目が覚めると見知らぬ男に名前を知らないあの男が怒鳴りつけられていた。目を閉じたまま聞いていると、俺を連れてくることは全く問題ないにしても俺の家から持ち出したいものなどもあっただろうに、特に死んでしまった両親の形見すら持ち出す余裕を与えずいきなり抱え上げてくるとは何事か、と言う話を延々言葉を少しずつ変えながら繰り返していた。説教好きなのかそれともここまで繰り返し同じことを言われるほど名前も知らないあの男が失敗を繰り返してきたのかはわからないが、こんなものを聞かされ続けている中では眠気が覚めてしまう。目を開いて身体を起こすと、それに気付いた名前を知らない男がそれに気づいて必死に話をそらしてきた。
「あっ、ほら師匠、あの子起きましたよ!」
「むっ……そうだな。続きは後にしよう。……儂は
「……おはようございます。名前は覚えてないので言えません」
「え? 覚えてないって何?」
「単純に人の名前を覚えられないだけです。自分の名前も他人の名前も。多分家に俺の名前の書かれた何かがあると思いますが、まあとりあえず適当に太郎でも五郎でも
「最後のだけなんかすっごい物々しい上にそれらしくないよね? と言うかそれが当たり前の長さなんだったらそりゃ覚えられなくてもおかしくないと思うよ?」
「まあ、なんとでも。申し上げた通り覚えておりませんので一般的な名前の範疇であれば気にしません」
明らかに子供な俺が嫌に流暢に話しているのが気になるのか、それともそんな俺を当たり前に受け取っている自分の弟子の能天気さに呆れているのか、あるいは自分の名前すら覚えていないと言う俺の言葉をおかしいと思っているのかは定かではないが、俺の姿と弟子を交互に見やっている師匠らしき男。まあ、結局覚えられないのだから意味はない気がする。
「……それで、これからどうする? お前くらいの歳なら藤の家で保護を受けることもできるが」
「……その呼吸、それが、本来の物ですか」
目の前の男の呼吸を真似て、息をする。師匠らしきその男は目を見張り、俺の呼吸が一切崩れないところを見て俺をこの場に連れて来ただろう弟子に視線を向ける。
「な? 言った通り凄いだろ?」
「馬鹿者。そんなものは眠っている間も不完全とはいえ全集中の呼吸をしている小僧を見た時点で理解していたわ。それでもまずは本人の意思確認が重要だと言うのにこの馬鹿弟子は……」
説教が再開された。だが、一応意見としては出しておく。
「俺は、できることなら鬼殺隊に入りたいと思います」
ピタリ、と説教の声が止む。師匠らしき男が俺の目を見つめ、修業は辛いぞ、苦しいぞ、と脅すようなことを言ってくる。後方支援とか他にも道はあると言われたが、俺の身体は頑丈だし、かなり強いらしいから多分こっちの道が一番合っている。
それでもあまりに俺が幼すぎると言い募るが、幼ければ鬼が見逃してくれるならそれでもいいんですけど、と言い返せばぐっと黙る。ここで感情に任せて怒鳴りつけたりしないあたり、いい人なんだろうな。多分。
「お願いします」
じっと目を見つめて繰り返せば、師匠らしき男は溜息を一つついて俺の修行を受け入れてくれた。ただ、なんとなくわかる。これは俺に対して普通に考えて相当きついが身体は壊れないくらいの修行を付けて一旦諦めさせようとしてくるやつだ。多分そうだ。
それに気付いていないだろう兄弟子はよかったよかったと頷いているが、多分これからお説教が再開するからその笑顔はあっという間に曇ることになると思うよ。知らんけど。
とりあえず、この日は身体を回復させるために飯を食って、それからこの場所の案内をしてもらうことになった。今いる弟子は俺だけのようで、いくつか置かれていた木刀には僅かに埃が積もっていた。いつ頃から置きっぱなしだったのかはわからないが、師匠が使ってちょうどいい長さだと思われる木刀はしっかりと手入れをされているので本当にただ使われていないだけなんだろうと当たりを付けることができた。
ただ、なんとなくではあるがあれはただの木刀ではないと思った。俺がじっと木刀を見ていることに気付いた師匠は、俺に木刀を持ってみろと言ってきた。そして持ってみれば違和感の正体に気付く。
この木刀は、中に重い金属の芯が通してある。そして木刀ではなく刀のようにやや先端に重心が偏っている。
だが、持てるし振り回せる。続けていた呼吸を意図的に大きくして思い切り振るえば降った木刀に纏わりつくような浅黒い水の幻影が一瞬映る。
同時に思うのは、元々使っていた呼吸より力が出ないと言うこと。呼吸の特性なのかそれとも俺にあっていないだけなのかはわからないが、呼吸のやり方を元に戻す。ただ、水の呼吸を見て覚えた際により大きく息を吸い、より効率良く身体に酸素を取り込む方法を理解した。元々の呼吸より少し良くなっている気がする。
そのまま同じように刀を振るえば、今度は纏わりつく水がより黒くなっているように見える。代わりにその水の中にきらきらと輝くものが見えるようになった。
とりあえず、この木刀を借りることになった。いつでも持っていて刀を持ち続けることに慣れるようにと言われた。ともかくこれから修行が始まるのだろう。死なないように頑張らなければ。
次回作
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魔王城でおやすみ
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鋼の錬金術師
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なんか適当に止まってるの
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なんか適当にハマってるの