やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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第4話 そこで、俺は彼女の言葉の意味を考える

 『花の美術館』のチケットを購入し、受付を抜けてすぐに広がるのは、左側の窓から明るい陽射しが射し込む二階まで吹き抜けの広い空間である。各所に設けられた花壇に植えられた樹々と花々の色取りが、天井を飾るクロスや二階に続くスロープの立体感とよく調和するように配され、実にきれいな屋内庭園となっている。これは素晴らしい映えスポットである。俺がインスタグラマーであったら休むことなくスマホのシャッター音を響かせていたところであろう。

 しかし俺はこの映えを前にして立ち止った。インスタをやっていないということもあるが、それ以前の問題があったからである。

 

「それでどうすんだ?」

 

 一色の前代未聞の空前絶後の超絶怒涛な奢りというか貸しというか負債としか思えない行為により中に入ったはいいが、なんの事前情報もなく、入るのも初めてのこの場所に何があるのかまったくわからないのだ。わからないのでとりあえず一色にそう聞いてみると、

 

「ちょっと先輩。これデートの練習なんですから、もう少しどうリードしたらいいかぐらい自分で考えて下さいよ」

 

 ブーたれられた。仕方がない。俺はキリッとした顔で答える。

 

「一色、俺は一人で行動するときはウキウキと綿密な計画を立てるが、誰かがいるときは後ろから……」

「あ、それ前にも聞きましたからいいです」

「お、おう……」

 

 スッパリとキャンセルされる。これが絶拒の呼吸、弐ノ型腰折りか……。カウンター技はダメージでかいな、おい。このメンタルダメージで行動キャンセルを喰らった俺に、一色は本日何度目とも知れないやれやれモーションでため息を吐いて追い討ちを掛けてくる。

 一色よ……そんなにやれやれしているとやれやれ系ヒロインとか新しいジャンルを開拓して――……いや、それどこの雪ノ下さんですか? やだ俺のパートナーさん、いっつもやれやれと頭を押さえてため息を吐く、やれやれ系ヒロインの開拓者(パイオニア)じゃないですか! つまりこのやれやれは俺の性癖に刺さるということか……? ため息はご褒美ということなのか? そうなのか? そういうことなのかぁぁぁぁぁっー!?

 などと己の性癖の知られざる小宇宙(コスモ)にしばらく心を飛ばしていると、一色がジト目でこちらを見ていた。いかん心を取り戻せ、俺。

 

「そんなだから他人と行動するときの計画について相談してきたのは先輩ですよね?」

 

 一色は人差し指で俺の顔を差すと、まじめなお叱り顔でそう言って俺の顎をトンと突く。やめろ。俺の性癖に新たな小宇宙(コスモ)が燃える。鎮火だ。鎮火せねば。

 俺はやれやれと首を振って、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

 

「とりあえず俺が先歩くわ……」

「はいはい、その意気です☆」

 

 一転して世話焼き幼馴染みの励ましボイスみたいな声を出す一色。あざといなさすがいろはすあざとい。ふぅ……やれやれ系主人公でも気取ってやり過ごさねば、己の小宇宙(コスモ)の高まりに焼かれるところだった。

 しかし考えろか……。そもそもデートってなんなんだ? ただ二人で目的もなくぷらぷら歩くだけでもデートのように思えるが、そこにリードがどうとかとなると計画やらエスコートやらが必要になるらしい。リードか…………リードといえば犬の散歩だな。うん。犬が変な所に突っ込んでいかないようにリードコントロールするのが大事だな…………いや違う、デートは犬の散歩ではない。雪ノ下にリードを付けてリードコントロールするのは絵面が背徳的過ぎて俺の小宇宙(コスモ)が高まってしまう。むしろ逆に俺が雪ノ下にリードを付けられリードコントロールされるまである。というかそっちの方が自然だな。それでも高まる俺の小宇宙(コスモ)。いかん小宇宙(コスモ)自重、小宇宙(コスモ)自重。リードで繋ぐのも繋がれるのも非常にマズい――……あ。繋ぐでデートらしいことをひとつ思いついた。思いついたが……どうなんだろう、これ?

 俺は意見を求めて今しがた思いついたことを一色に訊ねてみる。

 

「こういうときは手でも繋いだ方がいいのか?」

 

 ぽかーんとする一色。あれ? 続くリアクションが時間でも止まったかのごとく返ってこないので、そのまま十秒ほど見つめ合ってしまう。なんだ? まさか俺は時間を止める能力者にでもなってしまったのか? もしやここで振り返れば俺の背後にスタンドが――などとアホな妄想をしていると「……はっ!」と一色の時が動き出し、しゅばばと後ろへ逃げるように飛びのいた。

 

「も、もしかして口説いてましたか!? 確かにデートとは言いましたけどそれだけで気分に押し流されてあげられるほどわたしの気持ちは簡単じゃないんでこういうのはもう少し別のタイミングでお願いしますごめんなさい!」

 

 そして勢いよく頭を下げる。これは一色の鉄板芸というか、もう無形文化財ってやつだな。人間国宝だ。末代まで伝えていって欲しい伝統芸能だ。

 

「あー、はいはい。そこまでいらんならいいわ。じゃあ行くか」

「でたー……、全然聞いてないやつ……」

 

 一色がしらーっとした目で見てきたがしょうがないだろ。毎回こんなのまともに相手できんて……。「はいはい」と返して先に進もうとすると、そこで一色が小声で何ごとか呟くのが聞こえた。

 

「で、でも……どうしても練習したいと言うのであれば……その……」

「なに?」

「あー、いいですいいです! 行きましょう! ほら、前歩く!」

「お、おう……」

 

 振り返ろうとすると一色に背中をぐいぐい押されて誤魔化された。明らかな動揺。見られたくないのか顔を伏せて伸ばした手で俺を前に突き出すが、亜麻色の髪からちらりと覗けた耳が赤く染まっているのを俺は見てしまった。

 そこで俺は先日の動物公園での別れ際に、一色が耳元で囁いた言葉を思い出す。

 

「三番か……」

 

 そう口の中だけで呟いた言葉の意味は、想像に任されて俺の胸へと投げられている。

 冬に一色と二人で千葉に出かけたとき俺はこいつに『女の子はお砂糖とスパイスと、そして素敵な何かでできている』というマザーグースの歌だったか、確かそんな感想を抱いた。

 この一色の誤魔化しは、砂糖なのか、スパイスなのか、それとも素敵な何かなのか。

 今日、こいつは何を考えてこのデートの練習に俺を誘ったのだろうか。

 彼女は冗談めかしながらも俺とデートがしたいからと言った。

 俺は想像に任された言葉の意味にはっきりとした答えを出すべきなのか。

 背中を押す一色の手の熱に、俺は少しだけそんなことを考えた。

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