やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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第2話 きっと、俺にはこの謎を解くことは永遠にできない

 不承不承に連れ込まれたイタリアンレストランは、内装の色合いをブラウンに統一した落ち着いた空気のオサレなお店だった。特に目を引くのは奥一面の開放感ある大きな窓で、その外には『花の美術館』のシンボルのようにそびえる円筒形の巨大なガラス張りの温室と、その下に広がる色とりどりの季節の花が植えられた中庭が見える。この景色を借景として楽しむようにデザインされているのだろう。ほの暗い照明の店内から見るその風景はひとつの絵画のようで、『花の美術館』という名前が伊達ではないことを感じさせる。実にオサレだ。さらに店内はワンコの同伴も可であるらしく、そこかしこに愛犬との公園での散歩がてらにランチを楽しむマダムな方々が寛いでいる。実にオサレだ。

 どのくらいオサレかというと、普段オサレとは無縁の大衆向けチェーン店通いの俺ぐらいにオサレ免疫のない人間ならば、入店と同時にオサレミームに汚染され自意識指数が心拍数とともに過剰に上がり、自分が浮いていないか気になり出して異常な発汗とともに視線が泳ぎ、背筋が無駄に伸びて背筋(はいきん)が痛くなり、やたらと髪型が気になって手櫛を繰り返すなどの諸症状が発症するレベルである。やだぁ、店内にいる女性客がみんな「オホホ」と笑う上流階級の有閑マダムに見えるザマス……。

 このオサレ空間に臆することなく一色は、応対に来た店員に大窓の外のテラス席への案内を求める。えー、今日みたいに春らしい暖かさの天気のいい日なら一番の特等席じゃないですか。いろはす半端ないって! こんなオサレストランで堂々と欲しいサービス要求できるんやもん! そんなんできひんやん普通!

 ともあれ案内されたテラス席に座り、ふうと一息つきながら店員から差し出されたメニューを開く。その瞬間、俺の身体は蝋人形にでもなったかのように固まってしまった。ここは蝋人形の館だったのか? 聖飢魔Ⅱな悪魔でも潜んでいたのか?

 

「……なあ、一色」

 

 俺は深刻な顔で向かいの席に座る一色に素朴な疑問をぶつける。

 

「ここ高くない?」

「イタリアンのランチの値段なんてこんなもんですよ。男子なら適当に牛丼でも食ってりゃOKでしょうけど、女子は交際費が高いんですよ」

 

 ランチセット1815円(税込み)が普通……だと? 一色にディスられた世間の平均的男子なら牛丼チェーン店の並盛牛丼四杯食った上に健康を考えてサラダが付けられる値段なんですけど。ワンコインランチを探して昼時の飲食店街をさまよう世の小遣い制のリーマンパパなら目を剥いて発狂しそうなお話だ。一方でこのランチ代を払えるかどうかで交際資格の格付けがなされる女子の世界もなかなかにシビアなものである。これは特に十代だとお小遣い=親の所得で交際できる社会階層が変わることを意味する。これは平成不況と竹中構造改革が生み出した所得格差を原因とする歴とした社会問題なのである。

 俺はこの問題を全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しに解決する、ひとつの素晴らしい解答を一色に提示した。

 

「面倒くせぇな。イタリアンならみんな仲良くサイゼ行きゃよくね? サイゼなら半分の値段で――」

「……先輩ってサイゼリヤ以外のイタリアンって行ったことあるんですか?」

 

 八幡は激怒した。必ず、かの邪智暴虐な偏見を除かなければならぬと決意した。

 

「失礼な! サイゼを立派なイタ飯屋と認めないその発言は許し難し! サイゼに謝れ!」

「ああ……行ったことないんですね」

 

 一色が大海を知らないで井戸の中でふんぞり返ってるカエルでも見るような哀れみの目で俺を見てくる。うるさい! 手のひらを太陽に透かしてみろ! カエルだって生きているんだ友達なんだぞ!

 

「いいですか? わざわざ男女がデートと称してお出かけするのは、そこに非日常を求めるからです。サイゼリヤを悪く言うつもりはありませんが、ここであまりにも日常的な場所に考えなしに行ってしまうと、『ああ、この人にとってわたしの価値はその程度なのね……』と厳しい査定を出さざる得なくなるんです」

 

 一色が結婚相談所の相談員がTLに流してくるツイートみたいなことを滔々と語る。ミソジニー狂徒が火炎ビン片手に集まって「俺の答えはこれや!」とか叫びながら炎上バズしそうな発言だな……。

 まあ、しかし正論ではある。非日常こそがデートの本質と言われてしまえば、わざわざ高い金を払ってディスティニーランドへパンさんに会いに行くのはそこに非日常があるからで、だからこそ全国区のデートスポットである訳だ。ディスティニーランドでどんな単価の高い飯を食わされようとも不満があまり出ないのは、つまりそこが非日常の空間であるからである。

 しかし、ひとつだけ納得できないことがあった。

 

「でもお前、この前千葉行ったときは俺がいつも食ってるもんがいいって言ったじゃん。それにあのときはパスタは絶対拒否だったのに今日はイタリアンってなんなの?」

 

 そう、女子が好きなランチといえばパスタとかアボガドとか海老だろうと、俺が頑張ってあらん限りにない知識を振り絞りパスタ屋の名前を列挙したのに、全部ノーと拒否されたのだ。まったくなにが気に入らなかったのか……。それが今日は思いっきりパスタのあるイタリアンである。気まぐれよくないぞー、ぶーぶー。

