(音は聞こえるのに何も見えないってのは嫌な気分だな)
コナンはさっきからぼんやりそう思っていた。
目が覚めてからしばらく経つが、いかんせん視界が防がれていてかすかに漏れてくる光以外は何も見えない。
頭に被せられているのは、こういうシチュエーションではお馴染みの麻袋だろう。案の定、手も縛られていて自由には動かせない。
物音や話し声から判断するに、イカツそうな柄の悪い男数人に囲まれている。
この状況で闇雲に暴れたいという気にはなれなかった。
「起きているんだろう? 立て!」
脇に手を差し込まれ、強引に立たされる。
そのまま捕まった宇宙人みたいにしばらく歩かされてから、「座れ!」と言われ下に押された。幸い、ちゃんと椅子はあった。
(まぶしっ)
急に頭の麻袋を外されて視界が真っ白になった。
しばらくは眉をひそめ目を細めていたコナンだが、やがて周囲の様子がはっきり見えるようになった。
どうやらここは大きな倉庫らしい。だだっ広いわりに物は少なく、高い天井付近に並ぶ小窓から日光が差し込んでいる。
(へっ、悪党のアジトとしちゃあ古典的だな)
おそらくはどこかの港の外れあたりの倉庫を買い取ったのだろう。
ただ、朝まで眠らされていたことを考えると、元いた場所からどれぐらい遠くまで連れてこられたのかまではなんとも言えなかった。
そんな事を考えていると、正面の数十メートル先にある入口のシャッターがゆっくりと開いていった。
そのシャッターを通って屋外から一人の男が入ってくる。男はまっすぐコナンの方に向かって歩きはじめた。
「おはよう! 勇敢な少年。お目覚めの気分はどうだい?」
まだコナンのいる場所まで距離があるうちから、無駄に爽やかな声で男は尋ねてきた。
その足取りはゆったりとしていながら同時に颯爽としていて、世の中に憂うものなど何もないかのようだ。
(あ、嫌いなタイプだコイツ)
徐々に距離が近づいてくると、逆光とはいえ男の顔がはっきり見えるようになる。
真っ白いシャツを袖まくりしている明るい髪色の西洋人――いや、日本人のようにも見える――あるいは混血だろうか。
だがそれ以上に気になる点があった。
男が徐々に近づいてくるごとに、それはますます不可解になっていった。
コナンを囲っていた黒服たちの一人が、コナンの正面に椅子を用意した。コナンの座っているパイプ椅子よりも少し上等そうな木の椅子だった。
そいつ以外の黒服たちは全員直立不動で歩いてくる男に目線を向けている。
この場で誰がボスなのかは明白というわけだ。
「はじめまして、はおかしいかな? 昨日会ったばかりだからね」
コナンを見下ろし、余裕たっぷりに笑みを浮かべる男。
「先にごめんなさいじゃねーのか」コナンは鼻で笑って言い捨てた。
「なるほど、大した肝の座りっぷりだ」
男はドカッと椅子に座り、大きく足を広げて前傾しながらコナンを観察していた。
一方のコナンも男の細部を観察する。
見れば見るほどこの男は奇妙だった。
(袖まくりした白シャツにメタルバンドの日本製腕時計にベージュのチノパンに茶色のローファー? 黒ずくめの組織の男がする格好か?)
