やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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1章 やはり、俺のデートは相談からしてまちがっている
第1話 やはり、俺のデートは相談からしてまちがっている


「はぁ? デートの相談?」

 

 生徒会室で俺の相談の目的を聞いた一色いろはの第一声はこれだった。

 一色はリポート番組でゲテモノ料理を食わされる新人女子アナウンサーが一瞬ガチで見せる嫌悪のような表情で俺を見る。想定の範囲内であるので俺は構わず話を続ける。

 

「ああ。今度コンペでプレゼンをすることになった」

「コンペ」

 

 今度は『デート』という単語と直接結びつかない『コンペ』という単語に、一色はベテラン芸人の渾身のギャグを拾い損ねた新人女子アナウンサーのように眉をひそめた。これも想定の範囲内の反応であるので、俺は構わずこの二つの単語を結び付ける説明をする。

 

「俺も雪ノ下もいかんせん対人スキルが低過ぎて、交際を始めたものの何をすればいいかわからなくてな。それでとりあえず男女交際といえばデートだろうという話になったんだが、今度は具体的にどこへ行けばいいかわからない。そしたら雪ノ下が『ではそれぞれデートコースについて調べて、より優れたプランを実行することにしましょう』と言い出してな。コンペ形式でデートプランのプレゼンをすることになったんだ」

 

 説明を聞き終えた一色の感想は次の通りだった。

 

「バカじゃないですか?」

 

 ですよねー。

 だが、雪ノ下のパートナーとなった俺としては彼女の名誉を守る義務がある。俺は毅然として言った。

 

「そこがかわいいまである」

「リア充は爆発しなくていいですから、バカップルは対消滅してください」

 

 さすが辛辣。いろはす辛辣。

 そこで一色はハッとなにかに気づいたように開いた手で口もとを隠し、「えっ、わたしの年収ってこんなに低いの?」みたいなわざとらしい顔をした。

 

「はっ! もしかして、これデートの相談を装った浮気のサインですかでもわたしキープ扱いされる安い女ではないですからきちんと関係を清算してからもう一度申し込んで下さいごめんなさい」

 

 そして、ぺこりと丁寧に一礼。

 この芸風も随分と板についてきたな……と、後輩の成長に想いを馳せると同時に、時間遅れで違和感が湧く。

 

「……それ乗換ならオーケーみたいなことになってるが大丈夫か?」

「は? 後輩女子に恥ずかしげもなく彼女とのデートプラン相談に来る交際スキル皆無の哀れな先輩ごときの相手をしてあげているわたしによくそんな失礼な口を利けますね?」

「ごめんなさい」

 

 半ギレいろはすに速攻で頭を下げる。男なら謝ると決めたら潔く。そして仕切り直して、しれっと話題を戻すのだ。

 

「いやな、まじめに考えると、なかなかこれだというのが思いつかなくてな。なんだかんだでここ千葉だし。千葉なんもないし」

「普段は散々、鬱陶しいくらいの千葉愛アピールしといてなんですかそれ」

「いや、だって千葉だし。千葉駅の周りとか三越もパルコもなくなっちゃって、ホントどうすんのコレって感じだし」

 

 千葉は変わった。三越は撤退しライオン像もいなくなった。生徒会選挙のときに陽乃さんにハメられて折本や葉山の野郎と行くことになったあのパルコももうない。あそこの本屋、品揃えが変わっていて好きだったのに……。駅前は再開発で新しくビルを建てているが、完成は何年先になることか。

 

「デートならわたしと一回、(仮)(かっこかり)のやったじゃないですか。アレでいいんじゃないですか?」

 

 一色がやれやれといった感じで、自分の爪とか見ながら面倒くさそうに言う。そういえばあったなそんなの。葉山とのデートの練習とかなんとかで付き合わされて、最終的には生徒会のフリーペーパー企画の取材に利用されたヤツ。しかし、あれも……、

 

「千葉駅集合から千葉中央の京成ローザまで歩いて映画を断念、それでアサヒボウルで卓球して、富士見通りのなりたけでラーメンを食い、道を戻って千葉中央駅前のカフェとか、半径二百メートル以内のデートコースなんてコンパクトシティが過ぎて死ねる。千葉狭過ぎねぇ?」

「まとまってると言ってあげて下さい。あと、わたしとのデートを黒歴史扱いしないで下さい」

 

 なんかぷんすこしている一色。いやもうだって、プレゼンするデートプランとしては行き当たりばったり感が過ぎるじゃん。雪ノ下のことだから「このプランのテーマはなに?」くらいのこと言うよ?

