懐玉―慧眼の呪   作:hrd

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肆 護衛任務三日目 ①

 五条悟、天内理子、黒井美里、三条河原覚は死亡した。天内は銃で頭を撃ち抜かれ、覚は首を刎ねられて死んだ。生存者は夏油傑のみだ。

 

 

 護衛任務三日目、同化当日、15時。天内理子の懸賞金が取り下げられてから4時間が経過。

 5人は都立呪術高専、筵山麓(むしろやまふもと)に辿り着いた。千本鳥居をくぐり抜け、最後の石段に足をかける。見慣れた寺社景色が広がり、一同は結界の地に足を踏み入れた。

 

「皆お疲れ様。高専の結界内だ」

 

 ──これでもう大丈夫。

 

 一同共通の認識だった。

 ほっ、と誰もが息を吐き、五条も術式を解いた。直後──五条の腹を刀が貫いた。血に濡れた刀身が妖艶に輝いている。それは一瞬の出来事だった。

 五条は何者かに背後から刺されていた。

 

 覚は3日前に視た未来視(映像)が脳を駆け巡る。

 あれはこれだったのかと、己の犯した失態に息が止まる。目を見開き、呆然としかける自分に冷静な別の自分が激を飛ばし次の行動を指示する。

 

 術式を奔らせて木の寸鉄を飛ばし、男を五条から遠ざける。男が着地する地点に追撃の葉刃を降らせ、地中からも捕縛の木根を伸ばすが男は電光石火の如く全て躱し、後方へ飛んだ。

 夏油はその瞬間を見逃さなかった。

 エイリアン様のミミズ型呪霊を呼び出して男を頭から喰らう。呪霊は咀嚼しながら地面に着地し、沈黙した。

 夏油は五条の元へ走り出し、覚は天内と黒井を背に庇う。術式を奔らせて棍を生成し、男を呑み込んだ呪霊に構える。

 

 奴は生きている。この程度で死ぬことはない。

 口元に傷がある未来視通りの男だった。覚は男を術師殺しと認め、頭をフル回転して勝ち筋を立てていく。近距離戦では三人がかりでも敵わないと思える程、この短時間で覚は男のフィジカルの高さを理解した。

 男の奇襲は完璧だった。誰にも悟らせることなく五条を刺した。初撃が天内であれば終わっていた。ではなぜ男は天内ではなく五条を刺したのか。それは、五条悟さえ消えれば天内理子を殺せると確信しているからだ。

 

 ──なめくさりやがって。

 

 覚の険しい眼が呪霊を睨みつける。視界の端に映る五条を気にかけるが覚は天内の傍から離れることはない。

 

「問題ない。術式は間に合わなかったけど内臓は避けたしその後呪力で強化して刃をどこにも引かせなかった。ニットのセーターに安全ピン通したみたいなもんだよ。マジで問題ない」

 

 五条は手で夏油を制すが、やせ我慢であることは見てとれる。

 覚は再びじっと呪霊を見た。ぴくりとも動かない静けさが、嵐の前のように感じられた。

 こうして五条を心配している間にも男は呪霊の腹から出る準備をしているはずだ。今のうちに天内を天元の元へ連れて行き、男をこの場に留めておくことが最善である。

 覚は五条へ豆を弾いた。頭の中で五条と共に男を殺す算段を立てる。

 

「仙豆やる。ここで止めんで」

「やっぱあんじゃねーかよ。あー……覚は傑と一緒に行ってくれ。天内優先。アイツの相手は俺がする。先に天元様の所へ行ってくれ」

 

 覚は目を細めた。その瞳は拒絶の色を示している。

 

「頼むよ、覚」

 

 男を呑み込んだ呪霊がぴくりと動く。一秒が惜しい状況に覚は反論の言葉を飲み込むしかなかった。

 

「……わかった」

 

 ──悟は刺されたが死んでいない。仙豆も渡したから万全の状態で殺り合える。なら、五条悟が負けるはずはない──そうだろ? 

