変遷信仰 / Everlasting_Blanc 作:宇宮 祐樹
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変われるものと、変われないもの。
変わりゆくものと、変わらないでいるもの。
変わろうとするものと、変わろうとしないもの。
不変は安寧と平穏を齎すが、停滞と衰弱を産む。
変遷は喪失と混沌を齎すが、未来を希望を産む。
きっとこれは、そういう話だ。
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変遷信仰 / Everlasting_Blanc
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「こりゃまた、とんでもないことになってるね」
白い息を吐きながら、ネプテューヌが言葉を漏らす。その菖蒲の瞳が見上げるのは、雲を突き抜けるほどに巨大な一本の大樹であった。
とはいえそれは、視界をほとんど遮る程の猛吹雪によって、ぼんやりとした影でしか捉えられない。しかしながら、その大きさに反してひっそりと佇むその影に、彼女はただ乾いた笑いを浮かべていた。
「いくらメルヘンを売りにしてるって言っても、これはどうかと思うなあ」
呆れたように呟いて、ネプテューヌが止めていた歩みを進めていく。
雪に埋もれた看板には、ルウィーへの道のりが示してあった。
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事の発端は、とある一本の電話であった。
「……ネプテューヌさん?」
「んー?」
「その、電話が鳴ってるんですけど……」
「面倒だからいーすんが出てよ」
「ネプテューヌさん宛ての電話に私が出てどうするんですか!」
声を張り上げるイストワールに、しかしながらネプテューヌはそれ以上を続けることはなかった。布団を頭の上から被り、体を丸くちぢこめる。時計の針は既に午後の三時を示しているが、彼女にとって時間などは些細なことであった。
「全く、どうしちゃったんですか? いつもなら流石に起きてる時間なのに……」
「だって」
ひょこ、と首だけを布団から出したネプテューヌが、窓の外へと目を向ける。
「寒いもん」
そこから見える風景は、一面の雪景色であった。
「だからといって、こんな時間まで布団に籠りっきりだなんて」
「冬眠だよ。無駄なエネルギー使いたくないもん」
「あなたは熊か何かですか……」
溜め息と共に呟いた言葉に、ネプテューヌが再び布団の中へと潜り込む。
記録的な大雪であった。朝から降り続ける雪は止むことはなく、それどころか勢いを増しつつ未だに振り続けている。降雪が珍しいプラネテューヌにとって、それは未曾有の事態であった。
本来ならば仕事を全て放り出して外に遊びに行きそうなものだが、今のネプテューヌにはその元気すらも無いようだし、相当参っているようらしい。こうなってしまうと意地でも動かないということは、イストワールも何となく理解していた。
そんな彼女を急かすように、未だに電話のベルは鳴り続ける。
「……いーすん、それ止めてよ」
「ですが」
「いいから止めて! ブツ切りでも出るでもいいから! 早く!」
最早ノイローゼを発症しそうな勢いであった。普段ならば決して見せないような彼女の様子に、イストワールも何か声をかけようとしたが、それもできなかった。
やがて。
「……はい、こちらプラネテューヌ教会本部」
受話器を机の上に置きながら、イストワールが疲れ切った声色で呟く。
ようやく鳴りやんだベルの音に、ネプテューヌがほっと息を漏らしながら、再び目を閉じた。
「はい、ええ……え? 今……それって……」
布団の向こうから聞こえる声からして何やらまずい事態らしいが、イストワールなら上手くやってくれるだろう。いつもそうだ。ネプテューヌが働かなくとも、彼女が居ればある程度の事は上手くいく。落ちぶれたと言われようが構わない。
そうやって自分に言い聞かせつつ、累計で三度目の眠りに入ろうとした、その時。
「ネプテューヌさん」
呼びかける彼女に、ネプテューヌが目を開く。
切羽詰まったような彼女の声色に気づかないほど、落ちぶれているわけでもなかった。
「なに?」
「……どうぞ」
多くは語らず、イストワールが持ってきた受話器を手に取った。つまるところ、聴いたほうが早い、ということらしい。相手が誰かを伝えてくれないのもどうかとは思うが。
果たして、耳にあてがった受話器の向こう、そこから聞こえた声は。
