懐玉―慧眼の呪   作:hrd

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弐 護衛任務一日目

 主従というほど敬意はなく、相棒というほど信頼はない。友といえるほど友情もなく、互いを縛る呪い(モノ)は何もない。

 

 

 

 夏油傑は優しい。その心は柔らかく、スプーンを突っ込めば簡単に抉れる。

 五条悟、三条河原覚、家入硝子という面倒くさい人間の面倒を見ている夏油は、通常の人間よりも面倒見が良く相手を思いやる人間だ。

 周りをよく観察し、相手が欲するものを察する。

 小まめに周りを見て手助けすることを夏油は自然と身につけていた。夏油本来の性格もあるが非術師の家庭で生まれ育ったことも多大に影響している。

 呪霊を視認することができない人間を呪霊からそっと遠ざける。その積み重ねが夏油の観察眼を成長させ、庇護欲を面倒見のよさへと助長させた。

 高専に入り、優秀ながらもどこか幼く浮世離れしたクラスメイト達は夏油の庇護欲を刺激し続けた。

 

 ──悟達の方にもいるだろうな。

 

 夏油は、靴を履いたままソファーに足をあげて携帯電話を触る。

 

「ごめんて! マジごめん!! この件から手を引く!! 呪詛師もやめる!! もちろん『Q』もだ!!」

 

 携帯電話がメールを受信し、指がメールボタンを押す。

 

 ──チューしよ。チューしよーよ、ねぇチュー。

 

 キノコの胞子を模した呪霊に拘束されてキスを迫られているQ構成員の絶叫を環境音に、夏油は画面に向かって微笑んだ。

 

「そうだ!! 田舎に帰って米を作ろう!! おい! 聞こえてるだろ?!」

 

 指先はメールを返すためにボタンを押し続けている。

 

「聞こえてるだろ!!」

 

 聞こえねぇなと言うように、夏油は片眉を上げて耳に手を当てた。呪詛師風情が自然を相手になめてんじゃねえぞと中指を立てながら五条にメールを送信する。

 

「呪詛師に農家が務まるかよ」

「聞こえてんじゃん!! 学生風情がナメやがって……!! だがな!! ここにはアルトさんとバイエルさんが来ている!! 『Q』の最強戦力にして最狂コンビだ!! オマエもそいつらも──」

 

「ねぇ」鋭利な声が男の声を断つ。その表情は軽いが放つ空気は重い。

 

「そのソーセージみたいなコンビってコレ?」

 

 獣が絶命する獲物をじっと見届けるように、夏油は切れ長の瞳をより細くして自身の携帯電話を向けた。

 ぐいっと出された画面に、男は目の焦点を合わせる。

 画面には、呪術界ではその名を知らない者はいないとされる五条悟と三条河原覚のピースした写真が映し出されていた。

 

「違う違う、その奥」

「え?」

 

 少年達の奥に男と同じデザインの服を着た二人組が逆さに吊るされている。

 ドッドッドッドと心臓の音が耳元で聞こえる。

 男は目を見開き、画面に顔を近づけた。画像を何度も見直し、Q史上最強コンビの無惨な姿に言葉を失う。

 このコンビはQ最強戦力で、本当に強い人達で……。

 心が読めなくとも男の表情から思考が手に取るように分かる。

 

「ねぇ、どうなの」

 

 追い打ちをかけるように、夏油は柔らかく声を立てた。その瞳は厭らしく細められている。

 

「……この人達ですね」

 

 停止した男の脳は質問に答えるという陳腐な答えしか用意できなかった。認めた途端、言葉が音となって停止した脳をギイギイと動かし始める。次第に恐怖がどっと押し寄せ、男の瞳は揺れた。全身から脂汗が噴き出て喉が渇く。

 あの最強コンビがやられたら俺は……俺はどうなる? 

