外道魔術師の一目惚れ   作:シークレット/K

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第十四話

一筋の光すらない、真っ暗闇の中で、幼いルミアは泣いていた。

同時に、胡乱な意識の中でこれが夢だと漠然と確信する。

 

シュバルゴと過ごすようになってから、しばらくして見なくなった悪夢。

この夢を見るのは、とても久々だった。

 

「ひっく……うぅ……。お母さん、いやだよ……わたし、いい子にするから……。捨てないで……」

 

ルミア……エルミアナにとって、知る中での唯一の肉親。

幼い頃のルミアにとって、母親のアリシアはルミアの世界の全てだった。

アリシアに捨てられたエルミアナは、世界の全てから取り残されたように感じていた。

 

深い絶望の中でただ泣き続ける最中で……ふと、頭に何かが乗せられる。

 

恐る恐る目を開くと、一筋も光なんてなかった、一縷も希望なんて無かったはずの世界が開けていて。

 

「────あ……」

 

優しい笑みでエルミアナを撫でる男の姿。

初対面は最悪だったが、今となっては()()()が最も信頼する人物であり、最大の味方。

 

「……シュバルゴ、さん」

 

────いつもなら、悪夢が吉夢へと変化したこの段階で、目が覚めていたはずだった。

だが、どうしてか、今回は違った。

 

ルミアを撫でていた暖かい手が離れ、シュバルゴは背を向けてルミアから遠のいていく。

 

「……え?ま、まって……!」

 

静止を呼びかけても、遠のくシュバルゴは止まらない。

立ち上がって追いかけても、追いつく気配すらない。

 

「いや……置いていかないで……!捨てないでぇ……っ!!」

 

そうして、シュバルゴの姿は見えなくなって────

 

 

 

「いやぁぁぁぁああああ!!!!」

「る、ルミア!?大丈夫!?」

 

悲鳴をあげてベッドから飛び起きるルミアを見て、同室で競技祭の支度をしていたシスティーナが驚きつつ声をかける。

涙を拭って辺りを見渡し、システィーナの姿を認めて冷静になったルミアは、自身を落ち着ける。

 

「はぁ、はぁ……ゆ、夢……?」

「その様子だと、よっぽどの悪夢を見たのね……」

 

フィーベル家の寝室。

昨日、翌日に迫る競技祭の復習をしようとシスティーナの家に泊まりに来たことを思い出したルミアは、ほっと一息つく。

慣れない環境での睡眠で、シュバルゴもここにはいないことからあんな悪夢を見たのだろうと自分を納得させた。

 

「競技祭当日だけど、大丈夫なの?体調が優れないようだったら、誰か他の人に種目を代わってもらう?」

「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう、システィ。でも、体調は全然悪くないから」

「そう?それならいいけど……」

 

そう、あれはただの夢なのだ。

シュバルゴがルミアを置いて、どこかへ消えてしまうなんてこと…するはずがないのだから。

 

#

 

「女王陛下の御成りぃ〜っ!」

 

魔術学院正門前にて、女王陛下の歓待が行われていた。

もちろん学院中の教授陣や生徒たち、シュバルゴも参加して歓声をあげている。

 

「……っ」

「辛いか?」

「いえ……。なんでも、ないです」

 

無意識に母との唯一の思い出の品であるロケットを手に握るルミアを見てシュバルゴが気にかける。

どう見てもなんでもないわけがなかったが、家族から虐待を受けて恨んでいたシュバルゴには家族が恋しい気持ちは分からない。

 

頭を撫でてやることくらいしか、シュバルゴにできることは無かった。

 

 

 

魔術競技場にて開催式が粛々と進み、最後には女王陛下の激励を以て魔術競技祭が開始された。

初っ端の種目は『飛行競争』。

練習期間中はスピードを伸ばすことをさせず、ずっとペース配分だけを練習させていたロッドとカイは、ペース配分をミスして減速した他クラスの生徒を抜いて三位という順位を勝ち取った。

 

「あっはっはっはっは!」

そんな競技の様子を見て大爆笑するのは、女王の貴賓席に同席するセリカである。

場所が場所なら即座に斬って捨てられてもおかしくない暴挙だが、そんなセリカを見てアリシアも微笑んでいた。

 

「はしたないぞ、セリカ君。陛下の前でそんな風に笑うのは不敬ではないかね?」

「ああ、いや、すまんすまん。悪かったな、陛下。許してくれ」

 

たしなめるリックだったが、なおもタメ口で話すセリカに頭を抱える。

女王の背後に控える侍女長や王室親衛隊の面々の視線が怖すぎる。

リックの前途は多難だった。

 

「いえ、むしろ、他の皆さんも今回は堅苦しいことなく、セリカのように話してくれてもいいんですよ?その為に、今回は賓客歓待礼式を国賓式ではなく、貴賓式にしたのですから」

「そ、そんな、恐れ多い……むぅ……」

 

困ったように呻くリック。

 

「楽しそうですね、セリカ?」

「楽しいよ、アリス。他のクラスは勝てばいいのだと言わんばかりに成績優秀者で固めてるし、ほんとに、何の為の祭りなのか、もう少し考えろというんだ」

 

アリシアからの問に、セリカはアリシアの幼少期の愛称で呼んで返す。

 

「しかし、グレンという講師の方の戦術眼も凄いのですね?」

「ああ、あいつも成長したからなぁ。主にうちの小間使いに揉まれて。まあ、全体の戦術眼というよりか、人が出来るだけの力量を見極めるのが上手くなっただけだと言った方がいいかもしれないが」