だが服装以上におかしいのはこの男の容姿そのものだった。
顔立ちといい肌や髪のツヤといい、あまりにも若すぎるのだ。
高校生である今のコナンと肉体年齢で大した差があるようには到底思えない。せいぜい二十歳かそこらではないだろうか。
年齢をごまかせない首筋や手の質感もおよそ若者にしか見えなかった。
(おかしい……10年前に壊滅した組織の生き残りにしちゃあ……若すぎる)
コナンの困惑を知ってか知らずか、男は意味深な笑みを浮かべ口を開く。
「そうそう、自己紹介がまだだったね。僕のことはジョナスと呼んでくれ。君のことは……工藤新一君でいいのかな?」
「!!!」
覚悟していたことではあった。哀の正体がバレた時点で、自分のことも当然バレるということは。
だが実際に組織の人間の口からその名を聞くのは極めて不快な体験だった。
「ああ、それともコナン君と呼んだ方が座りがいいのかい? もうずいぶん長いことそっちで通してるんだもんね」
「……好きにしろ……」目を合わせず答える。
ジョナスはクスリと笑って大きく両手を広げた。
「そんなに敵対心を向けないでくれ。僕は君にいい話を持ってきたんだ」
「いい話……?」
「そう! 君を開放してあげるという話さ。望外のオファーだろう? なんの代償もいらない、無傷で家に帰れるんだ。平和な暮らしに戻れるんだよ」
ジョナスは満面の笑みではつらつとそう言った。あたかもなんの含みもありませんとでも言いたげに。
「なっ……!」
コナンの目が驚愕で見開かれる。確かにこれ以上に予想外の提案は考えられなかった。
組織の生き残りの男が、コナンの正体が工藤新一だと知りながら開放するなどと。
「何言ってやがる、てめー……」
「文字通りの意味だよ。後で部下に送らせてあげようと言っている」
「オレが工藤新一と知っていて……組織が壊滅した原因の一つだと知っていてそう言ってんのか? オレに復讐するつもりなんじゃないのか?」
「復讐? 復讐だって!?」
ジョナスは突然顔を手で覆って豪快に笑い出す。おかしくてたまらないとばかりに。
「はっはっは!! そんな無意味なことをするわけがないじゃないか!」
「な……」
「僕にとって、あんなとっくに終わった組織はどうでもいいんだよ。いやむしろ潰してくれて感謝しているぐらいだ。本当は菓子折りを持って君に挨拶に行けなくて申し訳ないと思っているよ」
目の前の男がどこまで本心で話しているのかまではわからない。
だが、復讐が動機ではないということはおそらく事実のようだった。ジョナスがコナンを見る目には、恨みのような感情が全く欠如していたのだから。
「まあ、このことを誰にも口外しないという条件だけは飲んでもらうけどね。たったそれだけのことで無事に帰れるんだよ」
こんな話はうますぎるということを理解するのに、探偵の勘は必要なかった。
あからさまにジョナスが触れていない大事なことが一つあった。
「灰原は……? 灰原はどうなる……?」
「はいば……ああ、シェリーのことか。そうだな、最後にお別れを言う機会ぐらいは持たせてあげようか」
「てめっ……!」
コナンは即座に立ち上がり、手を縛られたままジョナスに襲いかかろうとする。だが黒服たちに力づくで抑えられ一歩も近づくことはできなかった。
それでもコナンに躊躇はなかった。
「てめえ灰原に指一本触れてみろ!! ぶっ殺してやる!!!」
鬼の形相でジョナスに叫びを上げるコナン。ジョナスは微動だにすることなくコナンを見据えていた。
「勘違いしないでほしいな。まさか僕が彼女の命を奪うとでも? とんでもない、傷一つつけやしないよ」
「なんだと……?」
「僕は彼女の力を借りたくてわざわざこんな手間暇をかけてきたんだ。おかしなことをするはずがないじゃないか」
「……信用できねえな」
「確かにそうすぐには信じてもらえないだろうね。……そうだな、やはりシェリー本人に話してもらおうか」
ジョナスは部下の一人に手で合図を送った。その部下は一旦立ち去り、すぐに戻ってきた。
彼の前を歩いて来たのは、他ならぬ哀だった。
「灰原……! 無事だったのか……!」
少なくとも外見上彼女は無傷だった。しかもなんの拘束もされていないし銃を突きつけられているわけでもない、不自然なほど自然な状態だった。
哀は落ち着いた様子でコナンのそばまで歩み寄る。
「江戸川君、怪我はない?」
「あ、ああ……」
「そう、よかったわ」
心配している割には随分とそっけない態度だった。表情も妙に淡々としているようにコナンには感じられた。
「よく休めたかい? シェリー」
