やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。 作:現役千葉市民
とりあえず奥へと進む。
まず目に入るのは屋内庭園の花壇の中に置かれたファンシーな小屋である。その周りを季節感溢れる春めいた水色や薄紅色の花々が彩り、雰囲気はまさにピーターラビットやシルバニアファミリーの世界である。それを証明するように花壇の中にはウサギの置物がこっそりと置かれていたりする。ツイッタラー向けにミートパイなどは置かれていないので、実に清く正しいインスタ映え映えなフォトスポットである。
それを蜜に誘われるハチのように「わー」と近寄ってパシャパシャとスマホで撮っていた一色が、「先輩♪」と俺にスマホを手渡して何も言わずにポーズを取る。俺は無言のカメコとなりパシャパシャと数ポーズの撮影を行う。背景を活かして自分のかわいさを引き出す一色の表情とポージングは、自分の撮られ方を理解している人間の動きだ。
……さっきの動揺もどこへ行ったかという安定の一色いろはである。
「じゃあ、先輩も一枚」
スマホを返されて撮影された写真を確認していた一色が、不意にこちらにカメラを向けてパシャリと撮った。
「わー、さすが先輩。目が死んでるー」
「勝手に撮っといてそのコメントは酷くない?」
さぞマヌケな面が映っているのだろう。俺の写真を見ながらふふふと笑う一色。俺は頭を掻きながら先に進む。
なんというか調子の狂う。こいつの切り替えの早さに振り回されている感じ……いや、いつものことか。一色が誤魔化したいことに俺から踏み込むのもどうかと思うしな。うん、あまり考えると俺の方が動揺してきて不審者になってしまうからな。棚の上とはこういうときのためにあるものだ。どんどん棚に上げていこう。保留だ保留。
そう心に決めて前に進んでいくと右側に展示室のような部屋があり、その中に絵だか写真だかが飾られているのが見えた。
「ほーん。作品展とかやってんのか」
『花の美術館』と銘打っているだけあり、植物園要素だけでなく美術館要素もあるらしい。ふらりと中へ入ってみる。
「ちょっと先輩。黙って先に行かないでくださいよ」
そこで一色がぷんすこしながら追いついてきた。いかん、心の整理に気を取られて一色が付いて来てるか見てなかった。しかし俺は悪い癖で、バツの悪さに咄嗟に言い訳をしてしまう。
「いや、先歩けって言うから先歩いただけだけど……」
「相手の歩調に合わせるのがリードというものです。一人でどっかに行くのは普段家でごろごろしているだけのお父さんが家族で旅行とかに出かけたときによく取る迷惑行動です。ダメの見本ですね」
「すんませんでした」
一色の異様に具体的で説得力のある説教に即座に頭を下げる俺。うん、ウチの親父も似たような行動取って母ちゃんにお説教されてたの見たことありますね。なんか俺も由比ヶ浜あたりに「勝手にどっか行くなし」とか怒られた覚えが……心当たりがあって心が痛むね。でもほらさ、路地裏の小道とか階段とか見ると「どこ行けんだろ?」ってちょっと覗いてみたくなるじゃない? そういう好奇心は失いたくないのよ、男の子として。
「わかってもらえればいいんですけど――……へぇ、ここってこういうのもあるんですね」
俺への説教もほどほどに展示室の中を見渡した一色は、飾られた展示品の方に近寄って行った。ほいほい、歩調に合わせてねー……と、俺もその横について展示品の鑑賞を始める。
どうやらアマチュアの創作サークルの作品展らしく、春をテーマにした絵画や写真が並んでいる。絵は水彩に油彩、写実に抽象となかなかに多彩なラインナップで、写真の方もそこらへんの野草の花を撮った写真から南仏っぽい海外の明るい風景を撮った写真まで幅広い。個々の製作者の個性が強いサークルのようで、美術館などほぼ行くことのない俺でも見ていて飽きない作品展である。
「良し悪しはよくわからないですけど、たまにこういうのを見るのも悪くないですねー」
「そうだな」
一色も似たような感想なのか、「へー」とか「ほー」とか「あ、こういうの好きですねー」とか言いながら作品の鑑賞をしていく。俺がそれに「ああ、わかる」とか「俺はこっちがいいな」とか返すと、「なるほどー」とか「あ、わかるかも」とか返してくる。
別に俺に合わせて話しているという感じでもなく、普通に楽しんでいるようだ。その様子に俺はふと思ったことを口にした。
「しかし意外だな。俺はてっきりお前のことだから『ここの色使いがよくないですね。マイナス10点』とか『これ値段付けたらいくらぐらいになるんですかね』とか言い出すかと思ったぞ」
「先輩の中のわたしのイメージって、もうちょっとどうにかならないんですか……?」
