(オレは弱くなった。本当に弱くなった)
コナンは何度も同じ結論に達した。
(今のオレには、灰原にお前を守るなんて言えねえ。そんな力も覚悟もねえ)
だがせめて、今騒ぎの連続殺人犯からは守ってみせる。本人にそのことを伝える必要はない。ただできることをやればいい。
だからコナンは、気の進まない人物に会うことにした。
その人物に自分から連絡を取ることなど、ずいぶん久しぶりのことだった。
「まさか君の方から呼びだしてもらえるとは思ってませんでしたよ」
待ち合わせ場所として指定した校庭の片隅で、コナンとほぼ同じ目線の高さの少年が笑顔で声をかけてきた。
友達に対する笑顔というよりは、なにやら妙に余裕めいた、こちらを値踏みしてくるかのような表情だ。
(……フン、舐められるわけにゃあいかねーな)
コナンは挑発的な笑顔を作って対峙した。
「オレだってあんまり気は進まねーんだけどな。この際背に腹は代えられないってヤツだ」
「ひょっとして、例の連続殺人事件のことですか?」
「……さすがだな」
「ある意味わかりやすいですからね、君は」
「やれやれ、まあこっちこそ話が早くて助かるってなもんだぜ」
コナンは肩をすくめた。わかっていたことではあるが、そうおいそれと隠し事ができるような甘い相手ではないということだ。
事実、光彦の知力は高校生の中では群を抜いている。なにしろコンピュータスキルや機械工学などの分野では既にコナンですら太刀打ち出来ないのだ。その気があればどんな一流大学にだって飛び級で入れるだろう。
「オレはその事件の犯人を捕まえたい。理由は灰原が不安がっているからだ。灰原を安心させる、この目的ならオレ達の利害は一致できるはずだ」
「ええ異論ありません。ただ、あの灰原さんが、単に容姿が似た女性が殺されたという理由だけでそこまで不安がるのかというと、いささか腑に落ちませんがね」
光彦が余裕めいた笑みを浮かべる。
何か隠してませんか、とでも言いたげに。
(こいつ、どこまで気づいてるんだ?)
ここで光彦のペースに乗せられるわけにはいかなかった。
「オレはこの事件の捜査情報を持っている」
「なるほど……高木警部からですか? それとも蘭さん?」
「
「なるほど、蘭さんですね」
「ニャロー……」
コナンが睨みつけていることなど気づいていないかのように、光彦は笑顔で肩をすくめた。
「言ったでしょう、君はわかりやすいって。……ま、そんなことはどうでもいいんです。僕にできることはなんですか?」
「博士は今日本にいない。フサエさんと楽しく暮らしている博士を巻き込みたいとも思わねえ。だが今のオレには博士の作った道具が必要だ」
「……それが僕となんの関係が?」
「博士は誰よりもおめーを認めている。博士が発明品を託したのはオレや灰原にじゃねえ、おめーにだ」
「……博士が、そう言ってたんですか?」
微かな動揺。見逃すコナンではなかった。
「別に博士から聞いたわけじゃねーよ。オレが探偵をやめると言った時、博士はずいぶん寂しそうにしていた。そしてオレのために作った発明品は悪用されないために全部捨てて資料も消すって言っていた。だけどあの人は根っからの発明家だ。そう簡単に自分の発明品を消し去れるわけがねえ。誰かに託したって考えた方が腑に落ちるだろ?」
「それがなぜ僕だと?」
「簡単な話、他にいねえってことだ。まず確実に灰原じゃねえ。あいつなら“そんなものさっさと捨てちゃいなさい”って言う方だろうからな。となれば答えは一つ」
コナンは、チッチッチと人差し指を立てて笑った。
「ありえないことを取り除いて残ったものがなんであれ真実……初歩的なことだよ、ワトソン君」
光彦もそれを見て苦笑する。
「久しぶりに、昔の君が少し戻ってきましたね。……ま、僕はまだまだ今の君を認めるつもりはありませんが」
光彦はきびすを返して歩き出す。