ジョナスがなれなれしく声をかける。
「冗談でしょ? あんな狭苦しい場所に閉じ込めておいて。私を口説きたいなら、もう少しまともな部屋を用意してちょうだい」
哀はジョナスを冷たく見下ろすが、口調はそこまで辛辣でもなかった。まるで親しい相手に皮肉を言っているかのような。
「これは失礼、すぐに手配しておくよ」
ジョナスが自分の顔に手を当てて笑う。コナンにとってそれはひどく違和感のあるやり取りだった。
「灰原……こいつと何かあったのか?」
「別に。少し話をしただけよ」
哀はコナンに振り向くことなく応える。
「彼女は僕のオファーを引き受けてくれたんだよ。僕の組織に協力してくれるんだ」
「な……」
思わず哀を見るコナン。哀は決してコナンと目を合わせようとはしなかった。
「バーロ―! 灰原がてめーに協力するわけがねえだろうが!」
「それは君が決めることじゃないんだよコナン君。僕たちの間で話がまとまったんだから。そうだろう、シェリー?」
コナンは息を呑んで哀を見る。哀は少し押し黙ってから口を開いた。
「……ジョナスは、話のわかる男よ。ちゃんとあなたの無事も保障してくれたわ」
「まさかお前、オレの身を守るためにこいつと取引を……?」
「……別に」
「別にってなんなんだよ!」
「そのあたりにしてあげなよコナン君。彼女は全員にとって望ましい道を選んでくれたんだ。感謝されこそすれ、責められるいわれはないだろう?」
「てめえ……!」
コナンの顔がゆがむ。
「それにこれは彼女にとっても素晴らしいオファーなんだ。自分の偉大な発明をこの手で蘇らせる機会が降って湧いたんだよ。科学者冥利に尽きると思わないか?」
「偉大な発明……APTX4869のことか」
「そうだ。組織の崩壊によってオリジナルのデータが消失し、彼女自身でさえ自分の作品を再現できなくなった……そうだろう? だけど僕は、こんなものを持っている」
ジョナスはポケットから小さな黒い物体を取り出す。
「これはAPTX4869のバックアップデータだ」
「!!!」
「……といっても、僕が確保できたのは莫大なデータのうちの一部にすぎない。これだけの情報からAPTXそのものを再現することは極めて困難だと言えるだろう」
ジョナスは哀に目線を送る。
「元々の開発者である、彼女自身を除けばね」
「……そういうことか……」
ジョナスが哀を探していた理由が薬を蘇らせるためなら、ジョナスには決して哀を殺せない。
ある意味では哀の身の安全は保障されているに等しいとさえ言えるだろう。
「……だけどどうしてお前がそのデータを持ってるんだ? あれは組織のアジトとともに炭になっちまったはずだ」
コナンがジョナスを睨みつける。
「疑っているのかい?」
「当然の疑問じゃねえか」
コナンはまだジョナスの言っていることを丸々信じるわけにはいかなかった。
哀を丸め込むためにハッタリを言っている可能性だって大いにあるはずだ。
「そうとも、本来のオリジナルデータはあの時灰になった。
「!!!」
コナンの脳裏に、あの夜のことが蘇る。
燃え落ちるアジトの中で、コナンは最後の最後に薬のデータを回収することを諦めた。
――あの薬の……APTX4869のデータは失われてしまった。もう……あなたは工藤新一には戻れない
――どうしようもなかったじゃねえか。もうデータを回収する時間なんてなかった。そんなことをしていれば、二人とも逃げ遅れて御陀仏だったさ
――
――くだらねえこと言うんじゃねえ……! そんなことするわけがねえだろうが!!
あの時、コナンの運命は後戻りのできない地点を越えた。
あそこでコナンは薬のデータとともに、工藤新一に戻るという可能性そのものを捨て去った。
その捨てたはずのデータが、まるで亡霊のようにコナンの前に再び姿を現したのだった。
「命からがら生きのびたはいいものの、その後の人生はずいぶん苦労したものだよ」
ジョナスが自慢げに吹聴する。
「といっても長々と苦労話を語りたいわけじゃない。大事なのはこのデータの存在と、シェリーがきっとどこかで生きているという事実が僕にとっての心の支えになったということだ」
ジョナスは哀に目線を送るが、哀は腕を組んだまま無視を決め込んでいる。
「今では自分自身の新しい組織を作るところまで来た……だけど、僕の組織はまだまだ小さくて未熟だ。僕にはもっと力が必要なんだよ」
「そんなことのために何人もの人を殺してきたってのか?」
「尊い犠牲と言ってほしいね。ある世界的な製薬企業の幹部は、APTXの資料を見てこう言った。"もし本当にこの薬が実在するのなら、10億ドル出してでも買い取りたい"とね。この薬にはそれだけの価値があるんだよ」
