懐玉―慧眼の呪   作:hrd

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陸 草々 ①

 

 

 現在、呪術界は宗教法人と対立しており、過去に例をみない程関係が悪化している。人間同士の争いの種は昔から変わらず水や燃料、土地、宗教、金、権利であり、様々な問題が複雑に絡み合って戦争へと発展する。こと呪術界と宗教法人の争いの中心は宗教の一点であった。そして数多ある宗教法人の中で最も勢力のある団体、盤星教「時の器の会」との争点は『天元を神として信仰崇拝するか否か』であった。

 

 争いの発端は奈良時代まで遡る。そして約1300年にわたるこの争いを便宜上『宗教戦争』と呼ぶ。

 昔も今と変わらず、人間の恐怖や怒り、憎しみといった負の感情は呪いを生み、呪霊へと転じて人間を襲っていた。姿が見えないゆえに喰われた者、見えていても抵抗できずに喰われた者、武器を持ち立ち向かうが喰われた者、様々な状況で人々は呪いの犠牲となった。

 

 呪霊は呪いでしか祓えない。その呪いを呪術という。そしてそれを操る者を呪術師という。彼らが現れて世は一変した。

 

 呪術師が誕生した当初、呪いから人々を救い彼等は神の様に崇められた。

 しかし、術師は次第に力を持ち、一部の者は時の覇者と手を組み権力を得た。

 権力ある処には腐敗も生じる。術師は嫉妬や憎悪などを利用して政治へと介入し、世を掌握し始めた。呪霊のみならず、人とも対立し始めたのである。

 

 神亀(じんき)5年、世が戦慄した。

 聖武天皇の皇太子、基王(もといおう)が皇親の大官である長屋王(ながやおう)に呪殺されたのである。密告により首謀者は長屋王と判明し、国家転覆の密計まで朝廷に暴かれたが長屋王は認めることはなかった。それに怒りを成した朝廷は、その日のうちに兵を挙げて攻め入り戦を始めた。これを第一次呪術大戦という。

 

 長屋王軍の抵抗は虚しく、最期は自害し、屍体は山へと葬られた。この出来事は後に『長屋王の変』として歴史に刻まれるが、内実は各勢力に属する術師の抗争である。

 長屋王の死後、その怨念を世に知らしめるかのように疫病が蔓延し、人々は病に倒れ恐怖と混乱の世に陥った。

 この好機を手ぐすね引いて待っていたのは術師よりも呪霊だった。人間の世から魑魅魍魎の世へと主導権を得るために呪霊は疫病を更に拡散させ、人間から憂苦、憎悪、悲痛を引き出した。怨みが募れば呪霊が湧き、涙が濁れば力が湧く。それは負の円環だった。

 

 術師同士の覇権争いをしている場合ではなかったが、それでも術師は争いを辞めることはなかった。

 非術師は術師に呪霊の祓除を求めたが、その要求に応じた術師は極めて少なく、多くの術師は指図した非術師に腹を立てて呪殺した。それは全能感に溢れた強者の振る舞いであり、非術師はその行動に怒り狂い、決断した。

 

 ──術師を殺す。殺せば疫病も災いも争いも全て収まる、と。

 

 疫病と呪霊はいつしか術師が生み出していると広まり、尊敬の対象から憎悪の対象へと変わり迫害されていった。術師の存在はいつしか呪霊と大差ないところまで堕ちていた。

 

 非術師(持たざる者)にとって呪術とは、不規則の不意打ち、遠隔による不可視の刃で常に心臓を狙われているようなものである。やられる側は不安と緊張に怯え、恐怖を強いられ、耐えられずに自害する者もいる。

 

 ──今は共にあっても明日には殺されるかもしれない。ならば崇め称えて敬って、不意を突いて殺すしかない。

 

 幸いにも非術師は術師よりも数の多さで優っていた。そうして術師は非術師に、呪霊に、術師同士で殺し合い、途絶えていった。

 