「ついて来てください。いくらかの助力はできると思いますよ」
「こんなところに何があるんだ?」
コナンはいぶかしむ。光彦に連れられてきたのは、港湾地区の広い国道から一本脇道に入った場所に構えられた、たくさんのコンテナが並び立つ倉庫区画だった。およそ高校生に縁があるとは思えない場所だ。ある程度距離があるというのに、国道を走る無数のトラックの走行音がやかましい。
「僕の家は少々手狭ですからね」
光彦はズラリと並ぶ無骨なコンテナハウスの中から一つを選び、鞄から取り出した鍵でそこの扉を開けた。
コンテナの幅と高さは2.5メートルほどで、中の広さは四畳と少しといったところ。つまり国際的な20フィートコンテナの統一規格ということだ。
その中は――スカスカだった。奥に置かれた簡素なアルミテーブルと椅子、テーブルの上にはパソコンが一台。以上。
「これだけか?」
「見ての通りです」
「おめー、オレをからかってんじゃねーだろうな……」
光彦はクスリと笑って椅子の上に登って立った。手を天井に伸ばし、何やらごそごそといじっている。
「……?」
光彦が天井の何かを「回した」時、ガチャンという音とともに天井の一部がスライドし、数十センチの空間が開いた。そして光彦はそこから梯子を下ろしていく。
「オイオイ、スパイの秘密基地みたいなことやってんじゃねーか」
「こういうの憧れるでしょう? 一度やってみたかったんですよ」
梯子を床まで下ろした光彦がそれを登っていくと、コナンも後に続く。天井の上にあったのは、もう一つのコンテナ空間だった。ただし、外の光が入ってくる1階と違ってほぼ真っ暗に近い。
「なるほどな……。このコンテナ、明らかに上にもう一つ積んでいたのに、上に上がる階段は外にも中にも見当たらなかった。明らかに不自然だったな」
「そういうことです」
光彦がどこかのスイッチを入れると、電球の明かりが灯った。それでも暗いことは暗い――だが、いくつもの箱が照らされていた。
「さて、サルベージといきましょうか」
「ありがとよ光彦、恩に着るぜ」
コンテナハウスの外、陽光の下でコナンは指先であちこちを触って道具の感触を確かめる。ひどく懐かしい気分がした。思わず笑みがこぼれてしまう。
腕時計型麻酔銃。リストバンド部分は大人サイズ用に新しくなっているが、古びた文字盤は当時のままだ。
蝶ネクタイ型変声機。さすがに今これを着けるのは恥ずかしいのでポケットに押し込む。
犯人追跡メガネ。……まったく、一体全体どうやってここまでの機能をこのメガネに詰め込んだんだ?もしかしてやっぱり博士は本当の天才なのかもしれない。
「お礼を言うのは灰原さんを守りきってからにしてください。後で言い訳は聞きたくありませんよ」
「ああ、任せとけ」
コナンは胸を張った。こんなに堂々と頼もしいことを言ったのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。
(装備が戻ったら自信も戻ったのか? 我ながら現金すぎねーかそりゃ……)
「あ、ところでキック力増強シューズとターボエンジンスケボーはやっぱり使えねーのか?」
「今の君のサイズに合うものなんてさすがの博士も作ってませんよ。あまり贅沢言わないでください」
腕組みジト目でコナンを睨む光彦。
「ははっ、悪りぃ悪りぃ」
コナンは空が赤くなってきたことに気づいた。雲でかすんだ夕日に目をやり、表情を引き締める。
もうなんの言い訳も許されない。ここが出発点だ。
――あなた、言ったじゃない
――逃げるなって、運命から逃げるなって
――守って、くれるんでしょ?
(ああ、おれが絶対に守ってみせる)
深く、息をつく。止まっていた時間が再び動き出した。
書き溜めていた分はここまでです。
今後は更新ペースが落ちますが、気長にお待ちください。