キリシュタリア・ヴォ―ダイムの愉快な冒険   作:廓然大公

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第4話

 二日の後、二人の姿はウォークルールの中心部から少し離れた街道にあった。

街の往来は絶えず、町のあちらこちらには多くはないながらも露店の姿も見える。

 

「戦争中だってのに案外町は普通に動いてるんだな」

「戦争なんてものは大体が誰が支配者となるかの小競り合いだ。街を焼かれなければ、生活に影響がなければ対岸の火事に過ぎないよ」

 

あたりを見ても建物にはそこまでの損傷は見られず、またどうやら魔女の襲撃があったようにも見えない。人々が行き交う町、普通の風景らしい。

 

「というかなんでお前はいつの間にか果物とか買ってるんだよ、お金はどうした」

「カルデアから持ってきたに決まっているだろう、なんだオレンジか、オレンジが欲しいのか、仕方ないなカドックは、はい」

 

差し出されたオレンジをまんじりともせずに見つめる青年とは対照的に晴れやかに街を行く彼の背中。

 

「それにしてもはぐれサーヴァントっていうのはなかなかいないものだな」

「そんな野良犬でも探すみたいにして人類の英霊がいてたまるか。大体、お前の予想だってあっているかはわからないんだろうが」

 

黒き魔女があらわれてそれに呼応するかのように白き聖女が現れた。本来人類存亡にかかわるような重大事に関しては人類の統合無意識となる抑止力が働き、その滅亡を回避するような方向へと舵を着る。白き聖女が黒き魔女のカウンターとして召喚されたのならばあの竜に対してもそれに相対するような何かが召喚されていたとしても不思議はない。問題はこの人理焼却が行われた世界で抑止力がどれだけ働いてくれているかということだった。

 

「それに何も彼女と別行動することもないだろうに。いかにお前だといっても英霊との相対は一人では厳しいだろう」

「しかし、手分けして探すにはこれが最もいい選択だろう。均等な分配、キリシュタリア、名采配」

 

彼の顔に青年は大きくため息をつきながら地図を確認した。

 

「レンヌのあたりからパリを抜けて、今ウォークルール近く、付近の町も見て回ったけど英霊の噂なんて一つも聞きゃしなかったぞ」

「ボルドーのほうからティエールに向かって反時計回りをしているジャンヌのほうはマリーアントワネットとモーツァルトと合流したという話だから戦火としてはなかなかじゃないか」

「何が名采配だ、あっち英霊三人でこっちただの魔術師二人って圧倒的にあっちが戦力過多じゃないか。それに、もし今の状態であいつに襲われでもしたらどうするんだよ、お前はあの転移の魔術が使えるからいいかもしれないが」

「そうだ、カドック、ちょっとお勉強の時間だ」

 

南中の空の下、小さな石畳の広場に置かれたベンチに腰を下ろし、硬いフランスパンとチーズを食べながら、彼はいつの間にか取り出した眼鏡をかけながら青年に問いかけた。

 

「魔術の下となるものはなんだ」

「馬鹿にしているのか」

「大事なことさ」

 

青年は少し不服そうに答える。

 

「そりゃ神秘じゃないのか、秘されたもの、未知なもの、神の御業というのは聖堂協会に睨まれそうだが」

「そう、神秘だ。さらに言えば魔術基盤だ」

 

存在は知っているがなぜそうなるのか、どうしてそうなるのかわからない。それは奇跡と呼ばれ、それを奇跡と呼ぶものが増えれば増えるほどその神秘への信仰は高まり、それの大きさを増す。そのルールを魔術基盤と呼びそのルールに従うことで魔術師は魔術を起こすことができる。

 

「我々はその基盤の下に魔術を行使することができる。逆に言えばその基盤が無ければ魔術を行使することはできない」

 

彼はそういうと傍らに置いていた魔杖を引き寄せた。

 

「例えば私の扱うような天体魔術もまた古来からある魔術の一つ、夜空に輝く星たちへの神秘を基盤として構成された魔術だ。この杖の意匠も実は天球儀になっていてその発動を助けてくれる」

「つまり何がいいたいんだよ」

「さて、そこで今我々の上空にはいったい何があるかな」

「そりゃ空に決まってるじゃないか、お前の領分」

 

青年は気が付いたように愕然としながら、同時に睨みつけるように彼の言葉を待った。

 

「そう、私と空の間に浮かんでいるのはすべてをかき乱すように輝く光の環、つまり」

 

彼は舌を出してへっと笑いながら言った。

 

 

「ワターシ、イマ、マジュツ、ツカエマセ―ン」

 

 

 

 

 