 

システィーナは優秀だが、使い回しても途中で魔力が尽きる。

それは他の成績優秀者であっても同じであり、それを見抜いたからこそグレンはクラス全員を起用した。

この後に競技が残っているため力をセーブする成績優秀者と、全力で競技に臨む成績下位者であれば、勝負は成り立つ。

 

あとは他クラスの戦術に合わせて作戦を考えてやれば、自然と優勝が目指せるというわけだ。

 

「考えれば誰にだって出来ることをやってるだけだよ、あいつは。まあ、他の講師たちは考えることすら放棄してる時点であいつには及ばないってことさ!」

「ふふ、本当に、元気そうでなによりです。最後に会った時は、見ていられないほどに痛々しかったですから」

 

グレンが執行官だった頃にアリシアは何度か会っている。

その時のグレンの様子と今の様子とでは比べ物にならないほど明るい表情をしている。

……少々窶れているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

それからも、グレンのクラスの快進撃は止まらなかった。

午前の部最後の競技を残して、二組の順位は三位という番狂わせの様相となっている。

 

そして次が、午前の部最後の種目。

ルミアが参加する、『精神防御』である。

 

「先生、本当にルミアでいいんですか……?」

「なんだ?何か心配事でもあるのか?」

「あの子が精神的に強いのは知ってますけど、今朝、悪夢にうなされて起きたみたいで……ちょっと心配なんです」

「ふむ……じゃあ、ダメ押しで勇気づけといた方がいいのかもな。ってな訳で、おい、シュルツ!」

 

偽の名前でシュバルゴを呼び出したグレンは、しばらく耳打ちする。

その後、額に手を当てながらシュバルゴは観客席から離れていった。

 

「……あの、何をするつもりですか?」

「な〜に、絶対に悪いようにはならねぇさ」

 

 

 

グレンに頼み事をされたシュバルゴは、選手待機用のテントへと向かっていた。

他クラスの生徒と共に次の種目のために待機しているルミアを見つけたシュバルゴは、同じくシュバルゴに気づいたルミアに向けて手招きをする。

 

「シュバルゴさん、どうかしたんですか?」

「いや、何。これから競技だと聞いてな。激励でもしようかと」

「そうなんですね!」

 

ニコニコと微笑むルミアだったが、シュバルゴにはどこかその笑みが無理をしているように見えた。

 

「本当に、大丈夫か?」

「もう、心配しすぎですよ。期待に応えられるように、頑張ってきますね?」

 

そう言って、その場を後にしようとしたルミアを、シュバルゴが背後から抱き締めた。

 

「……観客席で見ているぞ。一位になったら、何でもひとつ言うことを聞いてやる」

「ほ、本当ですか!?」

「あ、ああ」

 

グレンに耳打ちされたセリフをそのまま言うと、ルミアは食い気味にシュバルゴに詰め寄ってきた。

さっきまで元気がなさそうに見えたのが、まるで嘘のようだった。

 

「絶対に勝ちます……!見ていて下さいね?」

「……ああ、頑張ってこい」

 

そうしてルミアは待機所へと戻っていく。

 

この後の『精神防御』にて、一位候補だった五組のジャイルにも余裕で勝利するという結果を残したルミアは、観客席にいるシュバルゴを見つけて、満開の笑みを浮かべた。

いつも通りの可愛い笑み……そのはずなのに、シュバルゴは何故か背筋が凍るような気配を感じた気がした。

 

#

 

「安心したか、アリス?」

「はい……。あの子が、良き師、良き友人たちに恵まれて、あんなふうに笑う姿がこの目で見られるなんて……本当に、良かった」

「ったく、そこまで母親としてあの子を愛しているのなら、どうして最初から私に声をかけてくれなかったんだ。言ってくれれば、私がどうにでもしてやったのに」

「無茶を言ってはいけないよ、セリカ君。陛下には陛下の事情があったのだろう」

 

成長したルミアの姿を見て安堵するアリシアに、チクリと呟くセリカ。

リックがそれの対して窘めるように口を挟む。

 

「アリスを責めてるわけじゃないさ。実際、あの子を守るために相当な無茶をしたそうじゃないか?王女を病死したようにみせかけるためにものすごい裏工作もしたようだし。にも関わらず、王都から逃がす直前に襲撃があって、お前も気が気じゃなかっただろ?」

「ええ、セリカが保護をしたと連絡が来た時は、本当に安心しました。改めて、ありがとうございました、セリカ」

「私らの仲だろ、気にすんなって」

 

二人は微笑みながら拳を合わせる。

二人の仲の良さがどれだけなのか、見ればわかる光景だった。

 

「でも、本当に……安心しました。これ以降、二度とあの子に会えなかったとしても、もう私には十分です」

「本当にそれでいいのか?あの子と、直接会って話さなくて、本当にお前は満足なのか、アリス?」

「それは……でも、そんなの、無理なことで……」

「私を誰だと思ってるんだ。王室親衛隊の連中をだまくらかして、あの子と話をする時間を作るくらい、余裕でできる」

 

可能。

だからこそ、セリカは提案する。

 

「アリス、どうするんだ?お前は、娘に会いたいのか?会いたくないのか?」

「私は……」

「今日、この時くらい、正直になってはいかがでしょうか、陛下?」

「エレノアまで……。そう、ですね。それなら、お願いしてもいいでしょうか、セリカ」

「ふっ、お易い御用だ、陛下」

 

リックはそんな密談を聞いて苦笑をこぼすのだった。

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