結果的に言えば、脱出は容易だった。
気配を消し続けたうえで接敵したら【愚者の世界】で相手の魔術起動を封殺して気絶させる、というサイクルを繰り返すことで味方との合流・廃墟からの脱出の両方を達成できた。
後はルミアとシスティーナを安全な場所に移動させて援軍と合流し、残党を殺害・捕縛するのみ。
だが、そうやすやすと話が進むわけでもなかった。
自身に発動させておいたシュバルゴの固有魔術【魔術知覚】が反応して警戒音を鳴らす。
それと同時に、
「【愚者】。ルミアを頼む」
「あ?急にどうしたんだよ?」
レナードと合流した際にシスティーナを引き渡し、手が空いていたグレンにルミアを押し付ける。
ちなみに自身を救ってくれた一人であるグレンから離れた際、残念そうなシスティーナの声が漏れていたのは余談である。
「……何も言わずに行け。オレがケリをつけねばならん問題だ」
「……、分かった。ちゃんと帰って来いよ」
「フン、分かっている」
並走していた足を止めたシュバルゴは、遠ざかる足音を聞きながら振り返る。
そして、木々の間をにらみつけて言い放った。
「【大導師】……そこにいるのだろう?」
「……あはは、ちゃんと気配を消していたのに、やっぱりバレてしまうか。気配を断つことにおいては僕ですら君には及ばないみたいだ、シュバルゴ=モータナス」
特別太い幹の木の陰から現れたのは、天の智慧研究会
「よもや、貴様が出張ってくるとはな。狙いはルミアか?」
「まあ、その好機があれば攫っていくつもりではあったけれど、本命は君さ。【
神秘体験。
研究会の入り口である下っ端……
四次元、五次元、六次元、七次元――――果ては、集合無意識の八次元世界をも認識し、禁忌教典を手にする体験。
魔術師であれば誰もが目指す極地であり、あまりの幸福感から並大抵の者ならば現実に戻ることすら叶わずに廃人となる。
確かに、シュバルゴも体験し、涙した。
無限の叡智と幸福を捨て去りたくないとさえ思った。
だが、しかし。
それでも、シュバルゴが現実に戻ってこれたのは。
どれだけの叡智を持っていようとも、魔術師としての幸福がそこにあろうとも。
人生のパートナーと出会い、人としての幸せを享受したい。
思えば、シュバルゴの結婚願望の芽生えは、神秘体験を経てからだった。
そして三十路近くなってようやく、年の差はあれど、好きだと想う、護りたいと思える人と出会ったのだ。
だから。
「後悔などしていないとも。オレにはもう、外道でいる理由はなくなったからな」
「……へぇ?よっぽどの心境の変化のようだね。僕としては、【
不気味な笑みを浮かべて、フェロードは踵を返す。
「今回は確認だけで済ませるよ、シュバルゴ。君とはそう遠くない未来でぶつかると思うけれど、それまでに死んでいないことを祈っているよ」
「フン。ルミアは貴様らには渡さん」
この時点を以て、【堕ちた剣】シュバルゴ=モータナスの天の智慧研究会の脱退が明確に決定的となった。
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「にしても、久々に聞いたな……【堕ちた剣】」
「オレの家は代々王室親衛隊のエリートを輩出してきた名家だったからな。そんな名家の子が外道に堕ちたことからその名が広まっただけの事だ」
全てが片付き、アルフォネア邸へと帰る道中でグレンが話題に出したのは、シュバルゴの外道魔術師としての異名。
最も、兄弟と比べて剣の才能がなかったために、シュバルゴはこの異名は自分には相応しくないと思っているが。
「研究会から足を洗った今、異名も変えていったほうがいいんじゃないっすか?」
【堕ちた剣】という異名について考えていたら、いきなりホークがそんなことを言い出した。
確かに外道魔術師としての自分と決別した今、この異名を今後も呼ばれ続けるのは遠慮したいが、だからといって新しい異名が欲しい訳では無い。
だが、何やらグレンとホークの目がキュピーンと擬音がつきそうなくらい光っているように見えた。
「良いじゃねぇか!俺らでお前の異名、作ってやるよ!」
「何……?」
「いいっすね!うーん、例えば、ロリコン王とかどうっすか?小さい女の子に恋をしちゃったことと、偉そうな態度な師匠にピッタリだと思うんっすけど」
「馬鹿か、こんな奴に王なんて称号与えんじゃねえよ!ロリコン伯爵で十分だ、十分!」
「おい、貴様ら……」
好き勝手ふざける二人に対する怒りから、額に青筋が浮かぶシュバルゴだが、ルミアを背負っているために反撃に移れない。
身体を震わせながら二人の煽りを耐えていると、疲れからか眠っているルミアの寝言が飛び出した。
「い、いや……すて、ないで……」
ピタリと止むバカ騒ぎ。
ルミアの一言によって凍りついた場を動かしたのはシュバルゴだった。
「……フン、貴様はオレが護る。絶対に、一人にはさせぬ。今は、安心して眠るがいい」
片腕でルミアを背負い、もう片方の手でルミアの手を握る。
しばらくして苦しそうだった寝顔は柔らかくなっていき……。
「お、とう……さん……」
最後にそう言って、深い眠りに入っていった。
しばらくの間は沈黙していたバカ二人だったが、ルミアのお父さん発言と、シュバルゴの得意魔術が気配遮断に特化していることから、新たな異名が【影父】に決定した事は余談である。
#
「シュバルゴ……本当に、君は予測できないな。予想外を起こされたのはこれで二度目だよ」
フェジテと帝都オルランドを結ぶ道のりの道中。
不気味な笑みを浮かべながら、【大導師】フェロード=ベリフは呟く。
「一度目は神秘体験の時。
呼んでもいないのに秘匿していたはずのアジトの一つを突き止めて【大導師】たる自分に会いに来たシュバルゴに対して、手っ取り早く廃人にして隠滅しようと【双生児の紋章】を使ったのにも関わらず、予測を裏切って現実に舞い戻ってきた。
まさか戻ってくるとは思っていなかったフェロードは彼に【魔将星】の資格があることを見抜いたが、下っ端である第一団【門】の魔術師がいきなり第三団【天位】に昇格するのは前代未聞。
とりあえず部下が欲しいと言っていたラザールの部下として第二団【地位】に昇格させた訳だが……。
「二度目に、研究会からの脱退。禁忌教典を手にする体験を経た上で、この時期になってからの脱退……。魔術師ならば喉から手が出る程焦がれ、無限大の幸福を得る体験は、シュバルゴも例に漏れず研究会に生涯忠誠を誓うくらいの衝撃を与えた筈。だと言うのに!」
それを上回る衝撃があったとでも言うのか。
シュバルゴは衝動的だった最初だけのみならず、時間を置いた今回すらフェロードを相手に脱退すると啖呵をきった。
「【
人として異常と言うよりは、興味深い者として特異。
シュバルゴのことを【特異個体】と命名したフェロードは、笑みを絶やすことなく歩き続けた。
神秘体験が第三団【天位】昇格の試練だというのは独自解釈です。
原作での天の智慧研究会内陣がどこからを指してるのかわからなかったので間違ってるかも。