 

 そう思うのに、一抹の不安が肩をたたく。次第にそいつは覚に覆い被さり、胸に手を入れて心臓を掴む。全身の肌が粟立った。鼓動の動きを嫌に感じ不快感が胸を渦巻く。

 

 覚はそれを無理矢理振り払い天内に視線を向けた。

 次の未来は天内の射殺。

 正論が嫌いなくせに『天内優先』と正論を吐く五条に苦虫を嚙み潰す。従いたくないと思うのに、こんな時に限って従者としての顔が表に出る。

 

「先行くで」覚は天内の細腕を掴み駆けだした。「油断するなよ」「誰に向かっていってんだ」夏油と五条の軽口を耳に天元の待つ高専最下層、国内主要結界の基底である薧星宮(こうせいぐう)へと先を急いだ。

 

 

 

 

 

 昇降機を下り、薧星宮に繋がる参道に辿り着くと黒井は天内に別れを告げた。

「大好きだよ。ずっと……!! これからもずっと!!」「私も……!! 大好きです……」泣きながら抱き合う二人に、覚は両親との別れ際が重なる。

 両親の思いについて覚は想像することしかできないが、目の前の二人のように、様々な思いを凝縮させて一つの言葉にまとめたのが『幸せに生きろ』だったのかもしれない。それが覚を縛る呪いになるとは、彼らは思いもしなかっただろうが。

 

 天内、夏油、覚は本殿へ繋がる通路へ潜り始める。正しい通路を歩き、天元の元へ一歩ずつ近づくにつれて沈黙が重くなる。

 光が差し込み闇を抜ける。目の前には一本の大樹を中心とした生命観のない地下空間(ジオフロント)が三人を迎えた。

 神に向かって頭を下げるように、御神木に向かってあばら家が密集している。それらは生きているはずなのに、聳え立つ御神木に生気を吸われているようだ。

 生きながらに死んでいる。そう思わずにはいられなかった。

 

 天元の元へ行くには目の前の階段を降りるしかない。そこから先は、高専を囲う結界とは異なる天元自身が招いた者しか入ることが許されない特別な結界が張られている。

 招かれざる夏油と覚は、ここから先へ進むことはできない。ここが天内との別れとなる。

 覚は天内と夏油から距離をとった。天内の最期の選択を夏油に任せ、覚は見届ける。

 

「階段を降りたら門をくぐってあの大樹の根元まで行くんだ。そこは高専を囲う結界とは別の特別な結界の内側になる。招かれた者しか入ることはできない。同化まで天元様が守ってくれる」

 

 夏油の穏やかな声に天内の表情は固くなる。

 

「それか引き返して黒井さんと一緒に家に帰ろう」

「……──え?」

 

 突然の申し出に、天内の目が見開く。何を言っておるのじゃ、そう言っているような驚きに満ちた目だった。

 人が求めていることを最高のタイミングで言う夏油に覚は流石だなと目を伏せる。周りをよく見ている夏油だからこそ、人の本心を見抜き救う。救われた方は夏油が神々しく見えるのだろう。

 神がかった人たらしに覚は称賛を贈った。これが夏油の掲げる本当の意味の “弱きを守る”であった。

 覚にはできない在り方だった。

 

「君と会う前に話し合いは済んでる。ね、覚」

「ああ」

「私達は最強なんだ。理子ちゃんがどんな選択をしようと君の未来は私達が保証する」

「……でも、それでも……」

「天内、自分はどうしたいんや」

 

 夏油とは対極の厳しい声に、天内は水族館で言われたことを思い出す。

 青に輝く水槽の前で天内は泣きながら『生きたい』と言葉にした。そんな天内に覚は何でもないようにぽつりと言った。

 

「今から旅するか?」

「……え?」

「このまま日本出て、死ぬまで旅してん。時間かかると思うけど黒井さんもちゃんと呼んでな」

「何を、言っておるんじゃ……」

「頭使(つこ)うてる? 旅は出会いと別れの中に学びがあるらしいで」

「結界は……、天元様は……?」

「そんなん知らんし。困んのは日本におる自分らなんやから、自分らでどうにかせえっちゅう話やん。まずはアジア人がぎょーさんおる国がええやろうな。日本の名前と国籍は消えてまうけど、そーゆう生き方もあんねん」

