キリシュタリア・ヴォ―ダイムの愉快な冒険   作:廓然大公

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第1話

夢を見ていた

 

 

 

それはどうしようもなく赤い風景だった。

全ての命が絶え、全ての願いが潰えていた。

誰の願いがかなうこともなく、誰の声が聞こえることもなく

ただ赤熱した地面と砕けたがれきだけが残る。

男は動くこともできずただその光景を眺めるだけ。

何かを成すことも

何かを遂げることも

そして何かを助けることもできない。

 

 

既にその体はなく、味覚はなく、触覚はなく、嗅覚はなく、視覚はなく

ただその地獄を知るだけ。

崩れ去ったそこにいるのはよく見知った顔たち、見知ったと思っていた人たち。

今までそこにいた人たち

今はもうそこにいない人たち

誰も助けることなどできず

誰かを助けることなどできず

自分が助けられることもないその地獄。

 

私はただその光景を見つめていた。

 

 

けれど、そこには小さな人影が見える。

この地獄の前に吹けば飛びそうな小さな人影が見える

誰かを助けるにしてはあまりにも力が足りない

声を張り上げながら崩れた道を進む

手を取った、息をのむ

引きずりだした、歯を食いしばる

抱き寄せた、拳を握りこんだ

その小さい掌ではできることなどない

ありはしない

逃げるのが賢明だ

そうあるのが

だから

 

 

そして見つけた

無垢なる少女を

既に止まらんとしている少女を

出来ることなどなく、対応できるはずもなく、少女の死は決定的だった

けれど

それでも

彼女の手を握る少女は確かに小さく笑っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ、自覚あるのか、アンタ」

 

唐突な振動に目を覚ますと彼の眼前にあったのはくまの濃い白髪の青年だった。

 

「どうやらレイシフトは上手くいったらしい」

 

青年は彼の起床を確認すると気分を入れ替えるように小さく息を吐いた。彼の視界は暗く、右のほうから光の気配がする。あたりを見渡せばどうやらそこは小さな洞穴のようになっている場所らしい。元々は滝でもあったのだろうか縦長二十メートル程度の洞窟の中ごろに彼らは存在していた。彼は少しだけ不思議そうにあたりを眺めそしてようやく得心がいったように小さくつぶやいた。

 

「そうか、ここは私のベッドでは無かったな」

「お前ともあろうものが何を寝ぼけたことを言っているんだ、キリシュタリア・ヴォーダイム」

 

青年は彼のつぶやきを拾い上げると苦虫でもかみつぶしたように表情を歪ませ小さく舌打ちをした音が聞こえる。

 

「それが音に聞こえる天体科ホープの余裕ってやつかよ」

「何か言ったかな、カドック」

 

ぼそぼそと青年の口の中だけに響く言葉は彼に届くことはなく、わずかに向いた青年の視線に彼は問いかけた。

 

「なにも、それでとりあえず安全圏にはレイシフトできたが今後はどうするつもりだ」

「どうとは一体どういうことだ」

 

彼の答えに気分を害したのか青年は不愉快そうに彼を見ながら少し語気を強め言い放った。

 

 

 

「残された二人のマスターだけでどうやってこの第一特異点を攻略するかってことだろうが」

 

 

 

 極小の地球環境モデル・カルデアスと近未来観測レンズ・シバ、そして霊子演算装置・トリスメギストスを用いて人類の未来における繁栄を観測し、人類の生存を保証する国連直轄の天文台、人理保証機関カルデア。その彼らが発見したのは2016年以降唐突に人理の灯が消えること、それはすなわち人類の滅亡を表していた。事態を重く見たカルデアは過去へと調査隊を送りその原因を究明するというレイシフトを実行することを決断した。

 しかし、カルデア技術顧問であったレフライノールの離反によってレイシフト中であった多くの調査隊は爆発に巻き込まれ生死の境に陥ることとなる。そんな状況の中、カルデア以外の人類が焼却され、人類が滅亡したという一報が入る。人理焼却の原因を究明し、解決するために調査隊の中、奇跡的に生き残った二人のマスターが人類史に発見された本来とは異なった事象が起こったとされる特異点へと調査に赴くこととなった。

 

 

「それで今回がその一つ目、1431年のフランスだ。本来なら英仏百年戦争の真っ只中、彼のジャンヌ・ダルクが火にくべられたあたりだろう」

「良く知っているな、カドックは。流石勉強家といったところだろうな」

「歴史もない家には知識だけが頼りなんでな」

 

青年は手にした端末をいじるとそれにもまた小さく舌打ちをしながら彼のほうへと視線を上げた。

 

「やはりここではカルデアとの通信は取れない。当初の目的通りどこかのレイラインに拠点でも設置しない限り交信は難しそうだ」

「仕方ない、差し当たって行うべきはやはりレイラインの確保とはぐれサーヴァントの発見と交渉といったところか」

 

