やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。   作:現役千葉市民

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第3話 こうして、比企谷八幡はデリカシーを身につけることを心に誓う

「しっかし、いつ来ても元気だよな、あのサル」

 

 入場口へ向かって歩きながら、動物公園内から断続的に「ホッホッホッホッー!」と激しく聴こえてくるサルの声について俺が感想を漏らすと、由比ヶ浜がうんうんとうなずいた。

 

「入る前からすっごい聴こえてくるよね、アレ」

「フクロテナガザルね。マレーシアとインドネシアのスマトラ島に分布する大型のテナガザルで、自分の頭と同じくらいの大きさまで膨らむ『のど袋』で、この大きな鳴き声を出すそうよ」

 

 すると由比ヶ浜の横からすかさずといった感で雪ノ下の解説が入る。動物公園入園前からユキペディア発動です。俺のパートナーさんブレない。たぶんここに来ることが決まってから下調べしていますよこの人。少し目が赤いのは楽しみで夜更かししたからだと推察。想像だけでカワイイ。さすが俺のパートナーさん。最強。

 

「さすがゆきのん! なんかすごい!」

 

 称賛のガハマさんにちょっと鼻を高くして満更でもないご様子の雪ノ下さん。このほっこり、ちょっと値段はつけられないですね。あの、ちょっと手を合わせて拝んでもいいですか?

 

「チケットまとめて買いますねー。一人七百円よろしくでーす」

 

 マジで手を合わせそうになった瞬間に、一色が手際よく券売機でのチケット購入を始める。七百円。ディスティニーランドの約十分の一の入園料である。高校生のバイトで最低賃金の時給でも、一時間未満の労働時間で入園できる親切設定だ。ビバ、市営動物園。公営最強。

 

「おー、元気元気」

「初めて見た訳でもないのに、この動きには圧倒されるわね……」

 

 動物公園に入場し、坂を登った先のすぐ左手にニホンザルのサル山が見えてくるが、その前の開けた空間に集まっている多くの人たちは別の方向を見ていた。さっきから続く「ホッホッホッホッー!」の発生源であるフクロテナガザルである。

 曲線で構築されたオブジェみたいな白い雲梯(うんてい)を、二頭の黒いテナガザルたちが大声で「ホッホッホッホッー!」と鳴きながら、名前通りの『テナガ』を使って高速で移動している。ときおり雲梯の棒でぐるぐると前転したり綱渡り的走行でダッシュしたりと、その動きはほとんどニンジャムーブである。スゴイ、ニンジャスゴイ。

 

「正直レッサーパンダよりもインパクトあるよな」

「ここで子供のとき怖くて泣いてたって、ママによく言われるんだよね」

 

 由比ヶ浜がちょっと嫌そうな顔をしながらそんな話をし出した。

 

「いや、普通に子供からしたら怖いでしょ、コレ」

 

 大声で叫びながらの激しい奇行。夢でもし逢えたらトラウマなことだろう。SNSでセンシティブな内容を含む映像指定を受ける可能性も十分にあり得るニンジャムーブである。

 

「でもママったら、他の動物園に行ってもこの話するから、正直今でもちょっと苦手……」

 

 あー、ガハママならやりそうだな、それ。娘イジリめっちゃ好きそうだもん、あの人。

 

「まあ、苦手なもののひとつやふたつあった方が人間かわいいもんだぜ? 俺なんか苦手なものが多過ぎて、かわいさ余って憎さ百倍だからな」

「ヒッキーのかわいさなくなった!?」

 

 俺の自虐ネタに引き気味のツッコミリアクションをする由比ヶ浜。だが、由比ヶ浜は一度視線を前に戻して少し俯くと、フクロテナガザルの鳴き声の中でギリギリ聴こえるくらいの小声で言った。

 

「……でも、ありがと」

「ん……」

 

 自虐ネタも狙いが励ましと割れると、めちゃくちゃ照れる。ガハマさん、そんな耳を赤くして言わないで。なにが「ん……」だよ、俺! 恥ずか死するよ、こんなの!

 俺と由比ヶ浜が揃って照れ焼き状態に陥ったところで、水をぶっかけるようななんの情緒もないやり取りが聞こえてきた。

 

「欲求不満なんじゃないですかねー、このサル」

「そんないろは先輩じゃあるまいし――」

「あ?」

「あ、雪乃さん、こっちはキツネザルだって。かわいいー」

「え? ええ――」

 

 そこを拾ってそのツッコミを入れる小町。我が妹ながら怖いもの知らずにもほどがある。そして回避行動に俺じゃなく、一色がこの中で一番強く出られない雪ノ下を盾にする小賢しさ。早くもいろはす対策を覚えるとは、我が妹ながら恐ろしくて将来が心配になる。

 とりあえずこれで照れ焼き状態から抜け出した俺と由比ヶ浜は、この小町と雪ノ下の流れにくっついて隣の展示へ移動する。

 フクロテナガザルの横にはシマシマ尻尾のかわいいワオキツネザルがいた。ここはモンキーゾーンで、ここからクロザルやらマンドリルやらの色んなサルの展示が並んでいる。ユキペディアの解説を聞きながら歩いていくと、突き当たりを曲がったところで大型のサルの展示が集まった場所に着く。

