お夜食を、どうぞ   作:tete

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豚汁と握り飯

「お米、研ぎ終わりました!」

 

 吹雪の元気な声が調理場に響く、声の届く先には小気味良い音で大根を刻む鳳翔の姿があった。いつもの和服姿の上から割烹着を羽織って調理場に立つ彼女は、まな板から目を逸らさずに次の指示を出す。

 料理中の彼女は余所見をしない、それでいて酒と味醂を取り違えそうになる自分をサラリと正解の道に引き戻してくれる。吹雪は、調理場での鳳翔は背中に目でも付いているんじゃないかとわりと本気で思っていた。

 

 研いだ米に分量の水と酒を僅かに加え、備長炭を乗せてから炊飯のスイッチを入れる。

 最近の炊飯器は便利だから、これだけで十分おいしいのよと吹雪に言っていた彼女は、実は窯焚き炊飯歴のほうが長いらしい。

 彼女の年齢が気になるところだが、以前それとなく提督に話を振ったら真っ青な顔をしていたのを見て、この話題はタブーだと悟った。

 ただ、レトロなのは性格や嗜好だけで、実年齢は自分達とそれほど離れていないこと、そしてそう見られていることを鳳翔自身が気にしているらしいことを、酔っ払った隼鷹経由で吹雪は知っていた。

 

「さて、梅干しをほぐして鰹節を混ぜて……」

 

 やはりおにぎりには梅干しは外せないと吹雪は思っている。だが、梅干しだけでは寂しいから、他の具材も作らなければと調理場を見渡すと、そこには既に数種の具の準備が整っていた。

 昆布、葱味噌、塩鮭、焼きたらこetc、吹雪が米研ぎと皿出しをしている間に鳳翔が片手間で揃えた具材だ、感嘆するほどの手際である。

 自分の手際の悪さに項垂れる吹雪だが、縮こまっていては何も始まらないとすぐに顔を上げた。

 そのひたむきさこそ、彼女の美徳のひとつだった。

 

「そうだ、ツナマヨも欲しいよね!」

 

 

 大根、牛蒡、人参、里芋、豚肉を大鍋でサっと炒める。炒める時に牛脂を使うのが鳳翔のオリジナルで、とてもコクが出るので今夜のような寒い夜には最適だ。

 軽く火が通ったところで並々と水を足し、火にかけながら沸くのを待っていると、横から吹雪の鼻歌が聞こえてくる。どうやらツナマヨを作っている様子だが、青海苔や醤油を加え一手間かけたそれは吹雪ブレンドだという。大鍋のアク取りをし、半量の味噌を加えながら、鳳翔は吹雪に尋ねる。

 

「ねえ、でも何で料理しながら出撃のテーマなの?」

「だって、鳳翔さんが調理場に立つとそこが戦場みたいな雰囲気になるじゃないですか」

 

おどけて言う吹雪に、心外だとばかりに窘める鳳翔の言もどこか優しい。

どうやら本人も、調理場に立つ時は気合が入っていることを自覚しているようだ。

 

 

「あ゛づづ……」

 

 炊きたての米を勇んで握ろうとした吹雪が悲鳴を挙げる。熱々の米をそのまま素手で握る鳳翔に憧れた吹雪が、自分もと張り切った結果あえなく撃沈したのだった。

 残りの味噌と隠し味の醤油と味醂で豚汁の味を整えた鳳翔は、大鍋の火を落としてからおひつを持って吹雪の方へ向かう。無理しないでねと言いながら、白米をおひつで冷まして握りやすくしてくれる。

 

 水に濡らした手に白米を装い、真ん中を窪ませてそれぞれの具を忍ばせてから三角形に握る

握った外側に軽く塩を振り、食べる時ベタつかないように海苔で巻けば出来上がりだ。

 手早く型良い三角形を並べる鳳翔に対し、吹雪のそれはやはり少し不格好だった。出来を見てまた落ち込む吹雪に、味があって良いと、それに振る舞う面々もまた個性的だろうと励ます

確かにそれもそうだなと思い直し、今は洋上だろう彼女らを思い浮かべて吹雪はクスリと笑った。

 他より一回り大きくなった握り飯は、どうやら赤城用で間違いないとのことで二人の意見は一致した。

 

 

 

「やっと作戦完了で艦隊帰投かー」

「ん? お前達も今帰りか」

 

 天龍の一仕事終えたような声に返事をするのは長門だった、さらには潜水艦や他の艦達も続々と姿を現す。どうやら本日は出撃、遠征、演習等の帰投時間が丁度重なっていたようだ。夜更けのこの時間に港が慌ただしくなる事は滅多にないが、どうやら夜間作戦が立て込んでいたらしい。

 皆、夜遅いこともあって疲れた顔をしている、急に冷え込んだ寒さと食いそびれた夕食も原因だろうか。とは言え、鎮守府に戻っても就寝時間が迫る中、食堂は閉まっているだろう

せめて入渠だけでも済ませて早く休もうと一行は話すのだった。

 

 ところが、鎮守府に帰投した面々の予想はいい意味で裏切られる。

帰投報告を当夜晩の吹雪に行いに行くと、彼女は帰投組を労うとともに満面の笑みで食堂に案内するのだった。案内されながら彼女達は気付く、芳しい汁物の香りと暖かみが漂ってくることに。

 

「おかえりなさい」

 

 調理場と食堂をつなぐ暖簾をくぐりながら、柔和な笑みで鳳翔は言う。

その姿に、艦娘達は母港へ帰ってきたんだなとほっと息をつく、同時に、誰かのお腹がグゥゥと鳴った。

 微笑む鳳翔は皆に配膳を促した、その姿は正に「母」を思わせるものだった。

 

 

そんな、とある鎮守府の、とある日の夜食のお話。

 

―――――「いただきます!」

 

 

END

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