学院の敷地内から出て、フェジテの街中……裏路地を逃げ回る。
黒魔【グラビティ・コントロール】や、黒魔【クイック・イグニッション】などの魔術を使用しての逃走で、どうにか追っ手を振り切って身を隠す。
「チィ……ッ!存外手が回るのが早い。親衛隊総出で捜索されている現状では、できることも限られるな」
シュバルゴは半割れの宝石を二つ取り出す。
「それは……」
「遠隔通信の魔導器だ。一つは主、もう一つはグレンにつながる。……今の現状、連絡すべきは主の方か」
キィン、という音とともに、セリカに繋がる魔導器が起動する。
呼び出しからすぐに繋がった。
『……シュバルゴか』
「ああ、主。オレは今────」
『分かっている。だが、私は何も出来ないし、何も話せない』
「……何?」
シュバルゴが現状を話そうとするも、それをさえぎったセリカはシュバルゴ達の現状を知っていると言った上で助言は無いと言い始めた。
流石に困惑して一瞬思考が止まるシュバルゴ。
「どういうことだ、主」
『どうも何も。もう一度言うぞ。私は、
出来ない、話せない。
"しない、話さない"とは言わないところから何かしらの事情があると推測するが、だからといってこのままでは、解決策もなしにひたすら逃げ続けるのみになってしまう。
無論、最悪は自身の力の全てを使って逃亡生活を熟してみせるつもりだが、国を相手にいつまでも逃げ続けられるとは思えない。
『……一つだけ、アドバイスをやる。
「【愚者】、だけ?」
『グレンだけが、この状況を打破できる』
この場に居ないグレンがキーマンであることを口にしたセリカは、グレンとルミアの二人を連れてどうにか陛下の前に来ることを伝えて、一方的に通信を切った。
「どういう事だ……?」
グレンが、ルミアを救う決め手?
グレンに出来て、シュバルゴに出来ないこと。
「魔術起動の封殺、だったか」
帝国宮廷魔導師団、特務分室の執行官ナンバー0【愚者】の代名詞、
それぐらいしか思い浮かばない。
だが、なんの為にそれが必要になるのか?
わざわざリスクを侵して女王陛下に会う理由は?
分からないことだらけだが、セリカは無意味なことは言わない。
ならば、次の行動はグレンとの情報共有だ。
グレンに繋がる方の宝石を起動しようとして────。
「……ッ」
ゾクリと、全身が泡立つような感覚。
天の智慧研究会に所属していた頃に何度も感じた殺気。
感じた方を見て身構えた時には既に遅く。
解き放たれた雷閃が、通信の魔導具を砕く。
「……冗談だろう」
グレンの元鞘、特務分室所属の魔術師二人。
「【星】に、【戦車】……!」
「シュバルゴ=モータナス。その娘を此方に渡してもらおう」
「……従わなければ、斬る!!」
「敵は、親衛隊だけではなかったか」
本当にまずい事態になった。
特務分室の凄腕魔術師二人……それも、遠距離狙撃のエキスパートと、近接戦闘を得意とするイルシアのコピー体。
逃走は不可能、抗戦は敗北必至。
大人しく捕縛されるのも論外。
残された選択肢は一つ。
「……一つ、聞きたい。貴様達は、ルミアをどうするつもりだ?」
対話、そしてルミアを害そうとするならば説得。
時間稼ぎだと思われて構わず襲ってくるようならば詰みだ。
警戒を緩めることなく疑問の回答を待つ。
だが、王室親衛隊とは違って話すくらいはするらしい。
剣を手にして今にも襲いかかってきそうな【戦車】……リィエルの後ろ髪を掴む【星】……アルベルト。
「なぜ、そんなことを聞く?」
「……決まっている。ルミアを護るためだ」
「何……?」
アルベルトはシュバルゴの言葉を吟味する。
ルミアの正体は事前に情報を得ている。
女王陛下の娘、エルミアナ王女。
アルベルトはここに至るまで、シュバルゴがルミアを攫おうとする研究会の下手人であり、その情報を得た親衛隊が二人を追っていると考えていた。
そう考えればルミアの親であり王族であるアリシア女王を保護する名目で拘束することにも納得が出来るし、もう一つのアルベルトたちの任務──内通者の特定もそのような人物は実際には存在せず、気配遮断系統の凄腕魔術師であるシュバルゴが潜入して情報が漏れていたと考えられたから。
だが、実際はどうだ。
シュバルゴはルミアを護ると宣い、それが苦し紛れの時間稼ぎだとは、現在進行形で攫われているはずのルミアが抵抗することも無く、大人しくシュバルゴの背後に隠れていることから考えづらかった。
ここまで考えて、アルベルトが出した答えは────。
「離して、アルベルト。斬れない!」
