魔導器の反応が消えたことを受けて、いよいよ不味い状況になってきていることを感じたシュバルゴは、追走するレナードと共に走るペースを早める。
鬱蒼とした木々を躱しながら直線上に沿って進むと、拓けた場所に廃墟が現れた。
廃墟の周りを巡回する人を複数人確認した二人は、奇襲をかけるために魔力を練り上げる。
「《吠えよ炎獅子》」
「《暴風の戦鎚よ》!」
シュバルゴの【ブレイズ・バースト】と、レナードの【ブラスト・ブロウ】は混ざり合い、爆炎風となって巡回者達を消し炭にするだけでなく、廃墟の一角をも破壊した。
崩壊した一角から廃墟に侵入し、攫われたルミアとシスティーナを探して駆ける。
「もう来やがったのか!?しかも、二人!!」
「来るのは一人じゃなかったのか!どっちが【愚者】だ!?」
「【愚者】?なるほど、特務分室も動いたか」
「ありがたい、救出がしやすくなる……!」
爆音を聞いて集まってくる魔術師達の言葉から必要な情報を読み取り、共有する。
レナードが事前に女王陛下宛に情報をリークした結果だろう。
誘拐されたルミアを救い出そうとする動きから察するに、彼女が帝都から追放された理由は未だ明確に聞いてはいないが、ルミア自身が思い込んでいる『要らない子だから』……という訳では無いらしい。
まあ、執拗に狙ってくる研究会から逃がすという側面もあるのかもしれないが、それだけであれば王宮で厳重に保護する方が確実だろう。
ここで考えても仕方がないか、と思考を切り上げ、シュバルゴは【アイス・ブリザード】を放つ。
圧倒的な冷気と氷の散弾が敵を襲うも、相手もまた凄腕の魔術師達。
先程のような奇襲ならまだしも、【アイス・ブリザード】を【フォース・シールド】で防ぐなど、正面からの攻撃には適切な対処が出来るくらいには実力派である。
「チッ、面倒だな」
「《言ってる・暇があったら・戦え》!!」
シュバルゴに対して文句を言いながらも発動するレナードの【ブラスト・ブロウ】。
即興改変のために威力は下がるが、相手の行動を制限する目的には十分だ。
そして、風の暴力を防ぐ、又は避ける時間があれば、相手に痛手を与える準備時間としても十分。
「《金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ》……!!」
B級軍用魔術、【プラズマ・フィールド】。
無差別広域殲滅呪文による雷撃の嵐のフィールドが、相手の魔術師達を飲み込んだ。
#
シュバルゴ達の突入の数刻前、人質である二人を見張る魔術師達。
そのうちの男の一人……ゲイルが身体を震わせて叫んだ。
「ああ、もう我慢ならねぇ!」
「おいおい、ついに気でも狂ったか、ゲイル?」
「うるせぇ、直前で寸止めされて我慢出来るわけねぇだろ!【愚者】とはいえ、数で囲んじまえば終わりだろ。見張り番になった俺たちの出る幕はねぇ。だったらヤることはひとつだろ!」
ゲイルがルミアに近づき、服を剥ぐ。
心の支えを失い、殴られて涙も止まったルミアは絶望のまま抵抗という抵抗もせず。
そして、ルミアの柔肌を視姦しながら舌なめずりをして────
爆音が鳴り響く。
しばらく動揺で固まるも、慌ただしく動く見張り番以外の仲間の足音を聞いて、すぐに静かになると決めつけて情事を続けようとするゲイルだったが……。
「おい、貴様」
聞き覚えのない声。
少なくとも、見張り番に割り当てられた仲間のものではない声に、ゲイルは戦闘体制をとりつつ振り返る。
視線の先には、同じく戦闘体制を整えて警戒する仲間達と、
「その娘は……貴様が触れていい人ではない」
────怒気を纏った悪鬼が居た。
廃墟内の分かれ道でレナードと別行動となったシュバルゴは、迫り来る魔術師達を黒魔【サイレンス・サイン】……気配遮断の魔術を用いてやり過ごし、ルミアの下へと辿り着いた。
後に聞こえてくる轟音から察するに、レナードは馬鹿正直に戦闘しているらしい。
ルミアを辱めようとしていた男を睨み付けつつ、この状況をどう打破するかを考える。
相手魔術師は五人、シュバルゴよりも格下とはいえ人質二人を守りながら戦って勝てるほどの実力差ではない。
────そうして考えていると、シュバルゴが思いもしなかった切り口での攻略が可能なことが、魔術師のうちの一人の言葉で理解できた。
「アンタ、もしかして、シュバルゴ=モータナスか!?天の智慧研究会の、第二団【地位】!!【堕ちた剣】のシュバルゴだろ!?」
良くも悪くも、天の智慧研究会としてのシュバルゴの悪名が功を奏した形だ。
既に裏切り者の烙印を押されたものの、知らない者からすればかの組織の二番手に位置する実力者集団の一人。