しらーっとした目で見られる。普段が普段だからなぁ……。
「いやでも、普段の思ったことを飾らないではっきり言うところとか、自分のスタイルに堂々としたカッコよさがあって好きだぞ俺は。そこに今みたいな素朴な会話もする一面の意外性に、今日は一色の新たな魅力を見た感じだな。総合して一色いろはは素敵で最高ってことだ」
「あ、ありがとうございます……」
フォローとばかりに褒め倒すと、一色は顔を俯かせてもごもごと小声でそう返した。その耳は赤く、頬も心なしか桜色に染まっている。
これは貴重なマジ照れいろはす。いかんな、勢い余って褒め殺してしまったか。最近気づいたが、この子って押しには滅法強いけど押される側に回ると意外と弱いよね。普段、批判的な意見にも毅然と振る舞い己のスタイルを貫く一色は、逆にこういった褒め倒しに慣れていないせいか、素で照れてしまうのだろう。
「で、でもなんですか急にそんな……そういうの恥ずかしいんでいきなりされると困るんですけど……」
う~ん、このもじもじと髪の毛先を弄りながら視線を逸らして照れを誤魔化す一色のいじらしさといったら、あざとかわいさからあざとさを抜いた純粋なかわいさに満ちている。一色のかわいさについて一家言ある俺としても、このかわいさは普段の計算されたかわいさとのギャップから生じる圧倒的な萌え力により、最高水準のかわいさとして文句なしの星五つをつけざるを得ないレベルのかわいさである。これはいいものだ。もっと愛でていたい。よし、もっと褒めよう。
「いきなりじゃない。いつも思っているから言えるんだ。これでも俺は一色いろはのファンだからな。お前の好きなところならまだまだ言えるぞ。たとえば他人に対してドライに見せながら、距離が縮むと意外と面倒見のいい姐御肌なところとか――」
「ちょちょちょストップストップです先輩」
恥ずかしさのあまり俺の口を塞ぐように手を伸ばしてくる一色。効果はバツグンだ! だが一度高まった俺の「マジ照れいろはすを
「いや待て止めるな。まだまだこの程度じゃ俺の中の『一色いろはの好きなところ』は語り尽くせんぞ。他にはやり出したことを途中で投げないで他人に助けを求めながらも最後まできちんとやり抜くところとか、あれこれ周りに言われてへこんでも最後には自分らしくかわいい一色いろはに戻ってくるタフなカッコよさとか――」
さらに滔々と並べ立てていく。まあ、そろそろこの辺りでいつも通りに「はっ、もしかして口説いてましたかでもなんやかんや無理ですごめんなさい」と振られるだろうと予想していた俺だったが――、
「先輩」
そこには赤い顔で少し涙目になった一色が、ぷるぷると震えながら非難がましく上目に俺を睨んでいた。
「……いじわる」
そう言って、一色はふいっとそっぽを向いて展示室から出ていこうとする。
っべー……やり過ぎたか。
「す、すまん一色――」
慌てて謝りながら後を追い掛けると、出口に差し掛かったところで一色が立ち止った。すーはーと息を整えているのが聴こえる。俺も深呼吸をした。
さっきの「……いじわる」にドキリとした胸の鼓動が、妙に落ち着かなかったからだ。落ち着け俺。これは一色の涙目にびっくりした胸の鼓動だ。断じてかわいいと思わされてしまった胸のときめきなどではない。うん、そうだ。女の子の涙は最強だから動揺ぐらいする。とりあえずここは謝り倒してこの場を収拾しよう。
「ごめんな、ちょっとやり過ぎ――」
謝罪の途中で一色が振り返り、俺の胸をトンと小突いた。
「いくらかわいいからって、女の子の嫌がることをしつこくやったらダメですよ?」
「お、おう……」
不意なたしなめにうなずき返すと、一色の顔が上がりその目が俺の目と合った。
「わかればよろしいです」
さっきまでの照れはどこへやら。そこには最高にかわいらしい笑顔でカッコよく微笑んでみせる、俺が最も彼女らしいと思える一色いろはがいた。
「じゃ、次行きましょー。ほら先輩、前歩く」
そう言って一色は後ろに回り込んで俺の背中をポンと押す。
「おう――」
俺は前を歩かされることで顔を見られないで済んだことを感謝した。顔が熱くなっている。たぶん赤くなっているだろう。なんだ……この胸に聴こえるトゥンクの響きは――いや、もうこんなの落ちるだろ。不可抗力だ。俺に雪ノ下というパートナーがいなかったら完全に落とされているところだった……。
というか、どうすればあそこから切り替えてあんな表情を決められるのか。それが彼女の魅力とはいえ、あまりにも強過ぎるし、それが最高にカッコいい。
一色いろはという後輩はやはり最強の後輩であり、そのかわいさについては一切の異論が認められず、そのカッコよさについてもまったく異論は認められないのである。