私、南むらは控えめに言ってもパーフェクトヒロインだと思う。
全然控えめじゃないって?
仕方ないの。私が完璧だから控えようが控えまいが変わらないってわけよ。
だってそうでしょ?
手入れもしてないのにサラサラした銀色の長い髪。容姿も良ければスタイルも良い。天才だから何をしても高クオリティで成し遂げてしまうこの体と頭脳。
テストは満点。助っ人で入った部活の大会はすべて優勝。
文武両道、順風満帆。まさしくわたしの人生はバラ色でしかないじゃない。
唯一恋愛はしたことないけどそれも仕方がない。私以上に魅力のある男もいなければ女もいないのよ。そうね。しいて言うなら私は私自身に恋をしているのかしら。
今日だってそんな完璧な私が大手キャットプロのアイドルオーディションを受けたわけだけど、合格すること間違いなしだろう。
あんなことさえ起きなければ。
「あー」
キャットプロのオーディション会場で私は床に寝転がっていた。
動くことなく放心するだけ。ただ天井を見つめることしかできない。
「南ちゃんすごい勢いで頭ぶつけてたけど大丈夫?」
放心状態の私に声をかけてくれたのはプロデューサーの東リリさん。心配してくれるのはありがたいけど、今の私には返事を返す余裕がなかった。
前世の記憶を思い出してしまったのだ。
コケた拍子に強く頭をぶつけたのが原因だろう。
けど、そこは問題じゃない。その程度で完璧な私が慌てることはないのだから。
それよりも深刻で問題なのは——、
「……うそ。私の前世、男なの?」
私の前世が男だったことだ。
ありえない。完璧な私の前世がこんな冴えない男?
内心ものすごいショックで満たされている。きっと普通の女の子だったら恐怖で寝込んでるレベル。
というか私も認められない!そんな事実、断じて認めることはできないわ!
「どうしよう。救急車を呼んだ方がいいかな?」
「……はっ」
東さんの言葉で意識が一気に浮上した。
そうだ。今はアイドルオーディションの真っ最中。このままだと不合格になっちゃう!
「あ、あの!東さん大丈夫ですから!ちょっと頭ぶつけただけですから、このままオーディション続けましょう!」
「え、でも?」
「お願いします!」
「わ、わかったわ」
私の鬼気迫る態度に納得したのか東さんがコクコクと頷いた。
自分の席に戻る東さんの後ろ姿を見て深呼吸する。
落ち着きない南むら。私はパーフェクトヒロインでしょ。この程度で動じるような女じゃない。所詮、前世の記憶。どれだけ冴えてない男でも今の私には関係のないことだ。
居住まいを正した私は東さん含め前に座る3人審査員たちにキリッとした顔を向ける。
「それじゃあアイドルオーディションの一次審査を始めさせてもらいます。これから私たちが南さんに質問をするので、答えてくださいね」
「よろしくお願いします!」
さっきの出来事であまり印象は良くないけどここからカバーして巻き返すしかないわ。
「それじゃあ一つ目の質問ですが。あなたはどうしてアイドルを目指そうと思ったのですか?」
「はい。私は小さな頃からアイドルに憧れていました。将来はキャットプロのような実力のあるところでアイドルをしたいと思っていて、最近になってようやく両親からの許しをもらえたのでキャットプロのオーディションを受けることにしました」
大丈夫。全然緊張していないしハキハキと話せている。
さっきまでの焦りも話しているうちに自然と消えたみたいだ。
「それでは次の質問に。南さんの趣味はなんですか?」
趣味か。なんでもできるから別にそんなのないけど。
まぁ、お菓子作りとかあざといこと言っておけばいいか。
趣味は1日10本床オナニー!
「趣味は1日10本床オナニ——むぐッ⁉︎」
言いかけた口を手で押さえる。
え、今私なんて言うとした?床オナ二ー?
「南さん?」
「あ、えっと、お菓子作りです」
「あら、かわいらしい。どんなお菓子を作るのかな」
きっと今のはきのせいだ。
ゆ、床オナニーなんてそんなバカみたいなこと完璧な私が言うわけがない。
えっと、どんなお菓子をつくるのかだったわね。クッキーとかでいいかしら?
「私がよく作るのは——」
おっぱいプリン!おっぱいプリン!
「おっぱいぷり——ぐぶはッ!」
「南さん⁉︎」
言いかけた私の頬を全力でビンタした。
え、なに。なんで私こんな変態みたいなことばかり言いそうになるの?