 

「世界、見にいかへん?」覚は手を差し出し、天内が掴むのを待った。

 その顔はひどく穏やかで、妙にスッキリしている。

 天内には覚が冗談を言っている様には見えなかった。その手をじっと見つめて、ゆらゆらと瞳を揺らした。

 

 ──生きたい。この手を掴みたい。

 

 涙をぬぐっていた手がぴくりと動く。

 

 ──でも、怖い。そう、生きるのが怖いのだ。

 

 心の奥底では連れ出してほしいと願っていたくせに、いざ手を伸ばされると怖くてそれを掴むことができない。ここじゃないどこかで、自分の知らない外の世界を知ることに天内は突如恐怖を抱いた。

 我慢を対価に守られ続けていたことを天内は知った。窮屈な場所に居たからこそ、外の世界に興味を持ったのだと今になって理解する。

 今は、未知への好奇心よりも恐怖が勝っている。

 新しいことに飛び込むことが怖くてたまらない。自分を変えるには勇気がいる。変わることの恐怖に、足がすくむ。

 小刻みに揺れる天内の瞳に覚は目を伏せた。

 

「このまま同化して消えんのは楽や。けどそれは、自分で考えて決断したことなんか? 神の御言のままに、人が判断したことに従うんは楽や。大義背負って死んだら英雄になれるしな。生きるのは楽とはちゃう。生き地獄を経験するかも知れへん。そやけどお前はそれを知るべきやと思う。行くなら、今や」

「私は、…………………………生きたい……けど!!」

 

 ──この手を掴む勇気がない。

 

「私は、星漿体の、……役目を、全うする。そうして今まで生きてきたんじゃ……それをいまさら、変えて生きることはできぬ……。できない……、怖いの。だから、私は、明日、天元様と、……同化する」

「さよか。もう一回『生きたい』言うたら無理矢理でも連れてくわ」

「……う゛ん」

 

 昨日の約束が蘇り、目に熱が集まる。気づけばはらはらと雫が頬を濡らしている。

 

「っありがとぅ……」

 

 呼吸は浅く、喉が熱い。喉の奥で声にならない唸り声が染み出てくる。

 心の底から感謝の気持ちでいっぱいなのに、上手く伝えられないことがもどかしい。

 もう一度チャンスを与えてくれたことが嬉しくて。言わせてくれたことが嬉しくて。天内はありがとうと泣きながら胸に手を当てた。

 

「……私は、もっと皆と……一緒にいたい。もっと皆と、一緒に色んな所に行って、色んなものを見て……生きたい!!」

 

 天内は笑った。誰にも左右されない、生きると選択した晴れやかな笑顔だった。

 

「……もっと早よ言えや」

「帰ろう、理子ちゃん」

「……うん!!」

 

 天内が夏油に手を伸ばした時──大樹がざわめいた。

 

 タンタンッ──。

 

 何かを認識するよりも早く覚は動いた。肩が吹っ飛び熱をもつ。気づけば天内を抱きしめて地面に転がっていた。

 すかさず弾道へ木の寸鉄を飛ばすが──それは一瞬の銀閃により粉砕される。

 

「理子ちゃん?」

 

 呆然とする夏油の声が降り注ぐ。

 覚は腕の中を見た。組み敷いた天内は、米神に穴をあけて、停止していた。

 絶望が「あれー? おやおやおや? おいおいおい?」と嗤いながら肩を組んでくる。

 

 ……──はあ? 

 

 ゆっくりと時間が進む。混乱している自分とは別の自分が冷静に現実を観察している。混乱した自分は、脳漿を撒き散らした天内を見続けて、ようやく理解した。

 

 ──死んだ。

 

 一目でわかる。

 思考が止まる。未だ動揺しているにもかかわらず、覚は無意識に術式を奔らせて棍を作り出していた。

 参道と繋がる入口の影から犯人が姿を現す。

 それを見た瞬間、覚の中で時が止まった。そいつは五条を刺した男だった。

 

「ハイ、お疲れ。解散解散」

 

 ──……さとるは? 