 これが呪霊対術師、術師対術師、非術師対術師の第二次呪術大戦である。

 

 そんな混沌とした世を正し、光の指針を示したのが天元である。

 天元は、国を災厄から守るために国家鎮護として天皇に国分寺建立の(みことのり)を全国に発令するよう働きかけ、日本仏教を広めると共に術師に対する道徳基盤を説いた。この時の信者が後の盤星教である。そして天元は非術師に宣言した。術師は世のために未来永劫呪霊を祓除し、非術師に危害を加えないことを誓うと。その代わり、非術師は天元率いる術師を迫害しないと誓えと。その後、天元は己を柱とした結界術を展開し、俗世を守護するために薨星宮へと身を縛った。

 

 これにより呪術師は呪霊の祓除を専門とする存在として迫害を免れ、呪霊、術師、非術師による第二次呪術大戦は終結した。

 

 だが、歴史の解釈は年月とともに歪み、争いの火種は消えることなく焚き続けた。その火種は時を経るにつれて分離し、絶えることなく燃え続け、天元を唯一神とする盤星教「時の器の会」の中で最も過激な団体「星の子の家」の元で燃え盛る。

 

 彼らの目的は一つ。唯一神である天元の純潔を守り、薨星宮に縛られた天元を解放すること。それ即ち、天元と星漿体の500年に一度の同化を阻止し、天元を暴走させる(救出する)ことである。

 

 

 

 

 

 星の子の家の地下空間は打ちっぱなしのコンクリートからなり、地下特有の澱んだ空気が蔓延している。肌にまとわりつく湿り気を帯びた空気に加え、閉鎖された空間は巨大な棺を彷彿とさせる。

 

 覚は未だ眠る天内を抱えたまま、伏黒、孔と共に盤星教代表役員、園田(そのだ)(しげる)および数名の教徒と向かい合っていた。

 

「ほらよ。生きた天内理子(星漿体)五体フルセットだ」

 

 伏黒はにやりと笑い園田から天内へと視線を移す。その声は力強く、先の戦いで得た自己肯定感に満ちていた。呪力を持たない己が特級術師3名を蹂躙し殺害不可能と言われた五条悟をも殺した。その功績は伏黒が捨てた自尊心を新たに芽吹かせた。

 

「……フム、確かに」

 

 園田は眠る天内をねっとりと見つめ口角を上げた。この娘を殺せば天元の穢れを阻むだけでなく解放することもできる。盤星教1300年の悲願が、遂に達成する。

 

 1300年、500年に一度。過酷で長い時間を教団は途切れさせることなくその使命を継承し続けた。天元の純潔を守り解放すること。それが盤星教の悲願であり、その偉業は今日を境に未来永劫語り継がれる。

 

 幻の偉業を求めて園田の手がふらふらと天内へと伸びる。呼吸は乱れ、頬は赤く、顔は喜色に弛んでいる。

 

 早く、栄光を我が手中に──。

 

 一歩、一歩と夢に向かって歩んできたように、園田は天内へ迫った。

 

(ちけぇ)よ。里が知れるわ。脳ミソと一緒で距離感バグってんのか?」──触るな、というように覚は天内を担ぎあげて掌印を結ぶ。

 

 瞬間、ぞわりと肌が粟立ち園田の足が止まった。冷たい手で心臓を鷲掴みされたような、あの何もかも一瞬停止する感覚に襲われる。

 

 蛇のような冷たい何かが園田の頚をずるずると這う。園田はソレに爪を立てるが、見えないゆえにソレを掴むことしかできない。わからないことが極端な恐怖を煽り、次第に園田の呼吸が浅くなる。

 

 何もできない焦りが園田を更に追いつめ、「ひっ」とひきつった声と共に、ソレは一気に頚を締め上げた。

 

「ッぁ……ぁッッ────!!!」

 

 首の骨を折る勢いでソレはミシミシと締め続ける。

 