 

「あ、チンパンジー」

「隣はゴリラみたいね」

「むかいはオランウータンか」

 

 誰でも知っている有名な大型サルを揃えた千葉市動物公園のサル展示に死角はない。さすが千葉。ステキ千葉。ビバッチバ。

 そこで俺は「おっ」と気づいた、チンパンジーの柵に掲示された注意書きを読んだ。

 

「ウンコを投げるから注意しろだってよ」

 

 すると瞬間に周囲の気温が下がった。

 

「比企谷くん……」

「ヒッキー……」

「先輩……」

「お兄ちゃん……」

「え、なに? 俺マズイこと言った?」

 

 一瞬でこの空気。何が起きたかわからない俺は、答えを求めて可哀想なものを見るような目の四人を見回す。すると雪ノ下が代表するように教えてくれた。

 

「比企谷くん。あなたはサルではないのだから、デリカシーくらい身につけて欲しいわ……」

 

 あー、ウンコね。ウンコウンコ。女子四人の中でこの発言はウンコでしたわ、確かに。うん、俺ウンコ。それを認めるのはやぶさかではない。やぶさかではないが――、

 

「なんか今さら気づいたんだけど、女子四人に男一人って、俺、肩身狭くない?」

 

 なんというか今更にこのメンバーの男女構成の歪さに気がついた。女子二人、男子一人の構成には慣れたし、ここに妹プラス一人くらいなら気にもならなかったが、四人にまで増えてくると、男一人というのはだいぶ荷が重くなってくる。『下ネタを思いついても絶対に口に出せない二十四時』くらいの精神的耐久性が要求されてくる。

 

「でもあなたの交流関係で男性の友人なんて、戸塚くんくらいのものじゃない。葉山くんや戸部くんでも呼べばよかったの?」

「それはない。断固ない。金輪際ない。億千万歩譲って戸部までなら敷居の前までで正座させてもいいがそれはない」

「すごい拒否反応ね……」

 

 雪ノ下の発言を、俺は断固たる態度で拒絶する。葉山のような健全オーラの人間と休日にまで用もないのに顔を合わせるなど、俺のような常日頃から不健全に努めている人間にとっては重大な精神的汚染である。断固拒否する。

 

「その手があったか……」

 

 なんか横で一色が「しくじった」みたいな顔で親指の爪を噛んでいるけど無視する。そこで「あっ」となにかを思い出した由比ヶ浜が早押しクイズにでも答えるような勢いで元気よく手を上げた。はい、ガハマさん早かった! 回答をどうぞ!

 

「もう一人ヒッキーの友達いた! えーと、ザ……ザ……忘れたけど中二の人!」

 

 元気よく回答をど忘れするガハマさん。それを拾うように雪ノ下が答える。

 

「ああ、財津くん?」

「そうそれ!」

「あれはいない方が互いに幸せですよ。そういう生きものですから。格差です」

 

 心の旅やサボテンの花を歌いだしそうな誤答だが、彼女たちの中では正解らしい。確かに青春の影ではある。そしていろはす辛辣。正解だけど。しかし材木座の名前が出てこないところはさすがだ。さすが材木座。フォエーバー材木座。お前のことはなるべく忘れないよう前向きな善処を検討しておく。供養のために材木座という星座でも創ってあげよう。適当な星と星を線で一本つなげば材木座の完成だ。アデュー材木座。

 

「しょうがないですよ。ウチのお兄ちゃんってムダなプライド高いから、比較しやすい男同士だと卑屈にならないように自分を隠しちゃうんで男友達作りにくいんですよー」

 

 そこで小町からの冷徹なお兄ちゃん総括が下される。なにこれ? これが身内に背後から刺される感……覚?

 

「比企谷くん」

 

 固まってしまった俺の前に憐れみの目を浮かべた雪ノ下が立った。

 

「あなたはもっと胸を張って生きていいの。その……私の好きになった人なんだから……」

 

 自分で言っておいて顔を真っ赤にする雪ノ下さん。

 

「それをこの場で言うのは、限りなく羞恥プレイなんですが……」

 

 ほら、おもしろがってる小町以外なんともいえない表情になってる! 由比ヶ浜は照れて目のやり場に困ってるし、一色の笑顔に至ってはリア充カップルを爆殺する微笑みの爆弾になってるよ! でもかわいいけどね! 俺のパートナーさん!

 

「あー、はいはい。チンパンジーがウンコ投げてきそうですから、次行きましょ、次」

 

 やってらんねー口調の一色が、由比ヶ浜と小町の背中を押しながら、俺たち二人を残してどっかに行こうとする。

 

「おい! 今そいつウンコ言ったぞ! これは許されるのか! 横暴だ!」

 

 とりあえずアレな空気を壊すために喚いてみたが、誰も聞いちゃいない。そのとき俺の手のひらがあたたかいものに包まれる感触がした。

 

「……私たちも行きましょ?」

 

 赤い顔のまま、そう俺の手を引く雪ノ下。

 頑張ってデリカシーを身につけよう――そう俺は心に誓った。


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