外道魔術師の一目惚れ   作:シークレット/K

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第三話

「あっはっはっは!!」

 

アルフォネア邸内に、女性の笑い声が響き渡る。

館の主、セリカの声だ。

 

「アリスの娘に、くくっ、一目惚れして、天の智慧研究会を、ぷくくっ、裏切った!?あっはっはっは!ひぃ〜、お腹痛いっ!!」

 

セリカが爆笑する原因となった話をしたシュバルゴは苦い顔をし、その想い人であるエルミアナは困惑している。

まあ、犯罪者から一目惚れされたと言われてもこのような反応しか出来ないのは無理も無いが。

 

「はっはっは、ゴホッゴホッ……ふぃー、笑った笑った。久しぶりにこんなに笑ったわ」

「……それで、匿ってくれるのか?」

「ああ、アリスの娘に関しては私も気にしてたしな。もちろんお前ら二人もここに居ていいぞ。なんか面白そうだし」

「それはそれでどうかしてると思うっすよ……?」

 

こういう訳で、アルフォネア邸で居候することとなったシュバルゴとホーク、そしてエルミアナ王女。

エルミアナ王女は名前をルミア=ティンジェルに変えて暮らしていくことになった。

 

────そして。

 

「…………いつまで、そうしているつもりだ、【魔術師】?」

「…………」

 

一向に動く気配のないイヴを見兼ねて、シュバルゴが声をかける。

その疑問に答えるどころか、ピクリとも反応すらしない様子を見て、苛立ちを隠せなくなる。

そんなシュバルゴに待ったをかけたのは、意外にもレナードだった。

 

「あー、イグナイト家はあんまり良い噂を聞かない。色々と家族間での込み入った事情があるんだろう。そっとしておいた方がいいと思うが」

「だが、いつまでも伏せっているままではどうにもならん。仮にもひとつの組織のトップに座している貴様が、私情で機能しなくなるのはどうかと思うがな」

 

シュバルゴが煽るような言葉を浴びせても、なんの反応も無い。

舌打ちの後に出来るだけイヴを視界に入れないようにすることを決め、今後の身の振り方や方針を決めるため、ホークを連れてセリカの下へと向かった。

 

「それで、オレとホークは、ここに居候させてくれる代わりに何をすればいい?」

「うーん?何かするのか?」

「……なんの対価もなく安全を手に入れられるとは思っていない。ルミアの安全を確保できるのならば、オレに出来る範囲で何でもやるが」

「ちょ、師匠!?そんな、何でもなんて言って良かったんすか!?」

「問題ない。貴様は口を挟むな、ホーク」

「いや、だったら俺も巻き込まないでくださいっすよ!?俺は何でもなんて言ってませんからね!!」

 

弟子からの抗議を鼻で笑って誤魔化し、改めてセリカを見据える。

ここでどんな頼み事を言われようとも、全力で取り組むつもりでいた。

対するセリカは"何でも"という言葉ににんまりと笑みを浮かべて、しばらく考えた後に言った。

 

「じゃあ、お前……今日から私の小間使いな」

「承知した」

「ええええええええええええええ!?」

「あっはっはっは!」

 

あの傲岸不遜の師匠が、小間使いに……というホークの呟きを聞き流しながら、シュバルゴは外道魔術師から、即諾したことに対して爆笑しているセリカの小間使いに転職することが決まったのだった。

 

ちなみにホークは実際に天の智慧研究会の一員ではなく、研究会とはシュバルゴとしか関わりが無いことから表に出ても問題ないとされ、セリカの仕事先であるアルザーノ帝国魔術学院の講師として働くこととなったのは余談だ。

 

#

 

帝国宮廷魔導師団特務分室室長、【魔術師】のイヴ=イグナイトは、シュバルゴとホークが立ち去り、レナードが魔導省に戻った後、しばらくして立ち上がった。

人生が終わったかのように、幽鬼の如くフラフラと歩みを進めて向かった先は、玄関口。

 

「……【魔術師】、ようやく────貴様、本当に何をしている?」

 

セリカの小間使いとして早速邸内の清掃をしていたシュバルゴは、イヴの姿を見て困惑していた。

対するイヴは、シュバルゴを睨みつける。

 

「貴方達の襲撃のせいで、私にはもう何も無い。戻った所で、【魔術師】の称号は剥奪されて、イグナイトからも追放されて路頭に迷うことになるのがオチよ」

「……ただ一度の失敗でか?」

「ただ一度の失敗でも、失敗は失敗。それに、失敗の仕方も悪すぎた。真っ向から戦って敗北した私に【魔術師】を……イグナイトを名乗らせてくれるほど父上は優しくない」

「……あの戦闘はオレの勝利条件が馬車の確保だったのだから真っ向ではなかっただろう。本当に貴様と一対一だったなら、オレが負けていた」

「予想外のことに迷ってその隙を突かれた時点で同じことよ」

 

思わず苦虫を噛み潰したような表情になるシュバルゴ。

【魔術師】イヴ=イグナイトの真骨頂は作戦の立案と人物の采配だと、シュバルゴは聞いていた。

代々【魔術師】はイグナイト家が収まり、最高の戦果を上げていたとはいえ、一度負けた程度で指揮官として優秀であるイヴを勘当するなど正気の沙汰では無い。

そんな奴がいるならば、その人物はただの"愚者"だろうに。

 

だが、イヴの差し迫った表情を見るに、彼女の父親はその"愚者"に当てはまるらしい。

過去に【魔術師】だったイグナイト家の現当主で、アルザーノ帝国女王の側近であるアゼル=イグナイトがそんな人物だとは、敵対者だったシュバルゴとしてはあまり信じられないが、事実なのだろう。

 

だが──────

 

「だから、何だ?貴様は同情して欲しいのか?慰めて欲しいのか?……一緒に怒って欲しいのか?それをオレに話した所でどうにもならん。気の利いた事など言えんし、現状では出来ることなど何も無い」

「……っ、ええ、そうね。別に、話した事に意味なんてないわよ。貴方は、そこをどいてくれればいい」

 

言いたい事を言うだけ言ったイヴは、シュバルゴから目を外してその脇を通り抜ける。

アルフォネア邸の玄関口から出ようとしているイヴに、目を細めたシュバルゴは声をかけた。

 

「────オレは何も出来んが、貴様には仲間がいるのだろう?親を頼れないならば、仲間に頼る他あるまい。……貴様の現状を一緒になって怒ってくれる仲間に」

「仲間がまだ【魔術師】じゃなくなった私の傍にいてくれるのなら、そんな選択肢もあったかもね?」

 

自身を嘲るようなイヴのつぶやきに、シュバルゴは何も言えない。

そこからはアルフォネア邸を出ていくイヴを止める声は無かった。

 

「…………フン」

 

ただ、面白くないと言わんばかりの鼻を鳴らす音が、後に響いた。


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