第十三話
アルザーノ帝国魔術学院、放課後の学院長室にて。
切羽詰まったような顔で学院長であるリックに詰寄るグレンの姿があった。
「あの、ほんっと〜に申し訳ないんですけど、給料の前借りとかお小遣いとかって貰えたり……」
「《する訳・ねえだろ・アホか》────ッ!」
傍らで言葉を聞いていたセリカが起動させた【ライトニング・ピアス】の雷閃が、グレンの頬を掠めて通り過ぎ去っていく。
「な、何すんだ、殺す気か!?」
「ああ、死ねよ。シュバルゴから聞いたが、ギャンブルでスったんだろ?救いようがねえよ、お前」
「あいつ、余計なこと告げ口しやがって……!」
怒りの矛先がシュバルゴへと向くグレンだったが、何とか飲み込んで続けて懇願する。
「お願いします、助けてください」
「とは言ってもだね、グレン君。規則で給料の先払いは出来んのだよ」
「マジっすか、困ったな……当分シロッテ生活も覚悟するか……?」
昔セリカに教わったサバイバル技術を駆使して生き延びることも選択肢として頭に入れる。
そんなグレンを見兼ねたリックが、別の方法を提示する。
「じゃが、特別賞与は出せる可能性があるぞ」
「本当ですか!?どうすれば貰えるんですかッ!」
「来週、学院で開催される『魔術競技祭』で、君の受け持つクラスが総合的に最も優秀なクラスになれば、特別賞与が出るのじゃ」
「あーー、成程。……そういや、白猫に全部押し付けた覚えがあるな?」
「まじでクズだな、お前」
魔術競技祭。
年に三回に分けて、学院主催で開催される生徒同士の魔術の技を競う祭りであり、今回は二年次生が対象となっている。
丁度金欠になったグレンにとって渡りに船なイベントだった。
「こうしちゃいられねぇ、下手に出場競技を決められないように急がねば!教えてくれてありがとうございましたーーッ!」
二人は慌てた様子で学院長室を去っていくグレンを見送る。
「全く、あいつときたら……」
「じゃが、グレン君のクラスは勝てるのかね?評判ではハーレイ君の一組が優勝すると噂されているが」
「まあ、ハーレイのクラスはやたら粒ぞろいだからな……システィーナやギイブル、ウェンディといった成績優秀者を使い回しても恐らく勝てないだろうな。────だが」
ニヤリと笑って、セリカは言葉を続ける。
「動機は不純だが、やる気になったあいつは手強いぞ?久々に、面白くなりそうだ」
#
所変わって、二年次二組の教室。
システィーナとルミア主導で参加競技を決める話し合いが行われていたが、祭りに参加するとは思えないくらい生徒たちのテンションは沈んでいた。
「ねぇ、せっかく先生が今回の競技祭は『お前達の好きにしろ』って言ってくれたんだし、頑張ってみない?」
「無駄だよ、ルミア。皆気後れしてるんだ。なにせ、今回は来賓として女王陛下が見に来られるんだ。恥を晒したくないって思うのは当然だと思うけど?」
「ちょっとギイブル!」
優しく諭すように参加を促すルミアの言葉に対して、ギイブルが無駄だと反論する。
鼻につくような物言いに憤るシスティーナだったが、周りの生徒たちから否定の言葉は出てこない。
まるでお通夜みたいなどんよりとした雰囲気の中、いきなり教室のドアがピシャンと開けられた。
「よっしお前ら、競技祭のメンバー決めはこのグレン大先生様に任せなァ!!」
勢いよく現れたのは担任、グレン=レーダスである。
「ちょっと、先生!?メンバー決めは私たちの好きにしろって言ってませんでした!?」
「あーー、すまんがそれは出来ん!諸事情で俺が自ら、この二組が優勝するためのメンバーを選出していくからな!ルミア、今から競技名と参加生徒の名前を順に言っていくから黒板に記録してくれ」
「は、はい……」
「そんな、勝手な……」
少々落ち込むシスティーナを他所に、競技名だけで未だ一人の名前も書かれていない黒板が埋まっていく……が。
「まずは一番配点が高い『決闘戦』────これは白猫、ギイブル、カッシュの三人だな」
「え……?」
「『暗号早解き』はウェンディ一択、『飛行競争』はロッドとカイ、『精神防御』は……ルミアが適任だな」
