やはり俺の青春ラブコメはデートからしてまちがっている。 作:現役千葉市民
「……完全に寝てるな、これ」
昼メシの後も色々と動物公園の中を回り、すっかりくたくたになった俺たちは日が暮れる前に解散することにした。
駅に戻ると千葉方面へのモノレールは行ったばかりだった。次のモノレールを待つ間にホームのベンチに座った雪ノ下と由比ヶ浜と小町の三人は、よほど疲れていたのだろう、気づいたときにはお互いにもたれかかってすっかり寝息を立てていた。
「今日はたくさん歩きましたからね~。ふわぁ~、わたしも眠いです……」
一色が眠る三人を見ながら小さいあくびを漏らす。なんとなく一色と二人だけの状態になったので、俺は頭を掻きながら言っておくべきことを言った。
「……今日はありがとうな、一色」
「あー、いえいえ。今回は後輩的にポイント高かったと思いますんで、来週生徒会でやる海浜公園の清掃ボランティアへの参加は確定なので、よろしくお願いしますね、先輩♪」
なにそれ初耳。さっきのあくびも演技に思えるハキハキ笑顔で言われて、俺は即座に諸手を上げて降参した。
「わかったわかった、手伝うよ」
よろしいという表情でうなずいた一色は、そこで一歩ずいっと俺に近づくと、「ちょっとお話しが……」と、他人の不幸をエネルギーにして生きている小悪魔のような不吉さしか感じない笑顔を浮かべて、少しだけ潜めた声で囁いた。
「……正直なところ、現状ラブコメじゃないですか、奉仕部って」
直球なお話だった。ストライクゾーンというかバッターボックスを狙った直球だ。俺はいったん廃部になった奉仕部が復活した経緯を思い返しながら、距離を詰めていた一色から一歩身を引いて、その時から思っていたことを口にした。
「それはお前と小町が仕込んだんだろ?」
「いやいや、濡れ衣ですよー。わたしと妹さんで焚きつけはしましたけど、燃えたのは結衣先輩なんでー」
手のひらをヒラヒラさせながら笑って答える一色マジ小悪魔。実は『小悪魔が女子高生に転生してラブコメ工作に励みます』みたいなタイトルのラノベ主人公なんじゃないの? とか思えるぐらいにマジ小悪魔なんですけど、こいつ。
「計画的三角関係だったのかよ、これ」
「あ、先輩にも三角関係の自覚があったんですね。言質を取られないように逃げ口上並べて自分に嘘を吐き続けた鈍感主人公気取りの先輩も成長していたんですねー。感心です」
「ぐう……」
めちゃくちゃこき下ろされた評価ながら反論できない俺。悔しいからぐうの音ぐらいは出してやったぞ、こんちくしょう!
そんな俺のささやかな抵抗などどこ吹く風の一色は、どこか見透かしたような蟲惑的な笑みを浮かべながら、再び距離を詰めてくる。
「まあ、二回目のプロムの時点で普通のラブコメだとゴール状態ですけど、先輩たちって二人して拗らせがひどいですから――」
そこで一色はふふんと不敵でかわいくあざとく、それでいてどこか大人びた印象を受ける笑顔で俺を見ると、その顔をさらに俺へと寄せてきた。ドキリと身を引く俺の服の袖を掴んだ一色の顔が耳元に近づいてくる。いつか嗅いだ亜麻色の髪の甘い匂いが鼻孔をくすぐって、その匂いのような囁き声が耳に届いた。
「ここから二番、三番っていうのもラブコメ的に意外性があっておもしろいと思いますよ?」
「三番?」
思わず出た自分の声に驚きながら一色の顔を見る。二番はともかく、三番ってこいつ――。
「そこはご想像にお任せでー☆」
顔の横に小さくピースをしてそう返した一色は、もういつものあざとく小賢しい後輩の一色いろはで、俺はそれ以上の追及もできずに苦い顔で頭を掻くしかなかった。
「まあ、先輩が振られでもしたら、先輩の家の最寄駅までわたしが電車で一緒に帰ってあげますよー。あ、これ、後輩的にポイント高い」
「なんかもう先輩的にメンタルヤバい」
「あ、でも葉山先輩が先にツモったら、この話は反故なんで、振られるならお早めにお願いしますねー」
もう全面降伏である。ふふんと笑う一色。なにこの手のひらの上でコロコロされてるような感覚は。なんか俺は一生この後輩に敵わない気がしてきた。一色いろは。二年になってもこいつは最強の後輩らしい。
そこでホームにアナウンスが流れた。ゴウンゴウンと一色の乗る千城台行きのモノレールがホームに入って来る。
「あ、ちなみにお米ちゃんに今日の情報をリークしたのはわたしなんで、今後ともよろしくお願いしますね、先輩☆」
「は?」
ドアが開いた直後、そう言い残してモノレールに乗り込んだ一色は、閉まるドアの向こうでニッコリな微笑みを浮かべながら小さく手を振っていた。なに? 今日のコレ、マジで計画的犯行だったの? 今日、最初の小町を炊いていたアレも演技だったの? もしかして小町すら手のひらで踊ってたりする、これ? マジか。マジかよ。マジですか。
愕然とする俺を尻目に、モノレールが発進する。
「絶対、間違ってるぞ。この青春ラブコメは――」
一色を見送った俺は、ベンチで健やかに眠る雪ノ下と由比ヶ浜と小町の三人を見やりながら、あらためてそう呟かざるを得なかった。