「あの、先生」
「……どうした?」
「ルミアとシュバルゴさん、全然戻ってきませんね」
午後の部が始まって数十分。
一つの競技が佳境に差し掛かったところで、システィーナが心配そうな表情でグレンに声をかけてきた。
「……確かにな。あいつもいるし、何事もないとは思うんだが……何故だか、王室親衛隊が何かを警戒するように俺たちを見張ってる」
「そうなんですか?」
午前中も警備の目は厳しかったが、午後になって明らかにグレン達二組が集まるスペースに対する警戒度が上がっている。
生徒たちには勘づかれてはいないが、元帝国宮廷魔導師団員であるグレンは気づいた。
少し前からなにか進展があったのか、最低限の人員を残して慌ただしくどこかへ向かっていく所まで。
「それに……セリカのやつが全く笑ってねぇ。午前は陛下と楽しく談笑してたはずなのに」
「……言われてみれば、アルフォネア教授、険しい表情してますね」
午前中は遠くから見てもわかるぐらい、心底楽しそうにしていたセリカが今では騒ぐ様子もなく大人しくしている。
何故グレンが事ある毎にセリカを見ていたのかという疑問がシスティーナの脳裏に過ぎるが、取り敢えず問わずに飲み込む。
「何をするにしても情報が足りなすぎる。そもそも警戒度が上がっている原因がシュバルゴ達だという確証もないし、待ってたら戻って来る可能性もある」
「そう……ですね」
グレンの言葉に、それでも不安そうな表情を崩さないシスティーナを見兼ねて、グレンはシスティーナの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「な、何するんですか!」
「はは、まあ、お前がそこまで不安になることじゃねえよ。本当に何かがあったとして、協力が欲しい時は連絡が来るだろ」
グレンは通信の魔導具を見せびらかしながら、そんなことよりも、と言葉を続ける。
「お前が今やるべきことは、この後の競技に集中することだ。……俺の給料がかかってるんだ、マジで頼むぞ!?」
「……ふふ、分かりました!先生は大船に乗ったつもりでいてください!絶対、負けませんから!!」
システィーナの不安をある程度払拭できたと感じたグレンは、手洗いに行ってくると言い残してその場を去る。
用を足して戻ろうとしたグレンだったが────。
グレンの進路を遮るように、二人の男女が現れる。
「久しぶりだな、グレン」
「……」
「な、お前ら……アルベルトに、リィエル!?」
グレンにとっては元同僚。
古巣の凄腕魔術師二人が、グレンの前に現れた。
#
「成程、二人は無事なんだな?」
シュバルゴとルミアの置かれている状況、セリカから託された解決方法……。
人がいないことは確認したが警戒しておくことに越したことはないため、共有した情報は簡潔に最低限ではあるが、グレンのやることは決まった。
「陛下に近付く方法だが、一つある」
「……話せ」
「なぁ〜に、簡単だ。俺のクラスが競技祭を優勝すれば、表彰式で会える。今回は陛下自ら優勝クラスを祝ってくださるからな。表向き何も起きていないことにしたいだろうし、護衛の目は多くなるだろうが中止にはしないだろ」
そして今、グレンのクラスは三位である。
それも、一位と二位もあまり点に差がない。
「アイツらも頑張ってくれてる。このままいけば、十分優勝を狙えるはずだ」
勿論、絶対に優勝出来ると断言出来る訳では無い。
だが、グレンは自身の指導の下でこれまで必死になって練習をしてきた生徒たちの姿を知っている。
優勝出来ると信じられるぐらいには、全員上達しているのは間違いないのだ。
「そうと決まれば、少しでも勝率をあげに行かねぇとな」
「俺達も同行しよう」
「ああ。……にしても、シュバルゴは今、リィエルと一緒にフェジテを駆け回ってるのか……。大丈夫なのか?」
「……分からん。大丈夫だと思いたいが、奴の思考回路は理解不能だからな。……あの【堕ちた剣】も手を焼いているかもしれんな」
散々な言われように、リィエルに扮するルミアは苦笑いするしか無かった。
#
その、ボロクソに言われていたリィエルと心配されているシュバルゴは今。
「おい、【戦車】」
「……ん、何?」
「貴様、少しでも協力しようという気は無いのか……!?」
親衛隊の追跡から逃れるためにルミアに扮するリィエルを担いで奔走するシュバルゴだが、二人の息が合わず中々振り切ることが出来ない。