「おいおい、金払うまで殺すんじゃねぇぞ」

「人間も叩いたら直るやろ。まぁ、叩きすぎて壊れたらすまんな?」

「機械じゃねーのよ。つーかお前絞めてんじゃん」

 

 覚は刀を抜いた。蔦で絞め上げる園田の首筋に切っ先を這わし、刃を当てる。お前の行動次第で首を刎ねるぞと無言の圧力で脅し続ける。

 

「こっちは天内連れてきたんやからお前等もやることちゃんとしーや? 言うてること、わかる?」

 

 園田は助けてくれと霞む目で手を伸ばすが、邪悪な輝きをした目は苦しむ園田を淡々と目に写すだけである。

 

「金貰う前に殺されたら困んのよ。お前らも早く払わねーとこいつに代表殺されちまうぞ」

 

 孔の一言に、氷像のように固まっていた教徒達は震える足をもつれさせながらアタッシュケースの元へ走りだす。

 

「アイツら何しに来てん。はじめてのお使い以下か」

 走り去る教徒達を横目に、覚はつまらなそうに言い放ちながら呪いを解いた。

「依頼が完遂されたってわかっとんやから着いた瞬間に金を見せんのが誠意やろ」

「誠意ないことしながら誠意とか言うんじゃねえよ」

 

 園田の喉を絞める蔦が消え、気道が一気に開く。大量の空気が一度に入り込むが、体は耐えきれず盛大に噎せた。頸には蛇に絞められたような生々しい痕が残っており、さする手がぬるりと滑る。

 

 園田は指を見た。指先は赤く、爪が剥がれている。白いローブには斑点のシミがつき、襟は血を吸って赤く染まっている。

 傷を見た途端、園田は激痛に襲われた。視覚とパニックにより脳が過剰に痛みを認識し、身体がセンサーのように過敏に伝達する。脂汗がどっと噴き出し、全身が心臓にのように強く鼓動を打つ。鼓動の爆音が、園田の焦燥をこれ以上なく煽る。

 

 ──こんのクソガキがっ!! 

 

 視界全てがカッと赤く染まった。教徒の目の前で恥をかかされ、傷つけられたプライドが怒りとなって激流のように込み上がる。

 園田が近づいて殴りかかれば覚など体格差から勝てるはずだが、握りしめた拳は覚を焦点に合わせた瞬間、なぜか、全身の血が抜かれたように一瞬にして熱が消えた。

 

 途端、全身ががたがたと震え、いつの間にか許しを請いながら地面に額を擦りつけている。

 絶対的な万能な力に命を握られていると、本能が警鐘を鳴らす。

 

 ずず、ずず……、と災厄が近づき、奈落のような深い瞳が園田を汚物のように見下ろす。

 

「勘違いすんなよ。非術師(アンタ)らは術師(オレ)らを飼えへん」

 

 伏黒からは感じられない呪術師という闇を園田は初めて見た。まともな理では測れない恐ろしさが、今も体の内側をぞわぞわと虫のように這いずり精神を喰らう。

 

 ──早く化物から離れろ。

 

 園田の中のもう一人の自分が懇願する。

 

 呪術師(こいつら)は人間の皮を被った化物だ。化物の理を持ち出される前に逃げろ。

 

 そいつはそう指摘する。

 

 園田は姿勢を正し、三人に向かって固い声を上げた。

 

「……わかった、金は色もつけてすぐに用意しよう。星漿体の、生体が……手に入ったことだしな……」

 

 湧き出る脂汗を拭こうともせず、教徒が持ってきた金を見せる園田に伏黒は懸命な判断だとせせら笑う。

 

「流石教祖様、太っ腹だね」

「教祖じゃねーし。つーかマジか? 必要経費とはいえかなり協力してもらったのにこんなにもらっちゃって。むしろゴネられるかと思ったぜ」

「……私達は、駄目元で術師殺し()に暗殺依頼をした。盤星教は奈良時代天元様が日本仏教の広がりと共に術師(マイノリティ)に対する道徳基盤を説いたのが始まりだ。呪術界と宗教法人との相性は最悪。その歪から生まれたのが現在の盤星教、星の子の家だ。だから我々は非術師の立場に徹している。様々な越権を許されている術師も原則、非術師には手を出せないからね──」

