やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。 作:現役千葉市民
「ヒッキー、こっちもなんかいろいろ変わってる!」
「あれ? 昔はすげーしょぼい遊園地じゃなかったか、ここ?」
動物公園の西口ゲートへ続く坂を下りていくと、前を行く由比ヶ浜がゲートの左側の方を指差して声を上げる。見るとそこには明るい芝生の広がる開けた空間があった。
「時代は進んでいるんですよ、先輩。今は『ふれあい動物の里』といって、動物へのエサやりや動物なでなでコーナー、乗馬体験にBBQといった、アクティビティ感の溢れる場所に生まれ変わったのです!」
「なんてこった! なにこの明るい芝生のキラキラした圧倒的な千葉らしくない感! お前も千葉駅のように都会にかぶれたキラキラ空間になってしまうのか!?」
一色の「そんなことも知らないんですか? まったく世話のかかる先輩ですね」といったドヤ顔の説明に俺は驚嘆の叫びを上げた。なにアクティビティ感って。千葉にそんな映え映えなオシャンティスポットが生まれてきてるの? むしろ誰も寄りつかないバブルの残り香を漂わせる錆びついた遊園地とか、陽の射さない半地下の少しジトッとくたびれた中年サラリーマンのような昭和感を漂わせていたリニューアル前の千葉駅とかの方が、千葉らしくなかった? 東京や神奈川にはどうあがいても勝てない感とかの圧倒的千葉らしさが。いや埼玉とは戦いますけどね?
「この人、本当に千葉が好きなんですか? 本当は
「ヒッキーの千葉愛はちょっと拗れてるから……」
俺の動揺する姿を見て、一色と由比ヶ浜がひそひそ話を聞こえる距離で始める。俺はフッと笑って髪をかき上げると、二人に振り返って言ってやった。
「愛ゆえに……と言えばわかるかな?」
「じゃあ、みなさーん。このあたりでお昼にしましょー」
パンパン手を叩いて芝生空間へと進んでいく一色と、それに従って先に行ってしまう残り三人。取り残された俺は、敗北者のようにとぼとぼとその後ろに続いた。
俺は……垢抜けない千葉が好きなんだよ!
*****
西口ゲート側から『ふれあい動物の里』を奥まで進んでいくと、バーベキュー場の近くにテーブル付きの休憩スペースがあったので、そこで昼メシを食べることになった。
「しかし、みなさん、示し合せたようにお弁当を持って来たんですね……」
一色が唸る。テーブルには小町、雪ノ下、由比ヶ浜がそれぞれ用意したお弁当が並べられている。
「たいしたものではないけれど……」
そう謙遜した風に言う雪ノ下が持ってきていたバケットには、レタスやトマトの彩りも鮮やかなBLTサンドが詰まっていた。もうひとつのかわいいパンさん柄の弁当箱には、メンチカツやミニハンバーグなどの男の子が大好きなお肉類のおかずが入っていた。見た感じ冷凍品には見えない圧倒的手作り感である。一色と由比ヶ浜の息を飲む音が聞こえた気がした。これがたいしたものでないのなら、多くの主婦が発狂を起こし、その怒りをネットに叩きつけてポテサラおじさんのように火炙りの刑に処すだろう。謙遜は常に美徳とは限らないのである。恐ろしや恐ろしや……。
「はいはいはい! こちらが小町の作ったお弁当でーす! みなさんもどうぞです!」
この雪ノ下のお弁当に元気よく挑戦したのが我が妹、小町である。小町のアイコンタクトに応じて、俺はバッグに担いでいた弁当箱をすかさず取り出しテーブルに広げる。雪ノ下がサンドイッチなら、こちらは元気もりもりオニギリの盛り合わせである。これに加えてオカズには、比企谷家の伝統の味である小町特製から揚げである!
「小町が作り、俺が詰めた兄妹愛弁当だ。さあ、遠慮なく食べてくれ」
そう。この弁当は俺と小町の兄妹による共同作業によって作られたお弁当なのである。朝からから揚げを作る小町の気合いと、それに付き合い二度寝の誘惑に打ち勝って弁当詰めを手伝った俺の意志力によってできた、比企谷兄妹渾身のお弁当なのだ!