 

「自分のよく行く場所を紹介するというのも方法ですよ? ラーメン美味しかったですし」

「それだとラーメンはともかくとして……Bee-Oneのヨドバシカメラをのぞくと見せかけてのイエローサブマリン発、アニメイト経由の終点とらのあなとかの最新サブカルチェックツアーになり得るが、それはアウトだろう。そのぐらいの分別はある」

「とら……? まあ、アニメイトでだいたいの方向性は想像できますけど、端的に言ってドン引きでしょうね」

 

 引き気味の一色の態度に俺も同意する。これはオタク趣味への裏切りではない。交際初手で踏む手順としては単純にハードルが高いという客観的判断である。ウソじゃないよ? それにこのプランだと、途中で材木座やら秦野やら相模弟やらのモブキャラに偶然ばったりとか「それある~」だからね? 下手するととらのあなで年齢詐称してBL本漁り中の海老名さんとエンカウントとかもあり得るからね? 棲み分けはエチケットだから。これ大事。俺は詳しいんだ!

 

「海浜公園は一回行ったしなぁ。パンさんは……高校生には高過ぎる」

 

 一番喜ぶのは東京ディスティニーランドだろうが、高校生の財布には優しくない。パンさんは貧者には非情で冷酷なパンダなのだ。

 

「ああ、そういえば雪乃先輩ってかわいい好きでしたね」

 

 パンさんと聞いて一色がなにかを思い出したように指を立てた。

 

「あれ、どうです。動物公園」

「風太くんか!」

 

 千葉市動物公園。立ち上がるレッサーパンダ風太くんで一世を風靡した、千葉市が世界に誇る動物園だ。風太くんマジ国際ニュースにも流れたからね? ウソじゃないよ?

 

「情報古っ。後期高齢者ながらまだ生きてるそうですけど。最近はライオンとかチーターとかハイエナが増えたらしいですよー」

「詳しいな。なんだアレか? 一色は普段はツンケンしながらネコとか見ると無条件降伏するタイプか?」

「は? それ、どこの雪乃先輩ですか。違いますよ。通学にモノレール使ってれば嫌でもアップデートされますよ」

 

 なるほど。そういえば一色はモノレール通学だった。一度だけ送って帰ったときに一緒に乗ったな。千葉市動物公園にはモノレールの駅があるから、ポスター等で自然と最新情報が目に入る訳か。

 

「そういうの、葉山先輩の前ならやるのもやぶさかではないんですけど……あ、そうか。先輩はそういうのに弱いのか。チョロいんですね」

 

 指を顎に当てながら、「ああ」という顔で笑う一色。否と言えないのは図星にやぶさかではないからだ。ここは、男なら開き直るなら潔く、である。

 

「一色。お前はまだギャップ萌えの恐ろしさを理解していない。人は神ではない。神ではない人には必ず死角がある。死角は常に急所なのだ。その人の普段見せない一面というものは死角だ。ここから襲いかかる好感度というものは高確率で急所に刺さり、あらゆる人を悶えさせ――」

「きゃー見て下さい先輩、ネコですよー! 丸くなっててかわいー! なでさせてくれますかね? ほら、先輩一緒に――」

 

 俺の高説を遮って、一色がはしゃぎながら足元の虚空に不可視のネコを現出させて、俺を誘うように手招きをする。うん。死角というかなんというか、もうあれだ。

 

「あざとい」

「なんなんですか、もー」

 

 頬を膨らませて抗議する一色。あざとい。やめろ、そのあざとさは俺に効く。

 

「じゃあ、とりあえずこの日は空いてますんで、十時にモノレールの動物公園駅に集合でいいですね」

 

 そこからの光の速さを超えた感のある切り替えで、手帳を確認しながら一色がそう言った。うん? どういうことだ?

 

「なんでお前と行くことになってんの?」

「下見ですよ下見。デートに自信がなく後輩に相談してきた可哀想な先輩のために、かわいい後輩が一肌脱いであげてるんですよ。わー、わたし優しいー、これは後輩的にポイント高い」

「なにその聞き覚えしかないポイント制度」

 

 手を合わせて「きゃー」と言いながらニコニコ笑う一色。そういえば最近、小町とつるんでなにかと小賢しく立ち回っている空気は感じていたが、もうそこまで仲良くなってたの? これはお兄ちゃんとして付き合う先輩は選ぶべきだと愛する小町のために言うべき時がきたのではないだろうか――。

 

「はいはいはーい。じゃあ当日はよろしくお願いしますねー――セ・ン・パ・イ」

 

 そんな俺が覚えた危機感など知らぬ顔で一色は立ち上がると、そう俺の耳元に吐息とともに言い残して生徒会室を出て行った。

 これが一色いろはという後輩で、そのあざとさは俺に効く。


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