識はお嬢様学校でも手に入るらしい。
「早るな!」
ボスッ、と頭に手を乗せ気を落ち着かせる。
「だ、だ」
「俺が何を言いたいか分かるか?」
クリスの思考はいまだに混んがらがっている。
「行ってみるか?」
「行くかバカチン!」
「ぐっ」
頭に乗った手に握力が込められると、クリスも自分が何てとんでもない事を言ってるか理解する。
「あいつ等は未成年だ」
「ダメなのか?」
「法律上はな」
クリスの目つきが鋭くなり、少し侮蔑が混じる。
「止めねば!」
「い?く?な?」
再度アイアンクロー的な技をかける。
「と?め?る?な?」
「アホちん、空気読め、空気」
「む?」
頬を膨らませ抗議する。今日だけで何度も止められるのだ、それに物理的に止められてはどうにもできない。幸い事件性の高いものでもないし、普段クリスが気づくことができない事なので悪い事と認識しきれていない。
「そう剥くれるな」
「だけど悪いことなんだろ?」
「でも当人たちは納得している」
「それは屁理屈だ」
言葉で論破できないのが悔しくてたまらない。
「戦争もいい事じゃない、でも俺たちは納得している」
「父様たちは国を守ってるだけだ」
「なら人殺しは罪じゃないのか?」
急に論点を換える。その内容はとっても卑怯で、そして何よりも身近な事だった。
「それは……」
言い返せない、それは何よりも犯してはいけない事だから。
「いい加減に都合のいい解釈はやめろよ」
「……」
「さっき見たデブと女の子は家族でもなんでもない、唯の身売りだ。 あの子には売らなきゃいけない理由がある、分かるだろ考えれば」
感情的にならずに、飽く迄も平坦な口調で言い合う。
「それでも私は良くないと思う」
「それは他人の感情論だ、当人たちにしたらいい迷惑だ」
「難しいな……」
「そんなもん簡単だ、適当にやれば良いの。 次行くぞ」
「まだあるのか!」
心を沈める暇もあったもんじゃない。今日の出来事など気にするような出来事でもないが、クリスには刺激か強かった。
テラスや喫茶店が犇めく飲食街。この時間は一息着くためにまったりとコーヒーや紅茶を飲むものが大勢いる。
「こっち見て」
見せた一角は和やかな雰囲気はあるものの風情に駆ける客が多く、一言で言えば日も落ちていないのに飲酒をしている何とも言えない一角だった。
「う、お酒臭い?」
「吸いすぎるなよ。お前酒強くないんだから」
「う?」
酒の匂いに気を取られ気が削がれる。
「見ろよ、こんな時間から酒飲んで非生産的だろ? 何時ものお前なら小言の一つでも言いそうな場面」
「いい加減、自分にもわかるさ。 自分が言えた義理ではない」
「それ以前に失礼、あそこの茶髪のショートカットと金髪の二人見てみ? 若いのにこんな時間から飲んだくれて見れたもんじゃない」
「確かに……ああは成りたくないな……」
うら若い婦女子がジョッキを片手にベーコンを頬張る姿を公衆に晒すような神経は持ちたくないとクリスは思う。
見た目が綺麗な分残念さが増す。
「う゛ぉぉぉぉい」
突然、茶髪の女が奇声をあげる。
「そこのガキどもーー!」
どうやら、おい、と言っていたのが酒に喉を焼かれガラガラになっているようだ。
「なに失礼な事いってだ、アアン!」
テラスの策を飛び越えこちらに向かって来るが、その手からジョッキは離れていない。
「失礼なのはクリスです、おれじゃありません」
「な!? 確かにこういう輩に注意するのは自分の役だが、今回は関係ないぞ!」
罪を擦り付けるラインに抗議する。
「ああは成りたくないって、言ってたろこのクソガキー!」
「ハッハハァ!」
後ろの方で絡んでくる女の友人らしき女が腹を抱え爆笑している。
「ん?」
「んだよ、ガキ! ジロジロ見やがって、ぶち殺すぞ!」
怒りを沈めようとしない様子にラインは物怖じせず凝視する。
「ん?」
「しばくぞコラ!」
胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
「ライン!」
暴力沙汰になるのではと警戒し心配するクリス。
いつまでも態度を改めないラインに痺れを切らし、頭突きをかまそうと首を振りかぶる。
「あ、女王蜂だ」
振りかぶる頭は失速しガンを飛ばしながら額を付け合う。
「あ、あ?ん?」
「猟犬部隊」
「て、てめ、あのガキか!」
やっと気がついたようだが、金髪の女は見当もついていない様子。
「何でこんなとこで飲んだくれてんの」
「あ? あ?」
あずみは頭をぽりぽりと掻き、何と言うべきか考える。
「仕事終わったからオフなのよ?ん」
「ステイシー、てめ!?」
「別に言っても構わないだろ?、特に問題がある訳でもないし」
「知り合いなのか?」
何やら軍関係者と勘違いしているようだが、仲良くする中でも無く何と説明すればいいか迷う。
「顔見知りってだけ」
「何だ?今日はその嬢ちゃんのデートか?」
「な!?」
過度な反応を見せるクリスにあずみ達は酒の肴を見つけた表情をする。
「何々?恋人?お熱いね?」
グピグピと酒を飲みにやけるステイシーにラインの頭を捏ねくり回すあずみ。
め、めんどくせ?、と顔を逸らし視線を避けるラインとは対象に、頬に両手もあて恥ずかしさを紛らわすクリス。
「じ、自分たちはそんな風に見られていたのか!?」
今まで何度も二人で出かけたことは有るが、今まで他人からの視線を気にしたことは無かった。
「見えるも何もそうとしか見えないでしょ?」
口角を吊り上げにやけるステイシーは大変ご機嫌である。
「そ、そ、そんな」
「そんなに嫌なのかよ……」
そこまで拒絶されると同世代と比べ達観しているラインでもショックを受ける。
「別に、嫌ではないが!」
照れる表情は大変可愛らしく、傍から見ても初々しく面白い。
「自分たちは! そういう関係ではありません!」
この場を切り抜けたいのか大声で宣言する。あずみ達以外の客も当然お大声で静まり返り、クリスに注目が集まる。
「声がでかい……」
誂われるより悲惨な状況に耐え難いライン達。
「ッチ! 白けちまった、飲みなおすぞステイシー」
「え?、もっと弄ろうぜ??」
「嬢ちゃんをよく見ろ」
あずみが顎先でクリスに視線を誘導する。
「あれま……」
目を瞑り、顔が真っ赤で方針しているクリスの肩を揺らすライン。
「お熱いこって」
帰りに今日の出来事を振り返るクリス。
「今日は疲れた?」
「自分はひどい目にあった……」
思い出すとまた恥ずかしさがこみ上げる。
「でも悪くはなかった」
恥ずかしさを押しこられたクリスは凛々しい笑顔を作る。
大人になったクリスはとても綺麗な女性になると今のクリスから想像できる。
「ライン。 それでも自分は正義を貫き通すぞ」
そう言ったクリスは今までにないほど綺麗で見とれた。
「中将に謝らなくっちゃ……」
「何か言ったか?」
「別に」
「む、気になるではないか?」
すぐにお嬢様のクリスに戻ってしまった。