 

「ねぇ、どうする?」

 

 切れ長の瞳を細めて嗤う姿に、ぞわりと全身が震えた。

 誰か、助けに来てくれ。

 一抹の望みを抱きドアを見るが窮地を救うヒーローは現れない。

 夏油は優しい。だがそれは自分が認めた保護下にのみ適応される。

 それからの夏油は容赦がなかった。

 

 

 

 京都の三条河原と六条河原の川べりは、平安時代から江戸時代末期にかけて処刑場であった。

 多くの人がそこで処刑され、首を晒された。故にそこは血に塗れ怨念が籠る場所だ。

 そんな不吉な地名を家名に掲げる三条河原家は処刑人の一族である。現在は家のごく一部の者がそれを継承し、宗家のために血に塗れて怨念を背負っている。従って、次期当主である覚にとって五条悟は守護の対象である。

 

 呪いを視認できる高専関係者、窓が呪詛師を回収するまでの間、覚は呪詛師の見張りを五条に押し付けてホテルに入った。

 柔らかな絨毯敷の廊下を静寂に歩いていく。靴の音を吸収する程厚い絨毯であるが、この嫌に静かな空間は覚の技巧によるものであった。

 一歩、また一歩とよくないモノが音もなく部屋に近づく。

 ガチャリという音に、呪詛師はドアに目を向けたが、その瞳は希望から絶望へと瞬時に落ちた。

 

「悟は?」

「ゴミ出し押しつけたわ。窓がすぐ回収しに来るから直に上がってくるやろ。代わりにこっちのゴミもらってくわ」

 

 ドアが閉まると同時に闇よりも暗い目が男を見つめる。スキャンして情報を読み取るように、覚は外見から男を分析していった。

 盤星教、黒髪の男の情報を入手し未来を変える。そのためには変革の一手を打たなければならない。縛りによって未来の情報を共有することができない覚には、未来視から逸脱した今の行動を五条と夏油に見られたくはなかった。

 処刑人が罪人を引きずり歩く様に、覚は男を引きずりながら廊下を進む。その姿は正に三条河原の看板に相応しい。

 数時間後、Qは最高戦力の離脱(リタイヤ)および拠点を襲撃され組織は壊滅した。

 

 

 

 

 

 平日朝の競艇場は意外にも人がいる。純粋に賭けを楽しむ者、目当ての選手を見る者、ボートが好きな者、カメラの腕を上げる者など目的は多種多様だ。

 その中の一人として、伏黒甚爾(ふじぐろとうじ)は賭けに勤しんでいた。前列のベンチに脚を置き、賭けたボートに視線を送る。ダボついた黒いスウェットの上下は彼のだらしなさを助長しているが身体は細く筋骨隆々でだらしなさからは程遠い。黒髪に猫目の幼気な顔には口元に古傷があるが誰もが頷く麗人だ。

 レース序盤、伏黒が賭けたボートは二位に位置していた。コース取りは良く、首位ボートに水や風の抵抗を任せて鳴りを潜めている。

 

「急にいなくなったと思ったら何してんだよ」

「金を増やしてんのさ」

「オマエが勝ってんのみたことねーよ」

 

 仕立ての良い黒いスーツを着た男が伏黒に向かって歩いてくる。

 黒の短髪に口髭、細く鋭利な目つきは体格の良さを合わせてとても堅気には見えないが、男が纏う雰囲気はどこか気安さがある。

 レース中盤、伏黒が賭けたボートは首位と競っていた。コーナーを回る度に水飛沫や波を立てるといった削る作戦が効いている。

 (コウ)時雨(シウ)は伏黒の隣に座り、仲介人らしく進捗を尋ねた。

 

「仕事はどうした?」

「うっぜぇなぁ人を無職みたいに言いやがって」

「無職だろ。仲介役として盤星教(クライアント)に仕事ぶりは報告しなきゃならんのよ」

「相手は五条と三条の(ぼう)だぞ。ノコノコ出ていった所でなんもできねーさ。まずはパシリと馬鹿共を使って削る。テメェこそ仕事しろよ」

「したわボケ。何考えてんだ手付金3000万全額手離すなんて。お前に依頼せずとも始めから賞金をということになるだろ」

「あっちには五条悟と三条河原覚がいるんだぞ。うん百年ぶりの六眼と無下限呪術の抱き合わせ、それに加えてうん百年ぶりの慧眼に草木呪術の抱き合わせが史上初同じ時代に五条家直下(三条とこ)に誕生。アイツらが近くにいる限り星漿体はまず殺せない。だから“削り”だよ。心配しなくても全額帰ってくるさ。このレースみてぇにな」

 

 レースは終盤に差し掛かっている。伏黒が賭けたボートは先頭を抜かし首位に躍り出た。

 行け! そのまま行け! 