 

 続く天元の歴史、宗教法人と呪術界との戦争、星の子の会の成り立ちについて語る園田の話を聞き流しながら覚は瞳に呪力を集めた。慧眼を奔らせ、これから起こる未来を先に視る。

 

 

 

 

 

 ──「おい、逃げるぞ」伏黒が突如駆けだした。金を受け取った孔も理由を聞かずに走りだす。その直後だ。轟音と激しい揺れに襲われ、頭上から瓦礫が落下してきたのは。

 

 覚は天内を強く抱きしめ、伏黒、孔の後に続き駆け出した。背後からは悲鳴や人体の潰れる音がするが、振り返ることはない。

 

 地上に辿り着くと、予想していた通り一面は瓦礫と化していた。建物は半壊し、門道は抉れ、術式が通った跡がある。その長い跡の先には、幽鬼のような、五条悟が立っていた。

 

「……マジか」

 

 幽霊を見たような声を隣から拾う。五条が生きていることにか、強大な力に関してか、伏黒の顔は初めて動揺している。

 覚は五条に目を戻した。五条が纏う雰囲気は今までとは明らかに違っている。一皮むけたというよりも、無意識に押さえていた力を解放したというような変貌だ。

 

 逆境を経験せず、常に順風満帆で歩んできたからこそ五条は死闘に恵まれず、呪術師としての成長が高止まりしていた。そんな中での伏黒による初めての致命的な敗北は、五条を縛る枷を破壊した。

 

(アイツ)ラリってんやん。死に際で呪力の核心でも掴んだんか? つーか殺したんやなくて、殺したつもりやったんやんやな 」

「ア゛? ウッセ、脳天ぶっ刺し……」言いながら情報を整理する伏黒は天啓を得たように「反転術式!!」と苛ついた声を上げる。

 

 反転術式──。肉体の回復が可能なプレミア術式。

 

 死に際で修得した五条の才能に、伏黒は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする。

 

「……化物め」

「オレん時みたいに首チョンパせんかったんが敗因やな」

「ア? 何言ってんだ、勝負はこれからだろ。終わったら飯行くぞ。孔、接待に使ってる店連れてけよ」

「嫌だよオマエ男に奢んねぇじゃん」

「財布なら(そこ)居んだろ」

「じゃあ行くか、って言いたいところだがオマエと関わるのは仕事か地獄だけって決めてんだよ」

「地獄でも関わんのかよ、仲良しか」

「全員そこの住人だろ」

 

 軽口を最後に、伏黒は五条の元へ歩きだし、覚は天内を抱え孔とは違う方向へ姿を消した。

 

 

 

 

 

 呪力の津波が覚と天内を呑み込み、一瞬にして領域へと押し流す。

 光の無い真っ暗な生得領域に引きずり込まれた覚は、天内を抱き寄せて花粉を飛散させた。

 気流に乗って領域内を滑空する花粉は煙のように探索しながら地面や壁に付着する。付着した花粉は呪力を吸い取り早送りのように芽吹いて成長し種子を飛ばす。世代を重ねて群生する草花は領域を侵食し、その情報を覚に伝えていった。

 

 ボッと蝋燭が灯り、壁一面に神仏像が現れる。古今東西の木彫りの像は天井まで無造作に積み上げられ、揺らめく像の影が二人を嘲笑している。

 

 覚は蝋燭を掴み地面を照らした。地面もまた河原の石ころのように神仏像が転がっている。自分以外の神はいらないというような、地に足をつける以上、絵踏みを強制する領域の主に覚は強い神コンプレックスの疑念を抱いた。

 

 