「……結局はカネってことかよ」
「それが全てってわけじゃないさ。まあ、君に話したところで仕方のない話だ」
ジョナスが肩をすくめて笑う。
「さて、そろそろいいかい? シェリーにお別れを言ってあげなよ。この10年をともに生きてきたんだろう?」
ジョナスが立ち上がると、哀は顔を向けることなく口を開いた。
「……少し彼と2人きりにさせてくれないかしら」
「ああいいさ。積もる話もあるだろうからね。悔いが残らないように好きなだけ最後の時間を使うといい」
倉庫の外の古びた波止場の先端で、コナンと哀は海に向かって立っていた。
空はバカバカしいほど真っ青で、燦々と陽光が降り注ぎ潮風が髪をそよいでいる。こんな状況でなければ青春の1ページにしか見えないだろう。
もちろん波止場の根本では黒服たちが彼らを見張っていた。
普通に話せば声が届かない程度に距離を空けているのは、一応配慮しているつもりらしい。
その黒服たちの中に、一人異様に目立つ女がいた。周囲の男たちよりも背が高く、恐ろしく冷たい目をした赤髪の女。明らかに他の黒服たちとは存在感の質が違う。ジョナスの右腕のような存在に違いなかった。
だがコナンにとってはもはやどうでもいいことだった。
「灰原、おめー一体どういうつもりなんだよ」
コナンが哀をにらみつける。
「あら、てっきりありがとうって言ってもらえると思ってたのだけど。あなたの命は助かるのよ?」
小馬鹿にしたように笑みを作る哀。
「……おめーいい加減にしろよな……。自分だけが犠牲になろうとするのはやめろっつってんだろ」
「……そうね、だけど仕方ないじゃない。あなたやみんなを助ける方法が見つかったんだから」
「それでオレが納得するとでも?」
「別に納得なんてしてくれなくてもいいわ」
哀は決してコナンと目を合わせようとはせず、うつむいたままそう言い捨てた。
このままでは埒があかない。コナンはまず矛先を変えることにした。
「そもそもあのヤローはなんなんだよ。あんな奴組織にいたのか? 第一、10年前に組織にいた人間にしちゃあ若すぎるじゃねーか。あれじゃまるで……」
哀が首を振る。
「いいえ、彼はAPTX4869の被験者ではないわ。あれが実年齢よ」
「それってどういう……」
「組織はね、ある時期から小さな子どもをどこかしらから"調達"して手駒として教育するプログラムを行っていたのよ」
「!」
「沼淵己一郎って覚えてる? あいつの場合は大人になってから組織に拾われた人間だけど、同じことを彼らは身寄りのない子どもに対しても行っていた」
「そうだ、ジョディ先生も言っていた……。オレ達が奴らの本体を潰した後で、FBIがアメリカの拠点を叩いた時に子どもを何人か保護したって……! でも、その時保護されたのが全員じゃなかったってことか!?」
「そうみたいね。私もまさか、あの時あのアジトに組織に教育された子どもがいたなんて思ってなかったわ。ましてやその子どもがAPTXのデータを持ち出して脱走していたなんてね……」
哀が肩をすくめる。
「結局は、私の人生すべてのツケが回ってきたってことよ」
「……それがどうしておめーのツケになるんだよ」
「組織が子どもを教育するというプログラムを計画したのは、私のせいだから」
「!!」
「私の場合は、両親がもともと組織に属して研究を行っていたから、お姉ちゃんともどもその身内として組織の管理下に置かれることになった。だけど結果的には、幼少時から組織の英才教育を受けていた私が、両親の研究を完成させることに成功してしまった……」
哀の言葉には諦念がにじんでいた。
「だから奴らはそれに味をしめて子どもをさらってくるようになった。そう言いたいのか?」
「ええ」
哀がうなずく。
「そんなもん全部奴らのせいじゃねーか。おめーが罪をかぶるようなことじゃ……」
「本当にそうかしら? 私がまだ組織の一員だったころ、奴らが何をやり始めたのか、なんとなくではあっても気づいていたわ。でも私は何もしなかった。組織に歯向かったのも別にそのプログラムのせいじゃなく、お姉ちゃんの死という個人的な理由だった。そして私は勝手に絶望して勝手に死のうとして、結果的に体が縮んだ時には自分だけ逃げ出したのよ。私に同情の余地があると思う?」
「そんな……」
「FBIが子どもたちを保護したと聞いた時、私は自分の罪が洗い流されたような気になったわ。そして今日までおめおめと幸せに生きてきた……。笑っちゃうでしょう? こんな血まみれの手で、普通の人間として人生をやり直せると思っていたなんて」