 周りの人間は声を上げ、握る券に力が籠る。

 一位と二位のボートは競っている。横一列に並び最後の直線距離を激走する。

 結果を見逃すまいと伏黒も思わず首を伸ばす。

 ゴール直前、伏黒が賭けたボートは波に躓き船体が僅かに跳ね上がる。跳ねた分、船体が宙に浮かび水の上を走らず減速する。

 ゴールを先に切ったのは賭けていない方のボートだった。

 期待を抱いた分落胆が激しい。賭けに勝った奴らの歓声がうるさい。伏黒は恨めしい気持ちを込めてグシャリと券を握りつぶした。

 

「……。とりあえず馬鹿共とパシリには賞金のかかっている残り47時間、アイツらの周りの術師と本人たちの神経を削ってもらう。もちろん星漿体は殺せねぇからタダ働きだ」

「オメェは楽して稼ぐの向いてねぇよ。だが、時間を設けたのはよかったな。呪詛師の集まりがスムーズだ」

「よろしく頼むぜ”術師殺し”」──ちゃんと仕事しろよ。

 

 含みをもたせて孔は立ち上がり、伏黒を見下ろした。賭けに負け、口うるさく忠告された伏黒は幼い子供の様に口を尖らせて反抗している。そんな幼い態度に孔は彼の息子を思い出した。最後に様子を聞いたのは随分前だ。

 

「ああ、そうだ。恵は元気か?」

「……誰だっけ」

 

 子供の存在を本気で忘れている伏黒に孔は変わったなと認識を改める。

 両者ビジネスライクで相手の事情に深く関わることはしない。伏黒がどんなに変わろうとも実力は申し分なく、そこに信頼関係は存在する。

 依頼さえ完遂すれば孔は何も言わない。

 

 

 

 

 

「後処理、頼んます」

 

 三条河原家出身の窓に手を振りながら、覚は連行される呪詛師を見送った。星漿体と五条悟に手を出した以上、行きつく先は決まっている。楽に死ねれば最高で、呪霊に喰われるのはマシな方。呪術師の実験体となれば悲惨で、それよりも酷な死に様は多数ある。

 死刑となる呪詛師の末路など興味はない。

 突出した呪術の才能もなく、自身の生きる世界を選択できる人間が呪術師(地獄)を選んだ時点で望む死に様は得られない。地獄の深淵を見続け、蜘蛛の糸を掴まない限り落ち続ける。それに耐える者、耐えられない者と篩をかけられ、耐えて進み続けた者にのみ地獄の先を見ることができる。希望か、更なる地獄か。それは歩みを止めなかった者にしかわからない。

 

 覚が呪詛師から得られた盤星教の情報は一つだけだった。

『盤星教は凄腕の術師殺しを雇うらしい』だからこそQは急いで星漿体を襲撃しに来た。

 凄腕の術師殺しについて何度も問いかけたが、素性を明かす情報は得られなかった。それは『術師殺し』という名前が透明人間の様に独り歩きしているのか、相当な手練れ故の目撃情報がないのか、『術師殺し』を管理する仲介人が敏腕であり情報管理を徹底しているのか。推測される事柄は多いが絞り込む要素はあまりにも少ない。

 

 ──情報通の奴か検索能力が高い奴が身近に欲しいな。

 

 そう思いながら覚は家入に電話をかけた。

 

 

 

 夏油の居る部屋に戻ると、五条が年端も行かない少女、星漿体の天内理子を抱き上げていた。

 

「……おまわりさーん! こっこでーす! こっここっこー!!」

「ちげぇわ!! やめろ!!」

「で、自分ら何しとん?」

「彼女がなかなか起きないからね。ベッドに運ぼうと思って」

「それか覚、仙豆ちょーだい」

「しゃーないな、一粒だけやで」

「マジあんの?!」

「んなわけあるか。鼻にミントでも詰めとけ」

「いや、さすがにそれは……」

「病院つれてく?」

「硝子がいればね……。覚、仙豆とミント以外で何か良いのないか?」

「……お茶でも淹れてくるわ」

「あいつ逃げやがったな」

 

