「…………ねえ、師匠?」
馬車の御者をやらせた弟子が、シュバルゴにジト目を向けながら声をかける。
人質として一緒に連れてきたイヴとレナード、病死と偽って密かに帝都を出ようとしていたエルミアナ王女。
この三人にシュバルゴとその弟子を含めた五人が、馬車に乗って既に帝都を出てなお馬を走らせている。
「よかったんっすか、これで」
「……仕方あるまい。これから狙われる事になるだろうが、オレは後悔も反省もしていないからな」
「いや、俺的には一言言って欲しかったんすけど!?一生師匠に着いていくとは言ったっすけど、命狙われる事になるだなんて思ってなかった!!」
命を狙われる。
それもそのハズ、エルミアナ王女を確保した事をどうやって知ったのかは不明だが、シュバルゴの上司……
その結果一緒に追われることになった弟子……ホーク=セルヴァリアには申し訳ないとは思うが、天の智慧研究会の方針に背いたこと自体に関して後悔は少しも感じていなかった。
むしろあまりの憤慨から、目覚めたイヴやレナード、王女の前で研究会に所属することを意味するタトゥーを魔術で焼き消したほどだった。
「おい、私たちはどうすればいいんだ?」
「知らないわよ、そんなの。戻った所で、私は、もう……」
目の前で天の智慧研究会を裏切るのを見せつけられたレナードは困惑し、イヴは何故かこの世の終わりのような表情をしている。
「それで、宛はあるか、ホーク」
「久々に師匠の口から俺の名前呼んでくれたっすね……。まあ、無いことも無いっすけど、このまま行くのは不味いっすね」
「……追跡だな?」
研究会子飼いの暗殺者が、追ってきている。
突然の事で数を用意出来なかったのか一人のみだが、このまま何もしなかったら場所を特定されて援軍が来るだろう。
そうなったら今度こそ詰みだ。
「済まなかったな、エルミアナ王女。オレが引っ掻き回したせいで帝都脱出が露呈した」
「い、いえ……」
「流行り病で亡くなったなんて苦しい理由だったから、いつか絶対にバレるとは思っていたが、そもそもまだ亡くなったって情報自体外に出てなかった筈なんだが……」
レナードが挟む疑問は最もだが、こればかりは弟子の優秀さを自慢することぐらいしか出来ない。
なんかおかしい、というだけで調査を依頼してきて、それが見事に当たっていた事にはシュバルゴも脱帽である。
「ホーク、後で合流する。使い魔を残していくから先に行け」
「分かったっす」
「……レナード=フィーベル、王女を任せたぞ」
「それは任されたが、私はまだお前を信用してないからな?」
「別にいい。貴様がオレを信用していなかろうが、今とれる手はホークに着いていくことだけだ。それとも、研究会の息がかかっておらず、絶対に身を隠せると言いきれる場所の宛が、貴様にあるのか?」
今回の帝都脱出は、敵対組織に知られていないことを前提にしたものだ。
ここにレナードが居ることから、何かしらの問題からエルミアナ王女はフィーベル家にお世話になる予定だったのだろうが、研究会に割れてしまった以上その計画は頓挫してしまった。
宛がない現状では、ホークに着いていく事がベストなのだ。
「……分かった」
「……ふん。ホーク、一度停めろ」
一度馬車を停止させ、ちょうど見つけたネズミを使い魔にして、シュバルゴは襲撃者の方を見すえる。
「ではな」
その声を合図にして、シュバルゴと馬車はそれぞれ逆方向に動き出す。
魔術を
索敵魔術に引っかかった暗殺者とは、直ぐに邂逅した。
「……仕留める」
「やれるものなら」
一瞬の会話、振り下ろされる暗殺者の剣。
かち上げられた剣は暗殺者の手を離れ、少し離れた地面に突き刺さる。