 

 最悪な事態を想像しながらも、いや、まさかなと現実を受け入れられない自分がいた。それ以上何も考えられなれなくなり、脳が停止する。

 底なし沼に呑み込まれるような混乱が覚を襲う。それでも視界は嫌に冴え渡り、意識に関係なく体は動く。心と体が乖離していく。覚は男の一挙一動を見逃すまいと静かに読み取り続けた。

 

「なんで、オマエがいる」

 

 呆然と立ち尽くしながらも夏油は乾いた声で言った。

 男は意味が分からないというように眉をひそめ、拳銃を持つ手で頭を掻く。

 

「なんでって……あぁ、そういう意味ね。五条悟は俺が殺した」

 

 ──『五条悟は俺が殺した』

 

 プツンと電源が落ちたように脳が死ぬ。突如、アハハハハハハハハハハハハハハハハと脳天を突くような笑いが頭を支配した。それはいつのまにか声となって発していた。

 怒りのあまり覚は壊れ、夏油は湧き出る殺意に溺れた。

 二人は声を重ねて男を見た。

 

「「そうか、死ね」」

 

 覚は地を踏み鳴らし──消える。

 夏油は呪霊を呼び出し──放つ。

 龍の型をした呪霊、虹龍(こうりゅう)が鋭刃な牙をむき出して男に突進する。

 

「焦んなよ」

 

 男は銃で夏油を撃つが、夏油は掌から仮想怨霊(かそうおんりょう)を呼び出し盾にする。

 手札の呪霊を破壊していくよりも本丸である術師を叩く方が効率良い。

 男は軽薄な態度に反して冷静に状況を分析し、冷酷に実行する戦闘スタイルを確立していた。それに加え、豊富な実戦経験と常識にとらわれない柔軟な思考もまた男の強力な武器であった。

 牙を振り下ろす虹龍に、男は跳躍し塀に着地する。

 瞬間、先読みしていた覚は棍で男を一閃する。

 

 シン・陰流(かげりゅう)──簡易領域(かんいりょういき) 抜刀

 

 手で棍を弾くことにより初速の増した斬撃が男の胴を打つ。良質な筋肉を纏っている男の体でも骨が粉砕される程の威力だ。

 だが──男は常人ならぬ動体視力で棍を掴み、覚を瓦に叩きつけた。

 転瞬、木の根が男の足を縫い付けると共に矢群が襲う。

 覚は即座に槍を形成し、至近距離から男の頭を射抜こうとするが、それよりも速く轟然とした蹴りが覚を直撃する。

 藁くずのように覚が散った直後、虹龍が再び突進し男を宙に舞い上げた。

 血の花弁が咲き乱れる。

 だがそれは男の血ではなかった。

 男は落下しながら長刀で虹龍の硬い外皮を切り裂き、同時に枝や蔦を使って鞭の様に乱舞する樹木を断つ。

 夏油は戦いながら男の実力を上方修正した。今まで戦ったことのないタイプであり接近戦に勝機は無いと判断する。

 覚は抜刀を構えた。男が地に着く瞬間を狙い、突進する──寸前、覚の首が飛んだ。

 ゴンッと首が地面に落ち、鈍い音がする。

 

「あー……やっべ、首チョンパしちまった。まあどうにかすんだろ」

「……さとり?」

 

 簡易領域内に侵入した者を全自動(フルオート)反射で迎撃するシン・陰流最速の技、抜刀よりも速く男は覚を斬った。

 覚は純粋に、速さで負けた。

 夏油の足元には開眼した覚の首が転がっている。

 

「同じ手を二度も使うなって習わねぇのかよ、バラエティーねえな。馬鹿なテメェらのために、つっても一人死んだか。まあいい、わかりやすく教えてやる」

 

 男は奇襲、結界の素通り、呪具の取り出しについて種を明かしていく。呪力が無い故に呪力をセンサーとするセキュリティには透明人間になること、物を格納できる呪霊を飼っていること、その呪霊に体を格納させて小さくし、己の腹の中に携帯していること。