「いらんのなら悟のは淹れへん」挑発的に、やや小馬鹿にして覚は電子ケトルに水を注ぐ。「いるに決まってんだろ!!」五条の大声に覚は笑みをこぼし、ティーカップを5つ取り出した。

 

 覚の未来視では、この後天内は目を覚まして学校へ行く。その間に闇サイトにて3000万円の懸賞金がかけられ呪詛師に襲撃される。天内の要望により校内での護衛は禁止とされることから初動が遅れ呪詛師との戦闘は免れない。覚と夏油は天内の保護に向かう途中に呪詛師と戦闘し、五条は天内を保護した後別の呪詛師と交戦する。夏油、覚はその後五条の元へ駆けつけるがそれにより天内の使用人、黒井が盤星教に拉致され取引交換場所に沖縄が指定される。

 

 覚は呪式でカモミールを生み出し、打ち首の如く花を落とした。ポットに花を入れてお湯を注ぎ、抽出の間に隠し味として天内のティーカップに睡眠薬を入れる。

 例え天内が目を覚ましたとしても、再び眠りにつけば学校に行くことはない。高専で保護すれば襲撃されることも黒井が拉致されることも沖縄へ行くこともない。

 あの胸糞悪い未来は訪れない。

 お盆の上にティーカップを置き、覚は抽出し終えたカモミールティーを注ぐ。

 バチンと肌を叩く音が部屋に響き、天内の目覚めを知らせた。

 

「下衆め! (わらわ)を殺したくばまずは貴様から死んでみせよ!!」

 

 殺す前に死んどるやないか。

 心の中でツッコミながらお盆の上にカップを置いていく。

「ぃいやー!! 不敬ぞー!!」うるさい天内の声が部屋に響き、覚の機嫌も悪くなる。

 不敬も何も人形みたいにただ利用されるためだけに生きてきた人間が偉そうに喚いてんなや。

 

 ──呪骸の方がまだましだな。

 

 幼い頃に言われた言葉が頭に響く。

 利用されるのは嫌だ。誰かのために害されるのは最悪だ。人のために死ぬなんて死んでも嫌だ。自分が良ければそれでいい。幸せであればそれでいい。

 慧眼、五条家直下、三条河原というだけで寄ってくる者もいれば攻撃してく者もいる。権力があれば腐敗が生じる。プライドばかり肥大した上層部は覚や五条を利用しようと画策している。

 だからこそ覚は呪術界(この世界)で闘うと決めた。持てるもの全てを使って上に上り詰め、自由と引き換えに権力を握る。

 自分を守り、五条を守る。上の席に座る者を引きずり降ろしてその座に就き、更に上を目指す。

 第二の天内理子になるなんて以ての外だ。

 

「天元様は妾で妾は天元様なのだ!! 貴様らのように“同化”と“死”を混同している輩がおるがそれは大きな間違いじゃ。同化により妾は天元様になるが天元様もまた妾となる!! 妾の意志!! 心!! 魂は同化後も生き続ける!!」

「元気やな。さすが洗脳済み(星漿体の鏡)やな」

 

 ──ホンマ、反吐が出る。

 

 覚は三人の元へカップを運んだ。

 体も意志も心も魂も同化後に生き続けられるわけが無い。分かりやすい例は食事だ。食べた物は血肉となり同化するがその意志や心、魂は混ざり合い生き続けることはない。ただ栄養として取り込まれるだけだ。

 だからこそ夜蛾は抹消と言った。世界のために人を一人消すからだ。

 皮肉を込めて大演説に拍手をし、覚は天内にティーカップを差し出した。

 

「打ち解けたようでなによりやわ。一先ずカモミールティーでも飲んで落ち着かへん?」

「妾が得体の知れない奴が淹れたものを飲むわけがなかろう!! 大体お前は言ってることと思ってることが違ってそうじゃ! 胡散臭いんじゃ!!」

 