 人類の滅亡を防ぐために人類の統合無意識である抑止力によってマスターを持たないカルデア側のサーヴァントが特異点発生のカウンターとしてはぐれサーヴァントとして召喚されているはずだった。彼らがいなければ如何に強大な魔術師といえども英霊との戦闘など戦車に棒切れで立ち向かうほどの物といえる。

 

「それはそうとカドック、君はその恰好で行くのかい」

「仕方ないだろうこれしかないんだから、むしろなんでお前はそんないつもの格好なんだ」

 

彼の服装はいつものよう白を基調とした儀礼服のような細かな意匠の凝らされた服装をしているが探索に向けたのか、丈が長いトレンチコートのような上着を羽織っている。一方青年は彼と同じく白を基調として入るものの近未来的なラインと体の輪郭がはっきりとわかる全身タイツのような服装、正式名称としてはカルデア戦闘服、15世紀のフランスにしてはいささか時代の最先端を走りすぎているようにも思える。

 

「むしろなんでお前はこれじゃないんだ。レイシフトのコフィンに入る前はお前もこれだったじゃないか。いつ着替えたんだよ」

「こんなこともあろうかとダヴィンチ女子にお願いして設定しておいてもらったのだよ。もちろんカドックお前の分もある。着るといい」

 

どこからか彼の取り出した服を広げてみると彼の物と似たようなデザインながらも動きやすく作られているのか彼ほどの堅苦しさは見られない、どこかカルデアの制服をイメージさせるようなものだった。

 

「主人と従者に見えるんだが」

「私のと変えてもいいぞ、背格好もさほど変わらないしな」

「脱ごうとするな、変質者かお前は、まったく」

 

青年はそう言いながらもその服に袖を通すと小さく動きの確認を行う。

 

「着替え終わったぞ」

 

彼は青年の姿を確認し小さく頷いた。

 

「それではカドック、今この洞窟を出れば我々二人だけの人理修復の旅が始まる。全人類の生存は我々二人の双肩にかかっている、準備はいいな」

「ゼムルプスだ。お前に比べれば吹けば飛ぶような家名だがな」

 

彼はその言葉に小さく笑みを湛えた。

 

「それでは行こうか、カドック・ゼムルプス」

 

二つの足音が光の中へと一歩、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

そして、彼らを迎えたのは耳をつんざくような異形の轟音だった。

 

 

「なんだあれは」

 

耳鳴りを抑えながら目を開いた青年の眼下に広がっているのは地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。

城壁の前に展開された戦線、しかしそれはすでに前線などと呼ぶことができるほどの力を持ってはいない。そのほとんどが裂け、崩れ、そして焼け焦げていく。戦時の将校だったのかもしれない、老練なる指揮官だったのかもしれない、初陣なる若い新兵だったのかもしれない。そのどれもが木っ端のように食い破られていく。潰されていく。どれだけ訓練を重ねたとしても、経験を積んだとしても届くことのない英雄への道、打倒すべき邪悪の化身、英雄たる竜殺し。

彼らの眼前に迫るは焦がれたように黒いうろこを持った巨大な邪龍の姿。そして空に広がるのは彼らを照らす久遠なる光の環。

その光景全てが人類史に刻まれることのない在りうべからざる光景に違いなかった。

 

 

 

「ドラゴン、手持ちの装備でどうにかできる相手かよ、しょっぱなからナイトメアじゃないかっ、カルデア、応答しろカルデアっ」

 

洞窟のある高台から崖下の城壁まで一キロメートルもなく、幻想種にとってその程度の距離はあって無いようなもの。青年は岩陰に隠れると手にした端末へと怒鳴りかける。

 

「そういえば君はロックをたしなむと聞いたのだがあっているかね」

「そうだけど、こんな時になんだよっ、状況を観ろよっ」

 

彼は令呪の刻まれた手で軽く袖をまくり上げながら上機嫌で言い放った。

 

「いいやね、それならいいんだ。ただこの先ちょっとハードでロックな展開になるから、それが君の好みに合うならうれしいことだからね」

 

そういって彼は軽く一歩を踏み出す。

崖の切っ先に立っていた彼の前に地面などなく、もちろん踏み出した先につける土などない。それはつまり

 

「ヴォーダイムッ!?」

 

青年が見たのは優雅なる立ち姿のまま崖下へと落ちていく白い人影だった。

 

「何やってんだ、あの貴族様はっ」

 

崖から身を乗り出し彼の行く先へと目を向ける。一直線にあの邪龍へと向かていることは明白だった。

 

「ノブレスオブリージュってやつかよっ、馬鹿がっ」

 

『  ドッ   きこ る  カ   』

 

砂荒らし交じりで通信機から聞こえてきたのは所長代理であるロマニ・アーキマンの声。ドラゴンの怒声の中彼は乱暴に頭を掻き毟ると怒鳴りつけるように通信機へと握りこんだ。

 

「こちらオルレアンのカドック・ゼムルプス、龍種と交戦する現地民を発見、救助のためドラゴンとの交戦に入るっ」

 

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