疑心暗鬼の海に沈んでいると、天才的な頭脳が一瞬で一つの答えにたどり着いた。
おそらく変態発言ばかりする原因は前世の記憶の影響だろう。
仮にもこの現象を、変態衝動と言えばいいのかしら。あの冴えない男(自分)の記憶が私という人間を侵食し始めたのだ。
というかこの男(自分)変態すぎでしょ⁉︎
床オナとか自作おっぱいプリンとか色々拗らせすぎよ!
「やっぱりさっき頭をぶつけたときに具合が悪くなったの?救急車呼んだ方が……」
「い、いえ!大丈夫です!大丈夫ですから、オーディションを続けてくださいっ!」
東さんに懇願するようにお願いすると、困惑したまま自分の席に戻っていく。
焦りで心臓がバクバクと音を立てている。違う。あんなの私じゃない。あんな男が自分の前世なんて絶対に認めない。
なんとかしてこの変態衝動を抑え込まないと。アイドルの前に人間として終わってしまう。
「そ、それじゃあ南さんの好きなものはなんですか?」
来た。
次の質問には絶対にアイドルと答える。
男の記憶なんて気にしない。意識しない。
「私が好きなものは——」
純粋そうな女の子を自分色に染めてエッチ、すること!
「…………」
「南さん?」
違う。
「わ」
「わ?」
こんなの絶対に間違いよ。
「私、変態じゃないもんッーーー!」
「南さんー⁉︎」
私は絶叫とともにオーディションを後にした。
★
やってしまった。
今の私は河川で一人三角座りをしている。気分は人生始まって以来の大不況。
どんより祭りの始まりである。
「あぁ、どうしよう。あんなの怒られちゃうし、絶対不合格だよぉ」
オーディションの真っ最中なのに奇声を上げて、自分に全力ビンタをして、あまつさえ逃走するなんて赤っ恥だ。
東さんたちにはあとで菓子折りもって謝罪しにいかないと。
それにしても東さん美人だったなぁ。おっぱいもあってエロかったし。エッチしたいなぁ。
そこまで考えて、自分が変態発言していることに気づいた。
「って、私はなに考えてんのよッ⁉︎パーフェクトヒロインな私が!そんな変態みたいなこと考えるわけないでしょーがッ!」
まったく変態衝動が抑えられない。
本当に前世の自分がこれなのかと正気を疑いたくなるような粘ついた執念をみせる変態さ。オナニーのしすぎで死亡とかありえないから。
これさえなければ私は今頃キャットプロのオーディションに合格して華々しくアイドルとして活躍していたはずなのに。
「このままじゃ私、アイドルになれない?」
前世の記憶が流れ込んできてもいまだ冴え渡っている私の頭脳。
記憶が整理されればされるほど、自分がアイドルとしてやっていけないのではないかという答えがちらほらと浮かんでくる。
だって、唐突に変態発言や行動してしまうアイドルがどこにいる?
「アイドルになるの夢だったのになぁ……」
泣きたくないのに自然と目に涙があふれてしまう。
オーディションで質問を受けた時、猫をかぶっていたけど、アイドルを目指している理由だけは本当だった。
どうしてアイドルになりたかったのか幼い頃のことだからその理由は忘れてしまった。
けど、私はアイドルになりたいの。
このままアイドルになれないなんていやだよォ。
「うっ、ひぐっ……」
本格的に泣いてしまいそうになる。つい声を漏らしかけたその瞬間、私に近づく足音が耳に入った。
「お姉さんこんなとこで泣いてどうしたの?」
「泣いてないわ」
「えー、それは嘘でしょ」
人に泣いてるなんて指摘されるのは私のプライドが許せなくて否定したけど、顔を見られていたからか、呆れた反応が返ってきた。
ぐぬぬ。こんなことならもっと人気のないところに行けばよかった。
そんなこと考えている間も私に声をかけてきた女の子がうーんと悩んでいる。
いや、悩んでなくていいから。さっさと私を放ってどっか行きなさいよ。
私の願いが通じたのか、女の子ははっと閃いたような声を上げた。
「よかったら、はゆの歌聞かない?」
「は?」
全然通じてないし!どういう発想したらそうなるのよ!
思わず、涙目のまま声の主を睨みつけてしまった。
「あ、かわいい」
それは無意識にこぼした言葉。
私と同年代か一つ下ぐらいの少女だった。
赤い羽織に、赤いギターをもった金髪の女の子。純粋そうで愛嬌のある顔つきをしていた。
正直に言ったら、好みどストライクだ。
って違う違う!