 時が止まり、頭の中でぴしりと音が鳴る。笑いを耐える五条と夏油の視線が覚をより一層不愉快にさせた。

 この(アマ)ァ、と開ききった瞳孔を携えて生意気な少女の頬を抓り上げる。

 

「痛いんじゃ―! こやつら不敬じゃー!」

「おっおやめ下さい!!」

「黒井!!」

「お嬢様、その方達は味方です」

「黒井さんもそう言うてはるやろ?」

 

 近づく目は未だ瞳孔が開いており、天内は生まれたばかりの小型草食動物となる。

 友好を示すにはどうすればいいか。

 生存本能が視線をさ迷わせ活路を探す。天内は輝くティーカップが目に留まった。これを飲むことが恭順の証とばかりに手を伸ばす。

 

「お前が俺より先に飲むなんて10年早ぇわ」

 

 天内がカップを掴むよりも速く五条はカップを持ち上げた。五条はそれに口を着け、覚を咎めるように見た。

 

「うっわ、クッソまずっ!! なにこれ甘くねぇじゃねぇかゲロまず!! オッエー」

「失礼なやっちゃなぁ!」

 

「吐いてくる」そう言った時には五条の姿は無く、部屋の奥から水が流れる音が聞こえ始める。

 星漿体に薬を盛ることは大罪だ。それが例え星漿体の身を護る事であったとしても証明できなければ刑に処される。

 五条と覚は幼い頃から誘拐や暗殺について経験が豊富だ。故に覚の計画を五条は悟った。天内からカップを奪い、確認として口に含む。覚が毒を入れていないと分かっていながらも五条は天内の薬物摂取を事前に防いだ。

「あ、あの……」眉を下げた天内が覚を見る。

 

「妾はたとえまずくとも出されたものは食すよう努力するぞ」

「君もクッソ失礼やなぁ!」

 

 覚は天内の頬を引っ張りながら代わりのティーカップを差し出した。

 

 

 

 

 

 ──「学校内での護衛は不要じゃ!! 皆の前に顔を見せるでない!!」

 あまりにも身勝手な主張に五条と覚は青筋を立てた。

 

 

 天内理子が通う廉直女学院(れんちょくじょがくいん)中等部は植物に溢れた学校だ。都会のど真ん中に位置するにもかかわらず木が多く植樹され季節の花々が学園を彩っている。

 植物は全て覚の配下だ。草木呪術は植物を使役し加護を与える。それ故植物がそこにあるだけで自身の式神が無条件に存在しているのと同じ状態だ。

 覚は学園一の大木に手を当てた。樹皮は厚く、生きている年月の長さに想いを馳せる木だ。大木に呪力を流し込み学園中の植物に拡張術式を施す。

 未来視通り、天内は登校を主張し、天元は覚達に彼女の要望を全て叶えるよう命令した。それは彼女の存在が二日後には消滅するが故の贖罪かもしれない。残り時間くらい好きにさせてやれ。そう言われているようにも感じたが、覚には何か見えない思惑が働いているように感じた。それが何かとはっきり掴めずに心の中をぐるぐると彷徨う。

 

付与した呪力(三条河原覚の残穢)以外の呪力を攻撃しろ』

 

 覚は植物に命令した。

 呪詛師は天内が登校した後、時間を空けずに襲撃に来る。それは学園(ここ)に来る前に飲んだカモミールティーが体外に排出されるまでに起きる予定だ。それを知っているのは覚だけであり、頭の中を開けて覗かない限り覚が情報を漏らすことはない。

 ザワリと風もないのに木が鳴いた。それと同時に遠くで術式の発動を感じた。

 覚は術式が発動した場所を目指して駆け出し、話が通じる人物に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 ──「傑、黒井さん頼んだ。彼女、利用価値あんで」

 

 

「はぁ?!」

 

 時を移して五条、夏油、黒井はプールサイドで待機していた。

 五条は電話相手に声を荒げ、天内の登校について抗議している。その声は次第に苛立ち、最終的には宙に向かって舌打した。

 

「ゆとり極まれりだな」

「そう言うな悟。ああは言っていたが同化後、彼女は天元様として高専最下層で結界の基となる。友人、家族、大切な人達とはもう会えなくなるんんだ。好きにさせよう。それが私たちの任務だ」