そんなもの関係ないと、地面に手を着いたかと思えば、次の瞬間には暗殺者の手に一本の剣が顕れていて、今度は横薙ぎに迫る斬撃を両手で受け、流す。
「【
シュバルゴの考察に反応することも無く、卓越した剣術でシュバルゴを追い詰めていく暗殺者。
対するシュバルゴは暗殺者の剣筋を見切り、最低限の動きで避けるのを繰り返している。
「《爆》」
最短の詠唱で発動する【クイック・イグニッション】の小規模の爆発が暗殺者の視界を遮る。
殺傷力は低いが目眩しとしては使える程度の爆炎を利用して、暗殺者の視界の死角に詠唱済みの【サイレンス・サイン】───気配遮断の魔術を起動して移動する。
「これを使うことになるとはな。オレもまだまだだ」
腰に佩いていたレイピアを抜き放ち、暗殺者の死角から襲いかかる。
かろうじて反応した暗殺者だったが、再び剣が弾き飛ばされて丸腰になる。
「チッ……!!」
「さて、どうする?【隠す爪】はそう何度も成功する代物ではない。イルシア=レイフォードでは無い貴様では、ここから挽回する策は無い。……違うか?」
「……違わない。……が、《それがどうした》!!」
暗殺者は再び地面に手を当て、土をウーツ鋼の剣へと変化させる。
「ほう……!成功させるか!!」
「死ね、裏切り者!!」
錬成からそのまま剣を斬りあげる暗殺者の攻撃を、受けたら業物であるため折れはせずとも、確実に傷が付くだろうことを気にしてレイピアでは受けず、未だ解除されていない【ウェポン・エンチャント】が付与されている腕で防ぐシュバルゴだが、斬られはせずとも上空へと打ち飛ばされる。
「見事、だが────オレの、勝ちだ!!」
剣を振り上げ、隙だらけとなった暗殺者に向け、最後の詠唱済み呪文である【ライトニング・ピアス】を起動し、雷閃が暗殺者の脳天を貫いた。
#
暗殺者の対処を終えたシュバルゴは、更なる追跡者が現れる前に馬車の跡の処理をしながら天の智慧研究会の追っ手から行方を眩ませつつ、預けた使い魔の反応を頼りにホーク達の下へと辿り着いた。
「……おい、ホーク。貴様の言う宛がココだと言うのは……本気なのか?」
「いや、師匠なら、帝国内で1番安全なのが何処なのか……ある程度推測できてたはずっすよね?ココ以上に安全な場所なんて思い付かないっすよ、俺」
帝都オルランドから馬車で四日、早馬だと二日程度の場所にある、比較的大きな都市、フェジテ。
そこに存在する最強の魔術師、セリカ=アルフォネアの邸宅の前に、シュバルゴ達は居た。
「……レナード、貴様が事情を説明しろ」
「はぁっ?なんで私が!!」
「犯罪者として名が通っているオレよりも、魔導省の官僚である貴様の方が信用出来るのは自明の理だと思うが?そも、オレ達は王女が隠遁する理由を知らん。【魔術師】は────あのザマだしな」
特務分室最強の【魔術師】である筈のイヴは、膝を抱えてブツブツとうわ言を呟いている。
心做しか、目に光が宿っていないように見える。
「……ああ、分かった。だが、お前も手伝えよ。天の智慧研究会を裏切った以上、お前らもここに厄介になるんだろう?それに関しては私には説明出来んからな」
「……ふん、分かっている」
シュバルゴとレナードが説明責任を押し付け合うのを終えて、アルフォネア邸に目を向ける。
すると────
「なあお前ら、ウチの前で何を騒いでんだよ?」
セリカ=アルフォネアその人が、面倒くさそうにしながら二人を観ていた。
「ッ!?」
「うおっ!?」
反射的に飛び下がって戦闘態勢に移行してしまうシュバルゴとレナード。
そんな二人と顔を伏せているイヴ、そして馬車から様子を伺っているエルミアナ王女を順に見たセリカが口を開いた。
「……取り敢えず、入っていいぞ」
拒絶されなかったことに安堵しつつ、アルフォネア邸内にお邪魔することとなった。