『ネプテューヌ様、ですか?』
「……フィナンシェ?」
思い出すのに少し時間は要ったが、それは確かに彼女の声であった。
フィナンシェ。ルウィーの女神であるブラン、その彼女に仕えるメイドの一人である。
特別、個人的な繋がりがあるわけではなかった。それは向こうも同じだろう。だからこそ不思議だった。教会としてではなく、ネプテューヌ個人に電話をかけてくることが。
「どうしたの?」
『お願いがあるんです』
しばらくの間を置いて、彼女が泣きそうな声で口にしたのは。
『ブラン様を、助けてください』
そんな、短い言葉だった。
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『ネプテューヌさん、聴こえますか?』
「なんとかね」
通信器から聞こえるノイズの混じったイストワールの声に、ネプテューヌが答える。
この吹雪では無理もない。寧ろ繋がっただけでも僥倖だろう。そうやって好意的に考えないと参ってしまうほどに、今の状況は切迫したものだった。
絶え間なく吹き荒れる吹雪に、全身が縛り付けられるような寒さ。プラネテューヌを出てから一時間も経過していないが、既にネプテューヌはあのくたくたの布団が恋しくなった。
服装もいつものような薄着ではなく、黒と紫を基調とした極地用ののコートを着込んでいる。いくら女神の体が丈夫とはいえ、さすがにあの服装で出歩けるような寒さではなかった。同時に、それだけこの寒さが異常であるということでもあった。
『今回は、あくまでフィナンシェさん個人としての頼みですから』
「わかってるよ。つまりオフってことでしょ?」
フードを深く被り直し、ポケットの中のカイロで暖を取りながら、ネプテューヌが息を吐く。見上げた木の影は、ルウィーに近づいているにも関わらず、遥か遠くに見えている気がした。
一歩間違えれば、侵略行為に繋がるような事態だった。一国の女神が単身で他国に、しかもその女神の許可もなく入国するなど。
普段であれば流石に一言伝えておくし、そもそも互いにそんな物騒なことを考えるほど仲が悪くもないが、今回は状況が状況であった。
だから、ネプギアも置いてきた。ノワールとベールにも何も伝えていない。フィナンシェの個人的な頼みを、ネプテューヌが個人的に請け負う、というのが今回の建前であった。
最終的にそれで済むかどうか、というのは別問題であるが。
『状況はどうなってますか?』
「今、ルウィーに着いたとこ。でも、検問とかしてないみたい。普通に入れそう」
『国としての機能が停止してるんでしょうか』
「分かんない。映像送ろうか?」
『見て分かるものなら』
「じゃあやめとく」
ただの吹雪の映像を送っても、何の意味もない。
「あと、ちょっと妙なことになってるみたい」
『妙なこと、ですか?』
「なんだろう……えーっと……ねえ、いーすん? ルウィーにさ、国の外からでも見える、すっごい大きな樹なんてあったっけ? もう、頂上に雲がかかって見えないくらいでかいヤツ」
『……私の知る限り、ルウィーにそんな奇妙なものは存在してなかったはずですが』
「だよね」
巨大な影を見上げつつ、ネプテューヌが応えた。
『とにかく、今はフィナンシェさんと合流することを優先しましょう。何があったかは彼女の口から聞けるはずです』
「そうだね」
『通信は繋いだままにしておいてください。何か分かり次第、こちらからも連絡するので』
「うん」
もう一度だけフードの調子を整えながら、ネプテューヌはルウィーへと足を踏み入れる。
国の状態は、それほど困窮しているようではなかった。元より雪国であったため、寒さや降雪への対策はある程度整っていたのであろう。見かけの被害はそこまでではなかった。
しかし、元の活気があるかと言われればそうでもなかった。道端にはまばらに人が座り込んでおり、そこに時折、近くの飲食店の従業員なのだろう、暖かい飲み物が配られている。
例えるなら、避難所のようであった。そこから分かるのは、国民が何かから逃げているということ。そして、国の中心に
「ネプテューヌ様」
背後からかけられたそんな声に、ネプテューヌの思考が遮られる。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。背仲までに届く淡い金髪に、大きな栗色の瞳。背丈はネプテューヌとほとんど同じくらいで、朱色の大きなコートに身を包んでいる。
唐突に表れた彼女へ対し、ネプテューヌは少しだけ間を置いてから、
「……もしかして、フィナンシェ?」
「はい」
こくり、と少女――フィナンシェが首肯した。
