やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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第6話 そこには、開けたらなくなる色々が詰まっている

「はー……、思った以上に立派な温室だな」

 

 順路通りに先に進み、この『花の美術館』を外から見たときに最も目立つ場所である大きな円筒状の温室に足を踏み入れると、むわっとした空気とともに目の前に広がったのはシダの葉の色濃い緑が生い茂る亜熱帯の森の光景だった。

 ヤシの樹を始めとした何本もの熱帯の樹々が高く伸びるのを追いかけるように見上げれば、天井には中心から放射状に伸びた鉄骨の梁がシャンデリアのようにも見える美しい配列で並び、その向こうには樹々の緑を引き立てる背景色のように白い雲を浮かべる青空が明るく広がっている。

 奥からは水の流れる音が聞こえてくる。入口からすぐに見える東屋(あずまや)へと歩いていくと、そこから飛沫を上げて流れ落ちる滝の姿が見えた。滝の下は池となっており、ぽっかりと空いた空間からは広く温室内を見渡せる。シダに茂る緑の中をスマホ片手に写真を撮りながら歩く人の姿が見える。どうやら池をぐるりと巡る形で通路があり、滝の上の二階へと続いているようだ。

 

「なんか落ち着きますね、ここ」

 

 温室内を見渡していると、一色がそう言って東屋のイスに腰を下ろした。ふぅーと息を漏らした一色は、疲れたのか少し呆けた顔で温室の風景を見やる。どこか気だるげな憂愁を帯びた表情。それはさっきの俺の褒め殺しによる動揺の後に、一瞬で取り戻した彼女のスタイルである『最高にかわいい一色いろは』の装いの取れた表情だった。普段のあざとさなしの恐らく素であろうその無防備な横顔に、俺は先ほどのやり取りもあったことから、ちょっとドキリとしてしまう。

 なので誤魔化しにどうでもいい話をする。

 

「確かにな。滝からマイナスイオンでも出てんじゃねぇか」

「あー、いいますよね、それ。なんか胡散臭いですけど」

「イワシの頭も信心からだよ。少なくともテスラ缶よりかは信じられる」

「あー……、あれの中身って何が入ってるんですかね?」

「あれだよ、胸わくわくの愛がぎっしりに色とりどりの夢がどっさりだよ」

「なんかどっかで聞いたようなフレーズですね……」

 

 そいつは摩訶不思議だな、と返そうとしたところでふわりとした笑みを浮かべていた一色が、不意に遠い目をして独り言のように言った。

 

「でも、そうですね……開けたらなくなっちゃうんでしょうけど、色々詰まっているんでしょうね」

 

 俺はこの言葉を一色の独り言として聞いた。それがテスラ缶の話とは、俺にはまったく思えなかったからだ。

 テスラ缶といえば置いておくだけでありとあらゆる病気や怪我を治すことができると巷で噂のスピリチュアルな缶(定価250万円)のことである。しかし、その効果は缶を開けてしまうとなくなってしまうという話だ。知らんけど。

 開けなければ確かにそこには何かが詰まっている。冗談で愛だの夢だの言ったが、そこにはきっとそういったものと同じくらい大切なものが詰まっていて、だからこそ開けて、目で見て、手で触れてみたくなるものが入っている。けれどそれは開けてしまったら、目で見て、手で触れてしまったらなくなってしまうものかもしれない。そういうテスラ缶みたいなものが、世の中にはあちこちにあるものだ。だから人はいつだって開ける、開けないの選択に迷うことになる。

 だがどれだけ迷ったとしても、少なくともその選択を決めるのは他人じゃない。いつだって自分自身だ。だから俺は何も答えなかったし、答えられもしなかった。

 

「うー……んっ!」

 

 唐突に一色が腕を上げて伸びをした。そして重たいものでも払うように肩を回す。

 

「休憩終了です! じゃあ、行きましょうか」

「お、おう」

 

 急に気合いの入った声を出して元気よく立ち上がった一色。さっきまでの表情が気の迷いでもあったかのように、どこか踏ん切りをつけたみたいにさっぱりとした顔をしている。

 彼女はこの瞬間に何かを決断し、何かと決別したのだろうか。

 それが何かなんて俺には知る由もない。

 けれど俺は、それが何であっても尊重してやろうと思った。

 

「よし、行くか」

「あ、その前に」

 

 進もうとしたところで呼び止められる。一色は俺の服の裾をくいくいと引いた。

 

「このカエルかわいいですから、一緒に写真撮りましょう」

 

 東屋のイスの横には王冠を頭に乗せた1メートルくらいのサイズの大きなカエルのオブジェがあった。こいつとツーショットの写真でも撮りたいのかと、俺は「ん」と一色にスマホを渡すよう手を出した。

 それに一色がやれやれと首を振る。

 

「先輩もです」

 

 どこか甘さを感じる髪の匂いが鼻にそよいだ。

 一色の手が俺の肩に回り、グイッと強引に顔を寄せてくる。ぱちっと目を開いて大きな瞳をくりくりと動かし、リップグロスに艶やかな唇を緩ませて微笑む、最高にかわいい顔をした一色の横顔がすぐ隣にある。

 突然のことに戸惑う俺に一色は「先輩、目線」と、伸ばした手で構えたスマホの方を見るように促してくる。

 そして一枚。

 

「なかなかデートっぽい写真が撮れましたね」

 

 そう見せられた写真は、カエルなんてぼやけた背景に申し訳程度にいるだけの、完全に俺と一色のツーショット写真だった。

 マヌケな照れ顔で横目にカメラ目線を向けている俺と、ばっちり決め顔の一色。

 この写真を満足そうに眺めている一色は、何を決断したのだろうか。

 それを知る由は俺にはない。


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