「いますよねー。たいしたことでもないのに、なにか作業したら『やってやった』感を出して恩着せがましくドヤる人って。こういう人に限って本当に手伝ってほしい面倒な仕事になると姿を消すんですよねー」
斬鉄剣にでも斬られたかのようにキレイに心を両断された俺の横から小町が「ですです!」と乗り出してくる。
「さすがお姉さま! もっと言ってやってください! ウチの兄ときたら『できることをやる』とかもっともらしいこと言いながら、できることを増やそうとしないんですよ!」
「あー、いるいる。それでもやらせようとすると『自分向きの仕事じゃないから……』とか失敗に備えて予防線を張り出すヤツ」
「それそれ!」
盛り上がる小町と一色。やめて二人とも! 八幡のライフはもうゼロだよ!
「あたしも中身を詰めただけだから人のこと言えない……」
その横から、手にしたお弁当箱を持ったまま固まっている由比ヶ浜の呟きが聞こえた。この呟きにある光景が頭に浮かび、俺は冗談半分にその光景を口にした。
「あれだろ? 由比ヶ浜のことだから作ろうとしたけど、卵焼き焦がすとか砂糖と塩を間違えたとかで失敗して泣いているところをお母さんが救援に入ったとかだろ?」
「なんでわかるの!?」
目を見開くガハマさん。マジか。図星かよ。あ、口もとを手で隠した雪ノ下の肩が震えてる。
「ごめんなさい……。少し光景が目に浮かんだわ」
「ゆきのんまで!?」
愕然のガハマさん。ほら、仕事には向き不向きがあるから……。だからできることをやるのが正解なんですよ。うんうん。
「で、一色もなにか持ってきたのか?」
とりあえずガハマさんが涙目で可哀想なので話題を替える。すると話を振られた一色はきょとんとしたあざとかわいい顔を見せた後に「ああ」と笑って、「やだなー」と手をパタパタさせる小芝居をしながら言った。
「先輩に奢らせようと思ってたに決まってるじゃないですかー。じゃ、いただきまーす」
俺にツッコミを入れる隙を与えず、小町のから揚げを箸でひょいと拾って口に放り込む一色。こちらが抗議しようとしても、口にものが入っているのでお答えできませんで突っぱねる『お口もごもご作戦』である。さすがいろはす。マジいろはす。さすはすマジはす~。
「……!」
「どうした?」
俺が呆れを通り越した感心に耽っていると、から揚げを口に入れた一色の表情が急に険しいものに変わった。一色はしばらくから揚げをもごもごと咀嚼してゆっくり飲み込むと、納得いかないといった様子の苦渋の声で呟いた。
「コメントの難しい味ですね……」
「えっ! 小町、から揚げの味付け間違えた!?」
小町が驚きの声を上げる。いや、そんなはずはない。俺は味見をしながら弁当箱にから揚げを詰めたのだ。確認のため、から揚げをひとつ拾い上げて口に入れる。
「いや、うまいぞ。いつも通りの世界一うまい小町のから揚げの味だ。この味のなにが不服なんだ。言ってみろ。喧嘩なら買うぞ」
「ヒッキーのボルテージ上がるの早っ!」
当たり前だ。世界一の妹である小町の作ったから揚げは当然のごとく世界一なのだ。これに異を唱えるものは誰であろうと容赦はしない。神でも殺せる自信があるぞ。
息巻く俺に一色は深々とため息を吐くと、とても苦しげにコメントが難しい理由を吐露した。
「……いえ。ただ後輩の生意気女子相手に簡単に褒め言葉を与えるのは、マウント上問題がありまして……」
「なにその、実質褒めてる的コメントは」
拍子抜けする理由だった。つまり小町のから揚げが世界一であり、そして妹としても世界一であることが悔しくて認めたくないと。ふっ、小町の妹としての偉大さに嫉妬するとは、一色もかわいい所があるじゃないか。
「はっ!」
「どうした、小町!」
小町がわなわなと震えながら、俺に確かめるように訊いた。
「もしかして……これがツンデレ?」
「あ、確かにツンデレっぽいかも! こういうのツンデレって言うんだ!」
「あぁ?」
小町の妄言に由比ヶ浜が「それある!」的なノリで手を合わせて盛り上がる。小町の妄言はともかく、どうしてこれに乗っちゃったのガハマさん! いろはすから女の子が出しちゃいけないドス黒いオーラが出ちゃっているよ!