「なんか……アレだね。いつもの服と違うと、ほんとに誰か分かんないや」
「今の状況だと、その方が都合がいいんですけど」
「あ、もしかしてそういう話題、地雷だった?」
「そういう訳ではありませんが」
中々距離感が掴めない。そもそも、こうして顔を合わして話すことすら互いに初めてかもしれない。上手くいかない会話にネプテューヌが顔を曇らせていると、彼女はそのまま言葉を続け、
「時間がありませんので、歩きながら説明します」
「うん」
進み始めた彼女の隣に、ネプテューヌが並ぶ。
「ネプテューヌ様もお気づきかと思われますが」
「あの樹だよね?」
問いかけに、フィナンシェが首を縦に振る。
「私が目を醒ました時は、既に手遅れでした。この雪が降り始めたのも、ルウィーがこんなことになってしまったのも。原因は全て、あの樹にあると私たちは考えました」
「……結局、あれは何なの?」
「分かりません。ただ」
細い指先が示したのは、聳える大樹の頂上で。
「ブラン様は、あの樹の中にいらっしゃいます」
「え」
同じように見上げるネプテューヌの瞳は、大きく見開かれていた。
「……何があったの、本当に」
「分かりません。ブラン様のお考えなのか、それとも偶発的に起きたものなのか、その区別すらついていない状態です。私たちにもどうすることもできず、こうしてネプテューヌ様に助けを」
「そんなこと言われたって……大体、なんでノワールとかベールじゃなくて私に」
「お願いです」
困ったように明後日の方向を向く彼女の腕を、フィナンシェが掴んで。
「きっと、ブラン様にはあなたが必要なんです」
「……私が?」
その言葉に疑問を抱かざるを得なかったが、それ以上を質すことはできなかった。彼女のぼろぼろの表情を見れば、そうすることしかできなかった。それは、初めて見る彼女の表情だった。
しばらくの沈黙。振り続ける雪が、二人のことを包み込む。
「わかったよ」
笑いながら、ネプテューヌがフィナンシェの頭に積もる雪を払い落した。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。それにここで借りを作っておけば、いざという時ブランに何かお願いできるし」
「それでも、ブラン様を助けてくださるなら」
「……いや、ごめん。冗談」
ばつの悪そうに視線を落とす彼女に、フィナンシェの口元にも微かな笑みが浮かぶ。
「そういえば、ロムちゃんとラムちゃんは?」
「お二人ともミナ様のところにいらっしゃいます。今はこの近辺で身を潜めていますが」
「あの三人でも、止められなかったってこと?」
「そうなります」
未熟だとは思っていない。ネプテューヌはただ、事実をしっかりと受け止めていた。
「で、その三人はどこ?」
「ここです」
呟いて、二人が歩みを止める。
小さな喫茶店であった。大通りから遠く離れた路地裏の、そのまた隅っこにあるような、ぼろついたもの。その寂れた佇まいにネプテューヌは少し頬を引き攣らせたが、扉に手をかけたフィナンシェの後を黙ってついていくしかなかった。
中も見かけの通り古びたものではあったが、そこまで廃れているわけでもなかった。照明もなんとかついているし、テーブルと椅子もほとんど無事である。なるほど確かに、隠れ蓑としてはもってこいの場所であった。
そして、一番奥の席に座っていたのは。
「ネプテューヌさん?」
「ネプテューヌちゃん!」
驚いたような表情を浮かべる西沢ミナと、こちらへ駆け寄ってくるラムの二人で。
「……ロムちゃんは?」
最初に感じた違和感は、それだった。
「ネプテューヌちゃん、お願い! ロムちゃんを助けてあげて!」
「え?」
「一人でお姉ちゃんのとこに行っちゃったの! あそこ、みんな凍っちゃって危ないのに……ロムちゃん、お姉ちゃんを助けたいって! でも、あんなところに行ったらロムちゃんも……!」
「いや、だから……」
「死んじゃやだよぉ! ロムちゃんがいなくなったら、わたし……わたし……!」
ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせながら、ラムがネプテューヌの体へと抱き着いた。
「……どういうこと?」
「ええと……私も、どこから話せばよいのか……」
困惑するミナが、ぽつりぽつりと語り出す。
「おそらく、シェアエネルギーの暴走が原因かと」
「暴走?」
「はい」
聞き覚えのない現象であった。少なくとも、ネプテューヌにとっては。
通信機を取り出して、画面の中へと問いかける。
「……いーすん? そんなことってあるの?」