使える立場を使わない手は無い。
「フン、分かったならその娘を引き渡してもらおうか?引き換えに研究会に口利きしてやってもいい」
「本当か!?」
「おい、ゲイル!少しは疑えよ。姉御が連絡してから来たにしては早すぎる。お前がシュバルゴ=モータナスだと証明出来るものはあるか?」
ゲイルの仲間の一人が警戒心を露わにして証明を求める。
対するシュバルゴが持つ証明するための物は一つのみ。
研究会の刺青を焼き消したために、モータナス家の宝剣……レイピアを見せる以外にない。
────しかし。
今回、ルミアの失踪を聞いて焦っていたことからレイピアはアルフォネア邸に置いてきてしまった。
ついでに言えば、シュバルゴが現在来ている服も魔術師としてのものではなく、邸内での仕事着である執事服だ。
「……大人しく、引き渡しに応じれば良かったものを」
「────ッ!?」
不意打ち気味に、【ライトニング・ピアス】を時間差起動。
しゃがんで斜めから口を狙った雷閃は、証拠を求めた男の言語機能を停止させるに足り、実質無力化した。
「て、てめぇ!?」
「全員でかかるよ!!《吠えろ炎獅子》──!」
「ああ、《氷狼の爪牙よ》!!」
「《雷帝の戦槍よ》!!」
動揺するゲイル、魔術を唱える他三人。
起動すれば、一斉に迫る三種の軍用魔術はシュバルゴの魔術抵抗を貫き、無事では済まないだろう。
──────起動さえ、すればだが。
「……な、に……?」
「馬鹿な、私達の魔術が、起動しない……!?」
困惑、驚愕。
魔術師達の思考がふたつの感情で埋め尽くされる。
シュバルゴが振り返ると、この現象を起こした人物が大アルカナ……【愚者】のカードを掲げていた。
固有魔術【愚者の世界】。
一定範囲内のあらゆる魔術起動を封殺する魔術が、展開されていた。
「よぉ、シュバルゴ。忘れ物、だってよ。お前の弟子から」
「……フン、余計なことを」
アルフォネア邸に忘れてきたはずのレイピアを投げ渡してきたのは、帝国宮廷魔導師団、特務分室の執行官ナンバー0……グレン=レーダスだった。
通信の魔導具でセリカに連絡を入れて置いたのが功を奏したのか、ホークも学院での仕事から抜け出して救援に来ているらしい。
「んじゃあ、こっからは蹂躙だ。せっかく剣を持ってきてやったんだから、ちゃんと戦ってくれよ、ウチの下僕さんよ」
「……いいだろう。それが主の息子としての命令であれば、最後までやり通すとも」
魔術起動が出来ない場で、レイピアを構えるシュバルゴと、事前に【ウェポン・エンチャント】を両手に付与してきたグレンの二人が、未だ混乱の渦中にある魔術師達を相手にほぼ同時に動いた。
シュバルゴが二人の魔術師をレイピアで切り刻み、グレンの拳が残る二人を気絶させる。
グレンが魔術師を殺さなかったのはその甘さと余裕があったことからだが、シュバルゴも殺しはしなかった。
理由はルミアがいる手前、あまり死体を見せたくなかったためだ。
だからこそ、最初の【ライトニング・ピアス】も頭を狙わなかった。
「────ルミア、無事か?」
戦っている最中もずっと放心状態だったルミアに声をかけるシュバルゴ。
声を聞いて顔を上げるルミアの目が、シュバルゴの顔を捉える。
「しゅ、ばるごさん……?」
「ああ」
「────う、うう。ああああああああああああ!!」
シュバルゴが来てくれたことを理解した瞬間泣きじゃくるルミアの身体を抱き寄せる。
しばらくして、泣き止んだルミアは羞恥で顔を真っ赤にしながらシュバルゴの顔を見上げる。
「遅くなってすまなかった。だが、もう大丈夫だ。オレだけでなく、【愚者】やレナードも来ているからな」
「レナードさん……?そういえば、システィは……!」
レナードの名前を出した瞬間、思い出したかのようにルミアがシスティーナの方を見ると、グレンが介抱していた。
「ん、無事だな。ちょっと手ひどく痛めつけられたみたいだが、後遺症どころか傷も残らねぇだろうよ」
「よ、よかったぁ」
白魔【ライフ・アップ】を使用しながらそれぞれ少女を抱き上げる男二人。
後はレナード・ホーク両名と合流し、ここから脱出して人質だった二人を安全な場所に送り、特務分室の増援部隊とともに残党を一掃するだけだ。
「……よし、【愚者の世界】の効果は切れたぞ」
「そうか。ならば、行こうか。ルミアは少し寝ているといい。余裕がなくなったら、不快なものを見せてしまうやもしれんからな」
シュバルゴができうる限りの隠蔽魔術を自身を含めた四人に重ね掛けをし、一行は脱出に向けて行動を開始した。
さて、次はいつになるやら……。