 口を開けて指を突っ込み、男はお゛ぇ゛っ、と嘔吐きながら丸い呪霊を吐き出した。

 

「これで俺はあらゆる呪具を携帯したまま結界を素通りできる。はじめに呪具を使用しなかったのはそういうことだ。六眼相手の奇襲は透明なままじゃねぇと意味ないからな。星漿体を先に殺ってもよかったんだが六眼の視界に入るのはリスクがでかい。じゃあ慧眼はって話だろ。慧眼は六眼を殺すよりも簡単に殺れる。たとえ未来が視えたとしても手に負えねえもんは対処できねえ──」

「もういい」

 

 夏油は怒りのあまり全ての感情が抜け落ちた。

 

「天与呪縛だろ? 術師(わたしたち)同様に情報の開示が能力の底上げになることは知っている。私が聞きたいのはそこじゃない。何故、薧星宮へ続く扉が分かった。私達は毛程も残穢を残さなかった」

「人間が残す痕跡は残穢だけじゃねぇ。臭跡、足跡、五感も呪縛で底上げされてんだよ」

 

 極僅かに、男は寂し気に呟いたが夏油はそれに気づくことはない。

 

 

 それを最後に、覚は視覚を残して死んだ。

 首を刎ねられる直前、覚は己の呪力を全て眼に宿し、呪力尽きるまで死後の状況を眼に記録し続けた。それは未来を視ている自分へのメッセージだった。

 その後は視界に入った映像だけが映し出される。

 

 夏油の呪霊は男が振るう短刀の呪具によって打ち消され、夏油は反撃できぬまま胸を斬られて敗北した。

 覚と天内の死体は、呪具を格納する男の呪霊に呑み込まれ持ち去れた。

 薧星宮の地面とは違うどこか別の建物の床へと覚達は吐き出された。

 覚と天内はそれぞれ別の場所に運ばれ、覚は角刈りの男に首と体を梱包されて蓋を閉められる。

 黒く染まる視界から明かりが漏れ、蓋が開く。角刈りの男と共に額を一周するような縫合痕の男が視界に入る。縫合の男は覚の眼をじっと見つめた後、嘲笑した。掌で覚の目を覆い、男は覚に何かする。

 それ以降、電源が落ちたように映像は切れた。

 

 

 

 

 

 精神を深く犯す心象(ユメ)に覚は跳び起きた。吐き気がするほど不条理で暴力的で残酷な未来(ユメ)だった。

 どっどっどっどと痛いほど心臓が鼓動を打つ。呼吸が荒れ、瞳孔が開き、首筋の脈を嫌に意識する。

 覚は頚に手を当てた。手をずらし、顔を触り感触を確かめる。

 首は繋がっていた。

 おもわずほっと息が漏れる。

 

 未だ乱れる鼓動のまま、覚は慧眼の進化に嘲笑した。

 平行世界の未来を視るのではなく、まさに実際に体感した生々しさが肌や筋肉に残っている。全身から汗が噴き出るが、覚の現実はここだった。

 最悪だ。

 未来、精神、体調の全てに当てはまる。

 心臓がざわりと音を立てる。濃縮された負の感情が声にならない叫びとなって胸の中を暴れ狂う。嵐の様な叫びは次第に怒りへと変わり、覚自身へ牙を向けた。

 

 ──昨日高専に帰還しなかった浅はかな判断がこの未来を招いた──

 

 拳を握り、後悔と怒りの刃を心臓(こころ)に突き立てる。

 昨日帰っていれば悟と天内は殺されなかった。こんな未来なら、天内は天元と同化して死なずに生きていく未来を歩むべきだった。

 希望を捨てた人間に、散々希望を見せておいてそれを掴む直前に取り上げる行為は残酷だ。

 死を呼び寄せるモノから遠ざけていたはずなのに、いつの間にか自身が死を招いていた。

 

 ──「幸せに生きて」

 