『暴走すること自体は予測できる事態です。もっとも、それを管理するのも教祖の役目ですが』
「厳しいなあ」
目を配ると、ミナが悔しそうな表情をしているのが分かった。
『でも、いくらシェアエネルギーが暴走したからといって、こんな事態になるとは思えませんね』
「……たとえば、私のシェアエネルギーが暴走したとしたら、どんな風になると思う?」
『今と何も変わらないと思いますよ?』
「えー」
『逆に聞きますけど、ネプテューヌさんは今のプラネテューヌがこう変わってほしいとか、こうなってほしいとか、そういう願いはあるんですか?』
イストワールのそんな問いかけに、ネプテューヌがふと考える。
しかし、思い浮かぶものは何もなかった。プラネテューヌはプラネテューヌのままでいい。その願いはおそらく、ネプテューヌが女神でなくなったとしても、同じものなのだろう。ただプラネテューヌの皆が平和に暮らしてくれればと、何の変哲もない、平凡で退屈な日常を過ごしてくれればいいと、ネプテューヌは思っていた。
『つまり、そういうことです』
言葉の真意はよくわからなかったが、ネプテューヌはそれを何となく理解していた。
「……だったら、このルウィーもブランが願ったルウィー、ってこと?」
『シェアエネルギーの反芻、それによる現象を考えればそれが妥当だと思いますが……』
「ちがうよ!」
言葉を遮ったのは、ラムの叫びだった。
「お姉ちゃんはそんなことしない! ぜったい、ちがうもん!」
「ちょっと、ラム!」
「離してよミナちゃん! 私、行かないと!」
「でも、あなたがいなくなったら……」
「ミナちゃんだってそう思うでしょ!? あんなに優しいお姉ちゃんがこんなことするなんて考えられない! きっと、悪いいやつらに操られてるんだわ! そうに決まってるわよ!」
「……それは」
「っ、離してよ! いいからっ!」
言いよどむミナの腕を振りほどいて、ラムが無理やりネプテューヌの手を握る。
「ネプテューヌちゃん、私たちを助けに来てくれたんだよね?」
「そうだけど」
「だったら、私も連れてって! それで、ロムちゃんも一緒に見つけて! お願い!」
よく状況が分かっていない。困惑しながら、ネプテューヌが同じ問いかけを口にする。
「……結局、ロムちゃんはどこに行ったの?」
「分かりません」
「分かんない、って」
「ここに来るときには、既に私たちとはぐれてました。あの子のことだからきっと、ブラン様のところへ行ったんだと思います。でも、私たちも思うように動けなくて。ここであなたを待つことしかできなかったんです」
『……まあ、そうでしょうね。国がこんな状況になってしまえば、女神への不満も高まるでしょうし。こんな場所に居座る理由もないですから』
「だから、私しか頼れなかった、ってわけ?」
「そうなります」
フィナンシェの答えに、ネプテューヌが疲れたようにため息を一つ。
呆れていた。自分の国のことは自分で解決しろ、なんて情のないことを言うつもりはないが、だからといってここまで落ちぶれてしまうとは。どちらかというとネプテューヌは、ブランのために動いているというよりも、彼女らに振り回されている、という感覚のほうが強かった。
しかしながら、他の誰でもない者の頼みであるというのも、理解していた。それだけ彼女が、他の皆にとっても大事な存在であるということも。そしてその中に、自分が入っているということも、全て。
つくづく苦労の多い性格だと珍しく自嘲していた。主人公とは結局、そういうものらしい。
ラムの頭を撫でる。少し乱暴に強くしてやると、彼女は子猫みたいに目を細めて、ネプテューヌのことを見上げていた。
「分かったよ。ロムちゃんも見つけてくるし、ブランのことも何とかしてくる」
「ありがとうございます……!」
そうと決まれば行動は早かった。ラムの手を引きながら、喫茶店のドアを引く。隙間から入ってくる凍えた風が、ネプテューヌの頬を強く撫でた。
「……気を付けてくださいね」
「大丈夫。ブランには何度も勝ってるし、今回もいつも通りだよ」
「そうではなく」
言い返してきたミナに、視線を送る。
「ネプテューヌ様はどうか、あのお方に飲み込まれないよう」
「どういうこと?」
「誰かに操られているとか、自分が選んだとか、そういうことはもはや関係ないんです。ただ確実に言えるのは、今のルウィーがあのお方の望みということ。この惨状は、ブラン様が本心から望んだということです」
「……何がいいたいのさ」
苛立ちを感じ始めた彼女へ、ミナが一言。
「ブラン様はきっと、不変を望んでいるのです」