 植物の情報を基に、覚は天内を背負いながら神仏像の地面を歩き続け、領域の主である呪霊を見つけた。

 筋骨隆々な呪霊は神のように高台から平伏す星の子の家の教徒を見下ろし、彼等の捧げる祈りを一身に浴びている。何度も脱皮して変態を繰り返し、特級へと遂げた呪霊はその肉体美を存分に披露していた。

 

 突如、呪霊は瞬間移動のようにフッと消え、フッと両脇に教徒を抱えて現れた。足元に一人落として背中を踏み、もう一人の胸と腿を掴んで柔らかい腹にかぶりつく。鋭利な歯が脇腹をむしゃぶりつくし、滴り落ちる血が踏みつける人間と釈迦像を赤く染めていく。

 暫く教徒を貪っていた呪霊は飽きたというようにそれを投げ捨てた。地面に叩きつけられた教徒の周りには腹や脳みそがない残骸が散乱している。

 

 惨劇の創造主は無慈悲にも殺戮を繰り返し、人間を喰う度に照明のように、閃光のように、太陽のように神々しい光で暗闇の領域を照らしていった。

 突如襲われた暗闇。突如現れた神々しい光。

 教徒は自分達の力ではどうしようもない大きな力に支配される中、その強烈な光を天元とみて縋るように祈り続けた。

 

 

 教徒達が生得領域に取り込まれる数分前、礼拝の最中に地震が発生し数名の教徒が爆ぜた。それは五条の術式による地震と呪霊が教徒を喰った瞬間が重なった事案であるが、その後領域に呑み込まれ、世界が闇へと一変したことから教徒達は盤星教の経典に記される終末の始まりを悟った。

 

 盤星教の教典には、天元の暴走つまり世界が滅亡する最後の審判の時、天元は再び俗世に現れて全ての人間を復活させると記されている。天元は善良な真の盤星教教徒のみを天に導き、罪人と異教徒を地獄に落とし永遠の苦しみを与える──。

 

 心身ともに強く祈り続け、神のために生きていればいずれ神が認め、我々を天国に連れていく。その教えを本当に信じている教徒は、隣の教徒が呪霊に喰われ(非業の死を遂げ)ようとも、騒ぐことなく、妄信的に強く祈り続けた。

 

 ──天国へ行けますように、と。

 

 故に神のために全てを捧げる心身深い教徒程、天国へ行けるこの日を狂信し待ちわびていた。

 

 

 天国を求めて皆が祈る中、突如、化け物を見たかのような耳をつんざく悲鳴が響き渡る。

 腰のぬけた青年が体を震わせながら蒼白した顔で泣き喚いている。青年は幼子が足で砂を掻くように後退るが、その足を逃がさんと中年の男が握り潰す勢いで掴む。

 

「テメェどこに行く気だァっ!! 地獄に堕ちたいんか!!! 自分で決めたことを投げだすからお前は駄目なままなんだっ! 地獄に落ちたくなかったら祈れ!! まだ間に合う! 天元様のために最後まで気張れ!! 何のために生きてんだ!!」

 

 血走る男の目は鬼気迫り、青年を罪人のように睨みつける。荒げる声で青年を萎縮させ、その都度どろりと濃い澱が呪霊の元へ流れていく。

 多くの教徒が天国に想いを馳せて世界の滅亡を呪い(祈り)、一部の教徒は呪霊、暗闇、死、恐怖に怯えて澱を生んでいった。

 

「コイツらマジで気持ち悪ぃな」物陰から見ていた覚は呪われた呪霊()に祈りを捧げる教徒にオェッと舌を出した。

 

 死後の世界を夢見て呪い、呪霊を産み出し喰われて死ぬ。喰われた教徒を「真の教徒ではなかった」と詰り、澱を生みだして呪霊を強化する。

 神や仏の逸話を神道も仏教も学ばない人間が都合の良いところだけを聞き齧り曲解して縋りつく。その絵面が蜘蛛の糸を我先掴まんと地獄から這い出ようとする罪人の手のように見えた。

 