「理子様にご家族はおりません。幼い頃事故で……それ以来私がお世話してまいりました。ですからせめてご友人とは少しでも──」

「それじゃあアナタが家族だ」

 

 その言葉に黒井は泣きたくなった。心の底でずっと言われたかった言葉だった。

 黒井家は代々星漿体に使える家だが、黒井は一度それから逃げた。天元と同化して消える運命にある星漿体の世話など辛くてできなかった。

 正気の沙汰とは思えなかった。殺すために世話をしろと言われているのと同じだった。狂っているとしか思えなかった。

 そう思っていたのに、交通事故に合い憔悴している天内を見た時、黒井は星漿体や家のことなどどうでもよくなった。この子を支え、寂しい思いをさせたくないと心の底から強く思った。

 だからこそ夏油の言葉に救われた。世話役でなく家族になりたかった。

 

 ──私は理子様の家族だ。

 

 その思いに黒井の瞳がじわりと熱くなる。

 夏油と黒井のやり取りに、五条の荒んだ心も熱くる。

『家族』という言葉は不思議だ。その言葉を聞くだけで体の力が抜ける。それは五条が五条家(家族)から大事に育てられたこともある。

 五条にとって家族と友人は大切だ。だからこそ五条は、天内が友達に会いたがる気持ちを理解してしまった。口に出して言うことはないが五条にとって友達は特別だった。

 

「傑、ところで覚は?」

「さっき悟が電話してる時にトイレ行くって消えたよ」

「止めろよ」

「人の生理現象は止められないよ」

「ちっげぇわ!!」

「おっ落ちついてください」

「監視に出してる呪霊はまだ生きてるか? 多分もうすぐ襲撃されんぞ」

「? 何を……悟、急いで理子ちゃんのところへ。一体祓われた」

「さっそくかよ」

 

 三人は血相を変えて校舎に向かって走り出した。

 夏油は走りながら襲撃のタイミングがなぜ分かったのか五条に問いかける。

 

(アイツ)が自分の意志で俺らから離れた時、アイツは未来を変えようと必至こいてんだよ。で、アイツは今そこら中にトラップ仕掛けて殺り合ってるはずだ。天内の最新の居場所は覚がわかってる」

「訊きたいことは色々あるが、今は一つだけにしておく。覚の慧眼は約10秒先の未来をみる力じゃなかったか? そんな先の未来なんて──」

 

 ふーん、という関心の無い五条の相槌に夏油は自身の分析が間違ってたことに気づく。

 

「それ、アイツが自分の口で言った?」

「いや、私の推察だ」

「へぇ、傑まんまと騙されてんじゃん」

「どういうことだ?」

「覚はさ、自分の強さを偽んのが上手いんだよ。良く言えば自分の価値を理解してる」

「……まさかとは思うが、何時間も先の未来を視ることができるということか」

 

 ご明察、というように五条はパチンと指を鳴らした。

 

 

 

 

 

 パシリは泣いていた。学園に入った瞬間、生け垣が殺す勢いで襲ってきたからだ。

 

「何で自分を虐めんだよ!! 自分を虐めるなよ!!」

 

 パシリは戦闘が好きではない。自分は弱いと知ってるからだ。だからいつも強者に従い利用されて生きてきた。

 豪速で刺突してくる枝にパシリは火をつけたライターを投げつける。火は瞬く間に木々を蝕むように燃え上がるが、木々は命を燃やす勢いで攻撃し続ける。

 

「何で木のくせに強いんだよ。星漿体を殺る前に自分が殺られんじゃないかよ! バカヤロー!!」

 

 走った勢いのまま跳躍し、刺突してくる枝を呪具の刀で一閃する。着地と同時に拳銃を構え、木々に向かって発砲した。

 弾は木々に当たり、一帯の呪力を吸収する。

 呪力を根こそぎ奪われた木々は、動く原動力を失い、枝を伸ばすことなくぴたりと止まった。

 パシリは根元に落ちた弾を拾い、ホルダーの中へ仕舞う。新しく植物を使役できる弾が手に入りうっとりと顔が緩んむ。

 