自分の両手を見つめて自嘲する哀。
「言ったでしょ、奴らと取引してあなた達を守ってみせるって。どうやらうまくいきそうよ」
哀はようやくコナンに顔を向け、微笑んだ。
「私の待遇は心配しないで。クリエイティブな仕事というのは頭に銃を突きつけられながらできることじゃない――その程度のことはジョナスもわかっているわ。この上ない素敵な邸宅で、何不自由ない豊かな暮らしを保証してくれるそうよ。どんな贅沢だってさせてくれるってね。悪くないオファーだと思わない? 誰かさんのだらけた暮らしに付き合うより快適かもね」
「……本気で言ってんのか? 本気であのヤローに協力するって?」
「心配しないで。そうそうあの薬を復活なんてさせやしないから。のらりくらりと、何年でも時間を稼いでみせるわ。ジョナスが諦めて匙を投げるまで……」
「それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだから」
「……ふざけ……」
コナンが肩を震わせ、哀に言い返そうとしたその時――
不意に口が塞がれた。
「!!!」
柔らかい感触。コナンは呆然と立ちすくむことしかできなかった。それはあまりに予想外の出来事だった。
哀の唇が、コナンのそれに重なっていた。
「……!」
何が起きたのかようやく理解した時、コナンはもう一つの異変に気づいた。
哀はコナンの首筋に何かを刺していた。それは針の感触だった。気づいた時にはすでに遅かった。コナンはその針のことを誰よりもよく知っていた。
哀が顔を離す。
その時すでに、コナンの体からは力が抜けていた。
「はいばら、おまえ……」
膝が支えを失って崩れ落ち、視界が白く染まっていく。
意識が薄れゆく中で、ほんのかすかに声が聞こえた。
「さよなら」
コナンの頬に一粒の水滴が落ちた。
(……)
(…………)
(…………空、だ)
コナンが目を覚ました時、そこには夜空が広がっていた。星がまばらでうっすら明るい、都会の夜空だ。
背中に感じるのは、冷たい草の地面の感触だった。
コナンはどこか見覚えのある場所に仰向けで放置されていた。
ぼんやりとしたままの頭を、首を降って無理やり起こし、ふらつきながらコナンは立ち上がった。
見覚えのある景色なのは当然だった。そこは自分の家の庭だった。塀に囲われているので外の道路からは見えない位置だ。
一体何時間ここで寝ていたのだろうか?
コナンの思考はまだうまく働いていなかった。
不確かな足取りで玄関まで歩いていく。ポケットの中には鍵が入ったままだった。
案の定、家の中は真っ暗だった。コナンは明かりをつけ、誰もいないリビングに足を踏み入れた。
――あらおかえりなさい。遅かったじゃない
ソファーに誰かが座っていて、こちらに振り向いてそう言ってきた気がした。
皮肉めいた微笑みで、だけどとても優しい声で。
でもそこに赤みがかった茶髪の少女はいなかった。
彼女はもうどこにもいなかった。
意識が戻ってからずっと、コナンはその事実を認めることを拒否していた。
心のどこかで、すべては悪い夢だったという結末を期待していた。
でも真実は、たった一つしかなかった。
コナンは震える足をなんとか動かしてソファーに腰を下ろし、うずくまった。
荒い呼吸を鎮めようと必死に深呼吸をしようとするが、それさえもできなかった。
いつの間にか、頬を水滴がつたっていることに気づいた。
それが最後のひと押しとなった。
そして、
泣き叫んだ。
慟哭が、工藤邸に響き渡った。
喉が痛み声が尽き涙が枯れ果てるまでそれは続いた。
それは永遠の拷問にも等しいような時間だった。
一体、どれほどそうしていただろうか。
コナンが泣き叫ぶ力さえ失いぐったりと横たわっていた時、不意にインターホンのチャイムが鳴り響いた。
(今のは……?)
コナンが状況を理解する前に、その音はすぐに繰り返された。
ピンポンピンポンピンポンとうるさく何度も同じ音が響く。やかましいにもほどがあった。
コナンは身を起こし、インターホンのモニターボタンを押す。外の様子が映し出された。
『おいコナン、帰ってんのか~!? どこで何してたんだおめーら~~~!』
『コナンく~~~ん! 哀ちゃんもいるの~~~!?』
コナンの目が見開かれた。
「あいつら……!!!」
大声で騒いでいる歩美と元太。その後ろで腕を組んで立っている光彦。
『いるのかいねーのか~~! いねーならいねーって返事しろよコナーーーン!!!』