 覚は人一人が入れる程の小さな祠を形成し、眠る天内を押し込んだ。

 

 宗教という免罪符を盾に人間の理性が馬鹿になる弱点を上手く突く呪霊に、「呪霊は考えるうんこである」としみじみと思いながら掌印を結ぶ。

 瞬間、呪霊は塵のように高く舞い上がった。呪霊の真下から巨樹が突き上げ、刺突しながら領域の縁へと追いつめる。

 自らの王国を作り出した創造主を、覚は絶対的な力をもって破壊した。悲劇の全てを目撃する瞬間を、覚は民衆に強いた。

 

 

 

 

 

 ──あ゛? 

 天内が、逆さに、吊るされている。

 

 全潰した礼拝堂に戻った覚は目を見開いた。

 嘘だろ、と天内を入れていた祠を見るが、祠の扉は破壊され木片と化している。

 

 巨樹に逆さに吊るされた天内は微動だにしない。明らかな死を纏う天内に、覚は盛大な舌打ちをした。

 心は焦燥に駆られているのに、沼を歩くように足が重く体の芯が冷えていく。近づくにつれ、その無慈悲な死が痛烈に訴えてくる。

 

 逆十字磔刑のように吊るされた天内は、両手両足首に杭を見立てた鉄筋が打ち付けられていた。自重で地面に落ちないよう、太股や胴、心臓にも執拗に杭が打たれている。

 

 ミチミチミチと、目の前の天内から肉の裂ける音がする。

 脚は最も多く杭が打たれ、肌は紫色に変色している。脚を伝う赤い筋がいくつも流れ、顔は記憶には無い傷や痣がある。

 微動だにせず、覚は天内を一直線に見つめた。

 ポタッ──と雫が落ちる音を聞く。それが血なのか涙なのか、覚にはわからなかった。

 

「なぁ、なにがあったん──?」

 

 湿り気を帯びる直前の乾いた声が微かに動いた唇から漏れる。頭の中が何故とどうしてとループする。木に磔られた天内の両足を見上げる自分は、傑という漢字の成り立ちを体現していると、頭の一部が現実逃避する。

 覚は強く瞑目し、深呼吸した。

 

「傑を、呪いにすんなよ……」

 

 掌を握りしめ、歯を食い縛る。自分に言い聞かせ、無意識に夏油という優しい存在に縋る。

 ──傑なら、どうする? 

 心臓を抉り出してしまいたい程の悔しさが、胸の中を渦巻く。

 天内が死んだ。その事実を受け入れるのに覚はこれだけの時間を要した。

 

 覚はベルトを外し、天内の翻ったスカートの裾を縛った。

 心臓、手首、胴と杭を引き抜き、天内の上半身を抱える。

 鉄筋を引き抜く度に、聞こえないはずの天内の絶叫が頭に響く。それを何度も繰り返して、覚は足を固定する最後の杭を取り除いた。

 

 血だらけの天内を抱え、自身も血で濡れていく。

 数分前の自分とは生まれ変わったように、精神は凪いでいた。憎悪、慟哭、狂気、苦悩、嚇怒。全ての負の感情が混ざり合い、生まれた空虚の泉にゆっくりと入水する。

 

 パチパチパチ──拍手の方向、背後から教徒が血まみれの覚を取り囲み、喝采を送り始める。この結末が正しいと信じて疑わない笑みで、心の底からよかったと祝福し、歓喜の涙を流している。

 

 覚はじっと彼らを見つめた。ただ、その目に映る感情の色は乏しい。

 任務前に夏油が言っていた「呪術は非術師を守るためにある」という言葉が、なぜかこのタイミングでリフレインする。

 ふと、教徒達が着る白い服の袖に、覚の目は吸い寄せられた。拍手で揺れる袖には血のような赤褐色のシミがついている。

 

 覚だけ時が止まった──。

 ──夏油の声はもう聴こえない。

 変わりに誰かが囁いた。

 ──「生き物と植物は同等だ。種が芽吹き、成長して花が咲き、散る。なら、いつ摘み取ってもいい。どうせまたすぐ芽吹く」

 それは自分の声だった。

 