「オイコラ自分どこいくねん。関係者以外立ち入り禁止なん知らんのか?」

「自分のこと? 関係あるある、大有りだよ。星漿体を殺さなきゃいけないから大有りなんだよ」

 

 瞬間、話しかけてきた少年は姿を消した。気がついた時には目の前に現れ、顔面を殴られ回し蹴りを食らう。

 体捌きが速く、細い体躯のわりに一撃が重い。

 怯んだ隙に背負い投げが入り、地面に叩きつけられる。間髪入れずに鳩尾を踏まれ、息が止まる。胴を踏まれ、浮いた頭を更に踏まれて体が地面に沈み込む。

 瞼を開けると、鋭利な枝が心臓を狙っていた。周りを見ると、少年と大樹が視界に入り、こいつの術式だと理解する。

 

「あのさぁ、弱い者イジメってよくないと思う。あと呪術師って普通呪術を使って攻撃してくるもんじゃないの?」

「あ゛あ? 普通に考えて殴った方が速いやろ。それに自分、他人の呪力を吸収するみたいやしな」

「あ、それ違う。誤解だよ。自分ができることは増幅であって吸収じゃない。術師の骨を核に作った弾をぶっ放すとその一撃だけそいつの術式が使えるんだ。で、さっきのは呪力を吸い取る野郎の骨を使った弾。術式を理解する程使いこなせるんだよね。自分の所有者は術師を殺す野郎なんだけど、みんな死ぬ前は必至だからさぁ術式を開示してくれるんだよ。攻撃力が上がるけど、それはクソが殺してくれるからその後の骨をもらって作ってるんだよね。だから自分は、骨にこびりついた呪力と術式を増幅させて使ってるだけなんだよ」

「で、術式を開示してそれをぶっ放すってか?」

「うん、だけど君にじゃない。君は強いからね。自分よりも弱いものにしか勝負しない主義なんだ。負けるのは嫌だからね」

 

 パシリは拳銃に手を伸ばした。引き金を引き、自身よりも呪力量が少ない木を一撃する。

しかし、それは叶わなかった。

 伸ばした腕は折られ、拳銃は木の根元まで飛ばされていた。

 あれ、なんでだ? 

 そう思って少年の顔を改めて見てパシリは理解した。

 

「ああ、君、慧眼の君か」

「お前には聞きたいことがあんねん。ちょっとツラ貸しや」

 

 良いとこの坊っちゃんのくせに、自分よりも口の悪い覚にパシリは顔を歪めた。

 そんな口の聞き方をしても殴られることなく生きてこられたのか。

 胸の奥からドロリとした黒い感情が湧き出て世の中の不平等について嘆く。そう思うのはこれまでの人生が家畜以下だったからだ。

 生まれた時から手足を縛られ海に沈められたような劣悪な環境で育った。そんな人間に対し、生まれと育ちが良い人間は『可哀想』と同情心を吐く。だがそれは現実だと心の底では思っていない。体感することがないからだ。恵まれている環境が彼らにとって当たり前だから簡単に薄っぺらい『可哀想』を吐く。単なる哀れみだ。

 世の中のバランスに納得がいかない。自分はそっち側の人間になりたかった。せめて術師の家庭に生まれたかった。そうすればこんな人生にはならなかったかもしれないのに。

 パシリは覚を見た。その目は鋭利で非人道的な光を帯びている。

 

「未来ってさ、見えていても対処できる事とできない事ってあるよね。例えば自然災害。地震とかさ、家具が倒れたり火事にならないようにとかそういう事前の対処はできるけれど地震の発生自体は阻止できない」

 

 パシリは動く片腕で弾をばら撒いた。

 

「身に余る事は阻止できない!」

 

 散乱する弾に呪力を込め、パシリは術式を発動する。一瞬にして派手な爆音、閃光、呪霊や熱風が発生しその場は混沌と化した。

 それでも数秒先を視た覚は最も効率の良い方法でパシリを捕縛しようと手を伸ばす。

 パシリはその手を間一髪で躱し、混乱に乗じて脱兎の如く逃げだした。

 

 

 

 

 