リィエルが錬金術以外の魔術は全くコントロール出来ないことを知らないシュバルゴは、走りながらリィエルに苦言を呈する。
「なにか使える魔術はないのか?」
「ん、剣を出せる」
「……ああ、それは予想が着く。他は?」
「…………建物を水にできる」
「錬金関係以外では無いのか?」
シュバルゴはリィエルがイルシアのコピー体である事を知っている。
故に、剣の高速錬成が可能であることは予想ができた。
そこから派生する錬金術が得意であることも。
ただ、仮にも特務分室の執行官であるリィエルが、基本三属の魔術ですら満足にコントロール出来ないだなんてことは想像出来ていなかった。
コピー元であるイルシアについて知っていることも、特別接点があった訳ではなかったために少ない。
研究会直属の暗殺集団の中でも、より優秀な人物だったということくらいしか。
だからこそ、「使えるけど当たらない」という回答を聞いた時は耳を疑った。
「……貴様、それでよくこれまで任務をこなしていたな」
「私は毎回突っ込んでただけ。だから、私からシュバルゴに提案がある」
「一応、聞いてやる」
「逃げるなんてまどろっこしいことするのはやめて、私が敵に突っ込んでその後ろから貴方が突っ込む作戦に変更した方が────」
「却下だ」
「…………」
「…………」
あんまりなリィエルの提案に頭を抱えるシュバルゴは、この采配をしたイヴを恨んだ。
#
魔術競技祭、閉会式。
自信なさげでもグレンのアドバイスを信じて勇気を出して競技に望んだリンや、得点配分が高い『決闘戦』を勝ち抜いたシスティーナ、ギイブル、カッシュの三人等。
午後の部の競技に参加した生徒たちの奮戦の結果、二組は優勝……一位を勝ち取った。
式は粛々と進み、ついに表彰台にアリシアが立つ。
その背後には王室親衛隊総隊長のゼーロスと、学院が誇る第七階梯の魔術師セリカが控えている。
優勝クラスへの勲章の下賜。
代表者として歩みを進めるのは、担任であるグレンと……競技場内の大半の人々には見覚えのない青髪の少女。
「お久しぶりですね、グレン。それと…………リィエル?」
「陛下もご壮健そうで何よりです」
「……」
学院の生徒とは関係が無いはずのリィエルの存在に首を傾げるアリシアに、久方ぶりに会ったグレンが膝を着いてリィエルもそれに倣う。
そんな二人に近づくのはゼーロスだ。
「表彰の前に一つ聞きたいことがある、魔術講師。貴様は、ルミア=ティンジェルの現在の所在を知っているか?」
鋭い眼光で睨みながら、グレンに問いを投げかけるゼーロス。
そんな彼に答えたのは、グレンではなく。
「私は、ここに居ます」
白魔【セルフ・イリュージョン】を
現在、フェジテの街で親衛隊が血眼になって追っているはずの少女────ルミア=ティンジェルが、そこに居た。
瞬間、セリカによって結界が施される。
音も遮断する断絶結界。
まるで二人を絶対に逃がさないとでも言うような強力なものだが、グレンは慌てる様子もなく。
「さあ、馬鹿騒ぎも終わりにしようぜ?」
ルミアの出現に呆気にとられている間に行動を起こすグレン。
不敵な笑みを浮かべながら懐から取りだしたのは、愚者のアルカナ。
グレンに出来て、シュバルゴには出来ないこと。
起動する【愚者の世界】。
一定範囲内における魔術起動の完全封殺が成ったこの場で、それを理解したアリシアが気を持ち直し、その首にかけられていたネックレスを外して地面に捨てる。
この行動に動揺するゼーロス、大声を上げて笑うセリカ。
そして、自身の容態に何も変化がないことを確認するアリシア。
「やるじゃん、流石私の息子!良く分かったな!」
「いや、まあ……俺に出来てあいつに出来ないことなんざ、これぐらいしかねーだろ」
「ま、確かにな!だが、即発動してくるとは思ってなかったから肝を冷やしたぞ。さすがに周囲の人間にアリスの現状を知られる訳にはいかなかったからな」
アリシアよりも前に出てきたセリカにバシバシと肩を叩かれるグレン。
その表情は満更でもなさそうだった。
「どういう、事だ?」
「俺の
一息に言いきったグレンがその場に座り込んで。
「んで、どうするんだ、これ?収拾つくのか?」
緊張の面持ちでアリシアと話をするルミアを眺めながら、事後処理の心配をするのだった。