「結衣先輩、お米ちゃん、ちょっといいですか?」
暗黒オーラを一瞬で引っ込めて、逆にニッコリ笑顔になったいろはすさんは、そう言って小町とガハマさんの間に移動して二人の肩に手を回しました。
「い、いろはちゃん?」
「雪乃さん、小町炊かれてしまいます! タスケテー!」
小町が雪ノ下に助けを求めて伸ばした手も届くことなく、哀れ小町とガハマさんは穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた総武高校最強の生徒会長スーパーいろはすに連れてかれてしまいました。
「……炊くって?」
「わからん」
雪ノ下に訊かれたが、わからないものはわからないと答えるしかない。世の中、知らなくてもいいことというのは存在するのだ。
騒々しい三人が離れていくと、急に静かになった。モノレールがガコンガコンと走る音とフクロテナガザルの鳴き声は聞こえてくるが、他に喧騒と呼べるような音もなく、どこか日常から遠くなった穏やかな時間が訪れ、そこに俺と雪ノ下はぽつねんと残された。
「…………」
「…………」
つまり――二人っきりだ。これはヤバい。雪ノ下もなんかもじもじして黙り込んでしまった。コミュ力低い拗らせ人間同士をなんの準備もなく二人きりにするな。心臓がヤバい。
「――あ」
「食べていいか?」
いきなり二人きりにされて間が持たなくなった俺は、とりあえずこの状況を動かそうと雪ノ下の作ったミニハンバーグに箸を伸ばす。雪ノ下がそれを期待と不安が入り混じったようなまなざしで見ている。めっちゃ見ている。うおお、これやっぱり完全に手作りだ。コメントひとつ間違えれば致命傷になるヤツだぞ、これは!
俺は運命に祈るような気持ちでハンバーグを口に入れ――、
「――うまいな、これ! 小町のから揚げにも負けてない!」
自然とそう言葉が出た。なにこれめちゃウマなんですけど。冷凍品とは違う手作りらしいふっくらとした食感に、封じ込められていた肉汁がじゅわっと広がる。うまい。冷めていてこの味。できれば出来たてを食べてみたかったと思わせる激ウマハンバーグである。
「それがあなたの褒め言葉?」
「いや、もうベタ褒めベタ褒めの空前絶後の大絶賛なんですけど……」
小町との比較は失敗だったか? しかし小町を基準に判断するのは兄として仕方がない所と了解してもらうしかない。
「まあ、あなたらしいけど……」
そんな俺に諦めたように笑った雪ノ下は、そこで顔を動かすと、離れた場所でなにやらわちゃわちゃやっている一色と小町と由比ヶ浜の三人の方へ視線を向けた。
「……彼女となにか話したの?」
しばらく三人を見つめていた雪ノ下は、そこで躊躇いがちにそう切り出した。
「なにかふっ切れた感じがしたから」
彼女の視線の先は由比ヶ浜に向いている。
「好きにしていいって感じのことを言った」
俺はそう答えると、二個目のミニハンバーグを口に入れた。雪ノ下が彼女の答えを求めて俺を見る。俺はゆっくりとハンバーグを咀嚼して、全部飲み込んでからその答えを告げた。
「好きにするってさ」
「――そう」
雪ノ下は胸に手を当てると、どこか嬉しげな微笑みを浮かべた。
「嬉しそうだな?」
「彼女の気持ちは知っているから」
そう言った雪ノ下はそこで顔を引き締めると、再び由比ヶ浜の方へと視線を向けた。
「私たちの関係も少しは本物に近づけたかしら?」
「……わからねぇよ、そんなの」
正解なんてわからない。だから疑い続ける。それすらも間違っている可能性を考えて、考え続ける。その繰り返しの向こうになにか、少しでもマシなものが見えるように、疑って、考えて、続くまで続けていくしかない。これは、そういうものなのだ。
「そうね。でも……」
雪ノ下はそこで小さく咳払いをすると、ぎゅっと口を引き結び、すぅはぁと深呼吸をしてから、テーブルの下で俺の手を握った。そして驚く俺の顔を見て、あの合同プロムのときよりもはっきりとその言葉を口にした。
「私もあなたが好きよ、比企谷くん」
自分で言っておいて、恥ずかしさに照れて黙ってしまうのは前と変わらずに、けれど握った手は離さないで前のように逃げ出したりせずに赤く俯いてしまった雪ノ下の横で、俺はロクに気の利いた返事も思いつかず、照れ隠しに彼女の作ったサンドイッチを味も分からずにただ頬張るだけだった。
おい、なんなんだよ、このめんどうくさい状態は。言うだけ言って黙り込みの自爆かよ。ヤバい。手がめっちゃ熱い。後先くらい考えろよ。ああ、ちくしょう。なんでこいつはこういつも死ぬほどめんどうくせぇんだ――、
――それで、それがなんだっていつもこんなに死ぬほどかわいいんだよ。
そう口に出してやればいいと内心に思いながら、でもこの感情をそう簡単に口にするには言葉が足りないと黙ってしまう俺も、相当にめんどうくせぇヤツだった。