 呪いが頭に纏わりつく。

 幸せの意味なんて覚には分からなかった。

 それでも、慧眼が見せた五条と天内の死は、覚の精神を狂わせる程大きな衝撃を与えた。

 怒りがあった。死なせたくないと初めて思った。生きててほしいと初めて願った。その存在の傍に、一緒にいたいのだと自覚した。

 瞳を閉じて息を吸い、ゆっくりと吐き出して繰り返す。乱れた精神が次第に収まっていくのを自分でも感じた。心の葛藤を取り除けば、自分のやるべきことは明白である。

 

 自分のために、二人の死(未来)を変える。

 

 先程見た未来と以前視た今日以降の未来から、覚は天内の他にも星漿体がいることを確信した。ではなぜ天内の情報だけが漏洩し、特級術師3人が護衛任務に就いているのか。

 特級術師を3人も就ければ安全だという考えは理解できるが共感はしかねる。“護る”ということに全振りした術式を持つ術師もいるはずである。

 考えるにつれて覚の中で大きく分けて3つの推測が上げられた。

 

 一つ目は天内の価値。

 天元との同化に” 適合率”がある場合、天内の適合率が星漿体の中で最も高く第一候補であるならば、界隈では注目を浴びる的であり、守らなければならない最重要人物である。この場合、天内の情報は外部から特定された可能性が高いが、天内の存在を疎み、情報を売る存在がいる可能性も考えられる。星漿体を一族から輩出することは、呪術界では大変名誉なことであり、それ故に情報の提供もしくは金を積む可能性もある。

 

 二つ目は囮。

 他の星漿体を確実に存命させるために意図的に天内の情報を流出させ、敵の動きをコントロールしたという解釈。その場合、天内の生存はどちらでも良い。重要なことは派手に動き回り敵を引き付けること。だからこそ、五条悟、夏油傑、三条河原覚という派手な人間を護衛につけた。副産物として、Qや呪詛師の数を減らすことも考えていたのかもしれない。

 

 三つ目は五条悟と三条河原覚の殺害。

 星漿体という絶対に守らなければならないハンデを抱える条件は殺害の好機である。どちらか一方の首でも遊んで暮らせる金が手に入り箔もつく。実際に未来視では、覚の死体は頭を一周する縫合痕のある男に流されていた。

 

 いずれの解釈にせよ、星漿体に関わりのある人物もしくは上層部が外部にリークした可能性はある。

 強大な力を持ち、飼いならせない五条と覚を疎む上層部(老害)がいることを覚は知っている。そいつらにとって自分達は目障りでしかない。

 姿を見せない首謀者が、盤の上に駒を幾つも用意して動かし、それを知らない駒が新たな盤に駒を用意して動かす様を想像した。覚はそいつによる筋書き通りの未来に殺意を抱く。

 

「三文小説も大概にせえよ、このカスどもが」

 

 見えない敵を睨みつけるように覚は唾を吐いた。

 例え、五条と天内の死を阻止したことで大勢が死に、それら全てが覚を恨んだとしても覚は断言する。そんなの知ったことか、と。そして裏で糸を引く奴を引きずり出して殺す。

 皮肉にも、権力、人脈、実力を含め覚はそれを実現できる力を持っていた。

 覚は携帯電話を取り出した。利害関係において最も信頼する人物に電話をかける。

 

「おはようございます、覚です。当主お願いします──」

 

 自分の立っている場所が急に崖の端のように思えた。その端を足の裏で感じながら、海の向こうから攻めてくる敵を睨みつける。

 

 ──絶対(ぜってぇ)撃ち落としてやる。

 

 本来が失われての未来がそこにあると信じて、覚は頭の中で一人図面を引き始めた。

 




思いついたけど入れられないセリフ&シーン集

・「町でアンケート? 職質の間違いやろ」

・渋谷で偽夏油の頭パカッを見た場合
 「マモー・ミモーよりカリオストロ派や」

・覚が入学する前の京都校学長室
 楽巌寺学長「(来年は慧眼が京都校(うち)に来る。向こう三年の交流会団体戦は固い)
 京都校教師「五条悟(五条家)我がまま(計らい)で三条河原は都立校に行くそうです」
       「「……」」

・夏油のミミズ型呪霊を見た時
 「ジェフかよ」
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