 

「なんでそれを早く言わなかったっ、なんでジャンヌダルクと別れるとか言い出したっ、なんで雑談がてら言いやがったっ、そのえせ外国人口調はなんだぁっ」

 

青年は彼の襟をつかみ上げ目にもとまらぬ速さで揺さぶった。彼のポケットからは現代フランスのガイドブックやカメラが出てくるだけだった。

 

「よ、よく噛まなかったな、カドック」

「観光気分かよ、って言ってる場合かぁっ」

「あふん」

 

びたん、と地面にたたきつけられた彼は取り出した目薬を差すと目を赤くし、涙をこぼし始めた。

 

「お母さんカドックをそんな子に育てた覚えはありませんよっ」

「泣くならせめてその目薬を隠せっ」

 

荒く呼吸する青年に満足したのか彼は服についた誇りを払い落とすとさっぱりしたような顔で立ち上がった。

 

「まぁまったく魔術が使えないわけではないのだ。普通の身体強化とかその程度の基礎的なものなら使える。この前やったみたいな強制転移とか火勢の消失とかをとっさにやるならあと一回しかできない」

「むしろなんであと一回なんだよ」

「あれは令呪でブーストをかけたんだ、だからあと一回しか使えない」

 

彼に右手には確かにすでに二つの令呪が消え赤い痣となり下がっている。

 

「つまり、基礎魔術しか使えないと」

「理解が早い、さすがカドックだ」

 

微笑む彼の表情に青年は空へと雄たけびを上げ、そして大きなため息をついた。そしてひとつ顔をたたくと青年は言った。

 

「とにかくジャンヌとの合流場所へ向かうことが最優先事項だ」

「サーヴァントは探さないのか」

「優先順位の問題だ、僕たちはここで死ぬわけにはいかない」

「さすがカドック、分かっているじゃないか。さすカド」

「馬鹿にしてんのか」

「していない、していない、つまりバナナはおやつには入らないということだな」

「そんな話はしていない、第一この時代のフランスにバナナ何ぞあるものか」

「ないのか、テルマエロマエで食べてたのに」

「なんでそんな細かいところ覚えてるんだよ、ねーよ、バナナ。バナナねーよローマに。そんなに食べたきゃバナナワニ園に行けよ」

「お、よく知ってるなカドック。やっぱりあの映画は準日本人なのにあそこまでローマを意識させるあのキャスティングこそが味噌だったと思うんだよ」

「ちがう、テルマエロマエの話じゃない、バナナから飛びすぎだ、ローマから戻って来い、いいやバナナも飛びすぎだ、ここフランスだっての」

青年は血が上ったように顔を赤くしながら一気にまくしたてる。新鮮な息をすように大きく深呼吸すると目の前にはしたり顔でサムズアップをする彼の姿が映った。カラカラと笑う彼に青年は苛立ったように頭を掻き毟る。

「ああもう、今までのお前と解離しそうだよ」

「人は多面的だということだよ、カドック。多分私は八面体くらい」

「その子器用さならその程度じゃ収まらなさそうだな」

「だからビーム出せる」

「ラミエルじゃないか」

「貴方は死なないわ、私が守るもの」

「言いたいだけだろう、むしろお前が狙い撃つ側だ」

「私が死んでも変わりがいるもの」

「いないだろうが、人類史最後のマスターだろうが、人造人間じゃないだろうが」

「流石の突っ込みだな、聞いていただけこのことはある。流石カドック、さすカド」

「一周回って元に戻ってるじゃないか、馬鹿にしてんのか」

 

大きなため息をつく青年を前に彼は快活に笑った。

 

 

 

 

「あら、もう余興はおしまいなのね、悪くはなかったのに残念ね」

 

 

 

 

そしてm聞こえたのは女の声だった。

耳元でささやくような、甘く、深い、声。

その声に彼らは走り出した。

その声の主を探すこともなく、探す必要もなく、ただ現れた魔力の塊から距離をとるために。

しかし、すでにあたりは薄暗く囲われていく。逃げることは叶わない。

 

 

「聞いていた通り、生きはいいのね。あなたたち」

「歓談を求めにいらっしゃたというわけでは無いようですね。マダム」

 

ようやく立ち止まった彼らの正面に立っていたのは一人の女だった。仮面を被りドレスのような拘束衣のような煽情的な出で立ち。しかし。

 

「ええ、あなたたちでも悪くはなさそうだとも思ったのだけれど、生憎と今のマスターはそれだけじゃすまないっていうの」

 

だから

 

「ここで摘み取られてちょうだい」

 

それは獲物を狙う異形の瞳だった。

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