別に私はこんな子が好きじゃないわ。私が好きなのは完璧でパーフェクトな自分だけ。
また前世の記憶か。思ったよりも脳みそが侵食されていて、怒りで頭が沸騰しそうになる。
「ねぇ、どうかな?」
首を傾げて尋ねてくるはゆとかいう少女。
そんなの断るに決まってるじゃない。無駄よ、無駄。時間の無駄。
関わりたくないと思うほどにスパッと断ってやる。
「……し、仕方ないわね。少しだけなら聞いてあげる」
「やったー!」
は、はれぇ?
断ろうと思ったのに、出た言葉は了承だった。
これも変態衝動の一つなのか、もう私にはどうすることもできない。
ガクリトと落ち込む私とは反対にはゆは嬉しそうにギターの調子を確認している。
「それじゃあ聞いてね!」
ジャジャーンとギターを鳴らして、はゆが歌い出す。それは聴いたことのない曲だった。
耳の奥を揺さぶる衝撃。奏でられるメロディ。
「こ、これはっ!」
少女の歌を聴いて私の脳が震えた。
この子。ものすごい、——下手くそだ!
いや、表現力はすごいと想うけど絶妙なまでの微妙さ。カラオケの採点で40点台を出すであろうその残念クオリティに思わず絶句してしまう。
こんなの本当に時間の無駄じゃないか。私が歌ったほうが価値のある時間になる。まだ一人で泣いてた方が有益だった。それならさっさと彼女を無視して帰ってしまえばいいのに、なんで私はこんなにも目を離せないのだろうか。
たしかに下手くそ。けど、それ以上に私を励まそうとする純粋な気持ちがストレートに声に乗っている。
私だけのためにこんなに親身になって、歌ってくれるなんて人生で一度でもあったか。
なにより歌っているはゆがものすごいキラキラして。楽しそうで、まるで私が憧れたアイドルそのものみたいにカッコ良くて。
「はぁはぁ、はゆの歌で元気になった?」
最後まで歌いきったはゆに私は一人パチパチと拍手をしていた。
すごかった、元気になったわ。その一言を伝えたくなってしまった。
「好きです」
「へっ⁉︎」
あぁ!また勝手に変なことを言っちゃったわ。
私のせいではゆの顔が真っ赤だ。それを見て、ちょっとだけ嬉しくなったのは気のせいだと思いたい。
「あ、好きっていうのはその、はゆ……さんの歌が好きって言う意味で、そうファン的なやつで!」
「そ、そっか。ファンなんて初めてだから結構嬉しいかも」
私が弁明すると今度は恥ずかしそうにはにかむ。はゆ。
あぁ、もうこの胸の高鳴りはなんなのよ、もう。
どうにかして落ち着かないと。
「えっと……あなたの名前聞いてもいいかしら?」
「はゆの名前?」
「えぇ」
だからこれは仕方ない。こうしないと胸がドキドキ鳴り続けてうるさいから、仕方なく名前を聞いているの。
別に邪なことなんて何も考えてないわ。
「いいよ!はゆわね、
「え、私⁉︎わ、私は南むらって言うわ」
自分の名前を言えてほっと安心する。というか私まだ15歳だからお姉さんって呼ばれるような歳じゃないんだけど。
そこでふと思い出す。これだけは伝えておきたいことがあったのだ。
いまだ早鐘を打つ心臓を無視して、はゆの顔を真っ直ぐ見る。
「それとはゆ。……あなたの歌のおかげで私も踏ん切りがついたわ。あ、ありがと」
たとえ前世が元は冴えない男だったとしても。その男(自分)のせいで変態衝動に見舞われるとしても、私は私が憧れたアイドルになりたいのだと、はゆの歌を聴いて決心できたのだ。
それのお礼ぐらいは言ってあげないと私のプライドが許せないわ。
「そっか、それならはゆも嬉しいよ!」
「……あぅ、かわいい」
純粋な笑顔が私の心を刺激してくる。
本当になんなの。顔が熱くなって仕方がない。
これが前世の記憶のせいなのか。いや、もうそんなことはどうだっていい。変態衝動は否定してもこれだけはもう否定できない。
それに、そんな些細なこと目の前にいる
高校入学前の春。
完璧超人にしてパーフェクトヒロインである私、南むらは貫井はゆのことがどうしようもないくらいに好きになっちゃいました。