成績優秀者を使い回しするものだと思っていた生徒たちの予想と反して、生徒全員に何かしらの競技に参加させる選抜方法だった。
当然、自分がその競技に選ばれた理由を質問されるグレンだったが、その全てに納得のいく答えを返した。
そんなグレンの姿を見て、目を輝かせるシスティーナ。
「────他に質問は?」
「先生、本当にそれで勝てると思ってるんですか?優勝を目指すなら、成績優秀者で全種目を固めるのが定石でしょう!!毎年の恒例で、他の全クラスがやっていることじゃないですか!!」
「あーー、それなんだがな」
それでもなお、優勝を目指すにはクラス全員で参加した方が勝率が高いと断じたのだ。
「確かに、優秀な生徒を使い回しするのは勝つために有効な策の一つだ。だからこそ、白猫やウェンディ、お前も複数の種目には出てもらう」
事実、クラス全員に何かしらの種目が行き渡ったあと、残った種目についてはグレンとて優秀者を優先的に配置させている。
「だが、それもやり過ぎると命取りなんだよ。競技祭当日までの時間は限られてる。そんな限られた時間の中、どれだけ優秀な生徒でも全部の競技の練習なんざ出来るわけがねぇ」
グレンが生徒の競技の練習に付き合う上での一番ネックになるのが時間だ。
他の講師よりも魔術理論をより噛み砕いた教え方をするグレンの授業は、分かりやすく役に立つ一方で時間がかかりすぎる。
一つのテーマについて授業するだけでも一時限分の時間では足りない事もざらにある。
そんなグレンが生徒の競技練習を監督する場合、優秀者で固めてしまうと一つ一つの競技の練習が中途半端になる。
そんな状態でハーレイの一組に勝てるはずもない。
「それに、当日の魔力配分も問題だ。全競技を成績優秀者で固めた場合、必然的に魔力を温存させながら競技を行う必要がある。まあ、終盤の種目でガス欠しちまったら元も子もねぇから当然だが。……が、魔力を温存させながら競技に望んで、絶対に勝てると言い切れるか?」
対して、クラス全員で競技に望む場合、競技での魔力温存を考える必要が無くなって全力が出せる。
結果、生徒一人一人のパフォーマンスも上がる。
「全員の得手不得手を考えて編成したつもりだ。各競技の練習メニューもこれから考えるが、取り組めば勝率は必ず上がる。あとはなりふり構わず全力で自分の競技を楽しめば優勝を十分狙える筈だ。ここまで聞いて、他に反論があるやつは?」
これ以上の反論はなかった。
かわりに、生徒たち全員、やる気に満ちた目をしていた。
「よし、具体的な練習メニューは練習期間が始まってからだ。今週は基礎的な部分を確認しておけよ?」
『はい!!』
二年次二組の全員の心が、この時一つとなった。
#
翌週の放課後。
競技祭前の一週間は練習期間となり、四時限目の授業が無くなって三限以降の時間は魔術の練習をしてもいいこととなっている。
教室にて、メンバー決めの日からグレンが考えてきた練習メニューを渡された生徒たちは、学院の中庭でそれぞれメニューを熟していた。
グレンは自分の持つ知識の全てを使って一人一人の練習メニューを作成した。
いざとなればシロッテの枝などの草木で次の給料日ぐらいまでなら凌げるとはいえ、美味しい飯にありつけるか否かが掛かっているのであれば寝る間も惜しんで作業が出来た。
練習の中で出てきた生徒の疑問に答えながら、一人一人の様子を確認する。
練習が順調に進む中、急に怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっきから、勝手なことばかり……いい加減にしろよ!」
怒声の先では、カッシュを筆頭にした二組の生徒の一部と、ハーレイが担任している一組の生徒たちが揉めていた。
「おいおい、どうしたよ?」
「あ、先生!こいつら、後から来たくせに勝手なことばかり言って────」
「うるさい!この中庭は今から俺たちが練習に使うんだから、お前ら二組はどっか行けよ!」
「なんだと!!」
「あー、ハイハイ、喧嘩すんな?」