 俺の抗議におめめをぱちくりとさせた一色は「はぁ」とため息をつくと、「こほん」と咳払いをして居住まいを正してから、キリッとした顔で俺を軽く睨んで言った。

 

「甲斐性なし。マイナス50点」

「……ここからの挽回ってあるの?」

 

 その減点幅だと野球でいえば5回コールド負け寸前くらいの状況のような気がするが、まだイケるの? 終わってみたら33対4とか歴史に残る敗戦になってない? あのときのマリーンズは強かったなぁ……。

 一色が「やれやれこのダメ人間は」といった感じで肩をすくめて首を振る。

 

「以前は以前ですし、そもそも今日は先輩のデートの相談で練習として付き合っているんですよ? こういった場所にデートに行くことがこの先ないと言えますか?」

「うむぅ……」

 

 予定は未定が世界の真理。これがバイトなんかになると「マジもうシフト必ず来る」と言っていたパリピパイセンがドタキャンバックれ音信不通消息不明からの、店長からこっちに電話掛かってきて「今日来れる?」まである一寸先は闇なのが現実だ。あるなしで言えばないとは言い切れない。

 ここで一色がビシッィィィと人差し指を決めポーズよろしく俺の眼前に突き付けて宣言する。

 

「先輩は今日試されているんです」

 

 デートの相談を持ち掛けたのは確かにこっちだがデートの練習までは求めていない俺としては、ありがた迷惑の感がなきにしもあらずなのだが、それを言うとまた甲斐性なしのダメ人間とコキ下ろされて減点されてしまうので、ここは敢えて黙って付き合うのが甲斐性というものだろう。八幡くんオトナの対応! オトナになんかなりたくない!

 

「よし、わかった。じゃあ、ここでなにをするのが正解だ?」

「正解を考えるのが正解です。はい、マイナス10点」

 

 ニッコリ微笑みながら冷酷にダメ出してくる一色。スパルタ~。と、ここで一色の目線がテーブルに開かれたメニューへと落ちる。ははぁ~ん、アレだ。結婚相談所の相談員のツイートで見たヤツですよ、コレぇ~。

 

「……奢れと?」

「甲斐性ですよ、甲斐性」

 

 デートでは男性が奢るのがマナーという慣習は、昨今では「男性差別だ!」とネットでよく燃えている話題である。しかし俺が一色に相談した相手を楽しませる目的でプランニングするタイプのデートの場合、こっちが選んで連れていった店で「じゃあ、金出して」と言うのは、さすがにサイコパスを疑う人情のなさである。なるほどそれで普段よりグレードの高い店か。「奢るよ、サイゼで!」では「ああ、サイゼね……」ってなるね、確かに。他人のカネで食べる焼き肉はなんでも美味しいが、焼肉店のグレードで他人のカネのスパイス効果は変わるよね。同じ焼肉チェーン店でも牛角よりは大将軍の方がテンション上がるのは事実である。事実ではあるが……。

 

「でもなぁ……雪ノ下は理屈屋だから理由もなく奢られるのは嫌いだと思うぞ?」

「なんです、よく自分の彼女のことわかってるじゃないですか」

 

 意外そうな顔で一色が俺を見る。なんだよ。一応いつものメンバーの中じゃ俺が一番、雪ノ下との付き合い長いんだから、そこまで驚いた顔することなくない? つってもちょうど一年くらいの付き合いだけど……一年? もう知り合ってから十年以上経ってる気がするんだが、気のせいか……?

 俺が思いがけない感慨に耽って上の空になっていると、一色がコンコンとテーブルを叩いて俺の意識を引き戻した。一色は仕切り直しといった様子で「オホン」と咳払いをする。

 

「それはそれとしてわたしはわたしですので、まあ今回の授業料ということで♡」

 

 そしてマンガだったら「きゃるるん☆」と擬音が飛び出るだろう舌出しピースウインクをばっちり決める。もうあざとさを通り越してカワイイを通り越して螺旋状に一周回ってあざとさの上位存在に至った感じの前人未踏のあざとカワイイに、俺は諸手を上げて降伏した。

 

「わかったわかった。奢るから好きなもん食べて」

「はい、ありがとうございまーす♡」

 

 ニッコリいろはす。もう、この小悪魔の笑顔をプライスレスと思うしかないですね。しかし4000円弱のランチか……財布にカネあったかなぁ……。恥ずかしながらに財布の中身を確認し出す俺。そこで一色がなにごとかをボソボソと呟く声が聞こえてきた。

 

「……人の気も知らないで、デートの相談なんかしてくるのがいけないんですからね……」

「なんか言ったか?」

 

 俺が顔を上げると一色はパタパタと両手を振り、

 

「なーんでも! じゃあ、わたしこれ頼みますねー」

 

 と、メニューのパスタランチセットを指差した。

 

「なんだよ、結局パスタじゃねーか……」

 

 前回の鬼でも滅さんばかりの絶拒の呼吸、壱ノ型パスタ切りはどうしたの?

 

「女の子はちょっと謎な方が魅力的なんですよ♡」

 

 そう顎に指を当てて艶っぽく微笑む一色に、このちょっとの謎を解くことが俺にはきっと永遠にできないんだろうなと思った。

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