 天内は五条悟の強さに驚いていた。

 分身の術式を持つ襲撃犯に対し、五条は天内を庇いながら難なく呪詛師を昏倒させた。

 軽薄で粗暴な人間だが信頼できるかもしれない。五条達三人を信用してもいいのかもしれないと天内は思い始めていた。

 ほっと安堵の息を吐いたと同時に、スカートのポケットが震える。天内は携帯電話を取り出し画面を見た。メールの差出人は黒井であり、件名に『慧眼の君へ』と書かれている。

 メールを開いた瞬間、天内は一時固まった。氷の手で心臓を握られたように、天内の鼓動が止まった。

 

 

 覚はその知らせを受けて舌打ちした。

 拉致された黒井の写真を見て覚は現実だと認識する。

 わかっていたにもかかわらず、人に任せてこの有り様だ。判断ミスとしか言いようがない。

 自身の不甲斐なさに拳を強く握りしめ、覚は奥歯を噛み締めた。

 黒井は五条と天内の元へ向かう際、逸る思いから自分よりも足の速い夏油を先に向かわせた。そしてその最中にパシリに出会い拉致された。

 

「すまない、私のミスだ。覚に忠告されていたのに、敵側にとって黒井さんの価値を見誤っていた」

「そうか? ミスって程のミスでもねーだろ」

「それを言うならその呪詛師取り逃がした僕のミスや」

「ホントそれな」

「わかっとるわドアホ」

「うっせぇーよ。相手は次、人質交換的な出方でくるだろ。天内と黒井さんのトレードとか天内を殺さないと黒井さんを殺すとか。でも交渉の主導権は天内と覚がいるコッチにある。取引の場さえ設けられれば後は俺達でどうにでもなる。天内はこのまま高専に連れて行く。硝子あたりに影武者やあらせりゃいいだろ」

「ま、待て!! 取引には妾も行くぞ!! まだオマエらは信用できん!!」

「あぁ?」

 

 覚の威圧的な声、五条の睨みに天内はびくりと体が跳ねる。

 

「このガキこの期に及んでまだ──」

「助けられたとしても!! 同化までに黒井が帰ってこなかったら?」

 

 どうしようもない思いに天内はスカートを握りしめ、瞳にゆるゆると涙を溜める。

 

「まだお別れもいってないのに……!?」

 

 堪えていた涙が零れ落ちた。

 もう一生合うことができないからこそ、最後はちゃんとお別れを言いたい。そんな想いが滲み出る必死な声だった。

 

「それの何があかんの?」

「おい、覚」

「お前ら甘いねん。何考えようとしとん」

 

 冷たく一閃する声に夏油と五条は目を見開く。

 覚は幼い顔立ちからは想像もできないほど鋭利な瞳で天内を見据えた。

 

「僕らの任務は天内理子()の護衛であってその他の犠牲はどうでもええねん。極端なことを言うと、僕ら三人が死んだとしても君さえ生き残って天元サマの元へ行ったら任務完遂や。僕らの勝ちや。何なら黒井さんは君を守って死んだら本望なんとちゃう?」

 

 バチンッと拙い音と共に頬に熱が走る。目の前には大粒の涙を零しながら睨みつける少女がいる。

 

「何でそんな酷いことが言えるんじゃっ!」

「……ホンマクソ元気やなぁ。蚊ぁで留まってたか?」

「覚、その辺にしとけ」

 

 夏油が二人を引き離すが両者の睨み合いは終わらない。

 

「……あー、その内拉致犯から連絡が来る。もしアッチの頭が予想より回って天内を連れて行くことで黒井さんの生存率が下がるようならやっぱりオマエは置いていく」

「おい、悟」

「分かった。それでいい」

 

 天内の返事に覚は盛大に舌打ちをした。

 

「逆に言えば途中でビビって帰りたくなってもシカトするからな。覚悟しとけ」

「悟っ!」

 

 腹の底から低い声を出すが五条は聞く耳をもたない。

 速く高専へ連れて行け。今回の任務は裏がある。良くない未来も見えている。論理的に説明できないことに苛立ちが募り覚の目が険しくなる。

 

「大丈夫だ。こっちには俺がいて、オマエがいて、傑もいる」

 

 ニヒルに笑うその顔に、覚は拳を握りしめた。

 

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