口喧嘩が殴り合いにヒートアップする前に、グレンが間に入って二人の首根っこを掴む。
二人が多少の痛みに悶える中で大人しくなったことを確認して手を離す。
「一組も今から練習か?」
「あ、はい……えっと……ハーレイ先生の指示で場所を……」
「……まあ、確かにうちが場所を取りすぎてるのは否定できねぇな。全体的にもうちょっと端に寄せるから、それで手打ちにしてくんね?」
「ば、場所を空けてくれるならそれで……」
と、この騒動が丸く収まりそうになったところで────
「クライス、何をしている!場所はまだ空かないのか!」
「ああ、ユーレイ先輩じゃないっすか」
「ハーレイだ!ハーレイ!グレン=レーダス、貴様、私の名前覚える気、全っ然無いだろう!」
一組の担任、ハーレイ=アストレイが現れた。
「ふん、まあいい。……いや、良くは無いが。取り敢えず貴様、聞いたぞ?クラス全員、何らかの種目に出すらしいな?」
「ああ、はい。その予定っすけど」
「ハッ、戦う前から勝負を捨てたか?たとえシスティーナ=フィーベルを使い回したとしても、優勝は私のクラスがいただく気だったが……貴様はそのスタートラインにすら立っていない」
グレンが非常勤講師として学院に来た時から、何かと突っかかって来るのがこのハーレイである。
グレンとしては名前を間違えるぐらいで何故こうも敵視されているのかが分からないが、優勝を狙って全員を起用したことをこうも悪く言われると少し頭にくる。
「使えない足手まとい共を使うほどに勝つ気がないクラスが、優勝を目指す我々を差し置いて場所を占有するなど迷惑千万だ!分かったらとっとと失せろ!」
ハーレイの言葉は、成績が悪かった昔のグレンに対する同級生の言葉と重なり、空気が重くなる二組の面々の姿はどうにも過去の自分と重なった。
頭の血管が、プツンと切れた気がした。
「お言葉ですがね、これは優勝する為に俺自らが編成したんすよ。勝負を捨てた?勝つ気がない?全くの逆っすわ。俺は勝負を捨てた覚えは無いし、勝つ気しかない。優勝をいただくのは先輩のクラスじゃなくて俺のクラスだ」
「き、貴様……!」
「この布陣の強さが理解できないってんなら、それは重畳。誰が主力だとか足手まといだとか、関係ない。俺たちは全員で勝ちに行く」
「そ、そんなこと、口ではいくらでも言えることだ!!」
言うは易し、行うは難し。
確かにそうだ、グレンとて絶対に優勝できるだなんて思っていない。
優勝出来る可能性が上がる編成をしただけであって、確実に勝てるとは言いきれない。
だが逆に、これで優勝できないとも思わない。
だからこそ、グレンは博打をする。
下手をすれば、食的な意味で生きていくことが難しくなるとしても。
後で後悔するとしても、この時のグレンはキレていて止まれなかった。
「給料三ヶ月分だ」
「何……?」
「俺たち二組が優勝する、に給料三ヶ月分賭ける」
「しょ、正気か、貴様……!?」
驚愕しているのはハーレイだけじゃない。
二組の生徒たちもだった。
「さて、どうします?この賭け、乗ります?三ヶ月分って大きいですよねぇ?研究がしばらく滞るくらいには」
「ぐ、ぬぬ」
当然、ハーレイは三ヶ月分の給料を失うようなリスクは避けたい。
だが、ここまでグレンをバカにして、かつ自身の生徒たちが見ている手前、退くに退けなかった。
「……いいだろう。私も、私のクラスが優勝する、に給料三ヶ月分だ!!」
苦虫を噛み潰したような表情でそう宣言するハーレイに、不敵な笑みを見せるグレン。
「ふっふっふ、流石先輩、いい度胸ですね」
「くっ、この私に楯突いたこと、必ず後悔させてやるぞ……ッ!」
忌々しそうに肩を怒らせて去っていくハーレイとその後ろを着いていく一組の生徒たちを見送る。
二組の生徒たちは、グレンの信頼に応えるかのように一心不乱に練習メニューに取り組み始めた。
そうして、魔術競技祭当日となった。
魔術競技祭の種目が生徒の数より多いのは、生徒の数と種目の数が丁度同じだとは考えづらいと判断したためです。
違ったとしても今作では種目がちょっと多いってことで許して……