「待て、リィエル。……一度話を聞こう。もしかしたら、俺達は……俺は、何か勘違いをしているかもしれん」
対話に応じる選択だった。
#
「……王女に一目惚れ、研究会脱退、今はセリカ=アルフォネアの小間使い……?それを信じろと?」
「信じるかどうかは貴様ら次第だろう。オレから言えることは既に答えた。────どうしても信じられんと言うなら、【魔術師】……イヴ=イグナイトにでも聞くがいい」
「イヴだと?」
「数年前に【魔術師】を解任させられそうになったのは貴様も知っているだろう。アレはオレが、王城からルミアを脱出させる任務で、護衛をしていたイヴ=イグナイトを負かしたせいだ。オレが研究会を裏切る過程も見ている」
アルベルトが通信の魔導具を取り出し、呼び出しをかける。
忙しいという訳でもないのか、案外すぐに繋がった。
『……アルベルト?貴方は今、フェジテでの任務のはずよね。何かあった?』
「……シュバルゴ=モータナスに遭遇した」
『………………ああ、なるほど。そこに居るのね?だったら、少しだけ代わってもらえる?』
アルベルトはそれで察した。
シュバルゴに対する捕縛命令が初っ端にない時点で、少なくともイヴ視点ではシュバルゴと天の智慧研究会は繋がっていないということに。
アルベルトがシュバルゴに魔導具を投げ渡す。
「……なんだ」
『なんだ、じゃないわよ。本当に、余計な仕事を増やさないで欲しいんだけど』
「オレの行動が、貴様の仕事を増やす原因なのか?」
『当たり前でしょう!!今まで平穏に暮らせていたのが、不思議に思わなかったの!?貴方、一応顔写真付きの指名手配犯なのよ!?それが、顔も変えずに買い物行ったりしてたら通報されるに決まってるでしょう!!』
……単純に失念していた。
セリカの邸宅に居候する最初の頃はキチンと魔術で顔を変えたりしてはいたのだが、ある日帰った時に見知らぬ人だと勘違いしたルミアに涙目になられてからはすっぱりやめていた。
それから何事もなく平穏に生活出来ていたから、顔を隠さずとも問題ないと勘違いしてしまったのだ。
『貴方が通報される度に毎回揉み消す私の身にもなってほしいわよ。……それで、今度は何をやったの?』
「……」
『まあ、アルベルト達がいるし、何となく想像はつくけれどね。アルベルト達の任務は王室親衛隊の調査と王室内の内通者の特定。王女と一緒に行動していた貴方は未だ指名手配犯で気配を断つことにおいてはスペシャリスト。王城に潜伏して内情を横流しし、王女を攫う研究会の下手人だと勘違いされたって所でしょう?』
持っている情報のみでシュバルゴ達の現在の状況を言い当てた。
やはりイヴの考察力は今までシュバルゴが出会ってきた人の中でもトップクラスであり、持ち前の指揮能力もこの考察力あってこそなのだろう。
情報戦においてもイヴであれば最高の戦果をあげるだろうと想像できるが故に、彼女を勘当しようとしたイグナイト家の株がシュバルゴの中でさらに下がった。
「概ね合っている。……今分かっていることは────」
シュバルゴとルミアがここに至るまでを特務分室の三人に話す。
王室親衛隊によるルミアの処刑宣告、セリカの行動制限と助言。
情報が少なすぎる為に、現時点では親衛隊の動機もセリカの意図も不明だが、一応やることははっきりしていた。
『魔導具が破壊されてグレンへの連絡手段が無くなった以上、直接会って話さない事には協力は得られない。でも、親衛隊もルミアの所属クラスの人物からは絶対に目を離さないでしょうね』
「ああ。そうなると、グレンのもとへ向かう二人と親衛隊を撹乱する二人で別れるべきだろう」
グレンとルミアが揃って女王陛下の前に来る事を伝えられたため、ルミアはグレンのもとへ向かうことに決定。
グレンに説明するためにアルベルトかシュバルゴのどちらかは必須なため、リィエルは撹乱グループに。
あとはアルベルトとシュバルゴだが……。
『……シュバルゴが撹乱に回った方がいいわね。親衛隊にはシュバルゴの名は割れているし、得意魔術も知られている。二人ともある程度の軍用魔術を使えるオールラウンダーとはいえ、【セルフ・イリュージョン】で姿を変えて戦ってシュバルゴではないと思われたら面倒なことになる』
「成程。オレに異論は無い」
こうしてイヴの采配によって、アルベルトとルミアがグレンとの合流に、シュバルゴとリィエルが親衛隊の撹乱に向かうこととなった。
白魔【セルフ・イリュージョン】でルミアはリィエル、リィエルはルミアの姿に変身し、行動を開始した。