やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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第3話 やはり、一色いろはは無敵で無双な女の子である

「ごちそうさまでしたー」

 

 お腹が満たされご満悦のニコニコいろはすに連れだって店を出た俺は、有機ELもかくやという驚きの薄さと軽さを実現してしまった財布を懐に抱えつつ、来月の小遣いまでどうやって生きていけばよいだろうかと思案していた。お空は春の陽気なのにお金がないと心が寒くなるな……。お金は心の安定剤なんだなぁ……。

 

「セ・ン・パ・イ!」

 

 ふと気づくと、一色がふくれ面で俺の服の裾をクイクイ引っ張っていた。いかんいかん、どうやらお金とともに心の安定を失ってしばらくぼーっとしていたようだ。「お金は大事だよー」って昔のテレビCMでアヒルが歌っていたが、心穏やかな生活を送るためにも本当にお金は大事だよー。現金は心の保険。マジ大事。ガチ大事。

 

「なに?」

「せっかくですから寄って行きましょうよー」

 

 そう服を引っ張る一色が指差す先には、今出てきたレストランのすぐ横の全面ガラス張りの建物――『花の美術館』がある。俺は即答した。

 

「金がない」

「そんな胸を張って言わなくても……」

 

 呆れ顔の一色にさらに堂々と胸を張って応じる。入館料二人で600円? 残念だったな、俺の所持金は370円だ! 俺の野口英世のライフはもうゼロだよ! ないものはないの! ない袖は振れないとは江戸の昔から伝わるこの世の根源的かつ絶対的な真理である。無から有は生み出せないとはどっかの錬金術師も言ってたし古事記にもそう書いてあるんだよ。一色よ、まさか俺に真理の扉を開けとでもいうのか!?

 開き直った俺の態度に一色が深々とため息を吐く。そんな落胆したポーズをとっても無駄だぞ? 俺の身体の半分を構成するお兄ちゃん成分は既にビンビンに罪悪感を覚えているが、ここから一色の十八番、切ない声で熱い吐息を漏らしながらの「先輩……ダメ、ですか?」から、潤んだ瞳でおそるおそる上目遣いにこちらの目に訴えてくる『おねだりいろはす』が発動しても俺は耐えてみせる! 心を強く持て比企谷八幡! 俺には金がないのだ!

 そう身構える俺に、一色はやれやれといった声で言った。

 

「まあ、このあたりが先輩の甲斐性の限界でしょうから、ここはわたしが先輩の分も払いますよ」

「なん……だと?」

 

 払う? 一色が? 俺に? にわかには信じ難い発言に俺は常にない真剣な顔で一色の目をまっすぐに見つめて顔を近づける。「ちょ、先輩」となぜか照れた様子で身をよじりながら後ろに下がる一色にむかい、俺はとくと言い聞かせた。

 

「一色……タダより高いものはないんだ。古事記にもそう書いてある。いったい何が目的なんだ? なあ、怒らないから言ってみろ?」

「先輩のわたしへの偏見がひどいんですが……。あと古事記ってなんの話ですか?」

 

 そうかー。古事記通じないかー。古事記万能論もここに潰える。無念、万感に胸に極まれり――などと極まった俺の胸を押しのけて一色は距離を取り、すーはーと息を整えてからムスッとした様子で言った。

 

「あのですね、わたしもそこまで鬼ではないというか、そんなお金のない人にまで全部払わさせるとか、そんなヒドイことはしませんよ。わたしをなんだと思ってるんですか?」

 

 心外ですと抗弁する一色。限度額ギリギリまでお金を使わされた身としては心外ですと抗弁したくなるが、それを封じるように一色は一度取った距離を再び詰めてきた。一色の亜麻色の髪が俺の眼前でふわりと揺れる。

 

「ですから目的は……」

 

 鼻孔をくすぐる春の陽射しのような亜麻色の髪の甘い匂い。マズイという直感から仰け反る俺を逃がさないように服の袖口を掴んで引き寄せてきた一色が、儚げに潤んだ瞳で上目遣いに俺の目を覗き込んできた。そして春色のリップで艶めく唇から、熱っぽい吐息とともに切なげな声音で言葉が紡がれる。

 

「先輩とデートがしたいから――じゃダメ……ですか?」

 

 かくんと傾ぐ一色の首とともに、俺の心もかくんと折れた。

 

「もうなんかもうどうにも敵わないからもう全部好きにしてもう……」

 

 はい、降参です。こうさ~ん! こんな無敵で無双な女の子に勝てる訳ありませんでしたー! 恥ずかしさに耐えられず一色の視線から逃げるように横を向くと、一色はそれを追いかけて顔を動かし、にんまり勝ち誇った笑みでこちらを見てくる。

 

「最初からそう素直にした方がかわいいですよ?」

「バカか。俺なんかがかわいくなって誰が得すんだよ」

「ん~? わたし的には普段ふてぶてしい先輩の恥ずかしいところが見れてだいぶお得ですけどね~?」

 

 抗うように憎まれ口を叩くが、にまにまいろはすにはまったく敵わない。さすが我が最強の後輩こと一色いろはである。さらにこの後輩はここで付け加えるようにクスリと小悪魔フェイスで笑いながら言うのだ。

 

「それに300円でこれだけ先輩で遊べるならお買い得だと思いません?」

「やっぱりタダより高いじゃないの……」

 

 どうも1プレイ300円のリーズナブルないじられオモチャ比企谷八幡です。やだもうこの小悪魔ガール、どこまで強くなれば気が済むの? もう小悪魔じゃなくて大悪魔じゃない? 魔王じゃない? やっぱりチュートリアルに魔王が出てくるのはおかしいんだよな……。

 

「まあまあ、ともかくかわいい後輩が先輩に奢ってあげると言ってるんですから、ここはわたしの顔を立てて払わせて下さいよ。うん、これは後輩的にポイント高い♪」

「いうて300円じゃん……」

 

 そう聞き馴染みしかない謎のポイント制度のポイントを積み増しながらばっちりウインクを決めた一色は、俺のぼやきなど聞きもせずに掴んだままの袖を引っ張って『花の美術館』へと俺を連れていく。

 もはやされるがまま……流されるがまま……300円で買われたオモチャの八幡くんに人権などないのでした。


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