 瞬間、術式が奔った。

 取り囲む全ての教徒が弾け、飛び散った肉片から赤く美しい蓮の花がポンッと咲き始める。

 血の池に咲き乱れる蓮の群花の中、覚は天内を抱いていた。

 

 コツ──と、背後から池の前で止まる音がする。

「──さとり」聞き慣れた五条の声に、死に反応しない少年は口角を上げて振り返った。

 

「……帰ろか」

 

 柔らかい笑顔で迎えるが、なぜか五条の表情は険しい。それを最後に、覚は視るのを止めた。

 

 

 

 

 

「──だが時が来てしまった。経典に示された禁忌(タブー)!! 絶対的一神教として成り果てた盤星教!! その対象である天元様と星漿体(穢れ)との同化!!」

 

 はっと目が覚め、不快な声に目が据わる。

 眠る天内に視線を向け、なるほど、そうやってお前はまた死ぬのかと未来の結末に心臓をざらりと撫でられる。

 

「──教徒の手前、同化を見過ごせば会が立ち行かなくなる。かと言って行動が過ぎれば術師に潰される。もうヤケクソだったのだよ、我々は。それがどうだ? 失うはずだった全てが今や手中にある。財布の紐も緩むというもの!!」

「もし天元が暴走すれば立ち行かなくなるのは人間社会かもしれねぇぜ?」

「星と共に堕ちるのならば已む無し」

 

 伏黒の挑発にも園田は清々しく微笑むだけで、伏黒と孔は目を合わせてため息をついた。頭のそばで指をくるくると回し、こいつら狂ってんなと吐息が嗤う。

 

「──五条悟、生きてんで」

 

 どぽん、と石を落としたように、一瞬の静寂の後、混乱の波紋が瞬時に広がる。

 

「あ゛?」

 

 伏黒は覚の声を聞いていたが何を言われたのか一瞬理解できなかった。それと同時に、覚の纏う雰囲気が数秒前とは明らかに違うことに目が開く。

 

「マジか」

「ありえない、なんてことはありえない。もう来んぞ」

「……」

「殺し損ねたな」

 

 ありえないが、五条悟(あいつ)ならありえる。その指摘に伏黒は自分の顔が驚きから期待に笑うのを自覚した。血流が激しく巡り、心臓が高鳴り全身を打つ。黒々とした二つの目に閃光が走る瞬間を覚は見逃さなかった。

 

「何笑うてんねん、ツッコめや。元ネタ知らんのか」

「ア? 内輪ネタは内輪だけでやってろ、ガキが」

「処世術どうもありがとうございますぅ。さすが元禪院家、排他的な教育で」

「殺すぞ」

 過去に囚われた亡霊の瞳が覚の心臓に照準を合わせる。

「先約、ええんですか?」 来る五条の方角を、覚の視線は指していた。

 

 




思いついたけど入れられないネタ

・五条の生徒に会った時
五条(あいつ)無下限(術式)で髪上げてっから」

・野薔薇との共闘
 1000本ノック
 覚が空中に木の杭を千本放ち、野薔薇が金槌で打つ。野薔薇が打つ間、覚は暇になるため杭の雨(菫塗り済)を放つ。
 野薔薇のレベルが上がると①金槌で打った杭、②簪となった杭(滞空させた杭を任意のタイミングで落とす。時間差攻撃)、③覚が放つ杭 の3種類が対象に降り注ぐ。
 野薔薇のレベルアップが目的のため覚がメインになることはない。
 覚・野薔薇「守備者びびってるッ、ハイッハイッハイッ!」
 パンダ「あれはもうイジメだな」
 野薔薇が外した時(レベリング中)
 覚「おいおい、ノッカーへばってんのかァー?」

・初対面の第一声
「触覚一本なくしたんか? 探したろか?」(前髪見ながら)
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